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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第4章 噂と護符と、従姉妹の罠

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30/58

第30話 黒猫、悪役令嬢ルートをまた一つ踏み潰す

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 慈善会から数日が過ぎた。


 学院の空気は、少し変わっていた。

 シルビア・グランベルを見る目が、以前とは違う。

 もちろん、全員が急に好意的になったわけではない。


 相変わらず怖がる生徒はいるし、遠巻きにする令嬢もいる。

 噂を好む者もいる。

 しかし、明らかにそれだけではなくなった。


「あの方、慈善会で子どもを助けたそうよ」

「魔法道具の暴走も止めたとか」

「勉強会では、厳しいけれど分かりやすいらしい」

「リーナ様も、シルビア様を慕っているみたい」

 慕っている。

 その言い方は、少し違うかもしれない。

 いや、間違ってはいないのか。

 リーナはシルビアを慕っていると言うより、懐いているの方がしっくりくる。

 そしてシルビアも、リーナにかなり心を許している。

 本人は絶対に認めないだろうが。


 私は廊下を歩きながら、周囲の声を聞いていた。

 悪評は消えていない。

 だが、良い評判が混ざり始めた。


 これはかなり大きい。

 黒一色だった絵の具に、少しずつ白が混ざっていくようなものだ。

 でも、まだ灰色。

 しかし、悪役令嬢ルートからまた一歩外れた。

 私はそう感じていた。


 その日の放課後。

 合同勉強会が開かれた。

 参加者は、前回よりさらに増えている。

 図書室の一角では足りず、今回は小講義室を借りることになった。


 講師はシルビア。

 補助はアレクシスとリーナ。

 監督は私、黒猫ノワールである。


 まさか乙女ゲーム世界に転生して、悪役令嬢の授業運営をすることになるとは思わなかった。

 前世の私が見たら、何と言うだろう。

 たぶん、こう言う。


 その案件、要件定義どうなってるの?

