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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第5章 黒猫は、嫌な予感に爪を立てる

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34/58

第34話 黒猫、自分の秘密を知る

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 シルビア無事でいるの?


 暗い。

 何も見えない。

 音もない。

 匂いもない。

 痛みも、ない。

 さっきまで、あんなに痛かったのに。


 馬車。

 蹄。

 車輪。

 シルビアの叫び声。

 そして彼女の泣き顔。


 それらが、遠くへ沈んでいく。

 私は、どこにいるのだろう。

 死んだのだろうか。


 いや、たぶん死んだ。


 あの衝撃は、どう考えても普通の猫が無事で済むものではない。

 前世で車にはねられたときと、似ていた。

 今世で最後に見えたのは、シルビアの顔。


 泣いていた。

 泣かせたくないのに。


 私は、また同じことをしたのだと思った。

 前世の私は、道路へ飛び出した黒猫を助けようとして、死んだ。

 あのときの黒猫が、今の私だ。


 意味が分からない。


 あの時、私の魂か何かが、あの猫に入ったと言うことなのだろうか。

 仕様が複雑すぎる。

 セルフ救助からのセルフ転生なのか。

 開発者を呼んでほしい。


 いや、今はそれどころではない。


 シルビア。

 シルビアは無事だっただろうか。


 私は彼女の裾を引いた。

 少しだけ、横へずらした。

 馬車は、彼女を避けたはずだ。


 たぶん。


 どうか無事でいて。

 それだけを願った。


 暗闇の中で、何かが聞こえた。

 小さな声。

 遠くから、私を呼ぶ声。


「ノワール」


 かすかに聞こえたのは、シルビアの声だ。

 震えている。

 泣いている。


「ノワール、お願い。目を開けて」


 やめて。

 そんな声を出さないで。

 シルビア!


