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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第5章 黒猫は、嫌な予感に爪を立てる

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31/58

第31話 黒猫、黒幕の影を見る

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 慈善会以降、シルビアの評判は少しずつ変わり始めた。


 以前のように、ただ怖がられるだけではない。

 もちろん、まだ遠巻きにする者はいる。

 シルビアが廊下を歩けば、背筋を伸ばす生徒は多い。

 目が合えば、少し緊張する者もいる。

 声をかけられると、一瞬固まる者もいる。


 それは仕方ない。

 シルビアの顔面圧は、十五歳になってさらに完成度を上げている。

 美しすぎるし、目力が強すぎる。

 所作が完璧すぎる。

 表情が固すぎる。


 つまり、何もしなくても圧がある。

 存在だけで、貴族令嬢としての完成度が高すぎるのだ。


 だが、最近はそこに別の評価が混ざり始めた。

 怖いけれど、面倒見がいい。

 厳しいけれど、説明は分かりやすい。

 近寄りがたいけれど、困っている人を見捨てない。

 言い方は強いけれど、感謝するとちゃんと「どういたしまして」と返してくれる。

 ……最後の評価は少しハードルが低すぎないだろうか。


 しかし、良い変化である。

 シルビア自身も、少しずつ変わりつつある。

 勉強会では、以前より言い直しが早くなった。

 リーナが隣で通訳する前に、自分で言葉を選び直すことも増えた。


「その式では意味がありませんわ」

 と出かけて、すぐに。

「……いえ、その式だと、ここで魔力が止まります」

 と直す。

 素晴らしい。


 アレクシスに褒められると、まだ固まる。

 リーナにまっすぐ感謝されると、顔が赤くなる。

 私が鳴くと、たまに「分かっていますわ」と小声で言い返す。


 かなり良い。

 このままいけば、断罪エンドからは確実に遠ざかる。

 そう思いたい。


 だが、私は楽観していなかった。

 慈善会で使われた魔法糸と魔法石。

 あれは、学院の備品ではなかった。

 外部から持ち込まれたものだと、教師が言っていた。


 つまり、学院内の単なる嫌がらせではない。

 誰かが外から道具を用意し、学院内へ入れた。

 しかも、リーナの護符を狙い、シルビアが疑われるように仕組んだ。

 これは、ただの令嬢同士の嫉妬では済まない。


 組織的な匂いがする。

 クラリスとマリナ。

 そして、その背後。

 ローヴェル伯爵家、そして神殿派閥。

 私はその二つを強く疑っていた。


 問題は、証拠がないことだ。

 悲しいかな、猫の証言は使えない。

 とても悲しい。


 私はかなり重要な情報を持っているのに、法廷どころか職員室にも提出できない。

 にゃあ、では証拠能力がない。

 この世界の司法制度に、猫語通訳者がいないことが本当に悔やまれる。

 そんな中、アレクシスが動いた。


 さすが王太子。

 成長した観察力を、ついに行動へ移したのである。

 ある日の放課後、図書室の奥にある小さな閲覧室で、シルビア、リーナ、アレクシスが集まっていた。

 もちろん私もいる。


 閲覧室は静かだった。

 扉を閉めれば、廊下の声も遠い。

 密談には向いている。

 猫の昼寝にも向いている。

 私はシルビアの膝の上を確保した。


 任務である。

 決して甘えているわけではない。


 アレクシスは机の上に一枚の紙を置いた。

「慈善会で使われた魔法糸と魔法石について、少し調べてもらった」

 シルビアの表情が引き締まる。

「殿下が?」

「学院の調査とは別にね。王家の管理する物品記録に、似たものがないか確認した」

 王家が管理する物品記録

 急に話が大きい。

 リーナも緊張した顔になる。

 アレクシスは紙を指した。


「使われていた魔法石は、市場で簡単に手に入るものじゃない。神殿の儀式用具にも使われる種類らしい」

 神殿。

 リーナの顔が少し青ざめた。


「神殿の……」

 アレクシスはすぐに首を振る。

「神殿全体が関わっているとは限らない。ただ、神殿関係者なら入手しやすい可能性がある」

 リーナは唇を引き結んだ。


