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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第4章 噂と護符と、従姉妹の罠

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26/58

第26話 悪役令嬢の従姉妹は焦りを隠す

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 クラリス・ローヴェルは、焦っていた。


 もちろん、顔には出さない。

 彼女は今日も穏やかに微笑む。

 誰に対しても優しく、控えめで、親切で。

 完璧な伯爵令嬢。


 けれど、黒猫は見た。

 合同勉強会のあと、クラリスの指先が扇を強く握っていたことを。


 リーナがシルビアをかばうたび、笑みが一瞬だけ固まることを。

 アレクシスがシルビアを正しく見ようとするたび、目の奥が冷えることを。


 クラリスは焦っている。

 シルビアが、悪役令嬢の形から外れ始めたことを。


 私はその日、クラリスを尾行していた。

 シルビアには申し訳ないが、今回も別行動である。


 ただし、シルビアのそばにはリーナとアレクシスがいた。

 最近の二人は、かなり頼りになる。

 特にリーナは、シルビア語翻訳者として急成長中だ。

 任せられる時間が増えた。

 これはとても良いことだ。


 だけど、私はなんだか少し寂しい。

 いや、違う。

 任務上の懸念である。


 断じて、シルビアの膝の上をリーナやアレクシスに取られるかもしれないなどとは思っていない。

 猫は嫉妬しない。

 たぶん。


 クラリスは学院の礼拝堂へ向かっていた。

 星降る学院には、小さな礼拝堂がある。

 神殿とのつながりを持つ学院らしく、聖女候補や神官見習いの生徒が祈りや修練に使う場所だ。

 リーナも時々ここへ来ている。

 だから私は、少し警戒した。


 クラリスは礼拝堂の扉を開ける。

 私は少し遅れて、半開きになっていた横の小窓から中へ入った。


 礼拝堂の中は静かだった。

 高い天井。

 色硝子の窓。

 祭壇に置かれた白い花。

 クラリスは祈りに来たような顔で、ゆっくり歩く。

 しかし、祭壇の近くには先客がいた。


 神官服の男。

 若い。

 二十代半ばくらいだろうか。

 学院に派遣されている神殿関係者かもしれない。

 クラリスは彼の前で丁寧に礼をした。


「お時間をいただき、ありがとうございます」

 男は穏やかに微笑んだ。

「ローヴェル嬢。何かお困りですか」

 私は祭壇の陰に身を潜めた。

 会話の内容によっては、大きな情報になる。

 クラリスは少し目を伏せる。


「リーナ様のことで、少し気になることが」

 来た。

 私は耳を立てる。

「聖女候補であるリーナ様は、神殿にとっても大切な方ですわよね」

「もちろんです」

 男はうなずく。

「リーナ嬢はまだ若く、貴族社会にも慣れていません。学院での様子は、神殿としても気にかけています」

「そうですわよね」

 クラリスは心配そうに眉を下げる。


「最近、リーナ様はシルビア様と親しくされています」

 男の表情が、ほんの少し変わった。

「グランベル公爵令嬢と?」

「ええ。シルビア様は、王太子殿下の婚約者であり、公爵家のご令嬢。とても立派な方です」

 褒めている。

 だが、次がある。


「けれど、リーナ様には少し荷が重いのではないかと心配なのです」

 ほら。

 また心配。

 クラリスの得意技である。

 男は静かに聞いている。


「シルビア様はお強い方ですから。ご本人に悪気はなくとも、リーナ様が萎縮してしまわないかと」

