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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第4章 噂と護符と、従姉妹の罠

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29/58

第29話 悪役令嬢、感謝されすぎて固まる

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 慈善会は、無事に終わった。


 完全に平穏だったとは言えない。

 リーナの護符には細工がされていたし、作業室では魔法道具が暴走した。

 慈善会本番では、子どもを巻き込む魔法糸の罠まであった。


 事件だらけである。

 行事運営としては完全に赤信号だ。


 前世の会社なら、緊急報告会議、再発防止策、責任者確認、そしてなぜなぜ分析が始まっていただろう。

 なぜ魔法糸があったのか。

 なぜ事前確認で発見できなかったのか。

 なぜ猫が第一発見者なのか。


 最後の答えは簡単だ。

 猫が優秀だからである。


 しかし、この世界ではそうもいかない。

 学院側は調査を始めたが、犯人はまだ見つかっていない。


 クラリスもマリナも、表向きは何もしていない。

 桃色令嬢や水色令嬢も、決定的な動きは見せなかった。

 つまり、敵はまだ残っている。

 ただし、今回の慈善会で大きく変わったことがある。


 シルビアの評判だ。

 これまでは、シルビアに関する出来事は、何かにつけて悪い方向へ切り取られやすかった。


 しかし、慈善会では目撃者が多すぎた。

 リーナの護符を守った。

 暴走した魔法道具を止めた。

 男の子を助けた。

 ノワールの怪我を心配して治した。

 多くの生徒、教師、来賓が見ていた。


 クラリスがどれほど柔らかく言葉を曲げようとしても、今回は曲げきれない。

 なぜなら、見た人間が多いからだ。

 そして何より、リーナ本人が言った。


「シルビア様が助けてくださいました」

 アレクシスも言った。

「僕も見ていた」

 この二人の証言は大きい。


 聖女候補と王太子。

 噂好きの生徒たちも、簡単には否定できない。


 結果、慈善会翌日の学院では、妙なことが起きた。

 シルビアが、感謝され始めたのだ。


 朝、廊下で。

 昨日の作業室にいた下級貴族の令嬢が、シルビアを見つけて頭を下げた。

「シルビア様。昨日は魔法道具を止めてくださり、ありがとうございました」

 シルビアは固まった。

 完全に固まった。


 私は足元から見上げる。

 受け取れ。

 これは感謝だ。

 敵意ではない。

 シルビアは数秒の沈黙のあと、ようやく言った。


「……どういたしまして」

 声が小さい。

 だが、言えた。

 令嬢はほっとしたように微笑む。


「また、勉強会にも参加させてくださいませ」

 シルビアはさらに固まる。

 また。

 この言葉に弱い。


「必要なら」

 そっけない。

 しかし拒否ではない。

 令嬢は嬉しそうに去っていった。

 シルビアは、しばらくその背中を見ていた。


「ノワール」

「にゃ」

「今の方は、わたくしを怖がっていませんでしたかしら」

「にゃ」

 少なくとも、感謝していた。

 シルビアは少しだけ目を伏せる。


「……そう」

 その声には、少し戸惑いが混じっていた。


 次は食堂だった。

 昨日の慈善会で男の子のそばにいた神官が、シルビアへ礼を言いに来た。


「昨日は、子どもを助けていただきありがとうございました」

 シルビアはまた固まった。

 本日二回目。


「わたくしだけの力ではありません。リーナ嬢と殿下も動かれましたし、ノワールが先に気づきました」

 おお。

 ちゃんと功績を分けた。

 素晴らしい。

 神官は微笑んだ。


「それでも、あなたの判断が早かったと聞いています」

 シルビアの頬が赤くなる。

「……どういたしまして」

 また言えた。

 その横でリーナが嬉しそうに笑っている。


「シルビア様、今日はたくさんお礼を言われていますね 」