 私にも分からない。


 小講義室には、十五人ほどの生徒が集まっていた。

 下級貴族の生徒が多い。

 神殿推薦の生徒もいる。

 中には、以前シルビアを遠巻きにしていた令嬢もいた。

 シルビアは黒板の前に立つ。

 表情は固い。

 緊張している。

 だが、逃げない。


「今日は、魔法理論の基礎確認と、実技前の注意点を扱います」

 声が通る。

 さすが公爵令嬢。

 人前に立つ姿は堂々としている。


 堂々。

 昔なら危険単語だった。

 高笑いへつながる可能性があったから。


 しかし今のシルビアの堂々は、少し違う。

 人を威圧するためではない。

 自分の不安を隠すためだけでもない。

 教えるために、場を整えるために、前に立っている。


 成長である。

 私は教卓の上に座った。

 監督席だ。

 シルビアは私を見る。


「ノワール、そこは邪魔ですわ」

「にゃ」

 監督なので。

「……せめて端に寄りなさい」

 私は端に寄った。

 妥協である。

 生徒たちが少し笑った。

 シルビアは顔を赤くしたが、怒らなかった。


「では、始めます」

 勉強会は順調だった。

 シルビアは相変わらず厳しい。


「そこは、昨日も同じ間違いをしていましたわ」

「にゃ」

「……同じ間違いなので、もう一度確認しましょう」

 修正。


「その魔法陣では、発動時に机が焦げますわね」

「にゃ」

「……危険なので、線のつなぎ方を直しましょう」

 修正。


「殿下、その説明では余計に混乱します」

「僕も?」

「にゃ」

「……つまり、もう少し簡単に言うと、です」

 修正。


 生徒たちは最初、シルビアの言葉にびくびくしていた。

 だが、私が鳴き、シルビアが言い直すたびに、少しずつ笑いが起きる。

 悪意のない笑い。

 シルビアの不器用さを、怖さではなく、少し面白く受け取る空気。

 これは良い。

 非常に良い。

 リーナも補助に回っていた。


「今のシルビア様のお言葉は、この線を間違えると危ないので気をつけましょう、という意味です」

 通訳。


 ついに公の場で通訳した。

 生徒たちが「なるほど」とうなずく。

 シルビアは真っ赤になった。


「リーナ嬢、勝手に訳さないでくださいませ」

「違っていましたか?」

 リーナが首をかしげる。

「……違ってはいません」


 生徒たちがまた笑う。

 シルビアはますます赤くなる。

 アレクシスも楽しそうに笑っている。


 小講義室の空気は、以前のシルビア周辺では考えられないほど柔らかかった。

 私は喉を鳴らした。


 これだ。

 これが欲しかった。


 シルビアが怖がられるだけの存在ではなく、少し不器用で、厳しいけれど面倒見の良い令嬢として見られている。

 悪役令嬢ルートから、かなり外れてきた。

 勉強会が終わると、生徒たちが次々に礼を言った。


「ありがとうございました、シルビア様」

「次も参加してよろしいでしょうか」

「リーナ様の説明も分かりやすかったです」

「殿下もありがとうございました」

「ノワール様も」

 ……様。

 私も礼を言われた。

 当然である。

 監督なので。


 シルビアは感謝の連続にまた固まりかけたが、今日は頑張った。

「どういたしまして」

「必要なら、また」

「復習を忘れないように」

「……気をつけて帰りなさい」

 最後の一言が出たとき、数人の生徒が驚いたように顔を上げた。


 気をつけて帰りなさい。

 きつい言い方ではある。

 だが、意味は心配だ。

 リーナがすぐに笑って言った。


「シルビア様は、帰り道で転ばないよう心配してくださっているんです 」

「リーナ嬢」

 シルビアが止める。

 だが遅い。

 生徒たちは少し笑いながら頭を下げた。


「はい。気をつけます」

「ありがとうございます」

 伝わった。

 ちゃんと。

 私は教卓の上で満足した。


 ちょうど生徒たちが帰り始めた頃、小講義室の扉が開いた。  

 教師が顔を出す。

「グランベル嬢、少しよろしいですか」

 シルビアはすぐに表情を整えた。

「はい」

 教師は慈善会で起きた魔法糸の罠について、調査の途中経過を伝えに来たらしい。

 私も耳を立てる。

 教師は低い声で言った。


「使用された魔法糸と魔法石について、出所が一部分かりました」

 シルビア、アレクシス、リーナの表情が変わる。

「学院の備品ではありません。外部から持ち込まれた可能性があります」


 外部。

 つまり、学院内の生徒だけではない。

 神殿か。

 ローヴェル伯爵家か。

 別の誰かか。

 教師は続ける。


「ただ、持ち込み経路はまだ調査中です。生徒の皆さんは、しばらく不用意に作業品へ触れないようにしてください」

「分かりました」

 シルビアは静かにうなずく。

 アレクシスも真剣な顔だ。

 リーナは少し不安そうに護符の入った箱を抱えた。


 私は床へ飛び降りた。

 外部から持ち込まれた。

 それは重要な情報だ。


 クラリスとマリナだけでは完結していない可能性が高い。

 ローヴェル伯爵家。

 神殿派閥。

 いよいよ、背後が見え始めている。


 勉強会の成功で浮かれている場合ではない。

 そんなことを考えていると、シルビアが私を抱き上げた。


「ノワール、怖い顔をしていますわ」

「にゃ」

 案件が大きくなってきたので。

 シルビアは私の背を撫でる。

「大丈夫です。わたくしたちは、もう何も見ないままではいません」

 私は目を丸くした。


 わたくしたち。

 シルビアはそう言った。

 自分一人ではなく。

 リーナ。

 アレクシス。

 私。

 そして、おそらく少しずつ増えている味方たち。

 それを含めて、わたくしたち。


 大きな進歩である。

 リーナも頷いた。

「はい。私も、気づいたことはちゃんと言います」

 アレクシスも続ける。

「僕も調査に協力する。王家としても見過ごせない」

 シルビアは少しだけ困ったように眉を寄せる。


「殿下がそこまでなさる必要は」

「あるよ」

 アレクシスはまっすぐ言った。

「君が疑われるようなことを、もう見過ごしたくない」

 シルビアが固まった。

 リーナが小さく微笑む。

 私は内心でうなずいた。


 王太子。

 ずいぶん言うようになった。

 七歳の頃の観察力不足王子を思うと、涙が出そうである。

 猫なので泣かないが。


 シルビアは顔を赤くして、そっぽを向いた。

「……好きになさい」

 シルビア語で、ありがとう、である。

 おそらく。


 その日の夕方。

 学院の回廊を歩いていると、数人の生徒がシルビアに会釈した。

 少し緊張はある、だが、そこには敬意が混じっていた。

 シルビアは完璧な所作でうなずく。

 その横顔は、少しだけ柔らかく嬉しそうだった。


 私は彼女の足元を歩きながら、思う。

 悪役令嬢ルートを、また一つ踏み外した。


 リーナと敵対しない。

 王太子に誤解され続けない。

 周囲から孤立しない。

 困っている人を助けたことが、ちゃんと助けたと認識される。

 これは大きい。

 とても大きい。

 ゲーム本編とは、もうかなり違う。


 だが、それは安全を意味するわけではない。

 むしろ、物語の流れから外れれば外れるほど、別の力が働く可能性が高まる。


 クラリスは焦っている。

 マリナはまだ動いている。

 外部から魔法糸と魔法石が持ち込まれた。

 その背後には、ローヴェル伯爵家か、神殿派閥か、あるいはその両方がいる。


 敵は、たぶん次の段階へ進む。

 慈善会のような小さな事件ではなく。

 もっと大きな罠へ。


 私はシルビアを見上げた。

 ゲームでは、悪役として断罪されるはずだった少女。

 けれど今、彼女は少しずつ仲間を得ている。

 自分の言葉で人と向き合おうとしている。

 それを、私は守る。

 猫の手しかなくても。

 いや、今はもう、猫の手だけではない。


 リーナの手。

 アレクシスの手。

 そして、シルビア自身の手。

 未来を変える手は、増えている。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 断罪エンドまで、あと二年。

 学院での最初の大きな山は、越えた。


 だが、物語はまだ終わらない。

 むしろ、本当に危ないのはここからだ。

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