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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第5章 黒猫は、嫌な予感に爪を立てる

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33/58

第33話 悪役令嬢、孤児院へ向かう

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 孤児院へ向かう日が来た。


 朝から、空はよく晴れていた。

 馬車で出かけるには、申し分ない天気だ。

 だからこそ、私は落ち着かなかった。


 こういう日は危ない。

 前世で遊んでいた物語でも、だいたい悲劇の前は妙に空が綺麗だった。

 晴れた日に馬車が出る。

 穏やかに笑う人々。

 何も起きないような空気。

 そして、急に崩れる。

 嫌な予感の演出としては、かなり定番である。


 やめてほしい。

 現実でフラグを立てるのは、本当にやめてほしい。

 私はグランベル家の馬車の前で、しっぽを低く揺らしていた。

 馬車はしっかりとした造りだ。 


 車輪も確認済み。

 御者もグランベル家の者。

 馬も落ち着いている。

 護衛もいる。

 さらに、アレクシスが王家の護衛を連れてきた。


 安全対策としては、かなり厚い。

 シルビアは出発前に、御者や護衛へ細かく指示していた。

「森沿いの道は使いません。騎士詰所に近い道を通りなさい」

「途中で馬が不自然に怯えた場合は、すぐ止まること」

「寄付品の箱は、リーナ嬢のものと分けて固定してください」

「不審なことがあれば、すぐわたくしに報告を」


 言い方は相変わらず強い。

 だが、内容は的確だ。

 御者も護衛も真剣に聞いている。

 以前なら、シルビアの指示はただ怖がられたかもしれない。


 が、今は違う。

 彼女が警戒している理由があると、周囲も理解している。

 これも進歩である。


 リーナは寄付品の箱を抱え、少し緊張した顔で立っていた。

 白い護符の箱もある。

 慈善会で残った分を、孤児院の子どもたちへ届けるのだ。


 アレクシスは護衛と話していた。

 王太子らしい真剣な表情。

 顔がいい。

 いや、今は顔の話ではない。

 クラリスも来ていた。

 もちろん、彼女は穏やかに微笑んでいる。


「今日はよい天気でよかったですわ」

 その声はいつも通り柔らかい。

 だが、私は警戒を解かない。

 クラリスはローヴェル家の馬車で来ていた。

 こちらがグランベル家の馬車を使うと伝えたため、彼女はあっさり受け入れた。


「もちろんですわ。シルビア様のご都合のよい形で」

 そう微笑んで。

 あっさりしすぎていて、むしろ怪しすぎる。


 私は彼女の馬車を見た。

 見た目は普通だ。

 だが、普通に見えるものほど危ない。

 クラリスは私の視線に気づいたのか、少し笑った。


「ノワールは今日も警戒していますのね」

「にゃ」

 しています。

 あなたを。

 クラリスは目を細める。


「本当に、シルビア様を守る騎士のよう」

 騎士。


 猫である。

 しかし、悪くない。

 黒猫騎士ノワール。


 少し格好いい。

 いや、乗るな。

 相手はクラリスだ。

 シルビアは私を抱き上げた。


「ノワールは、わたくしの大切な家族です」

 すぐ言った。

 人前で。

 クラリスの笑みが一瞬止まる。

 リーナが嬉しそうに笑う。

 アレクシスも柔らかい顔をしている。