 私は返事をしようとした。


 けれど、体がない。

 口もない。

 だから鳴き声も出ない。


 私、という実体がない。


「治って。お願いだから、治って」

 胸が締め付けられるほどの、悲痛な声。

 胸が痛い。


 温かいものが、額に落ちた。

 涙。

 シルビアの涙。


 その瞬間、暗闇の奥で何かが灯った。

 小さな光。


 一つ目の光は、もう消えていた。

 なぜだが、私にはわかる。

 たぶんそれは前世で失った命。


 二つ目の光も、今まさに消えかけている。

 けれど、その奥に、もう一つ光があった。


 三つ目。


 猫には九つ命がある。


 誰かがそう言っていた。

 ただの迷信だと思っていた。

 この際、迷信でも呪いでも、何だっていい。

 あの子のそばにいられるのなら。


 シルビアの涙がその光に触れた。


 そのとき、ぱちり、と音がした気がした。

 胸の奥で、何かが跳ねる。


 一度。

 二度。

 三度。


 鼓動。


 痛い。


 急に痛みが襲ってきた。

 体が重い。

 息が苦しい。


 でも。

 息をしている感覚。

 私は、かすかに喉を震わせた。


「……にゃ」

 声は、ほとんど音にならなかった。

 けれど、シルビアには届いたらしい。

 彼女の息が止まる音がした。


「ノワール?」


 私は目を開けようとした。

 まぶしい。

 視界がぼやける。

 最初に見えたのは、シルビアの顔だった。


 涙で濡れている。

 紫の瞳が、大きく見開かれている。

 美しい顔が、ぐしゃぐしゃに歪んでいた。


 ああ。

 だめだ。


 そんな顔をさせたくなかった。

 私はもう一度、鳴こうとした。


「にゃ……」

 シルビアの手が震えた。

「生きて……」

 その声は、細く震えていた。


「生きているの……?」

 リーナの泣き声が聞こえた。

「ノワールさん……!」

 アレクシスの声も聞こえる。

「息が戻った……? 本当に?」


 シルビアの治癒魔法の光が、まだ私を包んでいる。

 温かい。

 けれど、傷を治しているのとは少し違う気がする。

 失われかけた命を、無理やり縫い留めているような感覚。


 痛い。

 苦しい。

 でも、とても温かい。


 私はシルビアの腕の中で、少しだけ身じろぎした。

 シルビアが息をのむ。


「動いてはいけません!」

 声が強い。

 いつもの命令口調。


 けれど、今は怒られてもいい。

 むしろ、その声がとても心地いい。

 もっと怒って。


 シルビアは私を抱きしめる。

 強く、強く、とても強く。

 でも、傷に触れないように、とても慎重に。


「ノワール……」

 その声は、今まで聞いたどんな言葉よりも弱かった。


 シルビアは泣いていた。

 泣きながら、私を抱いていた。

 私はぼんやりした頭で思う。


 猫には九つ命がある。


 一つ目は、前世で失った。

 二つ目は、今失った。

 そして今、三つ目の命で目を覚ました。


 つまり、そう言うことなのだろう。

 今動いているこの命を含めて、残り七つの私の命。

 数だけ見れば、まだ余裕はある。


 だが。

 シルビアの涙を、私の命一つ分と数えるなら。

 私はもう、二度と死にたくない。

 アレクシスが周囲に指示を出していた。


「馬車を動かすな。道を封鎖して、煙玉と馬車の状態を確認して」

「御者と馬の保護を。ローヴェル家の馬車の車輪も調べるんだ」

 声が鋭い。

 王太子の声だった。

 今までの穏やかさとは違う。

 本気で怒っている。

 リーナは私のそばに膝をつき、震える手で祈りの光を添えてくれていた。


「ノワールさん、よかった……本当に、よかった……」

 私はリーナを見る。

 大丈夫、と鳴きたい。

 しかし、喉がうまく動かない。

 代わりに、しっぽをほんの少し動かした。

 リーナが涙をこぼした。


 やめて。

 君まで泣かないで。

 私は困る。


 泣かれると、ものすごく困る。

 クラリスの声はしなかった。

 周囲は騒然としている。

 護衛たちが動き、御者が馬を抑え、同行していた神官が、怪我人の様子を見ている。

 ローヴェル家の馬車は、少し離れたところで止まっていた。


 クラリスはそのそばに立っているらしい。

 視界の端に、淡い色のドレスが見えた。

 表情までは分からない。

 けれど、彼女がこちらを見ている気配はあった。

 シルビアは私を抱いたまま立ち上がろうとした。

 アレクシスがすぐに止める。


「シルビア嬢、動かない方がいい。君も膝を打っている」

「わたくしは平気です」

 声が硬い。

 だが、膝が震えている。

 平気ではない。

 私はすぐに鳴こうとした。


「にゃ……」

 声が小さすぎる。

 それでもシルビアは私を見た。

「ノワール?」

 私は彼女の手に、そっと前足を置いた。

 無理をするな。


 シルビアは唇を噛む。

 リーナがそっと言った。

「シルビア様、お願いします。座ってください。ノワールさんも心配しています」

 シルビアは反論しようとした。

 だが、私がじっと見ると、何も言わずに座った。


 よし。

 猫の説得、成功。

 アレクシスがほっと息を吐く。


「近くの詰所へ運ぼう。医師と治癒師を呼ぶ」

 シルビアは私を抱いたまま、離そうとしなかった。

 護衛が布を持ってくる。

 リーナが私の体を包むのを手伝う。


 シルビアの手はずっと震えていた。

 私は、その震えを感じながら思う。


 助かった。

 シルビアは生きている。

 リーナも無事。

 アレクシスも無事。


 事故は起きた。

 でも、最悪ではなかった。

 しかし、これは偶然ではない。


 煙玉。

 魔法薬。

 荷車。

 ローヴェル家の馬車。

 シルビアが外へ出るタイミング。


 何もかもが危険すぎる。

 誰かが仕組んだ。


 たぶん、クラリス側。

 いや、ローヴェル家だけではないかもしれない。

 神殿の影もある。


 私は考えようとした。

 だが、体が重い。

 意識がまた沈みそうになる。

 シルビアの声が聞こえる。


「眠ってはだめです、ノワール」

 それは無理だ。

 眠い。

 とても眠い。

 でも、死ぬ眠りではない。


 たぶん。


 私はシルビアの指に、もう一度前足を押しつけた。

 大丈夫。

 今度は、戻ってくる。

 シルビアは泣きながら言った。


「置いていかないで」


 胸が痛い。

 傷より痛い。

 私はかすかに喉を鳴らした。


 置いていかない。

 まだ。

 君を置いていけない。

 だってまだ、君の、シルビアのたくさん笑って、幸せな姿を見ていないから。


 何より私が、まだあなたの側にいたいから。


 それにあなたの断罪エンドを回避していない。

 だから、まだ行くわけにはいかない。


 黒猫ノワール。

 三つ目の命で、目を覚ます。

 残り七つ。


 けれど、その数字をシルビアに伝えることはできない。

 伝えられたとしても、きっと意味はない。

 命が複数あるから大丈夫、ではない。

 死ぬのは普通に痛い。


 あと、主が泣く。

 私はシルビアの腕の中で、ゆっくり目を閉じた。


 今度は、眠るだけ。

 そう信じて。

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