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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第3章 黒猫、ヒロインいじめイベントを潰す

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21/58

第21話 黒猫、強制力の気配を見る

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 物語には、流れがある。


 前世で乙女ゲームをしていた頃の私は、それを何度も見てきた。


 たとえば、攻略対象とヒロインが出会う。

 偶然ぶつかる。

 落とした本を拾う。

 同じ課題で困る。

 雨宿りをする。

 迷子の子どもを一緒に助ける。

 そういう小さな出来事が積み重なって、二人の距離が縮まっていく。

 それがゲームだ。


 イベントが起きる。

 選択肢が出る。

 好感度が上がる。

 ルートが進む。

 とても分かりやすい。

 前世の私は、そういうものだと思って遊んでいた。


 けれど、自分がその世界に入り込むと話は別である。

 イベントは、ただの甘い出来事ではない。

 ときに、人の心を傷つける。


 誤解を生む。

 噂を広げる。

 誰かを悪役の形にはめる。

 特に、シルビアに関わるイベントは危険だった。


 ヒロインのドレスが破れそうになる。

 リーナが火傷する。

 シルビアが強い言い方をする。

 クラリスが優しく印象を補強する。

 私はそのたびに、飛び込んできた。


 靴ひもを引き。

 裾をくわえ。

 菓子に体当たりし。

 シルビアの足を叩き。

 必要なら噛んだ。

 猫としてはかなり働いている。


 労働量に対して報酬が魚とクッションだけなのは、やや不満である。

 だが、成果は出ている。


 リーナはシルビアを怖いだけの人だとは思わなくなったし、アレクシスも、噂ではなく自分の目でシルビアを見るようになった。


 シルビア自身も、言い直すこと、謝ること、誰かを頼ることを少しずつ覚え始めた。

 悪役令嬢ルートは、確実に外れつつある。

 そう思っていた。


 だが。

 それでも、何かが引き戻そうとしている。

 私は最近、そんな気配を感じていた。


 最初は、ただの偶然だと思った。

 図書室で、リーナの課題をシルビアが手伝った翌日のこと。


 学院の掲示板に、魔法理論の小テストの成績が貼り出された。

 上位者だけが名前を載せられる、ちょっとした掲示である。


 一位、シルビア・グランベル。

 二位、アレクシス王太子。

 三位、リーナ。


 リーナは平民出身の聖女候補でありながら、かなり良い成績を取った。

 努力したのだろう。

 私は素直に感心した。


 リーナは本当に頑張る子だ。

 シルビアも掲示を見て、少しだけ目を細めた。

 周囲が一瞬身構える。

 しかし、シルビアは言った。


「リーナ嬢、よく復習しましたのね」

 お、褒めた。

 声は硬いが、褒め言葉だ。

 リーナも、もう分かっている。


「はい。シルビア様に教えていただいたところを、もう一度解き直しました」

 シルビアは少し頬を赤くする。

「そう。なら、次は二位を目指しなさい」

 アレクシスが苦笑した。

「僕が抜かれるのかな」

「殿下も油断なさらなければよいだけですわ」

 言い方は強い。

 だが、雰囲気は悪くない。

 リーナは笑い、アレクシスも笑った。

 ここまでは、平和だった。


 問題は、その直後。

 掲示板の端に立っていた令嬢が、小さく言ったのだ。

「でも、リーナ様はシルビア様に教えていただいたのでしょう?でしたら、その三位もシルビア様のおかげですわね」


 空気が止まった。

 嫌な言い方だった。

 リーナの努力を、シルビアの手柄にする。

 同時に、シルビアがリーナを従えているようにも聞こえる。

 リーナの表情が少し曇る。

 シルビアの顔が硬くなる。