 彼女にとって神殿は、自分が育った場所だ。

 そこに疑いが向くのは、つらいだろう。

 シルビアはリーナを見る。

 そして、いつものように強い声で言いかけた。


「あなたが気にする必要は――」

 私は膝の上から見上げる。

 シルビアは止まった。

 少し考えて、言い直す。

「……リーナ嬢が責任を感じることではありません」

 良い。

 かなり良い。

 リーナは少し目を伏せた。


「はい。でも、もし神殿の誰かが関わっているなら、私も知りたいです」

 声は震えている。

 でも、逃げない。

 リーナは強い。

 アレクシスはうなずいた。


「もう一つ。魔法糸の方は、貴族家が装飾用の魔法細工に使うことがある。特に、夜会用の衣装や舞台演出に」

 シルビアの眉が少し動く。

「貴族家」

「うん。その中で、最近同じ種類の糸を購入した記録がある家がいくつかあった」

 アレクシスは一呼吸置いた。


「ローヴェル伯爵家」

 部屋の空気が止まった。

 クラリスの家。

 シルビアの従姉妹。

 分家筋。

 私は膝の上で背中の毛を逆立てた。


 やはり。

 予想していた。

 だが、名前として出ると重い。

 シルビアはしばらく黙っていた。

 表情は崩れていない。

 しかし、膝の上の私には分かる。

 彼女の手が少しだけ震えた。

 親族に疑いが向く。

 それは、簡単なことではない。


「……ローヴェル家が、関わっていると?」

「まだ断定はできない」

 アレクシスは慎重に言った。


「同じ種類の糸を購入しただけだ。慈善会の件に使われたものと完全に一致するかは、さらに調べないと分からない」

「そうですわね」

 シルビアの声は静かだった。

 静かすぎる。

 私は彼女の手に頭をすり寄せた。


「にゃ」

 シルビアは私の背を撫でる。

 少しだけ力が強い。

「クラリス様が、そんな……?」

 リーナが小さくつぶやいた。

 彼女も、クラリスの言葉に違和感を持ち始めている。


 それでも、まだ信じきれないのだろう。

 クラリスは優しい顔で近づいてきた。

 リーナを心配するような言葉をかけた。

 だからこそ、疑うのは苦しい。

 アレクシスは言った。


「クラリス嬢本人か、ローヴェル家の誰かか、まだ分からない。ただ、注意はした方がいい」

 シルビアは小さく息を吐いた。

「分かりました」

 その声は、思ったより落ち着いていた。

 だが、私は知っている。

 シルビアは今、きっと多くのことを考えている。


 親族。

 クラリス。

 マリナ。

 噂。

 リーナを狙った護符。

 自分を悪役に仕立てる罠。


 それらが、少しずつ一本の線になり始めている。

 リーナはそっとシルビアを見た。

「シルビア様、大丈夫ですか?」

 シルビアはすぐに答えようとした。

「当然――」

 私は見上げた。

 シルビアは止まる。

 そして、少しだけ視線を落とした。


「……大丈夫、ではありませんわ」

 お、私は目を丸くした。

 シルビアが、自分から弱音に近いことを言った。

 大事件である。

 シルビアは続ける。


「ですが、目をそらすわけにはいきません」

 リーナは真剣にうなずいた。

「はい」

 アレクシスも言う。

「僕も協力する」

 シルビアは彼を見る。

「殿下」

「これは、君だけの問題じゃない。王家にも、神殿にも関わる可能性がある」

 アレクシスの声は穏やかだが、強い。


「それに、君がまた疑われるようなことは防ぎたい」

 シルビアの顔が赤くなる。

 この状況で照れるのか。

 いや、照れるだろう。


 王太子の言葉がかなり直球になっている。

 本人に自覚がどの程度あるかは分からない。

 しかしシルビアには刺さっている。

 ただし、シルビアはそれを恋愛感情として受け取っていない可能性が高い。

 たぶん、「婚約者としての責任感」と変換している。


 違うぞ、シルビア。

 王太子、かなり君個人を心配している。

 私は心の中でため息をついた。


 恋愛面のシルビア語翻訳は、まだ未実装である。

 そのとき、閲覧室の外で足音がした。

 軽い足音。

 複数。

 そして、柔らかい声。


「こちらにいらっしゃるのかしら」

 クラリスだ。

 私は即座に耳を伏せた。

 アレクシスはすばやく紙を伏せる。

 シルビアも表情を整えた。

 リーナは少し緊張したが、逃げなかった。

 扉が軽く叩かれる。