 萎縮。

 また印象づける。

 リーナは萎縮していない。

 むしろその逆、かなりたくましい。

 シルビア語翻訳まで始め、若干シルビアを翻弄している節がある。

 ほほえましい。


 だが、神殿側がそれを見ていなければ、クラリスの言葉を信じる可能性が高い。

 男は、クラリスの言葉をすぐには飲み込まなかった。

 そして男は少し考えるように目を伏せた。


「リーナ嬢本人は、何か言っていましたか」

「いいえ。リーナ様はお優しい方ですもの。きっと、困っていても人を悪くはおっしゃらないでしょう」

 またこれ。

 リーナ本人の発言を封じる言葉。

 リーナが「困っていない」と言っても、それは優しさで隠しているだけだと解釈できる。


 非常に厄介。

 私は爪を床に立てそうになった。

 神官服の男は、クラリスをじっと見た。


「ローヴェル嬢は、リーナ嬢を心配しているのですね」

「もちろんですわ」

 クラリスは即答する。

「リーナ様は、この学院ではまだ頼れる方が少ないでしょう。わたくしにできることがあれば、支えたいのです」


 完璧。

 完璧な善意の言葉。

 神官服の男は、少しだけ微笑んだ。


「あなたの心遣いには感謝します」

 まずい。

 信じたか。

 そう思ったが、男はすぐに続けた。


「ただ、リーナ嬢から直接話を聞くことにしましょう。彼女の言葉を確かめずに判断するわけにはいきません」

 お。

 まとも。

 神殿関係者、意外とまとも。

 いや、全員が悪いわけではないのだろう。

 クラリスの笑みが、一瞬だけ揺れた。


「ええ。それがよろしいかと」

 声は柔らかい。

 だが、内心は面白くないはずだ。

 クラリスは礼をして、礼拝堂を出た。

 私は少し遅れて、別の窓から外へ回る。

 そこで、クラリスは立ち止まった。

 礼拝堂裏の細い道。

 人通りは少ない。


 そこに、灰色の侍女マリナがいた。

 やはりつながっている。

 私は茂みの中へ潜った。


 クラリスは表情を消した。

 先ほどまでの優しい顔ではない。

 薄く、冷たい顔。


「思ったより慎重でしたわ」

 マリナが頭を下げる。

「神殿の者は、リーナ様本人の意思を重んじる者もおります」

「面倒ですわね」

 クラリスの声には、わずかな苛立ちがあった。

「リーナ様が、思ったよりシルビア様に懐いているのも厄介です」

「はい」

「シルビア様は、昔のままならよかったのに」

 その言葉に、私は耳を伏せた。

 クラリスは続ける。 


「強くて、怖くて、誰にも本心を見せられないままでいてくださればよかった」

 マリナは何も言わない。

「それなのに、あの黒猫が来てから」

 私は息を潜める。

 クラリスは静かに言った。

「シルビア様は、変わりすぎました」


 私のことか。

 完全に私のことだ。

 クラリスは私を邪魔だと思っている。

 それは分かっていた。

 だが、こうして言葉にされると、背中の毛がゾワゾワ逆立つ。

 マリナが低い声で言う。


「ノワールは、確かに邪魔です」

 呼び捨て。

 まあいい。


「ですが、猫一匹でできることには限りがあります」

「そうかしら」

 クラリスは少し考えるように言う。

「あの猫は、シルビア様の言葉を止め、リーナ様に近づき、王太子殿下にまで妙な印象を与えています」


 妙な印象。

 失礼である。

 正しい印象だ。


「それに、リーナ様があの猫を信用しているのも気になります」

 リーナは賢いからである。

 私は心の中で言った。

 マリナは静かに答える。


「では、猫を遠ざけますか」

 私は固まった。

 遠ざける。

 私を?

 シルビアから?

