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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第4章 噂と護符と、従姉妹の罠

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第27話 黒猫、護符を見張る

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 慈善会の護符が狙われている。


 私はその情報を入手した。

 クラリスとマリナの会話を聞いたからだ。


 リーナが神殿の子どもたちのために作っている護符。

 それが壊される。

 しかも、シルビアが善意で手を出したせいで壊れたように見せる。

 最悪のシナリオである。


 シルビアの弱点をよく分かっている。

 彼女は、困っている人を放っておけない。

 間違いに気づくと、直さずにはいられない。

 危ないものを見れば、止める。

 壊れそうなものを見れば、支える。

 足りないものを見れば、補おうとする。


 その善意を利用される。

 そんなことは許せない。


 たとえば、リーナの護符に小さな不具合が仕込まれる。

 シルビアが気づく。

「そのままでは危険ですわ」

 そう言って直そうとする。

 その瞬間、護符が壊れる。


 周囲は言う。

 シルビア様がリーナ様の護符を壊した。

 慈善会で出す大切な品を。

 聖女候補の善意を妨害した。

 完璧な悪役令嬢イベントである。

 私は全身の毛を逆立てながら、作業室へ向かった。


 作業室は、学院の東棟にある。

 慈善会に出す品を準備するため、生徒たちに開放されている部屋だ。

 刺繍をする者、菓子の飾りを作る者、小さな魔法道具を調整する者。


 リーナの護符も、そこで仕上げる予定だった。

 部屋に入ると、すでにリーナは机に向かっていた。


 小さな白い布。

 銀色の糸。

 淡い金の魔法石。

 それらを組み合わせて、子どもたちのための守り護符を作っている。


 見た目は小さな袋のようで、中に魔力を安定させる簡単な陣を縫い込むらしい。

 神殿の子どもたちへ贈るためのものだと、リーナは話していた。


「大きな魔法は込められませんけれど、不安なときに持っていると、少し気持ちが落ち着くんです」

 リーナらしい品だった。

 派手ではない。

 だが、優しい。

 それを壊そうとするとは、許すまじ。

 私はリーナの机へ飛び乗った。


「ノワールさん」

 リーナが少し驚いたあと、笑う。

「見張りに来てくれたんですか?」

「にゃ」

 そうです。

 全力で。


 シルビアも作業室へ入ってきた。

 隣にはアレクシスもいる。

 本来、王太子が作業室に常駐する必要はない。

 だが、彼は真剣だった。


「僕も確認するよ」

 頼もしい。

 王太子、すっかり味方である。

 シルビアはリーナの机の上を見て、眉を寄せた。


「ずいぶん細かい作業ですわね」

「はい。魔法陣を糸で縫うので、少し緊張します」

 シルビアは護符をじっと見た。

 目を細める。


「この線、少し歪んでいますわ」

 来た。

 私は即座に鳴く準備をした。

 だが、リーナは落ち着いて言った。

「どこですか?」

 シルビアは指を伸ばしかけた。

 私は即座に前足でその手を押さえた。


「にゃっ」

 触るな。

 今は絶対に触るな。

 シルビアは驚いて私を見る。

「ノワール?」

 私はシルビアの手に乗ったまま、護符をじっと見る。

 シルビアも何かを察したのか、手を引いた。


「……指で触れるのはやめておきます」

 よし。

 それでいい。

 リーナは少し緊張したように息をのんだ。


「やっぱり、何かあるんでしょうか」

 アレクシスが近づき、護符を覗き込んだ。

「リーナ嬢、これはまだ魔力を通していない?」

「はい。最後にまとめて通す予定です」

「なら、今は壊れにくいはずだね」

 アレクシスは考えるように顎に手を当てる。

「でも、ノワールが触らせたくないなら、何か仕込まれている可能性がある」


 王太子。

 話が早い。

 素晴らしい。

 シルビアは護符を見つめた。


「リーナ嬢。この材料は、どこから?」

「神殿から届けていただいたものと、学院で配られたものです」

「誰かが触る機会は?」

「作業室に置いていた時間があります。昨日、少し席を外したので……」


 まずい。

 その隙だ。

 私は机の上を歩き回り、護符の周囲を嗅いだ。

 猫の鼻は優秀である。

 布の匂い。

 糸の匂い。

 リーナの手の匂い。

 そして、ほんのわずかに、別の匂い。


 薬品。

 いや、魔法具に使う固定液のようなものか。

 私はその匂いのする銀糸に前足を置いた。


「にゃ」

 ここ。

 リーナが身を乗り出す。

「糸ですか?」

「にゃ」