 シルビアは少し困ったようにリーナを見た。

「多すぎますわ」

「多すぎるんですか?」

「ええ。どう受け取ればよいか分かりません」


 正直。

 非常に正直。

 リーナは少し驚いたあと、優しく笑った。


「そのまま受け取ればいいと思います」

「そのまま」

「はい。ありがとうございます、と言われたら、どういたしまして、でいいのでは」

「それは、そうなのですが」

 シルビアは眉を寄せる。

「何度も言われると、落ち着きませんわ」


 私は喉を鳴らした。

 シルビアらしい。

 悪意や噂には耐えてきたのに、感謝には弱い。

 防御力の振り分けがおかしい。

 アレクシスが隣で笑った。


「でも、昨日の君は本当にすごかったよ」

 シルビアの顔が赤くなる。

「殿下まで」

「冷静だった。僕も助かった」

「わたくしは、必要なことをしただけです」

「うん。それがすごいことなんだ」

 アレクシスの声はまっすぐだった。

 シルビアは言葉に詰まる。

 リーナも頷く。


「私も、シルビア様がいてくださって安心しました」

 シルビアは完全に黙った。

 完璧なフリーズ状態だ。

 褒められすぎて処理落ちしてしまった。

 私は彼女の足にすり寄った。


「にゃ」

 再起動しろ。

 シルビアはようやく小さく息を吐いた。


「……二人とも、大げさです」

 声は小さい。

 だが、嫌がってはいない。

 耳が赤い。

 これは嬉しいときの反応である。


 その日の午後には、さらに面白いことが起きた。

 合同勉強会の参加希望者が増えていたのだ。

 図書室の前で、三人の生徒がシルビアを待っていた。

 シルビアはそれを見て、眉を寄せる。


「何か用ですの?」

 怖い。

 通常運転。

 生徒たちは少し怯んだが、以前ほど逃げなかった。

 一人が勇気を出して言う。


「あの、次の勉強会に参加してもよろしいでしょうか」

 シルビアは目を瞬く。

「あなた方も?」

「はい。昨日の慈善会での対応を見て……それに、前回の勉強会が分かりやすかったと聞きました」

 シルビアは困ったように黙った。


 おそらく、自分が頼られている状況に慣れていない。

 リーナが横からそっと言った。


「シルビア様、よろしいのでは?」

 アレクシスも頷く。

「参加者が増えれば、噂より事実を見てもらえる」

 王太子。

 良い判断だ。

 シルビアは少し考えたあと、生徒たちへ向き直った。


「分からないところを確認する場です。遊び半分で来るなら、時間の無駄ですわ」

 言い方。

 私は鳴こうとした。

 だが、生徒の一人が真剣に頷いた。


「はい。真面目に勉強します」

 シルビアは少しだけ驚いた顔をした。

 それから、静かに言う。

「なら、参加を許可します」

 許可。

 なぜ上から。

 だが、生徒たちは嬉しそうだった。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 また言えた。

 今日のシルビアは、どういたしましての使用回数が非常に多い。

 過去最高記録である。

 慣れないだろうが、よい訓練だ。

 私は満足してしっぽを立てた。


 しかし、すべてが良い方向へ進んでいるわけではない。

 廊下の向こうで、クラリスがこちらを見ていた。

 彼女は微笑んでいる。

 いつものように。


 だが、その周囲にいる令嬢たちの数が、少し減っている。

 以前はクラリスの周りには自然と人が集まっていた。

 優しく、控えめで、安心できる令嬢。

 そう思われていたからだ。


 もちろん今も人気はある。

 だが、最近はリーナの周囲にも人が増え、シルビアの勉強会にも人が集まるようになった。

 人の流れが変わり始めている。

 クラリスはそれを面白く思っていない。

 私はそう感じた。


 その予感は、放課後に当たった。

 私は中庭で、偶然クラリスと桃色令嬢の会話を聞いた。

 偶然である。

 決してわざと茂みに潜んでいたわけではない。


 いや、わざとだ。

 私は仕事熱心なので。

 桃色令嬢が不安そうに言う。


「最近、皆様シルビア様の勉強会へ行きたがっていますわ」

 クラリスは穏やかに微笑む。

「良いことではありませんか。学び合うのは素晴らしいことです」

