第50話 王太子、直球で言う準備をする
完結確定。
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アレクシス王太子は、悩んでいた。
かなり悩んでいた。
私はそれを、窓辺から見ていた。
場所はグランベル公爵家の別邸の庭。
シルビアは母に呼ばれて別室へ行っている。
リーナも少し前に帰った。
私は部屋の窓辺で日向ぼっこをしていた。
いや、療養である。
療養中の日向ぼっこ。
これはほぼ医療行為と言っていい。
そこへ、庭を歩くアレクシスが見えた。
彼は一人ではなかった。
レオンハルトと並んでいる。
この組み合わせは、少し珍しい。
王太子と次期公爵。
年齢は近いが、関係性としては少し複雑だ。
アレクシスはシルビアの婚約者。
レオンハルトはシルビアの兄。
つまり。
将来の義兄候補。
しかも、かなり妹を大切にしている兄。
王太子でも気を抜けない相手である。
私は耳を立てた。
猫の聴力は優秀だ。
窓が少し開いている。
会話は聞こえる。
アレクシスが言った。
「レオンハルト卿」
「はい」
「君に、少し相談したいことがある」
レオンハルトは真面目に頷いた。
「シルビアのことですか」
即答。
兄、勘がいい。
アレクシスは少しだけ苦笑した。
「そうだ」
私は窓辺で身を乗り出した。
お。
来たか。
ついに恋愛バグ修正フェーズか。
アレクシスは少し言葉を選んでいるようだった。
「私は、シルビア嬢に何度か伝えているつもりなんだ」
「何をですか」
「彼女を大切に思っていることを」
レオンハルトが黙った。
少しだけ目が鋭くなった。
兄モードである。
「婚約者として、ですか」
「それもある。でも、それだけではない」
お。
言った。
アレクシスは庭の木陰で立ち止まる。
「私は、シルビア嬢が好きだ」
直球。
ただし本人のいないところ。
惜しい。
でも一歩前進。
レオンハルトは表情を変えなかった。
さすが次期公爵。
だが、私は見た。
ほんの少しだけ、眉が動いた。
兄、動揺。
アレクシスは続ける。
「けれど、彼女に伝わっていない」
それはそう。
非常にそう。
私は窓辺で深くうなずいた。
シルビアの恋愛受信機は、かなり特殊である。
好意を向けられると、だいたいこう変換する。
婚約者としての義務。
昔の態度への償い。
王家と公爵家の関係改善。
政治的配慮。
責任感。
恋愛感情という候補が、なぜか最後尾どころか未実装。
重大なバグが発生中。
レオンハルトは静かに言った。
「シルビアは、昔から自分への好意を疑うところがあります」
アレクシスが彼を見る。
「そうなのか」
「はい。家族から愛されていることも、当然ではないと思う反面、自分がそれに値しているのか分からずにいます」
レオンハルトの声は少し苦かった。
「私たちが、強くあれと教えすぎたせいもあります」
アレクシスは黙って聞いている。
「弱さを見せるな。堂々としていろ。公爵家の娘として恥じないように」
レオンハルトは庭の先を見た。
「そう教えられたシルビアは、愛されていることよりも、期待に応えなければならないことを先に覚えました」
重い。
かなり重い。
私は窓辺で耳を伏せた。
シルビアは、愛されていなかったわけではない。
むしろ、家族には深く愛されていた。
だが、その愛情の伝え方が貴族仕様だった。
立派であれ。
強くあれ。
恥じるな。
その中で、シルビアは「愛されているから大丈夫」ではなく、「期待に応えなければここにいてはいけない」と受け取ってしまったのかもしれない。
アレクシスは低い声で言った。
「私は、幼い頃の態度で彼女を傷つけた」
レオンハルトは否定しなかった。
「はい」
正直。
兄、容赦ない。
アレクシスは少しだけ苦笑した。
「否定してくれないんだね」
「妹を傷つけた事実は消えません」
おお。
兄。
かなり厳しい。
王太子相手でも容赦がない。
アレクシスはうなずいた。
「その通りだ」
逃げない。
偉い。
「だから、今の彼女が私の好意を償いだと思っても仕方ない」
レオンハルトは少しだけ表情を緩めた。
「仕方ないで終わらせるのですか」
アレクシスが顔を上げる。
レオンハルトはまっすぐ彼を見ていた。
