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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第1章 黒猫、悪役令嬢に拾われる

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第4話 悪役令嬢教育、だいたい兄のせい

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 シルビア・グランベルの悪役顔の正体は、視力問題だった。


 少し離れると顔がぼやける。

 だから目を細める。

 その結果、相手には睨んでいるように見える。

 単純な原因だ。

 だが、この単純な原因が、今までどれだけの誤解を生んできたのかを考えると、耳がぺたりと寝る。


 加えて、シルビアには恐ろしいほどの美貌の圧がある。

 本来なら、凛としていて公爵令嬢としては100点だろう。幼いながらも思わず見惚れてしまうほどだ。


 しかしシルビアの場合は、ただ立っているだけで、人が勝手に怯える。

 そして本人は、それにまったく気づいていない。

 ここまでなら、まだ対策は立てられる。

 視力をどうにかする。

 表情をどうにかする。

 言葉選びをどうにかする。


 問題は、なぜシルビアがここまで高圧的な振る舞いを「正しい」と思っているのかだった。

 七歳の子どもにしては、あまりにも言葉が強い。

 ただの照れ隠しや不器用さだけでは説明しきれない何かがありそうだ。


 その日、シルビアは机に向かい、羽根ペンを握っていた。

 家庭教師から出された課題らしい。

 文字はきれいだ。

 集中力もある。

 勉強に関しては、かなり優秀そうだった。


 ただし、眉間にはうっすらしわが寄っている。

 紙に顔を近づけすぎている。

 やはり視力の問題解決は急務だ。

 いろいろな面で。


「シルビア」

 午後の書斎で、低く落ち着いた少年の声が響いた。

 私はシルビアの膝の上で丸くなり任務をこなしている。

 断じて昼寝ではない。


 顔を上げると、部屋の入り口に一人の少年が立っていた。

 淡い金色の髪。

 紫色の瞳。

 整った顔立ち。

 シルビアとよく似ている。

 だが、雰囲気はシルビアよりずっと落ち着いていた。

 背筋が伸び、服装にも隙がない。

 子どもなのに、すでに次期当主の風格がある。

 これはこれで隙が無さ過ぎて末恐ろしい。


 シルビアの三歳上の兄、レオンハルト・グランベル。

 グランベル公爵家の嫡男であり、将来の公爵。

 ゲーム本編では、名前だけは出てきた。

 シルビアの断罪後、公爵家を守るために奔走した兄。

 けれど、詳しい描写はほとんどなかった人物だ。


 レオンハルトはシルビアを見ると、少しだけ表情をやわらげた。

「課題は進んでいるかい?」

「もちろんですわ、お兄様」

 シルビアはぴんと背筋を伸ばした。

 さっきまで以上に、顔が引き締まる。いや、引き締まりすぎだろう。


 完全に、尊敬する兄の前で良いところを見せたい妹の顔である。

 ただし外から見ると、隙のない小さな女王様。


 レオンハルトは机のそばに歩み寄り、シルビアのノートをのぞき込んだ。

「字が乱れていない。計算も合っている。よくできているな」