 クラリスはしばらく黙った。

 その沈黙が、嫌なほど長い。

 やがて、彼女は言った。 


「今はまだ早いですわ」

 今は。

 つまり、いずれは考えている。


「猫に手を出せば、シルビア様が警戒します。王太子殿下も、リーナ様も」

「では」

「まずは、リーナ様の周囲から揺らします」

 クラリスの声が冷たくなる。


「リーナ様がシルビア様を信じているのなら、その信頼が本当に正しいのか、迷っていただく必要があります」

 マリナがうなずく。

「具体的には」

「次の学院慈善会です」

 慈善会。

 私は記憶を探る。


 星降る学院の慈善会。

 たしか、学院の行事の一つだった。

 生徒たちが刺繍品や菓子、魔法道具を用意し、寄付金を集める。

 貴族としての奉仕精神を学ぶ行事。


 そして、ゲーム本編では。

 そう、事件があった。

 リーナが用意した品が壊れる。

 シルビアが関わったと疑われる。

 王太子がリーナを庇う。

 私はそこまで思い出して、背中が冷えた。


 慈善会イベント。

 来る。

 次の大きなヒロインいじめイベントだ。

 クラリスは言った。


「リーナ様は、神殿の子どもたちのために小さな護符を作っているそうですわ」

「はい」

「それが壊れたら、どれほどお困りになるでしょうね」

 マリナは無表情だ。

「シルビア様が疑われる形に?」

「直接ではありません。あまりに露骨ではつまらないですもの」


 つまらない。

 クラリスの声に、初めて隠しきれない棘が混じった。 

「シルビア様が善意で手を出した結果、壊れたように見えればよいのです」

 最悪。

 非常に最悪。

 シルビアの善意を利用するつもりだ。

 彼女が困っている人を放っておけないことを知っていて。

 マリナは少しだけ頭を下げた。


「手配いたします」

 確定。

 私は茂みの中で爪を出した。

 これは大きな情報だ。


 慈善会で事件が起きる。

 リーナの護符が狙われる。

 シルビアの善意が利用される。

 すぐに知らせなければならない。


 しかし、私は猫である。

 言葉で伝えられない。

 どうする。

 どうやって伝える。


 考えている間に、クラリスとマリナは別々の方向へ去っていった。

 私は茂みから飛び出す。

 急げ。

 シルビアのところへ。

 そのとき、地面の草が不自然に揺れた。


 細い糸。

 透明に近い魔法糸。

 私は反射的に飛び退いた。

 糸が、私の前足のすぐ下をかすめる。

 罠。

 猫用か。

 いや、小動物を捕まえるための簡単な魔法罠だ。


 なぜこんなところに。

 クラリスか。

 マリナか。

 それとも神殿側の誰かか。

 考える暇はない。


 私は別の方向へ跳び、茂みを抜けた。

 背後で、小さく魔法糸が弾ける音がする。

 危ない。

 もし引っかかっていたら、少しの間動けなくなっていたかもしれない。

 遠ざける、という言葉が頭をよぎる。


 今はまだ早い。

 そう言っていた。

 だが、すでに試しているのかもしれない。

 私の動きを止める方法を。

 私は全力で走った。

 学院の廊下を抜け、図書室の前を通り、中庭へ向かう。


 シルビアは、花壇の近くにいた。

 リーナとアレクシスも一緒だ。

 三人で何かを話している。

 私はその足元へ滑り込むように飛び込んだ。 


「にゃあ!」

 シルビアが驚いて振り返る。

「ノワール?」

 私は息を切らしていた。

 猫でも息は切れる。

 シルビアはすぐに私を抱き上げた。


「どうしたのです。毛が乱れていますわ」

 リーナも心配そうに近づく。

「ノワールさん、大丈夫ですか?」

 アレクシスの表情が真剣になる。

「何かあったね」


 あった。

 かなりあった。

 慈善会。

 護符。

 壊される。

 シルビアが疑われる。

 伝えたい。

 だが、言葉で伝えられない。

 私はシルビアの腕の中で身をよじり、リーナの持っていた本の上に前足を置いた。


 リーナの本。

 神殿関係の魔法道具について書かれた本。

 そこに、護符の図があった。

 私は前足でその図を叩いた。


「にゃ!」

 リーナが目を瞬く。

「護符?」

「にゃ!」

 よし。

 伝わった。

 私はさらに鳴く。


「にゃあ!」

 シルビアが眉を寄せる。

「護符が、どうかしましたの?」

 壊される。

 狙われる。

 私は護符の図を叩き、次にリーナの手を叩いた。

 リーナが息をのむ。


「私の護符……?」

「にゃ!」

 アレクシスが表情を引き締めた。

「慈善会で出すもののこと?」

 リーナがうなずく。

「はい。神殿の子どもたちへ贈る護符を作っています」

 私は激しく鳴いた。

 これ以上、どう伝えればいいのか分からなかった。


「にゃ!」

 それだ。

 それが狙われる。

 シルビアは私を見つめる。

 何かを感じ取ったのか、表情が真剣になった。


「ノワールは、その護符に何かあると言いたいのですか」

「にゃ」

 そう。

 アレクシスは低い声で言った。

「警戒した方がいいかもしれない」

 シルビアが彼を見る。

「殿下もそう思われますの?」

「ノワールがここまで慌てるのは珍しい。理由があるはずだ」


 王太子。

 猫に対する信頼が厚い。

 ありがたい。

 リーナは少し不安そうに、自分の本を抱えた。


「護符は、明日から作業室で仕上げる予定です」

 シルビアはすぐに言った。

「わたくしも確認します」

 言い方。

 だが今は、それでいい。

 リーナは迷わずうなずいた。


「お願いします」

 シルビアは一瞬だけ驚いたような顔をした。

 頼られた。

 リーナに。

 その顔を見ている余裕は、今の私にはなかった。


 慈善会イベントが来る。

 クラリスが動く。

 マリナも関わっている。

 そして、私を止めようとするかのような罠もあった。


 物語が、また悪役令嬢ルートへ戻ろうとしている。

 私はシルビアの腕の中で、低く喉を鳴らした。


 次の事件は、今までより大きい。

 失敗すれば、シルビアとリーナの信頼にひびが入る。

 アレクシスの前で、シルビアが疑われる。

 それだけは、絶対に防がなければならない。


 黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 次の任務。

 慈善会の護符破壊事件を、未然に潰す。

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