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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第5章 黒猫は、嫌な予感に爪を立てる

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32/58

第32話 黒猫、馬車事故の気配に爪を立てる

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 クラリスからの誘いは、丁寧で自然だった。


 慈善会で集まった寄付品の一部を、学院近くの孤児院へ届ける。

 ローヴェル家の馬車を出す。

 親族であるシルビアも一緒にどうか。

 神殿関係の品があるため、リーナも誘いたい。

 表向きは、何の問題もない。

 むしろ、慈善会の流れとしては自然だ。


 困っている子どもたちへ品を届ける。

 シルビアが参加すれば、公爵家の令嬢としての評判も上がる。

 リーナが参加すれば、神殿の子どもたちも喜ぶ。

 アレクシスが同行すれば、王家の慈善活動としても意味がある。


 完璧。

 完璧すぎる。

 だからこそ怪しい。


 私はシルビアの部屋で、机の上に広げられた予定表を見つめていた。

 学院の授業予定。

 勉強会の日程。

 慈善会後の寄付品配送。

 孤児院の場所。

 馬車の経路。


 アレクシスが調べてくれた情報もある。

 孤児院は学院からそれほど遠くないので、馬車なら半刻ほど。

 道は比較的整っている。

 途中に小さな森沿いの道がある。

 森沿いの道。


 嫌だ。

 非常に嫌だ。

 乙女ゲームの終盤で、馬車事故が起きた記憶がある。

 ただ、その詳細がはっきりしない。


 リーナが乗っていたのか。

 シルビアが乗っていたのか。

 王太子が助けに来たのか。

 クラリスが関わっていたのか。

 思い出せそうで、思い出せない。


 前世の私、なぜもっと真面目に悪役令嬢のイベントログを読んでおかなかったのか。

 推しのスチル回収に夢中だった自分を、今だけ少し恨む。

 いや、かなり恨む。


 シルビアは椅子に座り、予定表を見ていた。

 私は机の端で前足を置く。


「にゃ」

 行くな。

 少なくとも、その馬車には乗るな。

 シルビアは私を見る。


「ノワールは、よほどこの件が気になるのですね」

「にゃ」

 気になる。

 全身の毛が逆立つくらい気になる。

 リーナも部屋にいた。

 今日はシルビアに呼ばれて、相談に来ている。

 アレクシスもいる。

 最近この三人と一匹が集まると、だいたい会議になる。


 悪役令嬢断罪エンド回避対策会議。

 名称は私が勝手につけた。

 リーナは心配そうに予定表を見た。


「孤児院へ行くこと自体は、悪いことではないと思うんです」

「ええ」

 シルビアはうなずく。

「ですが、クラリスが誘ってきたこと、ローヴェル家の馬車であること、そしてノワールがこれほど警戒していること。無視はできません」


 おお。

 ノワール警戒が判断材料に正式採用されている。

 信頼が厚い。

 アレクシスは少し考えるように腕を組んだ。


「断ることもできる。でも、断れば別の形で仕掛けてくるかもしれない」

 その通り。

 クラリスは諦めない。

 孤児院行きを断ったら、リーナだけ誘うかもしれない。

 あるいは、シルビアが慈善活動を避けたという噂を流すかもしれない。

 それはそれで面倒だ。

 シルビアは静かに言った。


「行くなら、こちらの馬車を使います」

 私は耳を立てた。

「ローヴェル家の馬車には乗りません。グランベル家の馬車を出し、護衛もこちらで用意します」

 よし。

 非常によし。

 それなら危険はかなり下がる。

 アレクシスもうなずいた。


「僕も同行する。王家の護衛もつける」

 リーナが驚いた。

「殿下まで?」

「慈善会後の寄付品配送なら、僕が同行しても不自然じゃない。むしろ王家としても良い機会だ」

 理由がしっかりしている。

 王太子、使える。

 いや、昔から身分は使えた。


 中身がようやく追いついてきた。

 私は満足してしっぽを揺らした。

 リーナは少しほっとしたようだった。


「それなら、安心ですね」

 私はすぐに鳴いた。

「にゃ」

 安心しすぎるな。

 リーナが私を見る。

「ノワールさんは、まだ心配ですか?」

「にゃ」

 心配だ。

 馬車事故という単語が頭から離れない。

 シルビアは私を見つめた。


「では、もう一つ確認しましょう」

 彼女は予定表の横にある地図を広げた。

