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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第7章 黒猫、断罪の舞台を踏み潰す

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44/58

第44話 最後の罠は、優しい顔をしていた

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 星祝祭の舞踏会は、表面上は穏やかに進んでいた。


 音楽が流れ、貴族たちは優雅に挨拶を交わす。

 若い令嬢たちはドレスを褒め合い、令息たちは緊張しながらダンスに誘う。

 教師たちは生徒たちの様子を見守り、来賓たちは学院の教育を称える。

 神殿関係者はリーナを見て、満足げにうなずいていた。


 平和。

 そう見える。

 だが、私は知っている。

 こういう場でこそ、罠は動く。

 しかも、最後の罠ほど、優しい顔をしている。


 私はシルビアの腕の中で、大広間を見回していた。

 今日は床を歩けない。

 体力温存と安全確保のためだ。


 しかし、耳と鼻は使える。

 そして私は、猫である。


 人間たちの足元や裾の動き、香水に混ざったわずかな薬品の匂い、小声のざわめき。

 そういうものに、意外と気づける。

 まず気になったのは、神殿関係者の一団だった。


 その中に、以前クラリスが礼拝堂で話していた若い神官がいた。

 彼はリーナを見ると、少し心配そうな顔をした。

 リーナはシルビアの近くにいる。

 アレクシスとも近い。

 神殿派閥からすれば、本来望んでいた形に見えるかもしれない。


 だが、決定的に違う。

 リーナはシルビアを敵視していない。

 むしろ、信頼している。

 アレクシスもリーナへ特別な恋愛感情を向けていない。

 彼の視線は、何度もシルビアへ向かっている。

 神殿派閥にとっては、非常に都合が悪いだろう。


 次に気になったのは、クラリスの周囲にいる令嬢たち。

 桃色令嬢。

 水色令嬢。

 以前から噂話に関わっていた者たち。

 彼女たちは少し落ち着きがない。

 何かを待っているようにも見える。


 私は耳を伏せた。

 危険。


 そして、三つ目。

 大広間の奥に置かれた展示台。

 そこには、慈善会で好評だった品々が一部飾られていた。

 リーナの護符もある。

 星祝祭で来賓に見せるため、学院側が飾ったものだ。

 もちろん、事前に確認はした。

 シルビアも、アレクシスも、リーナも、グランベル公爵家の者も。

 護符に異常はなかった。

 だからこそ、何かが起きるなら、確認後に誰かが触れたということになる。


 だが、私はその展示台が気になって仕方なかった。

 護符。

 慈善会。

 リーナ。

 シルビア。

 この組み合わせは危険だ。


 私は小さく鳴いた。

「にゃ」

 シルビアがすぐに私を見る。

「どうしましたの?」

 私は展示台へ視線を向ける。


 シルビアもそちらを見た。

 目を細める。

 少し遠い。

 近視の彼女には見づらい距離だ。

 だが、最近は人前でも小さな補助鏡を使うようになっていた。

 まだ少し恥ずかしそうだが、必要なときは使う。

 これも進歩である。

 シルビアは扇の内側に隠した小さな補助鏡で、展示台を見る。


「……護符に異常はなさそうです」

 小声で言った。

 アレクシスも気づき、近づいてくる。

「何か?」

「ノワールが展示台を気にしています」

 アレクシスの表情が引き締まる。


「確認させよう」

 すぐに近くの護衛へ視線で合図する。

 王太子の護衛が、さりげなく展示台へ向かった。

 表向きは警備確認。

 怪しまれない動き。

 優秀である。


 だが、その直後。

 リーナが一人の神官に声をかけられた。

「リーナ嬢」

 先ほどの若い神官ではない。

 もう少し年上の神官。

 柔和な顔をした男だった。

 リーナは丁寧に礼をする。

「はい」

「今夜はよく務めていますね。神殿の者として誇らしいですよ」

 優しい声。


 だが、私は警戒した。

 神殿関係者がリーナを褒める。

 それだけなら普通だ。


 しかし、今この場で。

 このタイミングで。

 リーナは少し緊張しながら答えた。


「ありがとうございます」

 神官は微笑む。

「ただ、少し心配しています。最近、あなたはグランベル嬢とずいぶん親しくしているようですね」

 来た。

 私は耳を伏せた。


 リーナは一瞬だけ戸惑った。

 しかし、すぐに答える。

「はい。シルビア様には、とてもお世話になっています」

「そうですか」

 神官は微笑んだまま続ける。


「あなたは優しい子ですからね。相手が高位の令嬢であれば、断れないこともあるでしょう」

 またそれ。

 リーナの意思を、優しさや弱さで無効化する言葉。

