第49話 断罪のあとに残ったもの
完結確定。
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よろしくお願いします。
断罪は終わった。
いや、正確には、断罪されるはずだったシルビアが断罪されず、断罪しようとした側が断罪対象になった。
ややこしい。
前世の私なら、イベント名をこう付ける。
断罪イベント改め、断罪返しイベント。
あるいは。
悪役令嬢冤罪回避・証拠提出フェーズ。
後者は長い。
ゲームのイベント名としては不採用である。
星祝祭の舞踏会は、あのあと予定より早く閉会となった。
当然だ。
大広間で魔法糸の罠が見つかり、ローヴェル家と神殿派閥の関与が疑われ、クラリスが騎士に連れていかれたのだ。
そのまま「では、皆様、ダンスの続きを」などと言える空気ではない。
星の魔法灯だけが、最後まで静かに揺れていた。
シルビアは、会場を出るまでずっと私を抱いていた。
腕に力が入っていた。
緊張していたのだと思う。
あれだけ多くの人の前で、自分の弱さも、過去の失敗も、これから直したいという意思も話した。
シルビアにとっては、馬車事故とは別の意味で、とても怖かったはずだ。
私は彼女の腕の中で、喉を鳴らし続けた。
大丈夫。
よく言えた。
とてもよく言えた。
猫の喉鳴らしに、それだけの意味が伝わるかは不明だ。
だが、シルビアは少しずつ落ち着いていった。
別邸に戻ると、グランベル公爵家は再び静かに動き始めた。
父公爵は、王家と連携して正式な調査の手続きを進める。
ローヴェル伯爵家への照会。
神殿派閥への調査命令。
学院側への報告書提出。
証言者の保護。
証拠品の保管。
すべてが淡々と進む。
淡々としすぎて怖い。
公爵夫人は、社交界に流れるであろう噂の対処を始めた。
ただし、彼女は噂を力ずくで押さえ込まない。
それよりも早く、正しい話を自然に流す。
星祝祭で何があったのか。
リーナが自分の意思で証言したこと。
シルビアが自分の言葉で立ったこと。
王太子が婚約継続を明言したこと。
クラリスの関与が疑われていること。
それらが、「確かな話」として広がっていく。
怖い。
人の噂、伝聞とは恐ろしい凶器となり得る。
そして母、非常に怖い。
お茶会とは情報戦、言わば戦いなのである。
レオンハルトは若い貴族たちの証言を整理していた。
クラリスに噂を聞かされた者。
桃色令嬢のように利用された者。
慈善会や勉強会で実際にシルビアを見ていた者。
星祝祭で何を見たか証言できる者。
兄はそのすべてを、驚くほど丁寧に聞いていた。
昔なら「堂々としていればよい」と言っていた兄が、今は「相手が何を見て、何を聞き、どう受け取ったか」を確認している。
アップデートがすごい。
私は少し感動した。
そしてリーナ。
彼女は神殿関係者から一時的に距離を置くことになった。
神殿そのものを拒絶するのではない。
リーナの育った場所をすべて悪者にしないためにも、王家と公爵家は慎重だった。
ただ、特定派閥からの接触は制限される。
リーナ本人も、それを受け入れた。
「怖いですけど、知らないままの方がもっと怖いので」
そう言ったリーナは、以前より少し大人びて見えた。
ヒロインは、もう誰かの物語の駒ではない。
自分の足で立ち始めている。
そして、クラリス。
彼女は別室で事情聴取を受けた。
すぐにすべてを認めたわけではないらしい。
当然だ。
クラリスは頭がいい。
自分が直接指示した証拠と、周囲が勝手に動いたものを切り分けようとするだろう。
しかし、逃走した従僕の証言。
マリナの手紙。
ローヴェル家の金の流れ。
神殿派閥との接触。
そして星祝祭での本人の発言。
それらを合わせれば、もう無関係では済まない。
ローヴェル伯爵家にも調査が入った。
伯爵は最初、娘も自分も知らない、使用人が勝手にしたことだと主張したらしい。
だが、グランベル公爵が用意した書類の前で、主張は少しずつ崩れていった。
父公爵、本当に怖い。
法を乱さず、法を使う。
この言葉の重さを、ローヴェル伯爵家は今ごろ実感しているだろう。
そんな慌ただしい後始末の中、シルビアはしばらく学院を休むことになった。
星祝祭で大きな役目を果たしたとはいえ、馬車事故の傷も、心の疲れも残っている。
それに、私もまだ完全復活ではない。
療養継続である。
ただし、シルビアの過保護は少しだけ緩んだ。
「ノワール、部屋の中なら歩いても構いません」
「にゃ」
廊下は?
