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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第4章 噂と護符と、従姉妹の罠

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24/58

第24話 黒猫、噂の出どころを追う

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 シルビアに友達ができた。


 これは、世紀の大事件である。

 悪役令嬢予定だった少女が、ヒロインと一緒に花を見て、「また」と約束した。

 これだけで、私は魚を三切れ追加で要求しても許されると思う。


 だが、現実は甘くない。

 シルビアとリーナの距離が縮まった翌日から、学院内の噂はまた妙な方向へ動き始めた。


 最初に耳にしたのは、私が日向ぼっこをしていた廊下の窓辺だった。

 いや、監視中のことである。

 日向ぼっこは副次的な効果だ。

 そこへ、二人の令嬢が通りかかった。


「昨日、リーナ様がシルビア様と中庭にいらしたそうよ」

「まあ。大丈夫だったのかしら」

「シルビア様に呼び出されたのではなくて?」

「でも、花を見ていただけだと聞いたわ」

「花を? シルビア様が?」

 その言い方。

 まるでシルビアが花を見てはいけない人間のようである。

 私は片目を開けた。

 令嬢たちは歩きながら続ける。


「リーナ様、お優しいから断れなかったのかもしれませんわね」

「シルビア様は王太子殿下の婚約者ですもの。逆らいにくいでしょう」

「そういえば、最近ずっとリーナ様に声をかけていらっしゃるとか」

「監視しているのでは?」


 違う。

 全然違う。

 花を見ただけだ。

 しかも誘ったのはリーナである。

 シルビアはむしろ誘われて動揺していた。

 それを呼び出しだの監視だの、どこをどう変換したらそうなるのか。

 悪意の翻訳機能が優秀すぎる。


 私は起き上がった。

 噂の広がりが早い。

 そして、方向が悪い。


 最近の噂には特徴がある。

 完全な嘘ではない。

 元になる出来事が実際にある。


 リーナとシルビアが中庭にいた。

 これは本当。


 シルビアがリーナに声をかけることが増えた。

 これも本当。


 シルビアは王太子の婚約者。

 もちろん本当。


 だが、それらを並べる順番と、添える感情が違う。

 すると、事実は悪評になる。

 怖い。

 とても怖い。

 私は噂の出どころを追うことにした。

 猫として。


 まず、廊下の令嬢たちを尾行する。

 彼女たちは特に悪意が強いわけではなさそうだった。

 単純に噂話が好きなだけかもしれない。

 もちろん、それは私としてははた迷惑である。

 令嬢たちは廊下を進み、休憩室へ向かった。


 学院には、学年ごとにいくつかの休憩室がある。

 生徒たちが授業の合間にお茶を飲んだり、会話したりする場所だ。

 つまり、噂の温床である。


 私は扉の隙間から中を覗いた。

 令嬢たちが数人、丸いテーブルを囲んでいる。

 その中に、以前リーナのドレスの裾を踏みそうになった桃色の令嬢がいた。

 名前はまだ分からないので、ひとまず桃色令嬢と呼ぶ。

 彼女は扇を開き、楽しそうに話していた。


「わたくし、見ましたの。リーナ様がシルビア様にお声をかけられて、中庭へ」

「まあ、本当に?」

「ええ。リーナ様は少し緊張されているように見えましたわ」

 嘘ではない。

 リーナは緊張していた。

 友達の誘いをするのだから、緊張して当然だ。

 だが、その言い方だと、シルビアに怯えていたように聞こえる。


「シルビア様は、最近リーナ様にずいぶん近づいていらっしゃいますわね」

「王太子殿下がリーナ様を気にかけていらっしゃるからでは?」

「やはり、婚約者として気になるのかしら」


 来た。

 王太子を絡める噂。

 これは危険だ。


 シルビアがリーナに嫉妬している。

 聖女候補を監視している。

 王太子に近づけないようにしている。

 ゲーム本編の悪役令嬢ルートそのままだ。


 私は扉の前で低くうなった。

 すると、休憩室の奥から別の声がした。


「でも、リーナ様はシルビア様のことを悪くおっしゃっていませんわ」

 おそらくリーナと同じ授業を受けている令嬢だろう。

「むしろ、よく教えていただいていると」


 よし。

 証人がいる。

 私は少しだけ希望を持った。

 しかし、桃色令嬢は柔らかく笑う。


「リーナ様はお優しい方ですもの。たとえ怖い思いをしても、人を悪く言ったりなさらないでしょう」

 またそれ。

 相手の優しさを使って、本人の言葉を無効化する。

 リーナが悪く言っていないのは、シルビアが悪くないからではない。

 リーナが優しいから我慢しているだけ。

 そう変換している。


 巧妙だ。

 非常に巧妙。

 私は桃色令嬢を警戒対象に追加した。