 シルビアも見る。

「……この銀糸、少し色が違いますわね」

「え?」

 リーナが目を見開く。

「本当ですか?」

「ええ。光の反射がわずかに濁っています」

 私は驚いた。


 さすがシルビア。

 遠方の視力に問題はあるが、近距離の観察力は高い。

 細部を見る力はかなりある。

 アレクシスが言う。


「普通の銀糸ではない?」

 シルビアは触れないように顔を近づける。

「断言はできません。ただ、魔力を通したときに流れを乱す加工がされている可能性があります」

 リーナの顔が青ざめる。

「それを知らずに魔力を通したら……」

「護符が破裂するか、焦げますわ」

 シルビアは冷静に言った。

 リーナの手が震える。


 その顔を見て、シルビアの表情が少し硬くなった。

 怒っている。

 誰かがリーナの護符に細工したことに。


「誰がこのようなことを」

 声が低い。

 私は机の上で尾を揺らした。


 クラリスとマリナ。

 だが、証拠はない。

 今ここで言えたとしても、決定的ではない。


 しかも、私は猫である。

 証言能力ゼロ。

 アレクシスは静かに言った。


「まずは、これを証拠として保管しよう。教師にも報告する」

 シルビアがうなずく。

「ええ。ですが、リーナ嬢の護符を完成させる必要もあります」

 リーナは少し俯いた。

「でも、銀糸が使えないなら……」

「代わりを用意します」

 シルビアは即答した。

「わたくしの手持ちの糸を使えばよいでしょう」

 リーナが驚いて顔を上げる。

「そんな、シルビア様のものを」

「神殿の子どもたちへ贈るのでしょう。なら、間に合わせる必要がありますわ」


 言い方は強い。

 だが、内容は優しい。

 リーナの目が揺れる。


「ありがとうございます」

 シルビアは少しだけ顔を赤くした。

「どういたしまして」


 よし。

 ここまでは良い。

 事件を防いだ。

 細工にも気づいた。

 証拠もある。

 しかし、私は油断しなかった。


 作業室には他の生徒もいる。

 その中には、桃色令嬢もいた。

 彼女は少し離れた机で刺繍をしているふりをしながら、こちらを見ていた。


 水色令嬢もいる。

 そして、部屋の入口近く。

 クラリスがいた。

 いつの間に。

 彼女は穏やかに微笑んでいる。


「何か問題がありましたの?」

 声は柔らかい。

 私は背中の毛を逆立てた。

 シルビアはクラリスを見た。

 表情は冷静だ。

「リーナ嬢の護符に、不自然な銀糸が混ざっていました」

 クラリスは目を丸くする。


「まあ。それは大変ですわ」

 演技が上手い。

 非常に上手い。

 リーナは護符をそっと抱えるようにしている。

 アレクシスが言った。


「教師へ報告する。誰かが細工した可能性があるから」

 作業室がざわめいた。

「細工?」

「誰がそんなことを」

「リーナ様の護符に?」

 クラリスは心配そうにリーナへ近づいた。

「リーナ様、お気の毒に。せっかく一生懸命作っていらしたのに」


 リーナは少しだけ身を引いた。

 ほんの少し。

 だが、私は見た。

 リーナはクラリスを完全には信用していない。


 いい。

 その警戒心は大事だ。

 リーナは静かに答えた。


「でも、ノワールさんとシルビア様が気づいてくださいました」

 クラリスの笑みが、ほんの一瞬だけ止まる。

 リーナは続ける。


「だから、壊れる前に分かりました」

 強い。

 リーナ、本当に強い。

 クラリスはすぐに微笑みを戻した。


「そうですか。よかったですわね」

 声は優しい。

 だが、目は冷たい。

 シルビアはその目に気づいたのか、少し眉を寄せた。

 アレクシスもクラリスを見ている。

 空気が変わりかけた。

 その瞬間。


 作業室の反対側で、別の生徒が声を上げた。

「きゃあ!」

 見ると、机の上の小さな魔法道具が光を放っていた。

 別の出品物だ。

 淡い光が暴走し、周囲の布や紙を巻き込みそうになっている。


 作業室が混乱する。

 教師はまだ来ていない。

 生徒たちが一斉に下がる。

 シルビアが反射的に動いた。


「危ないですわ!」

 まずい。

 私は叫びたくなった。

 これだ。

 これも罠か。


 シルビアが善意で手を出す。

 魔法道具が壊れる。

 シルビアが壊したことになる。


 護符で失敗したから、別の仕掛けを動かしたのか。

 シルビアは暴走する魔法道具へ手を伸ばそうとした。

 私は机から飛び降り、床を蹴った。


「にゃあ!」

 シルビアの前に飛び出す。

 止まれ。

 触るな。

 直接触るな。

 シルビアは足を止める。


「ノワール!」

 私は暴走する魔法道具の前に立ち、低くうなる。

 リーナが叫ぶ。

「シルビア様、魔力の流れが外側に漏れています!」

 お。

 リーナも気づいた。

 アレクシスがすぐに言う。


「直接触ると危ない。周囲の物を離そう!」

