第39話 王家と公爵家、手を組む
完結確定。
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王家とグランベル公爵家が、正式に手を組んだ。
言葉だけ聞けば、政治的な同盟のようである。
実際、かなり政治的だった。
王太子アレクシス。
グランベル公爵。
公爵夫人。
次期公爵レオンハルト。
そして、関係者としてシルビア。
そこに、なぜか私も同席していた。
理由は簡単。
シルビアが離さなかったからである。
「ノワールも関係者です」
シルビアがそう言った。
公爵はうなずいた。
「当然だ」
当然なのか。
猫なのに。
しかし、今回私は被害者であり、目撃者であり、シルビアを守った当事者である。
証言はできない。
だが、関係者として扱われた。
グランベル公爵家における私の地位が、また少し上がった気がする。
その部屋の空気は静かだった。
だが、緊張感はかなり高い。
アレクシスは王太子としての顔をしていた。
シルビアと話しているときの柔らかい顔ではない。
王家の一員として、事件を裁く側の顔。
グランベル公爵は、いつも通り静かだった。
静かすぎて怖い。
公爵夫人は穏やかな微笑みを浮かべている。
こちらもいつも通りすぎて怖い。
レオンハルトは若いが、すでに次期公爵の顔をしていた。
真面目で、鋭い。
この顔ぶれ、かなり強い。
敵でなくて本当によかった。
アレクシスが最初に口を開いた。
「今回の件は、単なる学院内の嫌がらせではすみません」
全員が静かに聞く。
「慈善会での細工、馬車の事故、リーナ嬢への接触、シルビア嬢に向けられた噂。これらは個別の出来事ではなく、つながっている可能性が高い」
公爵がうなずく。
「目的は二つでしょう」
彼は指を一つ立てた。
「一つは、リーナ嬢を神殿派閥の都合の良い駒にすること」
次に、もう一つ。
「もう一つは、シルビアを王太子妃候補から引きずり下ろすこと」
部屋の空気が冷えた。
シルビアの手が、私の背に触れる。
私は喉を鳴らした。
大丈夫。
今は、ここに味方しかいない。
アレクシスは静かに言った。
「私は、シルビア嬢との婚約を解消するつもりはありません」
直球。
かなり直球。
シルビアが固まった。
公爵家の面々も一瞬だけ沈黙する。
レオンハルトの眉がぴくりと動いた。
兄として反応したのかもしれない。
公爵は表情を変えない。
公爵夫人は微笑みを深めた。
アレクシスは続ける。
「誰かがそれを狙っているなら、王家としても看過できません」
シルビアは少し顔を赤くしながら言った。
「殿下、そこまで明言なさらずとも」
「必要なことだ」
アレクシスはまっすぐ答えた。
「曖昧にすれば、そこを利用される」
正しい。
非常に正しい。
ただし、シルビアはたぶん今の言葉を政治的判断として受け取った。
違うぞ。
王太子、かなり個人的にも婚約解消する気がない。
私はシルビアの腕の中で小さくため息をついた。
恋愛翻訳はまだ難航中である。
公爵が口を開いた。
「殿下のお考えは承知しました」
その声は静かだ。
「では、我が家も王家の調査に全面的に協力いたします」
全面的。
この言葉も怖い。
グランベル公爵家の全面協力。
それは、ただ書類を出すだけではない。
商会。
使用人。
社交界。
親族筋。
若い貴族たちの噂。
神殿との寄付記録。
領地間の流通。
馬具職人や魔法道具商。
あらゆる網が動くということだ。
どこまで行くのか恐ろしい。
つまり、王家でも手が出しにくい、あらゆる網が動くということだ。
アレクシスも、それを理解しているのだろう。
真剣にうなずいた。
「ありがとうございます。ただし、正式な処分は王家と法の手続きに乗せます」
「無論です」
公爵は静かに答える。
「我が家は証拠を集める。殿下は、それを正式な場へ運ぶ。役割分担としては、それがよろしいでしょう」
こわい。
完全に追い込みの設計ができあがっている。
公爵夫人が穏やかに言った。
「では、わたくしは社交の場で少し様子を見ましょう」
……少し。
少しとは?