 私はシルビアの腕の中で胸を張った。


 家族。

 この言葉にはまだ慣れない。

 だが、何度聞いても悪くない。

 出発前、アレクシスが全員に確認した。


「念のため、行きはグランベル家の馬車にシルビア嬢、リーナ嬢、ノワール。僕は護衛と一緒に外で馬に乗る。クラリス嬢はローヴェル家の馬車で後ろから。これでいいかな」

 クラリスは微笑む。

「ええ。問題ありませんわ」

 私は眉をひそめたい気分だった。


 猫に眉はない。

 だが、気持ち的にはしっかりひそめている。


 クラリスが別の馬車。

 つまり、こちらの馬車内には入らない。

 シルビアとリーナだけ。


 これは安全なのか。

 それとも、こちらの馬車に何か仕掛けてくるのか。

 出発前に護衛が確認したはずだ。

 私も確認した。


 座席。

 床。

 扉。

 窓。

 荷物置き。

 車輪付近。

 馬具。

 馬。


 怪しい匂いはなかった。

 だが、嫌な予感は消えない。


 馬車に乗る前、私はもう一度車輪の近くを嗅いだ。

 木と金属と油の匂い。

 特に異常はない。

 馬も落ち着いている。

 御者も見慣れたグランベル家の者だ。

 大丈夫。

 そう言い聞かせる。


 しかし、心の奥のざわめきは消えなかった。

 馬車が動き出した。

 中には、シルビアとリーナと私。

 シルビアは窓際に座り、外を見ている。

 リーナは護符の箱を膝に置き、少し緊張していた。

 私は二人の間に座る。


 警備位置としては完璧だ。

 今のところ何も起きていない。。

 馬車は学院を出て、町中の道を進む。

 道行く人々が王家と公爵家の紋章を見て頭を下げる。 

 アレクシスが馬上で護衛と話している姿も見える。

 クラリスの馬車は少し後ろ。

 ちゃんとついてきている。

 リーナが窓の外を見て、小さく言った。


「孤児院の子どもたち、喜んでくれるでしょうか」

 シルビアは護符の箱を見る。

「あなたが丁寧に作ったものです。喜ばないはずがありませんわ」

 お、かなり良い。

 リーナは嬉しそうに笑う。


「ありがとうございます」

 シルビアは少し顔を赤くした。

「事実を申し上げただけです」

 照れ隠し。

 だが、今回は悪くない。

 私は喉を鳴らした。


 馬車の中の空気は穏やかだった。

 だからこそ、怖い。

 何も起きないなら、それでいい。

 そう思う。


 だが、物語はこういう穏やかな時間を狙ってくる。

 しばらく進むと、馬車は予定通り騎士詰所に近い道へ入った。

 森沿いの最短路ではない。


 よし。

 少し安心する。

 道幅は広く、通行人もいる。

 護衛も周囲を確認している。

 これなら、簡単に襲撃はできない。

 そう思った瞬間。


 馬が、かすかに耳を動かした。

 私は窓へ飛びついた。


「ノワール?」

 シルビアが私を見る。

 私は外を見る。


 道の先。

 荷車が一台、停まっている。

 積み荷が崩れたらしく、道を半分ふさいでいた。

 御者が馬車をゆっくり止める。

 護衛が前へ出る。 


 アレクシスも周囲を確認する。

 不自然ではない。

 この世界では馬車の荷崩れはよくあることかもしれない。

 だが、私は嫌な匂いを感じた。


 魔法薬。


 微かに、馬を興奮させる薬の匂い。

 前世の私は薬に詳しくない。 

 だが、この猫の鼻が知らせている。 


 危険。


 私は激しく鳴いた。


「にゃあ!」

 シルビアの表情が変わる。

「ノワール?」

「にゃ!」 


 外。

 前。

 馬。

 薬。

 伝われ!