 シルビアの頬が、ほんのり赤くなった。

「当然ですわ。グランベル公爵家の者として、これくらいできなくてはなりませんもの」


 たぶん、すごく嬉しいのだろう。

 だが、素直に「ありがとうございます」とは言わない。

 実にシルビアである。

 レオンハルトは慣れているのか、微笑んだ。


「その心がけは立派だ。だが、無理はしすぎるなよ」

「無理などしておりませんわ」

「本当に?」

 レオンハルトはシルビアの机の上に置かれた、すでに何枚も書かれた紙を見た。

 私も見る。

 多い。

 七歳の課題量としては、かなり多いのではないか。

 シルビアは胸を張った。


「お兄様が前におっしゃったではありませんか。公爵家の者は、誰よりも努力しなければならないと」

 レオンハルトは一瞬、目を瞬きそれから少し困ったように笑う。

「確かに言った。でも、休むことも大事だよ」

「休んでいては、舐められてしまいますわ」

 私は耳をぴくりと動かした。

 今、聞き捨てならない単語が出た。


 舐められる。

 シルビアがよく使う言葉だ。

 というより、シルビアの態度全体に染み込んでいる考え方である。

 レオンハルトは真面目な顔になった。

「シルビア。公爵家の者は、軽んじられてはいけない。それは確かだ」

 おや。

 私はゆっくり顔を上げた。


「私たちは、多くの人に支えられている。その分、多くの人を守る責任がある。上に立つ者が頼りなく見えれば、下の者は不安になるだろう」

 うん。

 言っていること自体は、悪くない。

 貴族社会の考え方としては、むしろ正しいのだろう。

 立場ある者には責任がある。

 弱さを見せすぎれば、周囲を不安にさせるし、つけ込まれる。

 レオンハルトは、まだ十歳とは思えないほど落ち着いた声で続けた。


「だからこそ、堂々としていなければならない。いつでも毅然として、間違いは正し、下の者を導く。それが持つ者の務めだ」

 私は固まった。

 待て。

 今の言葉、どこかで聞いたことがある。


 堂々としていなければならない。

 毅然としていなければならない。

 下の者を導く。

 シルビアの言動の根っこにあるものと、完全に一致している。


 シルビアは目を輝かせた。

「ええ、お兄様。わたくし、分かっておりますわ」

 それは本当にわかっているのか。

 それよりも言葉をそのまま丸飲みしている顔に見える。

 レオンハルトはかすかに笑みを漏らしながらうなずいた。


「お前は優しいからな」

 シルビアがぴくりと肩を揺らす。

「わ、わたくしが?」

「ああ。だからこそ、甘くなりすぎないように気をつけなければならない。優しいだけでは、人を導けない」

 私は目を見開いた。


 お前かっ!

 ポンコツ製造元はっ!


 いや、待て。

 レオンハルトは悪くない。

 彼は妹を心配している。

 優しすぎる妹が、貴族社会で傷つかないように、将来、公爵家の長女として困らないように教えている。

 言っていることも、高位貴族として間違っていない。

 間違っていないのだが。


 そこは相手がシルビアである。

 この子は素直すぎる。

 優しさだけでは人を導けない、だから厳しさも必要だ。

 その教えを、たぶんこう受け取っている。

 優しくしたいときは、厳しく言えばよい。


 違う! 大きく違う!