「孤児院へ向かう道は三つあります。一つは森沿いの最短路。一つは町中を通る道。もう一つは少し遠回りですが、騎士詰所の近くを通る道です」

 アレクシスが地図を見る。

「安全を考えるなら、騎士詰所の近くを通る道だね」

「ええ。時間はかかりますが、安全です」

 シルビアは迷わず言った。

「その道を使います」

 私は強く鳴いた。


「にゃ!」

 それだ。

 森沿いの道はだめだ。

 たぶん、そこが危ない。

 リーナも地図を見て言った。

「私も、その道がいいと思います」

 アレクシスはうなずく。

「では、そのように手配しよう」

 よし。

 かなり対策は進んだ。

 だが、嫌な予感はまだ消えない。


 クラリスがそこまで読んでいないはずがない。

 こちらがローヴェル家の馬車を避ける可能性。

 王太子が同行する可能性。

 道を変える可能性。

 彼女はどう動く。

 私は机の上で考え込んだ。


 猫が考え込んでいると、外からは眠そうに見えるらしい。

 リーナが少し笑った。


「ノワールさん、難しい顔をしていますね」

 している。

 かなり難しい案件である。

 シルビアは私の頭を撫でた。

「ノワールが心配するなら、できる限り備えます」

 その言葉は嬉しかった。

 だが、同時に少し怖かった。

 シルビアは私を信じてくれる。


 だからこそ、私が気づけなかったらどうなる。

 私が止めきれなかったら。


 もし馬車事故が本当に起きたら。

 そのとき、私は。

 胸の奥が、ざわりとした。


 車の音。

 雨に濡れた道路。

 飛び出した黒猫。

 ブレーキの音。

 まぶしい光。

 私は一瞬、息が止まった。

 前世の記憶の底。


 今のは、何だ。

 車。

 黒猫。

 私の死因。

 まだ完全には思い出せない。

 けれど、何かがつながりかけている。

 私は思わず自分の前足を見た。


 黒い毛。

 小さな爪。

 肉球。


 今の私は猫だ。

 前世で私は、何かを助けようとしたのか。

 道路に飛び出した黒猫。

 それを助けようとして。

 まさか。

 胸の奥が熱くなる。

 だが、その先は霧のように消えた。

 思い出せない。


「ノワール?」

 シルビアの声がした。

 私は顔を上げる。

 シルビアが心配そうに見ている。

 リーナも、アレクシスも。

 私は短く鳴いた。


「にゃ」

 大丈夫。

 たぶん。

 シルビアは眉を寄せた。


「本当に?」

 疑われている。

 なかなか鋭い。

 私はもう一度鳴いた。


「にゃ」

 今は大丈夫。

 ただし、警戒は必要。

 孤児院へ行く日は、三日後に決まった。

 それまでに、できる限り準備をする。


 グランベル家の馬車。

 王家の護衛。

 安全な道。

 寄付品の確認。

 リーナの護符の管理。

 同行者の制限。

 魔法糸や魔法石への警戒。


 私はリストを頭の中で作った。

 前世の仕事なら、タスク管理ツールに登録したいところだ。

 担当者、期限、優先度、リスク。


 今は猫の脳内管理である。

 不安しかない。


 その夜。

 シルビアの部屋で、私はなかなか眠れなかった。

 窓辺に座り、月を見上げる。

 夜風がカーテンを揺らしている。

 ベッドではシルビアが眠っている。


 寝顔は穏やかだ。

 昼間の鋭さも、緊張も、今はない。

 七歳の頃と同じように、少しだけ幼く見える。

 私は窓辺からベッドへ移動し、彼女のそばに座った。


 守る。

 絶対に。

 そう思うのに、同時に怖い。


 何かが近づいている気がする。

 そして私はまだ、自分のことを全部知らない。

 なぜ猫になったのか。

 なぜこの世界に来たのか。

 なぜシルビアのそばにいるのか。

 そして、なぜこんなにも馬車事故が怖いのか。


 分からない。

 だが、分からないからといって止まることはできない。

 私はシルビアの手元に丸くなった。

 彼女の指が、眠ったまま私の背に触れる。


 温かい。

 この温かさを守りたい。

 私は目を閉じた。


 嫌な予感に、爪を立てる。

 見えない未来に、しがみつく。


 猫にできることは少ない。

 だが、少ないからといって何もしない理由にはならない。


 孤児院へ行く日。

 何が起きるかは分からない。

 けれど、私は必ずシルビアのそばにいる。


 黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 次の任務。

 馬車事故の気配を、絶対に見逃さない。

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