 だが、実際に噂の出どころの中心が彼女かどうかは分からない。

 もっと根があるように感じる。

 私は休憩室を離れた。

 次に向かったのは、図書室の近く。


 学院では、図書室も噂が集まりやすい。

 静かに話す場所ほど、小声の噂はよく聞こえる。

 案の定、書架の影で二人の令息が話をしていた。


「最近、グランベル嬢と聖女候補が一緒にいるそうだな」

「ああ。王太子殿下も一緒のことが多いらしい」

「三角関係か?」

「まさか。王太子殿下には婚約者がいる」

「だから面白いんだろう」

 面白くない。

 まったく面白くない。

 人の人生を娯楽にするな。

 私は書架の下から令息たちを睨んだ。

 令息の一人が私に気づいた。


「うわ、黒猫」

「グランベル嬢の猫だ」

「聞かれていたか?」

 聞いていた。

 かなり聞いていた。

 令息たちは気まずそうに咳払いし、散っていった。

 私はフンっと鼻息を漏らし、しっぽを揺らす。


 男子生徒側にも噂が広がっている。

 しかも、恋愛話として。

 これも危険だ。


 シルビア、アレクシス、リーナ。

 本来のゲーム構造に近い噂が、勝手に形作られている。

 やはり、強制力のようなものを感じる。

 ただし、噂を広げているのは人間だ。

 ならば、追えば出どころに近づけるはず。

 私はさらに歩いた。


 昼過ぎ。

 中庭の奥で、マリナを見つけた。

 灰色の侍女。

 グランベル公爵家で働いていたはずの彼女が、なぜ学院にいるのか。

 理由は簡単だった。

 シルビアが学院に通うにあたり、公爵家から数名の使用人が学院近くの別邸に付き添っている。

 マリナもその一人として出入りしているのだ。

 表向きは、シルビアの身の回りを整えるため。


 だが、私は知っている。

 彼女は、ただの侍女ではない。

 マリナは中庭の端で、学院の下働きらしき女性と話していた。

 私は植え込みへ潜る。

 猫の尾行、再開である。


「最近、お嬢様は聖女候補の方と親しくなさっているようですね」

 マリナの声は静かだった。

 下働きの女性が少しうなずく。

「ええ。よく図書室や中庭でお見かけします」

「お嬢様は昔から、気に入ったものをそばに置きたがるところがありますから」

 私は耳を伏せた。

 もの。

 また、その言い方。

 リーナを、シルビアが所有したがっているように聞こえる。


「聖女候補の方も、最初は戸惑われていたでしょう」

「そうですね。少し緊張されているようでした」

「無理もありません。お嬢様は、悪気はないのですが……」

 そこで言葉を切る。

 言い切らない。

 だから相手が勝手に補う。


 怖い方ですものね。

 強い方ですものね。

 逆らいにくいですものね。

 マリナは直接言わない。

 相手に想像させる。

 かなり悪質。

 下働きの女性は困ったように笑った。


「でも、リーナ様はシルビア様を慕っていらっしゃるようにも見えますよ」

「そうですか」

 マリナの声は変わらない。

「リーナ様はお優しい方なのでしょうね」

 また同じ構造。

 リーナがシルビアを慕っているのではなく、リーナが優しいからそう見せているだけ。


 私は爪を出した。

 ここだ。

 噂の出どころの一つは、やはりマリナだ。


 マリナは学院の使用人や下働きに、シルビアの印象を少しずつ流している。

 それが生徒たちへも広がる。

 公爵家の侍女が言うのだから、より信ぴょう性がある。

 しかも「悪口」ではなく「心配」として話す。

 厄介すぎる。

 私は植え込みの中で身構えた。


 すると、マリナがふとこちらを見た。

 目が合う。

 まただ。

 この侍女、私の気配に気づくのが早い。

 マリナは下働きの女性に会釈し、話を終えた。

 そして、ゆっくり植え込みへ近づいてくる。


「ノワール様」

 様をつけるな。

 いや、つけてもいいが。

 マリナは穏やかに微笑む。

「また聞いていらしたのですね」

 私は植え込みから出た。

 逃げない。

 逃げたら負けな気がした。


 マリナは膝を折り、私と視線を合わせる。

 目は笑っていない。

「本当に賢い猫」

「にゃ」

 どうも。

 褒め言葉として受け取っておく。

 マリナは小さく首をかしげた。


「けれど、猫には噂を止められません」

 クラリスと同じようなことを言う。

 やはりつながっている。

 私はじっと彼女を見た。

 マリナは声を落とす。


「お嬢様がどれほど変わろうとしても、見る者がどう受け取るかは別です」

 それは正しい。

 正しいからこそ、腹が立つ。

「それに、お嬢様は本当に変わられたのでしょうか」

 私は耳を伏せる。

 マリナは微笑む。


「少し言葉を直したところで、人の本質はそう簡単には変わりません」

 違う。

 シルビアは変わっている。

 それに彼女の本質は傲慢な悪役令嬢のそれではない。

 だから言葉を直したからこそ、シルビアの本質を見る人が、彼女に歩み寄りを見せているのだ。


 マリナは立ち上がる。