「まだだめです」
「にゃ」
階段は?
「論外です」
論外。
猫に厳しい。
しかし、部屋の中を歩けるのは大きな進歩だ。
私は窓辺へ移動し、日向で丸くなった。
シルビアは机に向かっていた。
星祝祭後に届いた手紙を読んでいる。
いくつかは謝罪だった。
噂を信じていた令嬢から。
勉強会に参加した生徒から。
慈善会で助けられた子どもの付き添いから。
学院の教師から。
シルビアは一通ずつ、丁寧に読んでいた。
表情は固い。
そして少し戸惑っている。
「ノワール」
「にゃ」
「謝罪の手紙が、多いですわ」
そりゃそうだ。
皆、シルビアを誤解していたのだ。
中には噂を信じ、流していた者もいるだろう。
「どう返せばよいのでしょう」
私はしっぽを揺らした。
難しい。
猫は手紙を書けない。
いや、前世なら書けた。
だが今は肉球である。
シルビアはしばらく考え、白い便箋を取った。
そして、ゆっくり書き始める。
「ご丁寧なお手紙をありがとうございます。わたくしにも、誤解を招く言動があったことは事実です。今後は、より伝わる言葉を選べるよう努めます」
おお。
良い。
非常に良い。
シルビアは続けて、少し迷った。
それから、小さく笑った。
「……でも、噂だけで判断されるのは、少し悲しかったです」
彼女はその一文を書き、しばらく見つめた。
消すかと思った。
だが、消さなかった。
私は喉を鳴らした。
それでいい。
悲しかった。
そう書いていい。
シルビア自身の気持ちと言葉。
シルビアは傷ついたのだから。
強くあるだけが、公爵令嬢ではない。
その日の夕方、リーナが見舞いに来た。
シルビアは彼女を部屋へ招き入れた。
「リーナ嬢」
「シルビア様。ノワールさんも」
「にゃ」
元気です。
リーナは私の前にしゃがみ、笑った。
「顔色……猫色? 少し良くなりましたね」
猫色とは。
わかるのか?
まあ私は黒いが。
リーナはシルビアを見る。
「星祝祭のあと、大丈夫ですか?」
シルビアは少し考えた。
以前なら「平気です」と即答しただろう。
だが、今は違う。
「大丈夫ではありませんでした」
正直。
「ですが、少しずつ落ち着いています」
リーナはほっとしたように微笑んだ。
「よかったです」
シルビアはリーナを見た。
「あなたは?」
「私も、まだ怖いです。でも、シルビア様が一緒に立ってくださったので」
リーナは少し照れたように笑った。
「一人じゃないと思えました」
シルビアの顔が赤くなる。
「それは、わたくしも同じです」
言った。
私は目を丸くした。
シルビアが自分から、同じだと言った。
リーナも嬉しそうに目を丸くする。
「シルビア様」
「……何ですの」
「私たち、友達ですね」
直球。
リーナは本当に直球がうまい。
シルビアは完全に固まった。
友達。
言葉としては、すでにほぼ成立している。
花壇でも、勉強会でも、星祝祭でも。
だが、こうして面と向かって言われると、シルビアの処理能力を超えるらしい。
シルビアはしばらく黙り、視線をそらした。
「……そう、なのでしょうね」
遠回り。
だが肯定だ。
リーナはぱっと笑った。
「はい!」
私は窓辺で喉を鳴らした。
断罪のあとに残ったもの。
傷。
調査。
後始末。
壊れた関係。
明らかになった悪意。
それだけではない。
残ったものもある。
信頼。
友達。
家族の愛。
王太子の直球。
そして、シルビア自身の言葉。
悪役令嬢ルートは折れた。
でも、シルビアの物語はまだ続く。
私は黒猫ノワール。
悪役令嬢断罪エンド回避担当。
任務はほぼ達成。
ただし、最後に大きなバグが残っている。
シルビアが、アレクシスの好意をまだ完全に理解していない。
恋愛方面の最終修正。
これは、猫の手だけでは少し厳しいかもしれない。
難局である。
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黒猫一匹と作者が喜びます。
ありがとうございました!




