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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第7章 黒猫、断罪の舞台を踏み潰す

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47/58

第47話 従姉妹は、初めて笑えなくなる

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 クラリス・ローヴェルは、笑っていなかった。


 いや、正確には笑おうとしていた。

 口元だけは、まだ微笑みの形を保っている。

 けれど、目が笑っていない。


 頬が強張り、指先が扇を強く握りしめている。

 美しい伯爵令嬢の仮面が、音もなく静かに剥がれ始めていた。

 大広間には、重い沈黙が広がっている。

 証拠は並べられた。


 魔法糸。

 慈善会の細工。

 馬車事故の煙玉。

 ローヴェル家の小商会を経由した金。

 マリナの手紙。

 神殿派閥の倉庫から消えた魔法薬。

 リーナの証言。

 アレクシスの宣言。


 これだけのものが並んだ今、クラリスの「心配していただけ」という言葉は、もう力を持たない。

 それでも、彼女は崩れなかった。

 クラリスはゆっくりと息を吸い、静かに言った。


「……何か、誤解があるようですわ」

 声は震えていない。

 さすがだ。

 追い詰められても、まだ立っている。


「マリナが何を考えていたのか、わたくしには分かりません。ローヴェル家の古い印が使われたとしても、それだけでわたくしが関わったとは言えませんわ」

 その通り。

 言い逃れとしては正しい。

「馬車の件も、ローヴェル家の馬車が利用されたのなら、わたくしも被害者です」


 これも、想定通り。

 クラリスは自分を被害者の位置に置く。

 直接の証拠がなければ、そこを突く。

 公爵は黙って聞いている。

 アレクシスも遮らない。

 クラリスは続ける。


「わたくしは、ただリーナ様を心配していただけです。シルビア様のことも、誤解されないようにと思って」

 言葉が戻ってきた。

 優しい従姉妹の言葉。

 だが、少しだけ遅い。

 リーナが一歩前へ出た。


「クラリス様」

 クラリスがリーナを見る。

 その顔に、わずかな期待が浮かんだ。

 リーナは優しい。

 だから、まだ庇ってくれるかもしれない。

 そう思ったのかもしれない。

 だが、リーナは静かに言った。


「私を心配してくださったことは、感謝しています」

 クラリスの表情が少し和らぐ。


「でも」


 リーナは続けた。

「私の気持ちを、勝手に決めないでください」


 大広間が静まる。

 リーナの声は大きくない。

 けれど、よく通った。


「私は、シルビア様のおそばにいることを、自分で選びました」

 クラリスの目が揺れる。


「リーナ様、わたくしは」

「シルビア様は怖い方ではない、とは言いません」

 リーナは少しだけシルビアを見た。

 シルビアは固まる。

 私は腕の中で身じろぎした。

 リーナは続けた。


「今でも、言い方にびっくりすることはあります」

 正直。

 非常に正直。

 シルビアの耳が赤くなっている。

 しかし、逃げない。


「でも、シルビア様は私を見てくださいます。困っていたら気づいてくださいます。間違っていたら教えてくださいます。怖い言い方の奥に、相手を思いやる優しさがあります」

 リーナはクラリスを見た。

「私は、それを自分で知りました」


 強い。

 クラリスの口元がわずかに引きつる。

 リーナは最後に言った。


「だから、私のためという言葉で、シルビア様を疑わせないでください」

 大広間が静まり返った。

 神官が何か言おうとした。

 だが、アレクシスが先に口を開く。


「リーナ嬢の意思は明確だ」

 王太子の声。

 誰も反論できない。

 クラリスは、少しだけ視線を伏せた。

 だが、まだ終わらない。

 彼女は次に、シルビアを見た。


「シルビア様」

 声が少し変わっていた。

 優しさが薄れ、本音に近いものが混じっている。


「あなたは、いつもそうですわね」

 シルビアの眉がわずかに動く。

 クラリスは笑った。

 今度は、いつもの微笑みではない。

 薄く、冷たい笑み。


「何も知らない顔で、全部持っていらっしゃる」

 大広間がざわめく。

 クラリスにはもう、周囲を気にする余裕がなくなっていた。

 また一つ、仮面が剥がれていく。


「公爵家の本家に生まれて、王太子殿下の婚約者になって、誰からも守られて」

「クラリス」

 シルビアが小さく呼ぶ。

 クラリスは止まらない。


「あなたは、それが当然だと思っているのでしょう?」

「違います」

 シルビアの声は静かだった。

 だが、クラリスには届いていない。


「わたくしがどれほど努力しても、どれほど微笑んでも、どれほど良い子でいても、あなたには届かない」

 クラリスの声が震え始める。


「本家の娘というだけで、あなたは全部持っている。王太子殿下も、家族の愛も、周囲の注目も」

 ああ。

 出た。

 本音だ。


 どうして、シルビアばかり。

 クラリスの中にずっとあった言葉。

 それが今、溢れ出している。