夫人は微笑む。
「最近、クラリス嬢と親しくしている令嬢方が、どのようなお話を聞いているのか。マリナがどなたと文を交わしていたのか。お茶会なら、自然に伺えますもの」
……自然に。
こわい。
お茶会という名の情報収集網。
優雅な笑顔で逃げ道を塞ぐタイプだ。
アレクシスが、ほんの少しだけ引いた顔をした。
分かる。
公爵夫人、かなり怖い。
伊達に公爵夫人をやっているわけではない。
レオンハルトも続ける。
「私は学院の卒業生や、ローヴェル家と付き合いのある若い貴族に当たります。クラリス嬢が誰に何を言っていたのか、慈善会前後で誰が不自然に動いたか、探れます」
若い貴族社会。
ここは王家の騎士では入りにくい。
レオンハルトの出番だ。
アレクシスは彼を見る。
「助かる。ただ、無理はしないでほしい。相手が神殿派閥とつながっているなら、危険もある」
レオンハルトは真面目にうなずいた。
「承知しています。ですが、妹を狙われて黙っているほど、私はできた兄ではありません」
かっこいい。
声は静か。
だが、熱がある。
シルビアが小さく言った。
「お兄様」
レオンハルトは妹を見る。
「シルビア。今度は、強くいろとは言わない」
シルビアの目が揺れる。
「怖いなら怖いと言え。つらいならつらいと言え。だが、下を向くな。私たちがいる」
私は少し感動した。
兄。
かなり良い。
昔のポンコツ教育方針から、ちゃんとアップデートされている。
シルビアは唇を引き結んだ。
泣きそうだ。
でも、今度は泣くことを我慢しすぎてはいない。
「……はい」
小さな返事。
だが、確かだった。
アレクシスはその様子を見ていた。
そして、少しだけ視線を伏せる。
たぶん、彼も思っている。
シルビアは、こんなにも愛されていたのだと。
そして、それを自分は昔、見ていなかったのだと。
私はアレクシスを見た。
王太子。
今からでも遅くない。
見ろ。
ちゃんと。
彼は顔を上げ、シルビアを見た。
「僕も、君が一人で立たなくていいようにする」
シルビアが目を瞬く。
「殿下」
「君はもう、全部を一人で受け止める必要はない」
アレクシスの声は静かだった。
「王家としても、婚約者としても、僕は君の味方でいる」
婚約者としても。
かなり踏み込んだ。
シルビアの顔が赤くなる。
ただし、また政治的な意味に変換している顔だ。
私は見上げた。
違う。
違うぞ。
そこには個人的な好意もかなり入っている。
しかし、今この場で噛むわけにはいかない。
私は弱っている。
靴ひもも遠い。
リーナがいれば通訳してくれたかもしれないが、今日は同席していない。
惜しい。
公爵夫人が、そんな二人を見て静かに微笑んだ。
何か察している顔である。
母、さすが。
会議はさらに具体的な話へ進んだ。
リーナは神殿側の事情もあるため、今日は別室で待機している。
まず、リーナの保護。
神殿派閥に利用されないよう、王家とグランベル家の両方が彼女の安全を確認する。
ただし、リーナ本人の意思を尊重。
神殿全体を敵とせず、特定派閥を切り分ける。
次に、クラリスの監視。
直接追及はまだしない。
証拠がそろうまで泳がせる。
ただし、シルビア、リーナ、ノワールに近づく場合は警戒する。
私も対象に入っている。
ありがたい。
次に、マリナ。
彼女は学院別邸の侍女という立場を持つが、すでに公爵夫人の指示で勤務から外されている。
表向きは配置換え。
実際は、動きを制限するため。
母、仕事が早い。
最後に、社交界への対応。
噂を無理に否定するのではなく、シルビアの実際の行動を見せる場を増やす。
勉強会。
慈善活動。
リーナとの交流。
王太子との協力。
良い事実を積み上げ、悪評の余地を狭める。
これは私が考えていた戦い方と同じだ。
猫の方針が、公爵家と王家の戦略に採用された。
誇らしい。
いや、誰も私の案とは知らないが。
会議の終わりに、公爵がシルビアへ言った。
「シルビア」
「はい」
「お前はしばらく休め。調査はこちらで進める」
「ですが、わたくしも」
「お前の役割は、傷を癒やすこと。そして、今まで通り自分の言葉で人と向き合うことだ」
シルビアは黙った。
公爵は少しだけ声を柔らかくする。
「お前が悪役ではないことを、私たちだけが知っていても足りない。お前自身が、それを行動で示してきた。これからも、それを続けなさい」
シルビアの目が揺れる。
「……わたくしに、できますか」
小さな声。
昔なら絶対に言わなかっただろう不安。
公爵は静かに答えた。
「できる」
即答だった。
母も言った。
「できます」
兄も言った。
「できる」
アレクシスも言った。
「できるよ」
四方向からの即答。
シルビアは完全に固まった。
私は腕の中で喉を鳴らした。
できる。
私もそう思う。
シルビアは、少しだけ目を伏せた。
そして、ゆっくりうなずいた。
「……分かりました」
王家と公爵家が手を組んだ。
父は証拠を集める。
母は社交と内側を探る。
兄は若い貴族社会を追う。
アレクシスは王家の調査と法の場へつなげる。
シルビアは、悪役令嬢ではない自分を積み重ねる。
私は、回復しながら見張る。
かなり強い布陣だ。
敵は、たぶんまだ気づいていない。
シルビアを孤立させようとした結果、彼女の周囲にいた強者全員を起こしてしまったことに。
黒猫ノワール。
悪役令嬢断罪エンド回避担当。
今日、分かったこと。
王家と公爵家が協力すると、怖い。
特に、怒れるグランベル家は本当に怖い。
だが、その怖さは、シルビアを守るためにある。
ならば、私はその怖さを歓迎しよう。
物語は、断罪へ向かうのではない。
反撃へ向かい始めている。
「少しずつ網が狭まって行く。公爵家と王家の結束が強固になった今、隠れているもの達は、すでに手のひらの上。by ノワール」
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