 私は窓枠に前足をかけ、外を指すように鳴く。

 リーナが息をのむ。


「何かあるんですか?」

 そのとき、前方の荷車の陰から、何かが転がった。

 小さな丸い玉。

 地面に落ちた瞬間、薄い煙を出す。

 馬がいななく。

 グランベル家の馬が、急に落ち着きを失った。

 御者が必死に手綱を引く。

 護衛が叫ぶ。 


「馬を抑えろ!」

 馬車が大きく揺れた。

 リーナが護符の箱を抱え込む。

 シルビアがとっさにリーナの肩を支えた。


「頭を下げなさい!」

 命令形。

 だが、今は正しい。

 私は窓から外へ飛び出そうとした。


「ノワール!」

 シルビアが叫ぶ。

 だが、私は止まらなかった。


 煙玉。

 馬の足元。

 それをどうにかしなければ、馬車が暴走する。

 私は馬車の窓枠から外へ飛び出し、車体の縁に爪を立てた。


 風が強い。

 馬車が揺れる。

 怖い。

 普通に怖い。


 だが、行くしかない。

 車体の前方へ移動する。

 馬の足元に煙玉が転がっている。

 薄い煙が馬を刺激している。

 私は車体から地面へ飛び降りた。 


 着地成功。

 猫なので。


 だが、馬の蹄が近い。

 危ない。

 非常に危ない。

 私は煙玉へ駆け寄り、前足で弾いた。


 熱い。

 少し熱い。

 だが、我慢。


 煙玉は道の端へ転がる。

 煙が薄れる。

 馬のいななきが少し弱まった。

 御者が手綱を引く。

 護衛が馬の頭を押さえる。

 アレクシスが馬から飛び降り、御者を助ける。

 馬車の揺れが止まった。

 よし。


 止まった。

 そう思った瞬間。

 背後で、別の音がした。

 車輪のきしむ音。

 振り返る。


 後ろのローヴェル家の馬車が、こちらへ近づいている。

 いや、近づきすぎている。

 馬が暴れている。


 クラリスの馬車も、同じ煙に巻き込まれたのか。

 御者が制御できていない。

 その進路には。


 道に立つシルビアがいた。


 いつの間に馬車から降りたのか。

 リーナを護衛に預け、外へ出ていたのだ。

 シルビアは、こちらへ駆け寄ろうとしている。


 私を助けに。


 馬車が迫る。

 時間が、ゆっくりになった。


 黒い馬。

 揺れる車体。

 御者の叫び。

 アレクシスの声。

 リーナの悲鳴。

 シルビアの紫の瞳。


 危ない!

 シルビア!

 逃げて!


 私は走った。


 考えるより先に、体が動いた。

 小さな黒猫の体で、シルビアへ向かって全力で走る。


 前世の記憶が、突然、割れるように戻ってきた。


 雨の道路。

 車のライト。

 飛び出した、痩せた黒猫。

 私は叫んだ。

 危ない、と。

 走った。

 黒猫を抱き上げた。

 直後、車の音。

 衝撃。

 痛み。

 白い光。


 ああ。

 そうか。


 私の死因。

 私は、黒猫を助けようとして死んだんだ。


 そして、その黒猫が。

 私か。


 助けた黒猫は、私⁈

 どういうこと!

 いや、今そこにツッコんでいる場合ではない。


 目の前に、馬車が迫る。

 シルビアが私を見る。


「ノワール!」

 私は地面を蹴った。

 小さな体で、全力で。


 シルビアの足元へ飛び込む。

 彼女のドレスの裾に噛みつき、横へ引く。


 動け!


 少しでいい。

 そこから動け。

 シルビアの体がわずかにずれる。


 次の瞬間。


 車輪か、馬具か、何か硬いものが勢いよく私の体を打った。  

 激しい衝撃に息が詰まる。


 痛い。

 熱い。

 音が消える。

 空が回る。


 シルビアの叫び声が聞こえる。


「ノワール!!!」


 私は地面に叩きつけられ、転がった。

 体が動かない。

 息がうまくできない。

 痛い。

 とても痛い。


 ああ。

 これは。

 まずい。


 シルビアが駆け寄ってくる。

 顔が真っ青だ。

 リーナも泣きそうな顔で走ってくる。

 アレクシスが何か叫んでいる。

 護衛たちが馬車を止めたらしい。


 でも、音が遠い。

 シルビアが私を抱き上げた。

 手が震えている。


「ノワール、しっかりなさい。ノワール!」

 声が震えている。

 こんな声、聞きたくない。


 ああ、シルビア。

 泣かないで。


 私は鳴こうとした。

 だが、声が出ない。


 シルビアの手に金色の光が灯る。

 治癒魔法。

 温かい光が私を包む。


 でも、分かる。


 たぶん、この光は届かない。


 治癒魔法は、生きている傷を治すもの。

 命が消えることまでは、引き止められない。

 シルビアの涙が、私の顔に落ちた。 


 一粒。


 熱い。

 シルビアが泣いている。


 だめだ。

 泣かせたくないのに。


 でも、シルビアが無事なら。

 それで。


 視界が暗くなる。


 最後に見えたのは、泣きながら私の名前を呼ぶシルビアの顔。


 いつもピンと背筋を伸ばして、誰にも侮られないように凛としているあの子が。


 家族にさえ涙を見せなかったあの子が。


 泣いているんだ。





 ねぇ、神さま。





 猫には九つ命がある。


 そんな言葉を、前世で聞いたことがあるんだけど。


 もし、それが本当なら。


 他に何もいらないから。





 お願い。





 もう一度だけ。



 あの子のそばへ。



 どうか、戻してください。

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