「シルビア様。いらっしゃいますか?」

 シルビアは一瞬、私を見た。

 私は低く鳴く。

「にゃ」

 警戒。

 シルビアはうなずき、声を出した。


「おりますわ」

 扉が開く。

 クラリスが、数冊の本を抱えて立っていた。

 いつものように優しい笑み。

「まあ、皆様おそろいでしたのね」

 その視線が、机の上を一瞬だけ見た。

 アレクシスが伏せた紙。

 気づいたかもしれない。

 クラリスは何も言わず、微笑んだ。


「勉強会のご相談ですか?」

 シルビアは静かに答える。

「ええ。そのようなものです」

「本当に、最近のシルビア様は皆様に頼られていらっしゃるのですね」

 褒めているようで、探っている。

 私はシルビアの膝の上でじっとクラリスを見た。

 クラリスの目が私に向く。

 一瞬だけ、笑みが深まった。


 邪魔な猫。

 そう聞こえた気がした。

 クラリスはリーナへ顔を向ける。

「リーナ様、慈善会の護符、とても評判がよかったそうですわね」

「あ、ありがとうございます」

「無事に終わって、本当によかったですわ」

 無事に。

 どの口で言う。

 私はうなりそうになった。


 シルビアの手が私の背に触れる。

 落ち着きなさい。

 そう言われた気がした。

 シルビアは、クラリスをまっすぐ見た。

「本当に、無事でよかったですわ」

 声は静かだった。

「二度と、あのようなことが起きないようにしたいものです」

 クラリスは微笑む。

「ええ。まったくです」


 二人の視線が重なる。

 親戚同士の穏やかな会話。

 表面上はそう見える。

 だが、空気は冷たい。

 クラリスはまだ仮面を外さない。

 シルビアもまだ確信を口にしない。

 水面下の探り合い。


 私はその間で、しっぽをゆっくり揺らした。

 クラリスは、しばらくして用件を伝えた。


「来週、ローヴェル家の馬車で、学院近くの孤児院へ寄付品を届けに参りますの。シルビア様もご一緒にいかがかしら。」

 馬車。

 その言葉に、私の胸が嫌な音を立てた。


 なぜだろう。

 馬車。

 事故。

 ゲーム本編には、終盤に大きな馬車事故イベントがあったはずだ。


 シルビアが関わる事件。

 詳細は、まだぼんやりしている。

 でも、嫌な予感がした。

 非常に嫌な予感。

 シルビアはクラリスを見る。


「孤児院へ?」

「ええ。慈善会で集まった品の一部を届けますの。リーナ様も、神殿関係の品がありますから、お誘いしようと思っていました」

 リーナも?

 シルビア、リーナ、クラリス。

 そしてローヴェル家の馬車。

 危険。

 かなり危険。

 私は膝の上で身を起こした。


「にゃ」

 シルビアが私を見る。

 私はもう一度鳴いた。

「にゃあ」

 行くな。

 少なくとも、簡単に返事をするな。

 シルビアは私の様子を見て、少し目を細めた。

 そして、クラリスへ向き直る。


「お誘いはありがたいのですが、予定を確認してからお返事いたします」

 よし。

 即答しなかった。

 クラリスは微笑む。


「もちろんですわ。急なお誘いですもの」

 彼女は優雅に礼をした。

「よいお返事をお待ちしております」

 扉が閉まる。

 部屋の空気が、重くなった。

 アレクシスが低い声で言う。


「今の誘い、気になるね」

 リーナも不安そうにうなずく。

「ノワールさんも、すごく警戒していました」

 シルビアは私を見下ろす。

「馬車、ですか」

 私は鳴いた。

「にゃ」

 危ない。

 まだ確信はない。

 でも危ない。


 シルビアは静かに息を吐いた。

「分かりました。すぐには決めません 」

 よかった。

 そう思った。

 だが、物語はそう簡単に止まらない。


 馬車。

 ローヴェル家。

 孤児院。

 寄付品。

 リーナ。

 それらの単語が、嫌な形で頭の中に残った。

 黒幕の影が、少しだけ見えた。

 そして、その影は次の事件へ伸びている。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 今日、分かったこと。

 魔法石には神殿の影。

 魔法糸にはローヴェル家の影。


 クラリスは馬車で誘ってきた。

 そして私は、馬車事故の気配を感じている。

 終盤の大きな危機が、少しずつ近づいている。

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