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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第6章 王家より怖い公爵家 、静かなる怒り

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38/58

第38話 公爵家は、それぞれの役割で動く

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 グランベル公爵家は、静かに動き出した。


 それは、軍勢を集めて攻め込むような派手なものではない。

 怒鳴り声もない。

 報復宣言もない。

 社交界で大げさに騒ぐこともない。

 だからこそ、怖い。


 静かに、正確に、必要な場所へ手が伸びていく。

 私はシルビアの部屋で、柔らかいクッションの上に寝かされていた。

 ノワール専用療養クッション。

 シルビアが用意させた。

 高級である。 


 体はまだ重いが、少しずつ動けるようになってきた。

 ただし、シルビアの監視が厳しい。

 私がクッションから降りようとすると、すぐに止められる。


「ノワール、まだ動いてはいけません」

「にゃ」

 少しだけ。

「いけません」

「にゃ」

 水を飲みに。

「エマ、ノワールのお水をこちらへ」

 完璧に封じられている。

 猫の自由がない。


 しかし、シルビアが真剣すぎるので文句が言えない。

 私が目の前で一度死んだようなものなので、過保護になるのも仕方ない。


 その間にも、公爵家は動いていた。

 まず、父。

 グランベル公爵。

 彼は表向き、王太子アレクシスとともに正式な調査協力を進めた。


 王家が扱うべきもの。

 公爵家が調べられるもの。

 学院側から提出させるもの。

 神殿へ照会するもの。

 ローヴェル家に確認を求めるもの。


 すべてを整理した。

 感情で殴るのではない。

 書類で殴る気だ。

 とても怖い。

 公爵は、私の見舞いに来たときも、顔色ひとつ変えずにシルビアへ報告した。


「偽の身分証を作った職人は見つかった」

 シルビアが顔を上げる。

「本当ですか」

「ああ。依頼は仲介を挟んでいたが、金の流れを追っている」

「ローヴェル家へ?」

「まだ断定はしない」

 公爵は静かに言った。

「だが、遠くはない」


 遠くはない。

 その言い方が怖い。

 犯人側からすれば、足音が近づいてきているようなものだ。

 そしてもう、その背中は見えていると言うことになる。


 父の役割。

 証拠を集める。

 正式な道筋を作る。

 相手の逃げ道を塞ぐ。

 冷静な怒りの塊である。


 次に、母。

 グランベル公爵夫人。

 彼女は、夫とは違う動き方をした。

 優しく、穏やかで、上品。

 シルビアの部屋へ入ると、まず娘を抱きしめた。


「シルビア、無事でよかった」

 シルビアは一瞬固まったあと、小さく震えた。

「お母様」

「怖かったでしょう」

 その言葉だけで、シルビアの目に涙が浮かんだ。

 母は強い。


 父のように証拠で詰めるのではない。

 シルビアの心を、逃がさず、でも優しく受け止める。

 シルビアは、母の前では少しだけ子どもに戻った。


「ノワールが……」

「ええ」

「ノワールが、わたくしを助けて」

「ええ」

「わたくし、怖くて」

「そうね」

 公爵夫人は、否定しなかった。

 大丈夫とも言わなかった。

 泣くなとも言わなかった。

 ただ、受け止めた。


 シルビアは静かに泣いた。

 私はクッションの上から見ていた。

 胸が少し痛い。

 でも、よかった。

 シルビアは泣けた。

 怖かったと、母の前で言えた。

 公爵夫人はシルビアの背を撫でたあと、私のそばへ来た。

 そして、そっと頭を撫でる。


「ノワール。シルビアを守ってくれてありがとう」

「にゃ」

 どういたしまして。

 公爵夫人の手は、とても優しかった。


 しかし。

 その後が怖かった。

 シルビアが少し眠ったあと、公爵夫人は侍女たちに静かに指示を出した。

「シルビアの周囲に出入りした者の名簿を、過去半年分を出してちょうだい」


 声は穏やか。

「学院別邸の使用人、臨時雇い、出入り商人、仕立て屋、馬具職人、届け物をした者も含めてすべてです」

 すべて。

 母もすべて。


 侍女たちが背筋を伸ばす。

「それから、マリナの過去の勤務記録も。紹介状、給与、休暇の行き先、手紙のやり取り。分かる範囲で構いません」

 構いません。

 構いません、と言いながら、目はまったく構わない目ではない。


 構わないの求められるレベルが高いすぎる。

 公爵夫人は微笑んでいる。

 とても美しい。

 だが、怖い。


 父は公的な証拠を集める。

 母は屋敷の内から洗う。

 人の出入り。

 使用人の心。

 噂の流れ。

 誰が誰に近づいたか。

 柔らかな社交と家政の網で、逃げ道を絡め取る。


 私は思った。

 グランベル公爵家、総力戦である。

 やはり王家より怖い。