「殿下は、シルビアを大切に思っているのでしょう」
「ああ」
「なら、伝えてください」
直球。
兄からも直球指示が出た。
アレクシスは少しだけ目を見開く。
レオンハルトは続ける。
「遠回しな言葉では、シルビアにはまず伝わりません」
分かっている。
非常によく分かっている。
兄、さすがポンコツ製造ライン責任者。
仕様を把握している。
「婚約者として大切だ、では足りません。責任を果たす、でも足りません。守りたい、も危うい。あの子は、義務や責任に変換します」
完全にシルビアの仕様書である。
私は窓辺で感心した。
レオンハルト、シルビアの恋愛受信バグをかなり正確に把握している。
アレクシスが真剣に聞いている。
「では、どう言えばいい」
レオンハルトは少し考えた。
そして、非常に真面目な顔で言った。
「好きだ、と」
直球。
実に正しい。
アレクシスは一瞬黙った。
少しだけ頬が赤くなった。
王太子でも照れるらしい。
レオンハルトはさらに言う。
「ただし、一度では足りないでしょう」
その通り。
シルビアは一度では受信しない可能性が非常に高い。
いや、間違いなく受信しない。
それと誤変換。
「政略ではなく、と明言してください。義務でもなく、償いでもなく、王家の都合でもなく。殿下自身がシルビア個人を好きだと」
兄、完璧。
私は思わず窓辺で前足を突き上げた。
少しふらついた。
療養中である。
アレクシスは真剣な顔で頷いた。
「分かった」
「それから」
レオンハルトの目が少し鋭くなる。
「シルビアが混乱して、妙な返答をしても、諦めないでください」
その通り。
非常にありえる。
シルビアは「どなたを?」と言う可能性すらある。
アレクシスは少し笑った。
「諦めない」
「本当に?」
「本当に」
レオンハルトはしばらくアレクシスを見ていた。
兄として、王太子を審査している。
怖い。
グランベル家の人間は、皆静かに審査に入る。
やがて、レオンハルトは一礼した。
「ならば、兄として応援します」
お。
合格か。
アレクシスは少し安堵したように息を吐いた。
「ありがとう」
「ただし」
来た。
兄のただし。
「シルビアを再び泣かせるようなことがあれば、私は黙っていません。いえ、我が家は、ですね。」
声は静か。
だが、圧がある。
さすがグランベル家。
アレクシスが少し背筋を伸ばした。
「肝に銘じる」
私は窓辺で思った。
アレクシス。
頑張れ。
相手はシルビアだけではない。
背後に、王家より怖い公爵家がいる。
しかし、味方につければこれほど頼もしい家もない。
その日の夜。
アレクシスはシルビアに面会を申し込んだ。
場所は別邸の小さな温室。
星祝祭の騒動から少し経ち、シルビアの体調も落ち着いてきたため、短時間なら庭や温室へ出ることを許されていた。
もちろん私も同行する。
シルビアは少し不思議そうにしていた。
「殿下が、温室でお話を?」
「にゃ」
来たぞ。
いよいよ来たぞ。
「ノワール、なぜそんなにそわそわしていますの」
「にゃ」
していません。
いや、かなりしています。
シルビアは薄いショールを羽織り、私を抱いて温室へ向かった。
温室には、夜に咲く白い花が並んでいた。
ガラス越しに月の光が入り、花びらが淡く光っている。
かなり雰囲気がいい。
王太子、場所選びがうまい。
アレクシスはすでに待っていた。
少し緊張している。
私はシルビアの腕の中で、金色の目を細めた。
頑張れ、王太子。
今回は靴ひもを噛む必要がないことを祈る。
アレクシスはシルビアへ向き直った。
「来てくれてありがとう」
「殿下のお呼びでしたので」
また義務変換。
先行きが不安である。
アレクシスもそれを察したのか、少し苦笑した。
「今日は、王太子としてではなく、君の婚約者として話したい」
お。
良い入り。
シルビアは少し緊張した。
「はい」
アレクシスは深く息を吸う。
私は腕の中で身を固くした。
ついに。
ついに、このときが来た。
アレクシス王太子。
直球で言う準備は整った。
問題は、シルビアが受信できるかどうかである。
恋愛方面最終修正。
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