 まずい。

 私は身構えた。

 だが、シルビアは少しだけ目を伏せてから、はっきりと言った。


「違いますわ」

 声は静かだった。

「わたくしは説明しただけです。解いたのはリーナ嬢ですから」

 周囲が驚いたようにシルビアを見る。

 リーナも目を丸くした。

 シルビアは続ける。


「努力の成果を、他人のものにしてはいけません」

 完璧。

 今のは完璧である。

 悪役令嬢ポイント、ゼロ。

 むしろ令嬢としての格が上がった。

 私は感動した。


 八年の教育、ここに結実。

 リーナは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます、シルビア様」

 シルビアは少し赤くなりながらも、ちゃんと答える。

「どういたしまして」

 問題なし。

 完全に問題なし。


 しかし、その日の午後には別の噂が流れていた。

 シルビア様が、リーナ様の成績に口を出したらしい。

 聖女候補に、次は二位を目指せと命じたらしい。

 王太子殿下とリーナ様の成績を比べて、何か言っていたらしい。


 違う。

 全然違う。

 現場にいた人間なら、そうではないと分かるはずだ。


 しかし、噂は切り取られていた。

 誰かが、悪い部分だけを拾った。

 あるいは、良い部分を捨てた。

 私は廊下の窓辺で、その噂を聞きながら、しっぽを低く揺らした。

 おかしい。


 これまでも噂はあった。

 クラリスのように、柔らかく印象を操作する者もいた。

 だが、今回の噂は妙に早い。

 そして、妙に正確に悪い形へ曲がっている。


 まるで、シルビアを悪役令嬢に戻すために、出来事が再編集されているようだった。

 その違和感は、一度で終わらなかった。


 次の日。

 魔法実技の授業で、リーナが小さな失敗をした。

 光を集める魔法の練習中、制御が乱れ、光が少し強く弾けたのだ。

 危険というほどではない。

 ただ、近くにいた生徒が驚き、リーナ自身も慌てた。

 シルビアはすぐに前へ出た。


「出力を上げすぎですわ」

 声は強い。

 だが、彼女はリーナの手元を確認し、魔法陣の線を指した。

「ここで焦って流れを変えるから、光が散るのです。呼吸を整えなさい。あなたの魔力は乱れているときほど強く出ます」

 説明としては正しい。

 リーナも真剣に聞いていた。


「はい。もう一度やってみます」

「手元ではなく、流れ全体を見るのです」

「はい」

 リーナはやり直した。

 今度は成功した。

 淡い光が、綺麗に手の中で丸くなる。

 周囲から小さな拍手が起きた。

 リーナは嬉しそうに笑い、シルビアを見る。


「できました!」

 シルビアは少しだけ口元をゆるめた。

「ええ。今の方がずっとましですわ」

 まし。

 褒め言葉のつもりである。

 リーナはもう分かっているらしく、笑って言った。

「ありがとうございます」

 ここまでは良い。

 非常に良い。


 しかし、授業後にはまた噂が流れた。

 シルビア様が、リーナ様の魔法に口を出したらしい。

 失敗を大勢の前で責めたらしい。

 聖女候補の魔力が乱れていると言ったらしい。


 違う。

 それは指導だ。

 しかも、かなり的確な。

 私は食堂の椅子の下で、低くうなった。


 おかしい。

 明らかにおかしい。

 シルビアが失敗して悪評が立つなら分かる。

 言い方が強かった部分を切り取られるなら、まだ理解できる。

 だが最近は、シルビアがうまく対応しても、必ずどこかで悪く変換される。


 まるで、ゲームのシナリオが軌道修正しているように。


 ヒロインと悪役令嬢は対立しなければならない。

 王太子は悪役令嬢に疑念を持たなければならない。

 周囲はシルビアを怖がらなければならない。

 そういう形へ、何かが引っ張っている。


 私は前世の記憶を探った。

 乙女ゲームにおける、いわゆる強制力。

 二次創作などでよく見た言葉だ。


 ゲームのシナリオ通りに世界が動こうとする力。

 本来起きるはずのイベントが、形を変えてでも発生する。