「でも……」

 桃色令嬢は言葉を濁す。


「シルビア様が、ますます周囲を集めていらっしゃるように見えます」

 クラリスは何も言わない。

 桃色令嬢は続ける。

「リーナ様も、王太子殿下も、皆シルビア様の方へ」

 その声には、嫉妬が混ざっていた。

 クラリスは静かに扇を開く。


「シルビア様は、公爵家のご令嬢ですもの。人が集まるのは当然ですわ」

 当然。

 その言葉には、ほんの少し棘があった。

「でも、近づきすぎれば、リーナ様が苦しまないか心配です」

 また心配。

 桃色令嬢は顔を上げる。


「リーナ様が?」

「ええ。シルビア様のそばにいるということは、王太子殿下の婚約者のそばにいるということ。周囲からどう見られるか、リーナ様はまだ分かっていないかもしれません」

 つまり、リーナが王太子とシルビアの間にいるように見える。

 そういう噂を示唆している。

 桃色令嬢の表情が変わる。


「それは……確かに」

 クラリスは悲しそうに目を伏せる。

「わたくしは、リーナ様が傷つかないか心配なのです」

 嘘ではないのかもしれない。

 ただし、その心配はリーナのためというより、自分のためだ。

 私は茂みの中で耳を伏せた。


 クラリスは次の噂を作ろうとしている。

 シルビアがリーナをいじめているから、リーナがシルビアと王太子の間に入り込んでいる、へ。


 危険だ。

 これはリーナを傷つける。

 そして、シルビアにも刺さる。

 王太子。

 婚約者。

 聖女候補。

 この三角の噂は、本来のゲーム展開に近い。


 また強制力の匂いがする。

 回廊の向こうで、足音が止まった。

 私はすぐにシルビアたちへ知らせようとした。

 だが、その前に別の声がした。


「その心配は、リーナ嬢本人に伝えるべきではないかな」

 アレクシスだった。

 私は驚いて振り返る。

 彼は回廊の影から出てきた。

 表情は穏やか。

 だが、目は真剣だった。

 クラリスが一瞬だけ固まる。


「殿下」

 桃色令嬢は慌てて礼をした。

 アレクシスはクラリスを見る。


「リーナ嬢がどう見られるか心配なら、本人に確認するべきだ。本人のいないところで話を広げると、それ自体が噂になる」

 正論。

 かなり正論。

 王太子、急成長しすぎではないだろうか。

 私は茂みの中で感動した。

 クラリスはすぐに微笑んだ。


「もちろんですわ。わたくしも、そのつもりでした」

「ならよかった」

 アレクシスは静かに言った。


「僕も、軽率な噂で誰かが傷つくのは望まない」

 クラリスの目が、ほんの少し細くなる。

 彼女は優雅に礼をした。


「肝に銘じます」

 桃色令嬢は青ざめたまま頷いていた。

 クラリスたちが去ったあと、アレクシスは茂みの方を見た。


「ノワール」

 ばれていた。

 私は茂みから出る。


「にゃ」

 何だ。

 王太子は苦笑した。


「君も聞いていたんだね」

「にゃ」

 そちらもな。

 アレクシスは少しだけしゃがみ、私を見た。


「噂はまだ止まらないね」

 そうだ。

 だが、以前とは違う。

 アレクシスはもう、噂をそのまま信じない。

 リーナも、自分の言葉で否定できる。

 シルビアも、少しずつ正面に立てるようになっている。

 私は短く鳴いた。


「にゃ」

 アレクシスは微笑んだ。

「うん。分かっている。僕もちゃんと見るよ」

 その言葉を聞いて、私は少し安心した。


 悪役令嬢、感謝されすぎて固まる。

 だが、その裏でまた別の噂が動き始めている。


 クラリスは焦っている。

 焦っているからこそ、次はもっと強く来るかもしれない。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 今日の成果。

 シルビア、感謝を受け取る練習中。

 勉強会希望者、増加。


 アレクシス、噂の芽を一つ摘む。

 クラリス、次の噂を仕掛けかける。


 状況は良くなっている。

 だからこそ、敵は焦る。

 焦った敵ほど、何をするか分からない。

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