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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第4章 噂と護符と、従姉妹の罠

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第25話 悪役令嬢、噂に正面から立つ

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 噂は、驚くほど足が速い。


 しかも、こちらが歩いている間に、勝手に走る。

 学院内で広がっている噂は、いくつかあった。


 シルビアがリーナを監視している。

 シルビアがリーナに勉強を強要している。

 シルビアが王太子殿下に近づくリーナを警戒している。

 シルビアがリーナを中庭へ呼び出した。

 どれも、事実を少しずつ悪い方へずらした噂だった。

 違う。

 全然違う。


 リーナがシルビアを誘った。

 シルビアは勉強を教えた。

 リーナが困っていたから助けた。

 アレクシスも一緒にいた。


 しかし、事実はそのままでは広がらない。

 人の口を通るたびに、少しずつ色がつく。

 シルビアの場合、その色はだいたい黒くなる。


 悪役令嬢補正。

 あるいは、噂の悪意あるフィルター。

 どちらにせよ厄介である。


 私は、シルビアの足元を歩きながら、学院の廊下を見回していた。

 リーナとアレクシスは、噂を聞いたら違うと言う、と約束してくれた。

 これはかなり心強いが、それだけでは足りない。

 噂に対抗するには、もっと多くの目撃者が必要だ。


 シルビアがリーナを傷つけていない、むしろ助けている。

 リーナ本人もそう思っている。

 それを、周囲が実際に見る機会を作る必要がある。

 そこで、リーナが提案した。


「合同勉強会をしませんか?」

 場所は図書室。

 午後の授業が終わったあとだった。

 シルビアは本を閉じ、リーナを見た。

 目を細める。

 睨んでいるように見えるが、たんに考えているだけである。


「合同勉強会?」

「はい。魔法理論や歴史で困っている方が、他にもいるみたいなので。シルビア様の説明は分かりやすいですし……」

 リーナは少し恥ずかしそうに笑った。

「シルビア様に教えていただいたことで助かったと、私が言っても、なかなか信じてもらえないみたいなので」

 シルビアの表情が少し硬くなる。


 自分が傷ついたのではない。

 たぶん、怒った。

 リーナが信じてもらえないことに。


 シルビアは腕を組みかけた。

 私は足元から見上げる。

 腕を組むな。

 威圧感が増す。

 シルビアは途中で手を止め、そっと下ろした。

 えらい。


「つまり、わたくしが皆の前で教えればよいということですの?」

「はい」

「それでは、リーナ嬢がわたくしに無理やり従わされているという噂は消えるかもしれませんわね」

 かなり直接言った。

 リーナは少し驚いたが、すぐにうなずいた。


「私も、ちゃんと言います。シルビア様に助けていただいているのだと」

 アレクシスも隣でうなずいた。

「僕も参加するよ。シルビア嬢の説明が分かりやすいことは、僕もよく知っている」

 シルビアは少しだけ顔を赤くした。

「殿下まで参加なさる必要は」

「あるよ」

 アレクシスの声は穏やかだった。

 だが、はっきりしていた。


「僕が見ていると分かれば、変な噂も少しは抑えられるだろうから」

 王太子。

 ずいぶん頼れるようになった。

 七歳の頃、靴ひもを何度も狙った甲斐がある。

 私は心の中でしみじみした。

 シルビアは少しだけ視線をそらした。


「……お好きになさい」

 シルビア語で「心強いです」である。

 たぶん。

 リーナは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」

「まだ、うまくいくとは限りませんわ」

「でも、やってみたいです」

 リーナはまっすぐ言った。


「私が、シルビア様に助けていただいたことを、ちゃんと見てもらいたいので」

 シルビアが固まった。

 こういう直球に弱い。

 アレクシスも少し笑っている。

 私は喉を鳴らした。


 よし。

 合同勉強会。

 噂への反撃としては悪くない。

 問題は、シルビアの指導が厳しすぎて、かえって悪評になる可能性があることだ。

 私は机の下で監督する必要がある。


 そして翌日の放課後。

 図書室の一角に、十人ほどの生徒が集まった。

 リーナが声をかけた生徒たちだ。


 神殿推薦の生徒。

 下級貴族の令嬢。

 魔法理論が苦手な令息。


 以前、食堂でリーナの隣にいた少女の姿もある。

 そして少し離れた本棚の近くには、見物のような生徒たちもいた。

 噂の真偽を見に来たのだろう。

 好都合である。

 見ろ。

 ちゃんと見ろ。


 シルビアは、机の前に立っていた。

 表情は固い。

 非常に固い。

 緊張している。

 だが、本人はそれを認めない。


「では、始めますわ」

 声が凛として響く。

 生徒たちの背筋が伸びる。

 怖い。

 やはり怖い。

 私は端の小机に乗ることを許された。

 監督席である。


 シルビアは黒板に魔法式を書いた。

 白いチョークが、すらすらと線を描く。


「まず、この式を丸暗記しようとするから分からなくなるのです」

 いきなり強い。

 生徒の一人が肩を揺らす。

 私は短く鳴いた。


「にゃ」

 シルビアは、ちらりと私を見た。

 そして、少しだけ息を吐く。


「……丸暗記よりも、仕組みから考えた方が理解しやすいという意味です」

 よし。

 修正成功。

 生徒たちの表情が少し和らぐ。

 シルビアは続ける。