「お嬢様は、公爵家の娘で、王太子殿下の婚約者。強くあらねばならない方です。ならば、多少怖がられるくらいがちょうどよろしいのでは?」

 私は低くうなった。

 それは、シルビアを昔のまま縛る言葉だ。


 強く。

 堂々と。

 怖がられても構わない。

 そうやって、シルビアは悪役令嬢に近づけられてきた。

 マリナは静かに言った。


「優しくなったお嬢様を、皆が望んでいるわけではありませんよ」

 その言葉を残し、彼女は歩き去った。

 私はしばらく動けなかった。

 優しくなったシルビアを、望まない者がいる。


 クラリスだけではない。

 マリナも。

 おそらく、ローヴェル伯爵家も。

 もしかすると、もっと外側の勢力も。

 シルビアが怖がられる令嬢でいる方が都合のいい者たちがいる。


 私は走った。

 シルビアの元へ。


 マリナ。

 桃色令嬢。

 クラリス。

 そして、それを面白がる生徒たち。

 噂の出どころは、一つではない。


 だが、中心には確かに意図がある。

 シルビアを悪役令嬢に戻そうとする意図が。

 放っておけない。

 絶対に。

 放っておくわけにはいかない。


 図書室の前で、シルビアを見つけた。

 彼女はリーナとアレクシスと一緒にいた。

 三人で本を返しに来たらしい。

 シルビアはリーナの持つ本を見て、少し眉を寄せている。

「その本、あなたにはまだ少し難しいのではありませんこと? 」


 言い方。

 私は駆け寄りながら鳴いた。

「にゃ!」

 シルビアがこちらを見る。

 私はその足元に飛びついた。


「ノワール?」

 シルビアは驚いて私を抱き上げる。

「どうしましたの。そんなに慌てて」

 リーナも心配そうに覗き込む。

「ノワールさん、何かあったんですか?」

 アレクシスも私を見る。

「また警戒している顔だね」

 王太子、観察力は良い。

 もどかしくも、説明できない。

 私は猫である。


 噂の出どころがマリナとクラリスにつながっているかもしれない。

 シルビアを怖いままにしておきたい者がいる。

 リーナとの関係を悪く変換する動きがある。

 それを全部伝えたい。

 だが、出るのは鳴き声だけ。


「にゃあっ」

 シルビアは私の背を撫でる。

「落ち着きなさい、ノワール」

 落ち着けない。

 しかし、彼女の手は温かい。

 私は少しだけ呼吸を整えた。

 リーナが小さく言った。


「あの、シルビア様」

「何かしら」

「最近、私とシルビア様のことで、少し変な噂があるみたいです」

 私は耳を立てた。

 リーナ。

 気づいていたのか。

 シルビアの表情が硬くなる。


「変な噂?」

「はい。私がシルビア様に無理に付き合わされているとか、監視されているとか」

 アレクシスの顔も真剣になる。

 シルビアは一瞬、言葉を失った。

 それから、少しだけ冷たい声で言う。


「……あなたは、そう思っていますの?」

 怖い。

 かなり怖い。

 だが、その奥には不安がある。

 リーナはすぐに首を振った。


「思っていません」

 はっきりした声だった。


 シルビアの目が少し揺れる。

「だから、違うと言います。聞かれたら、ちゃんと」

 私はリーナを見た。

 リーナは、思ったよりずっと強い。


「シルビア様が私を助けてくださったことも、教えてくださったことも、一緒に花を見てくださったことも、本当のことですから」

 シルビアは黙っていた。

 アレクシスが静かにうなずく。

「僕も言うよ。見たことは、ちゃんと」

 証人。


 そうだ。

 私が考えていたことを、二人が先に言った。

 噂に対抗するには、実際に見た人間の言葉が必要だ。

 リーナとアレクシスは、その役を引き受けようとしている。

 シルビアは、少しだけ目を伏せた。


「……別に、そこまでしなくても」

 声が小さい。

 リーナは柔らかく笑った。


「私が、そうしたいんです」

 アレクシスも言う。

「僕も」

 シルビアの耳が赤くなる。

「二人とも、変な方ですわ」

 リーナは笑う。


「ノワールさんも、そう思いますか?」

「にゃ」

 変だ。

 だが、とても良い。

 私はシルビアの腕の中で、ようやく少しだけ力を抜いた。


 噂の出どころは見え始めた。

 敵も増えている。

 けれど、心強い味方も増えている。

 猫一匹では止められない噂も、人の言葉なら止められるかもしれない。


 その日の成果。

 マリナ、噂の出どころの一つと判明。

 クラリスとのつながり、濃厚。


 リーナとアレクシス、証人として立つ意思あり。

 シルビア、照れている。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 噂は爪では止められない。

 だが、噂に負けない真実を、少しずつ増やすことはできる。


 シルビアを正しく見る人を、一人ずつ増やしていく。

 それが、次の戦い方だ。

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