 回避したはずの悪役行動が、別の誤解として補完される。

 ヒロインと攻略対象の距離が、何かと近づく。

 悪役令嬢の評判は、何かと悪くなる。


 そんな都合のいい力。

 前世なら、物語の仕掛けとして楽しめた。


 だが、今はまったく笑えない。


 もしこの世界に、そういう強制力があるのなら。

 私は、猫一匹でそれに逆らっていることになる。

 難易度がおかしい。

 ゲーム制作者を呼んでほしい。

 仕様説明を求めたい。

 いや、バグ報告を送りたい。


 件名。

 悪役令嬢ルートへの強制遷移について。

 本文。

 ユーザー操作に反してシナリオが悪評方向へ進行します。至急修正願います。

 返信は来ない。


 なぜなら、ここはゲームの世界ではないからだ。

 たぶん。

 いや、本当にそうなのか。

 私は自分の前足を見た。


 黒い毛。

 小さな肉球。

 爪。


 画面の向こうでタップしていた頃とは違う。

 私は今、この世界で生きている。

 シルビアも、リーナも、アレクシスも。

 みんな、生きている。

 だから、シナリオ通りになんてさせるわけにはいかない。


 その日の放課後。

 私は廊下を歩くクラリスを見つけた。

 クラリスは数人の令嬢に囲まれていた。

 いつものように、穏やかな微笑みを浮かべている。

 話題は、リーナの魔法実技についてだった。


「リーナ様、今日はとても頑張っていらっしゃいましたわね」

 クラリスの声は柔らかい。

「少し危なかったけれど、最後にはきちんと成功されて」

 周囲の令嬢がうなずく。

「でも、シルビア様がずいぶん厳しくおっしゃっていたような」

「ええ。シルビア様は、良くも悪くも真っ直ぐですから」


 良くも悪くも。

 便利な言葉だ。

 褒めているようで、悪い部分を印象づける。

 クラリスは少し困ったように微笑んだ。


「きっと、リーナ様のためを思ってのことでしょう。ただ、リーナ様はお優しい方ですから、あまり強く言われると傷ついてしまわれないか心配ですわ」

 来た。

 まただ。

 リーナを心配する顔で、シルビアを加害者の位置へ置く。


 私は柱の陰からクラリスを見た。

 これは強制力ではない。

 少なくとも、この部分は違う。

 明確に、人間の意思だ。


 クラリスが、シルビアの評判を悪い方向へ誘導している。

 しかし、それだけでは説明がつかない違和感もある。

 なぜなら、噂はクラリスのいない場所でも発生しているからだ。


 桃色の令嬢。

 水色の令嬢。

 掲示板前の令嬢。

 食堂の小声。


 あちこちで、シルビアの言葉が悪く切り取られている。

 クラリスが全てを直接動かしているわけではないだろう。


 でも、クラリスの言葉が種になり、周囲が勝手に育てているのかもしれない。

 そこへ、ゲームのシナリオじみた偶然が重なる。

 結果として、シルビアは何度でも悪役令嬢の形へ押し戻される。


 人の悪意。

 周囲の先入観。

 そして、物語の強制力のようなもの。


 三重苦である。

 猫一匹の業務ではない。

 私はしっぽを低くした。


 そのとき、クラリスの視線がこちらへ向いた。

 目が合う。

 彼女は、ふっと微笑んだ。

「あら、ノワール」

 令嬢たちが振り返る。


 私は柱の陰から出た。

 逃げてもよかった。

 だが、逃げたくなかった。

 クラリスはしゃがまない。

 いつも立ったまま、私を見下ろす。


「シルビア様のおそばを離れていてよろしいの?」

 柔らかい声。

 だが、言葉の意味は別だ。


 シルビアのそばを離れている。

 つまり、シルビアを守れていない瞬間がある。

 そう言われた気がした。

 私は低く鳴いた。

「にゃ」

 クラリスは微笑む。


「そんなに怖い顔をしないで。あなたも、シルビア様に似てきたのかしら」

 周囲の令嬢が小さく笑う。

 私は動かなかった。

 挑発だ。

 猫相手にまで印象操作をしてくる。

 この従姉妹、相当である。

 クラリスはそっと扇を開いた。