 そして、兄。

 レオンハルト・グランベル。

 シルビアの三歳上の兄。

 かつて、シルビアのポンコツ教育の筆頭となった男。


 公爵家の者は堂々と。

 軽んじられてはいけない。

 下の者を導け。

 毅然としていろ。


 その教えは間違っていなかった。

 間違ってはいなかったが、シルビアが素直すぎて悪役令嬢語の土台になった。

 つまり、ポンコツ製造ラインの責任者である。


 だが、兄としては優秀だ。

 次期公爵としてもかなり優秀。

 彼は学院へ来るなり、まずシルビアの前で膝をついた。


「シルビア」

「お兄様」

 シルビアが驚く。

 レオンハルトは妹の手を取った。


「すまなかった」

 いきなり謝った。

 シルビアも私も固まった。

「お兄様?」

「お前に、強くあれとばかり言ってきた」

 レオンハルトの声は低かった。

「怖いときも、傷ついたときも、堂々としていろと教えた。お前が泣けなくなったのは、私のせいでもある」

 シルビアの目が揺れる。


「そんなこと」

「ある」

 兄は即答した。

「私はお前を守りたかった。公爵家の娘として、誰にも侮られないように。だが、守り方を間違えた部分がある」


 私は驚いた。

 レオンハルト。

 自覚している。

 ポンコツ製造ライン責任者が、自主的に不具合報告を上げている。

 非常にえらい。

 シルビアは言葉に詰まっていた。

 レオンハルトは、妹の手をそっと握る。


「だから、今度は私も正しく守る」

「正しく?」

「ああ」

 彼の目が鋭くなる。

 父と同じ紫の瞳。

 だが、若い分だけ熱がある。


「ローヴェル家の若い連中、学院の令息たち、クラリスの周囲にいる者たち。私の伝手で探る」

 なるほど。

 兄の役割。

 若い貴族社会の情報収集。


 学院の卒業生としてのつながり。

 令息たちの社交。

 表に出にくい噂。

 誰が誰に近づき、誰が金を使ったか。


 父が表の制度。

 母が家と使用人。

 兄が若い貴族の網。

 完璧な分担である。


 こわい。

 非常にこわい。

 アレクシスが後から部屋へ来て、その話を聞いたとき、ほんの少しだけ顔を引きつらせていた。

 分かる。

「グランベル家は、すでにそこまで……?」

 レオンハルトは真面目な顔で答えた。


「足りません」

 アレクシスが一瞬黙った。

 分かる。

 王家の調査より速く、広く、深く動いている。


 アレクシスはたぶん思っている。

 この家、敵に回したら本当にまずい。


 分かる。

 私も思っている。

 グランベル家は、静かに恐ろしい。


 だが、それはシルビアを守るためだ。

 シルビアは、その全員の動きを聞きながら、少し戸惑っていた。


「皆、そこまでしなくても」

 父が言った。

「する」

 母が言った。

「します」

 兄が言った。

「当然だ」

 アレクシスまで言った。

「僕も協力する」


 シルビアは完全に黙った。

 公爵家総出。

 王太子と王家のオプション付き。


 これは相当に強い。

 私はクッションの上でしっぽを揺らした。

 シルビア。

 あなたは一人ではない。

 昔のように、怖い顔で立って、全部を自分だけで受け止めなくていい。


 家族がいる。

 友達がいる。

 婚約者がいる。

 黒猫もいる。

 シルビアは、しばらく黙ったあと、小さく言った。 


「……ありがとう、ございます」

 家族全員の動きが、一瞬止まった。


 父の目元がわずかに緩む。

 母が優しく微笑む。

 兄が少しだけ泣きそうな顔をする。

 アレクシスが柔らかく笑う。


 私は思った。

 これもまた、悪役令嬢ルートにはなかった光景だ。

 悪役令嬢は孤立して断罪される。


 だが、今のシルビアには孤立は無縁だ。

 むしろ、うっかり敵に回した側が詰むほど、周囲が強い。

 グランベル公爵家は、それぞれの役割で動く。

 そして私は。

 まだ動けない黒猫として、クッションの上からすべてを見張る。


 不本意だ。

 だが、今は少しでも早く動けるように、回復に全振りする。

 回復も任務だ。


 黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。

 今日、分かったこと。


 グランベル公爵家は王家よりも怖い。

 全員シルビアを深く愛している。


 公爵家を敵に回した者たちは、まだ、自分たちが何をしたのか分かっていない。

「シルビアが家族皆に愛されているのが、強く伝わるんだ。公爵家の使用人達も、総力戦に加勢しているんだよ。公爵家、使用人までもが、超優秀。byノワール」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


続きが何か気になる、面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても嬉しいです。

黒猫一匹と作者が喜びます。

ありがとうございました!

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