 生徒たちが動き出す。

 シルビアは一瞬だけ迷った。

 そして、手を伸ばすのをやめた。


「水属性の遮断布を!」

 彼女の声が響く。

 命令形。

 だが、今は緊急時だ。

 問題ない。


「そこの棚にあります。早く!」

 近くの生徒が慌てて布を取る。

 シルビアはそれを受け取り、直接魔法道具に触れないよう、布越しに包み込んだ。


 リーナが祈るように手をかざす。

 淡い光が、暴走する魔力をなだめる。


 アレクシスが窓を開け、余った魔力を外へ逃がす。

 三人の動きは、ぎこちないが噛み合っていた。


 やがて、魔法道具の光が弱まる。

 完全に止まった。

 作業室に静けさが戻る。

 誰も怪我をしていない。

 魔法道具も、壊れてはいない。

 私は床に座り込んだ。

 危なかった。

 かなり危なかった。


 シルビアが直接触っていたら、壊れていたかもしれない。

 そして、壊したのはシルビアだと言われたかもしれない。

 作業室の生徒たちは、呆然としている。

 しかし、今度は見ていた。


 シルビアが壊したのではない。

 むしろ、止めた。

 リーナとアレクシスも一緒に。


 桃色令嬢も、水色令嬢も、クラリスも。

 全員が見ていた。

 シルビアは息を吐き、周囲を見た。


「怪我をした者は?」

 声は強い。

 だが、生徒たちはもう怯えているだけではなかった。

 一人が言う。


「大丈夫です」

 別の生徒も。


「ありがとうございます、シルビア様」

 また別の生徒が。


「助かりました」

 シルビアは固まった。


 一斉に礼を言われる経験は、まだ少ない。

 私は足元から見上げる。

 受け取れ。

 ちゃんと。

 シルビアは少しだけ頬を赤くした。


「……どういたしまして」

 作業室の空気が変わった。

 クラリスの顔から、ほんの一瞬、笑みが消えた。

 私はそれを見た。


 今回は、罠が逆に働いた。

 シルビアを悪役にするはずの事件で、彼女は多くの生徒の前で人を助けた。

 しかも、リーナとアレクシスと協力して。


 これは大きい。

 非常に大きい。

 しかし、安心はできない。

 クラリスはすぐに微笑みを戻した。


「さすがシルビア様ですわ。危険な場面でも堂々となさって」

 褒め言葉。


 だが、私は警戒した。

 堂々。

 強い。

 危険。

 また、その印象へ戻そうとしている。

 だが、今度はリーナが一歩前に出た。


「シルビア様は、皆を助けてくださいました」

 はっきりした声だった。

 アレクシスも続ける。


「僕も見ていた。シルビア嬢が止めなければ、もっと危なかった」

 生徒たちも小さくうなずく。


 クラリスの言葉は、今回は広がらなかった。

 目撃者が多すぎた。

 私は胸を張った。


 そうだ。

 これが次の戦い方だ。

 噂に負けないだけの目撃者を増やす。

 真実を見た人間を増やす。


 アレクシスが教師を呼び、問題の銀糸と魔法道具はその場で保管された。


 その日の夕方。

 教師の確認により、リーナの護符に混ざっていた銀糸は、魔力を乱す加工がされていたことが分かった。

 また、暴走した魔法道具にも、同じような魔力干渉の跡があった。

 誰がやったのかは、まだ分からない。

 だが、偶然ではない。


 学院側も調査を始めることになった。

 シルビアはリーナと並んで、作業室を出た。

 リーナは護符を大切そうに抱えている。


「シルビア様、本当にありがとうございました」

「まだ完成していませんわ。礼を言うのは早いです」

 私は見上げる。

 シルビアは言い直した。


「……でも、無事でよかったです」

 リーナは笑った。

「はい」

 アレクシスも隣で言う。


「慈善会まで、三人で確認しよう」

「ノワールさんも一緒に」

 リーナが私を見る。

「にゃ」

 もちろん。

 護符見張り担当、継続である。

 私はクラリスが去っていった廊下の先を見た。


 今回、事件は防いだ。

 だが、首謀者にはまだ届いていない。

 クラリスもマリナも、尻尾を出しきってはいない。


 それでも、一つ分かった。

 罠は、必ずしもシルビアを悪役にできるわけではない。

 見ている人がいれば。

 信じてくれる人がいれば。

 シルビア自身が、手を伸ばす前に考えられれば。

 未来は変えられる。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 今日の成果。

 護符破壊、阻止。

 魔法道具暴走、鎮圧。


 シルビア、作業室の生徒たちから感謝される。

 リーナとアレクシス、証言者として完璧。


 クラリス、また一手失敗。

 ただし、敵はまだ諦めていない。


 慈善会本番まで、警戒を緩めるわけにはいかない。

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