 リーナの表情が少し硬くなる。

 私はシルビアの腕の中で身じろぎした。

 行きたい。

 しかし、シルビアがそっと私を抱き直す。

 彼女の表情も硬い。

 だが、飛び出さない。

 リーナが自分で答えるのを待っているのだ。

 リーナは深く息を吸った。


「違います」

 小さいが、はっきりしたよく通る声だった。

「私は、自分の意思でシルビア様のそばにいます」

 神官の笑みが、ほんの少し止まった。

「リーナ嬢」

「シルビア様は、私を傷つけていません。何度も助けてくださいました。私が困っているとき、見ないふりをしませんでした」


 よし。

 リーナ。

 強い。

 神官は少し声を低くした。


「あなたはまだ若い。貴族社会のことも、王家との距離の取り方も知らない。だからこそ、神殿はあなたを心配しているのです」

「心配してくださることには感謝しています」

 リーナは震えながらも、言った。

「でも、私の気持ちを聞かずに、誰かの都合で決められるのは嫌です」


 かなり強い。

 私は心の中で前足を突き上げた。

 リーナ、もはや完全にヒロインである。

 いや、元からヒロインなのだが。

 神官の目が少し冷える。


「困りましたね。あなたは少し、影響を受けすぎているようだ」

 その言葉が出た瞬間。

 大広間の別の場所で、小さな悲鳴が上がった。

 展示台の方だった。

 私は即座に振り向く。


 リーナの護符が、床に落ちていた。

 白い小さな護符。

 その横に、割れた魔法石。

 そして、近くに立っている令嬢。

 桃色令嬢だった。

 彼女は青ざめた顔で、護符と魔法石を見下ろしている。

 彼女自身も、何が起きたのか分かっていない顔だった。


「わ、わたくしでは……」

 周囲がざわめく。

「何があったの?」

「護符が落ちたの?」

「魔法石が割れているわ」

「誰が触ったの?」


 最悪のタイミング。

 リーナが神官と言い合っている間に、護符が落ちた。

 そして、桃色令嬢が近くにいる。

 シルビアが動きかけた。

 私はすぐに鳴いた。

「にゃ」

 待て。

 直接行くな。

 罠だ。


 シルビアは足を止めた。

 アレクシスがすぐ護衛へ合図する。

 だが、周囲のざわめきはもう広がり始めていた。

 クラリスが、その中心へゆっくり近づく。

 彼女の顔は心配そうだった。

 完璧なほどに。


「まあ、リーナ様の護符が……」

 その声が、場に響いた。

 リーナも振り返る。

 顔が青ざめる。

 クラリスは護符を見て、それからシルビアを見た。

 ほんの一瞬。

 視線だけ。

 だが、意味はあった。

 まるで、こう言いたげだった。


 また、あなたの近くでリーナ様のものが壊れたのですね。

 私は全身の毛を逆立てた。


 来た。

 最後の罠だ。

 優しい顔をしている。

 誰かを直接責めていない。

 けれど、場の空気を誘導している。


 護符が壊れた。

 リーナが神殿関係者と言い合っていた。

 シルビアが近くにいた。

 クラリスが心配する。

 周囲がざわめく。

 断罪の空気が、少しずつ形を取り始めている。

 アレクシスが低い声で言った。


「誰も触れるな」

 王太子の声に、場が静まる。

 彼は一歩前へ出た。

「展示台周辺を確認する。護衛、教師を呼んで。リーナ嬢、シルビア嬢、こちらへ」

 シルビアは私を抱いたまま、リーナのそばへ向かった。

 リーナは震えていた。

 シルビアが小さく言う。


「リーナ嬢」

「はい」

「あなたは悪くありません」

 リーナの目が揺れる。

 シルビアは続けた。

「そして、わたくしも、まだ何もしていません」


 まだ。

 その言葉に、私は少し笑いそうになった。

 そう。

 今のところ、シルビアは何もしていない。


 飛び出さなかった。

 触らなかった。

 言い訳もしなかった。

 ちゃんと待った。

 それだけで、昔とは違う。


 クラリスは微笑んでいる。

 神官は静かに状況を見ている。

 桃色令嬢は震えている。

 周囲はざわめいている。

 護符は床に落ちている。


 断罪の空気が、舞台の中央へ集まり始めていた。

 私はシルビアの腕の中で、金色の目を細める。


 来たな。

 でも、今回は違う。

 シルビアは一人ではない。

 そして、この場には証拠を待っている人間がいる。


 王太子も。

 公爵家も。

 リーナも。

 私も。


 最後の罠は、優しい顔をしていた。

 だが、その仮面の裏を暴く準備は、もう整っている。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


続きが何か気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。

黒猫一匹と作者が喜びます。

ありがとうございました!

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