 シルビアは黙って聞いていた。

 言い返さない。

 逃げない。

 私は彼女の腕の中から、クラリスを見た。

 クラリスは、シルビアを憎んでいた。

 けれど、その憎しみの中には、羨望もあった。


 嫉妬。

 劣等感。

 欲しかったものに届かない痛み。

 努力しても得られない。

 切望、そして空虚。

 それらが混ざっている。

 クラリスは続けた。


「しかも、あなたはそれを大事にしない」

 シルビアの目が揺れる。

「王太子殿下に好かれていることにも気づかない。ご家族に愛されていることにも、周囲があなたを見ていることにも。全部、当たり前のように」


 アレクシスが少し息をのんだ。

 シルビアは、完全に固まっていた。


 今の言葉。

 王太子殿下に好かれている。

 そこに反応したのだろう。

 いやまて、今ここで処理落ちするな。

 大事だが、今はそこではない。

 私は小さく鳴きそうになったが、場の空気が重すぎて黙った。


 クラリスは笑った。

 痛々しい笑いだった。

「だから、思ったのです。あなたがいらないなら、わたくしが欲しいと」


 大広間の空気が凍った。

 それは、ほとんど自白に近かった。

 アレクシスが静かに言う。


「クラリス嬢。それは、王太子妃の座を望んでいたという意味かな」

 クラリスは彼を見る。

 その目には、もう以前の柔らかさはない。


「望んではいけませんか」

 開き直り。

 ついに。

 クラリスは続ける。


「わたくしの方が、うまくやれましたわ。シルビア様よりも、ずっと」

 レオンハルトの目が冷える。

 公爵夫人の微笑みがすっと、氷の笑みに変わった。

 グランベル公爵は表情を変えない。

 それが逆に怖い。

 アレクシスは静かに首を振った。


「王太子妃に必要なのは、うまく微笑むことだけではない」

 クラリスの顔が歪む。

「では、何ですの?」


「人を駒にしないことだ」

 その一言は、重かった。

 クラリスが息をのむ。

 アレクシスは続ける。


「リーナ嬢を利用し、シルビア嬢を陥れ、周囲に噂を流し、事故まで起こした者が、王太子妃にふさわしいと言うのか」

「事故は、わたくしが」

「まだ断定はしていない」

 アレクシスは冷静に言った。


「だが、君が少なくとも噂の操作に関わっていたことは、この場の証言でも明らかだ。そして、今の発言は君の動機を示している」

 淡々と詰める。

 王太子、成長著しい。

 クラリスは唇を噛んだ。

 それから、シルビアを見た。


「あなたが悪いのです」

 大広間が凍る。

「あなたが、何もかも持っているのに、何も分かっていないから」

 その言葉は、刃だった。

 シルビアへ向けられた、まっすぐな刃。

 シルビアは少しだけ目を伏せた。

 私は彼女の腕の中で、心配になる。


 傷ついた。

 間違いなく。

 だが、シルビアは逃げなかった。

 顔を上げた。

 そして、静かに言った。


「そうかもしれません」

 え。

 私は目を見開いた。

 大広間もざわめく。

 シルビアは続けた。


「わたくしは、たくさんのものを持っていたのだと思います。それに気づかず、うまく受け取れず、何度も人を傷つけたかもしれません」

 声は震えていない。

「あなたがわたくしを憎む理由のすべては、分かりません。分かると言えば、嘘になります」

 クラリスが黙る。

 シルビアは彼女を見つめた。


「でも、それでも」

 シルビアの手が、私の背をそっと撫でた。

「リーナ嬢を利用してよい理由にはなりません。ノワールを傷つけてよい理由にもなりません。誰かを陥れてよい理由にもなりません」

 静かでいて、強い。

 けれど、責め立てる強さではない。

 自分の言葉で立つ強さ。


「あなたが欲しかったものを、わたくしが気づかずに持っていたのだとしても」

 シルビアは一度、息を吸った。

「それを奪うために誰かを傷つけることを、わたくしは許しません」


 大広間が静まり返った。

 私は胸が熱くなった。

 シルビア。

 言えた。

 自分の非も認めた。


 でも、相手の罪まで自分のせいにはしなかった。

 これは、昔のシルビアにはできなかったことだ。

 クラリスの表情が崩れる。


 怒り。

 悲しみ。

 悔しさ。

 全部が混ざった顔。

 彼女は初めて、完全に笑えなくなった。


 そのとき、騎士の一人が大広間へ入ってきた。

 アレクシスのそばへ寄り、何かを耳打ちする。

 アレクシスの目が鋭くなる。

「分かった」


 彼は大広間を見回した。

「逃走していたローヴェル家の従僕が確保された」

 クラリスの顔から血の気が引く。

「彼は、指示を受けた相手の名前を証言し始めている」

 大広間の空気が、さらに重くなる。

 アレクシスは静かに言った。


「クラリス・ローヴェル。君の名も出ている」

 クラリスは、何も言えなかった。


 微笑みの仮面が、落ちた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


続きが何か気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。

黒猫一匹と作者が喜びます。

ありがとうございました!

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