 方向性がずれている。

 まさしく仕様書の解釈ミスである。


 しかも、入力者は兄。

 受信者はシルビア。

 出力結果は悪役令嬢。


 これは重大な設計ミスだ。

 シルビアは真剣な顔でうなずいていた。

「分かりましたわ。わたくし、これからも皆を厳しく導きます」


 やめて。

 その解釈はやめて。


 レオンハルトは少しだけ首をかしげた。

「……?……いや、厳しくするだけではなく――」

「ご安心ください、お兄様。わたくし、グランベル公爵家の娘として、決して舐められたりいたしませんわ」

 フンスと胸を張るシルビアを見て、レオンハルトが言葉を止めた。

 たぶん、少し違うと思っている顔だ。

 だが、妹があまりにも真剣に、そして誇らしげに言うものだから、強く否定できないのだろう。

 何かかわいいし。


 分かる、分かるよレオニー。

 おっと、名前が長いからあだ名をつけてしまった。

 まぁ、それはいいとして。

 分かるが、そこは否定してほしい。

 そのまま放置すると、十年後に断罪へ一直線なんだから。


 レオンハルトは困ったように微笑み、シルビアの頭に手を置いた。

「……シルビア。お前は本当に素直だな」

 そう、素直なのである。


 問題はそこだ。

 シルビアは教えられたことを、真正面から受け止める。

 疑わない。

 変な方向に自己流アレンジもしない。


 ただ、言葉の意味変換が、少し取り違えられているのである。

 その少しが致命的なのだが。


 私はレオンハルトを見上げた。

 この少年は、間違いなく妹を大切にしている。

 さっきからシルビアを見る目が、とても優しいから。

 そして声も柔らかい。

 シルビアが褒められて嬉しそうにすると、彼も嬉しそうになる。

 妹思いの良い兄だ。

 見ていてとても心が温まるよ。


 だが、教育方針が硬い。

 そして、妹の受信性能を理解していない。

 私は心の中で、レオンハルトに評価をつけた。


 兄としては優秀。

 次期公爵としてもおそらく優秀。

 教育係としては要改善。


 総評。

 ポンコツ製造ライン責任者。


 レオンハルトが、ふと私に気づいた。

「ところで、その黒猫がノワールか」

「ええ。わたくしの猫ですわ」

 シルビアは少し誇らしげに私を抱き上げた。

 急に持ち上げられ、私は前足を宙に浮かせる。


「美しいでしょう?」

 レオンハルトは私をじっと見た。

 シルビアほどではないが、なかなか鋭い目である。

 さすが兄妹、顔面の圧が同系統だ。


「確かに美しい猫だ。ずいぶん賢そうでもある」

 分かるのか。

 私は少しだけ胸を張った。

 元人間である。

 ただの猫ではない。

 レオンハルトはシルビアに視線を戻す。


「だが、猫を飼うなら責任を持たなければならない。命あるものをそばに置くということは、ただ可愛がるだけでは済まない」

 いいことを言う。

 この兄、やはり根はまともである。

 シルビアはこくりとうなずいた。


「もちろんですわ。ノワールは、わたくしのものですもの」

 もの。

 言い方。


 レオンハルトが少し困った顔をした。

「シルビア。もの、ではなく、大切な家族のように扱いなさい」

「家族?」

「ああ。お前がそばに置くと決めたのなら、守るべき存在だ」

 シルビアは私を見た。

 紫色の目が、少しだけやわらかくなる。

「守るべき存在……」


 おや。

 これは良い教えかもしれない。

 レオニー、たまにはちゃんと良い仕事をする。

 シルビアはしばらく考え込んだあと、真剣な顔でうなずいた。

「分かりましたわ。ノワールは、わたくしが守ります」

 私は思わずシルビアを見上げた。


 守る。

 この小さな女の子が、私を。


 悪役令嬢になるはずの少女が、猫の私を守ると言う。

 少し、胸の奥があたたかくなった。


 私はただの猫だ。

 転生していて中身が人間でいる時点で、少し普通ではないが、けれど今の私は小さくて、魔法も使えない猫だ。

 言葉も話せない。

 そんな私を、シルビアは本気で守るつもりらしい。


 レオンハルトは優しくうなずいた。

「それでいい」

 シルビアは私をぎゅっと抱いた。


「聞きましたか、ノワール。あなたはわたくしの守るべき存在ですわ。ですから、勝手にどこかへ行ってはなりません」

 重い。

 少し重い。

 守ると束縛が同時に出力された。

 やはりこのお嬢様、変換機能が不安定である。

 レオンハルトは微笑ましそうに見ている。


「それから、シルビア。下の者にも同じことが言える」

「同じこと?」

「お前のそばで働く者たちも、グランベル家が守るべき者たちだ。だからこそ、間違いがあれば正し、危険があれば止める。厳しさとは、相手を傷つけるためではなく、守るために使うものだ」

 良い。

 かなり良い。

 今のはとても大事だ。

 凄いな、この十歳。


 そうだシルビア!

 そのまま受け取れ!

 そこから先を変に解釈するな!