「魔力の流れは、水路に似ています。流れの向きと、どこで分岐するかを見れば、式全体の意味が分かります」

 説明は分かりやすかった。

 黒板に図を描き、実際の魔法陣と照らし合わせ、どの線がどの役割を持つかを一つずつ示していく。

 リーナは真剣にうなずいている。

 アレクシスも質問を挟む。


「ここで流れを閉じると、出力が弱まるのかな」

「ええ。殿下にしては良い着眼点ですわ」

 言い方。

 私は鳴く。


「にゃ」

 シルビアは少し顔を赤くする。

「……良い着眼点です」

 アレクシスは苦笑した。


「うん。ありがとう」

 生徒たちの間に、小さな笑いが起きた。

 悪い笑いではない。

 緊張がほどける笑いだった。


 シルビアは少し驚いたように周囲を見る。

 自分が笑われたと思ったのかもしれない。

 私はすぐに彼女の手元に前足を置いた。


「にゃ」

 大丈夫。

 嫌な空気ではない。

 リーナもすぐに言った。


「ノワールさんがいると、分かりやすいですね」

 シルビアが眉を寄せる。

「わたくしの説明ではなく?」

「もちろん、シルビア様の説明もとても分かりやすいです。でも、ノワールさんが鳴くと、シルビア様がもっと分かりやすく言い直してくださるので」


 生徒たちがまた小さく笑った。

 シルビアは真っ赤になった。


「……続けますわ」

 声は少しむくれていた。

 だが、逃げなかった。


 勉強会は思った以上にうまくいった。

 シルビアは厳しい。

 しかし、質問にはきちんと答える。

 間違いを指摘するときも、ノワール監督がいるため、以前よりだいぶ柔らかい。


「違いますわ」

「にゃ」

「……そこは違います。ですが、途中までは合っています」

 素晴らしい。


「なぜそこでその答えになりますの?」

「にゃ」

「……考え方を聞かせてください」

 大進歩。


「その式では爆発しますわね」

「にゃっ」

「……危険なので、ここを直しましょう」

 かなり大事。

 生徒たちは最初こそ怯えていたが、だんだん慣れてきた。


 シルビアが厳しいのは、間違いを責めるためではない。

 正しく理解させるためだ。

 それが少しずつ伝わっていく。

 リーナが途中で言った。

「私も最初、同じところを間違えました。シルビア様に教えていただいて、分かるようになったんです」


 証言。

 非常に良い証言。


 アレクシスも続ける。

「僕も、シルビア嬢に何度か助けてもらった。手厳しいけど、分かるまで見てくれる」

 王太子の証言。

 効果は大きい。


 見物していた生徒たちが、少し顔を見合わせた。

 噂だけで見ていたシルビアと、目の前のシルビアがずれ始めているのだろう。


 いい。

 もっとずれろ。

 大いにずれろ。

 悪役令嬢という型から外れろ。


 勉強会が終わる頃には、生徒たちの表情はずいぶん変わっていた。

 一人の令嬢が、おずおずとシルビアへ頭を下げる。


「ありがとうございました、シルビア様。とても分かりやすかったです」

 シルビアは一瞬固まった。

 礼を言われることには、まだ少し弱い。

 だが、今の彼女は逃げなかった。


「どういたしまして」

 声は小さい。

 でも、ちゃんと聞こえた。

 続いて、別の生徒も頭を下げる。


「また教えていただけますか?」

 シルビアの目が少し見開かれる。

 また。

 その言葉に、彼女は弱い。

 友達になった日のリーナの「また」と同じだ。

 シルビアは少しだけ視線をそらした。


「……必要なら」

 そっけない。

 だが、許可である。

 生徒たちは嬉しそうにうなずいた。

 私は机の上で喉を鳴らした。


 成功。

 これは成功だ。

 合同勉強会は、シルビアがリーナを支配しているという噂を弱める一手になった。

 見た生徒たちは分かったはずだ。


 シルビアは厳しい。

 しかし、助ける。


 怖い。

 しかし、ちゃんと見ている。


 悪役令嬢ではなく、言い方にかなり難がある優秀な令嬢である。

 かなり、で済むかは議論の余地があるが。


 その帰り道。

 図書室の外で、クラリスが待っていた。

 にこやかな顔で。


「勉強会、とても評判がよろしいようですわね」

 声は柔らかい。

 シルビアは少し警戒したように立ち止まる。

 アレクシスも、リーナもそばにいる。

 クラリスは微笑む。


「シルビア様は、本当に人を導くのがお上手ですのね」

 褒め言葉。

 だが、私は耳を伏せた。

 導く。

 その言葉には、上下関係の響きがある。

 シルビアが周囲を従えているようにも聞こえる。

 しかし、シルビアは静かに答えた。


「導くなど、大げさですわ」

 お。

 かわした。

「分からないところを、一緒に確認しただけです」

 いい。

 非常にいい。

 クラリスの笑みが一瞬だけ薄くなる。

 リーナが嬉しそうに言った。


「はい。皆で一緒に勉強できて楽しかったです」

 アレクシスも頷く。

「僕も学ぶことが多かった」

 クラリスは、二人の援護を受けて、それ以上踏み込まなかった。

「そうですか。素敵ですわ」

 そう言って、微笑む。

 だが、私は見逃さなかった。

 クラリスの指先が、扇をきゅっと握ったことを。


 噂への反撃は、小さく成功した。

 しかし、クラリスの焦りもまた、少しずつ見え始めている。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 今日の成果。

 合同勉強会、成功。

 シルビア、先生として認識され始める。

 リーナとアレクシス、証人として非常に有能。


 クラリス、苛立ちを隠しきれず。


 噂には、事実をぶつける。

 この戦い方は、続ける価値がありそうだ。

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