 シルビアは神妙な顔でうなずいた。


「つまり、皆を守るために、わたくしは厳しくしなければならないのですね」

 違う。

 半分合っているが、半分違う。

 レオンハルトも気づいたのか、少し眉を寄せた。


「いや、厳しくする前に、相手の話を聞くことも――」

「分かりましたわ、お兄様」

 ……これはわかってないな。


 シルビアは胸を張った。

「わたくし、これからも立派に、皆を導いてみせます」

 レオンハルトは沈黙した。

 かわいい妹のやる気は尊いが、方向性が危うい。

 おそらく彼の中で、その二つが戦っているのだろう。

 最終的に、レオンハルトは小さく息を吐いた。


「……少しずつでいい」

 諦めた。

 今、兄が少し諦めた。

 私は心の中で、前足を額に当てた。


 この家族、シルビアを愛しているが、誰もシルビアのズレを正面から修正できていない。

 父は娘に甘い。

 母は微笑ましく見守っている。

 兄は良いことを言うが、妹の解釈ミスを押し切れない。

 使用人は怯えて指摘できない。

 結果、シルビアはまっすぐポンコツ方向に順調に育っている。


 まずい。

 非常にまずい。

 このままでは、善意と責任感と高圧的な態度が合体し、ゲームで見た悪役令嬢シルビアが完成してしまう。


 本人に決して悪意はないけれど、周囲から見れば悪役そのもの。

 私はシルビアの腕の中で、レオンハルトを見つめた。

 お前かっ、と言いたいが責めきれない。

 この兄は悪くない。

 ただ、設計思想が貴族社会すぎる。

 そして運用対象がシルビア。


 そう、システムは悪くない。

 ただユーザー教育に問題がある。

 いや、ユーザーの理解も独特である。

 その結果、現場が炎上を起こしているのだ。


「ノワール?」

 シルビアが私の顔をのぞき込む。

 目が近い。

 近いと、ちゃんと見えるのだろう。

 彼女の表情はさっきよりずっと柔らかい。


「どうしましたの。難しい顔をしていますわ」

 猫の難しい顔とは?

 わかるの?


「にゃ」

 大丈夫。


 ここ数日でわかったこと、視力、表情、言葉選び。

 そして、今日明らかになった家族からの貴族教育。

 これらが複雑に絡み合って、悪役令嬢ルートを構築している。


 ならば、一つずつ潰していくしかない。

 私はレオンハルトを見た。

 今の私は猫である。


 教育方針について意見書も出せない。

 せいぜい、シルビアが誤解したときに噛むくらいだ。

 ……噛むか。


 私はシルビアの腕の中から、そっと前足を伸ばした。

 そして、レオンハルトの袖に軽く触れる。

 レオンハルトが目を瞬いた。


「どうした、ノワール」

「にゃ」

 私は彼を見上げた。

 あなたは悪い人ではない。

 むしろ、シルビアの味方だ。

 ならば、いつか協力してもらう。


 あなたの妹は、決して悪役令嬢ではない。

 ただ、素直すぎるポンコツなのだ。

 レオンハルトは、なぜか少しだけ笑った。


「不思議な猫だな。まるで何か言いたげだ」

 お、レオニーは意外と勘がいい。

 シルビアは得意げに言った。


「当然ですわ。ノワールはわたくしの猫ですもの。賢いに決まっています」

 根拠が雑。

 だが、悪くない。

 レオンハルトは微笑んだ。


「そうか。ならば、シルビアを頼むぞ、ノワール」

 私は耳を立て、ピコピコ動かして見せた。

 頼まれた。

 正式に、兄から頼まれた。

 これは重要案件の依頼である。


「にゃ」

 任せろ。

 この不器用で素直すぎる公爵令嬢を、断罪エンドから救う。


 そのためには、家族教育の修正も、視力問題も、言語出力バグも、全部どうにかしなければならない。

 問題は山積みだ。

 だが、やるしかない。


 私は黒猫ノワール。

 魔法は使えない。

 人間の言葉も話せない。

 だが、観察と介入ならできる。


 そして、今日新たに分かったことがある。

 シルビア改造計画には、本人だけではなく、周囲の人間も含まれる。


 まずは、この兄。

 ポンコツ製造元。

 いつか必ず、正しく巻き込む。

 私は心の中で、そう固く決意した。


 できれば、噛まずに。

「兄、優秀!言っていることは何も間違っていないから、十歳の子供にこれ以上望むのは酷である。しかし!どうにかシルビアの思考修正をしないと、待っているのは断罪の未来。先が長いのだ!by ノワール」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


続きが何か気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。

黒猫一匹と作者が喜びます。

ありがとうございました!

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