「でも、猫がどれほど賢くても、人の言葉までは止められないでしょう?」

 私は目を細めた。

 聞こえていたのか。

 私が噂を追っていることに気づいているのか。

 あるいは、ただの牽制か。

 クラリスの笑みは変わらない。


「シルビア様はお強い方ですもの。多少の噂など、気になさらないでしょうけれど」

 強い。

 またその言葉。

 シルビアを縛る言葉。

 私は思わず爪を出した。

 クラリスはそれを見て、少しだけ目を細める。


「本当に、よく守ろうとするのね」

 彼女は小さく言った。

「でも、守られるばかりの方に、王太子妃が務まるのかしら」

 その声は、周囲の令嬢には聞こえないほど小さかった。

 だが、猫の耳には届いた。

 私は全身の毛を逆立てた。


 クラリス。

 やはり、王太子妃の座を見ている。

 シルビアを引きずり下ろす気がある。

 確信に近いものが、胸の中に落ちた。


 私はクラリスを睨む。

 クラリスはそれ以上何も言わず、令嬢たちとともに歩き去った。

 その背中を見ながら、私は考える。


 強制力。

 人の悪意。

 クラリスの嫉妬。

 それらが絡み合っている。


 ここから先、ただイベントを潰すだけでは足りない。

 シルビアが何をしても悪く切り取られるなら、切り取りに負けない証人が必要だ。


 リーナ。

 アレクシス。

 そして、シルビアを正しく見てくれる人たち。


 味方を増やすしかない。

 噂に対抗できるのは、噂ではない。

 実際に見た人間の言葉だ。

 私は廊下を駆け出した。

 シルビアを探す。


 今すぐ、彼女のそばに戻りたかった。

 人の言葉は爪では止められないから。

 それでも、そばにいることはできるから。

 角を曲がると、シルビアは中庭へ続く回廊にいた。


 リーナと話している。

 リーナは何かを説明しているようだった。

 シルビアは少し眉を寄せて聞いている。

 怖い顔。

 だが、リーナはもう逃げない。

 彼女はシルビアの表情を見ながらも、まっすぐ話している。


 少し離れた場所には、アレクシスもいた。

 三人が同じ場所にいる。

 本来のゲームなら、シルビアが孤立し、リーナとアレクシスが近づく場面だったかもしれない。


 でも今は違う。

 リーナはシルビアを避けていないし、アレクシスも、シルビアを見ている。



 シルビアも、二人から逃げていない。

 この光景を、守らなければならない。

 私は三人の元へ走った。


「にゃ」

 シルビアが振り返る。

「ノワール」

 その声が少し柔らかい。

 私は彼女の足元に飛びつくように寄り添った。

 シルビアは少し驚いたように目を瞬く。


「どうしましたの。そんなに急いで」

「にゃ」

 何でもない。

 いや、何でもなくない。

 敵は多い。

 噂は速い。

 シナリオはまだ終わっていない。


 でも、今はまだ言えない。

 私は猫だから。

 シルビアは私を抱き上げた。

 腕の中に収まると、少しだけ安心した。

 リーナが心配そうに覗き込む。


「ノワールさん、何かあったんでしょうか」

 アレクシスも私を見る。

「いつもより警戒しているように見えるね」

 お。

 王太子、観察力が仕事をした。

 シルビアは私の背を撫でる。


「ノワールは、時々こうして難しい顔をしますの」

「猫なのに?」

「猫なのに、ですわ」

 シルビアは少しだけ笑った。

 その笑顔を見て、私は決めた。


 強制力があるなら、逆らう。

 噂が広がるなら、目撃者を増やす。

 クラリスが言葉で毒をまくなら、こちらは行動と言葉で上書きする。


 私は猫である。

 だが、一匹ではない。

 もう、リーナがいる。

 アレクシスもいる。

 シルビア自身も、変わろうとしている。


 物語がどんなに悪役令嬢を求めても。


 この子を、その役に戻すつもりはない。

 私はシルビアの腕の中で、低く喉を鳴らした。


 黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 今日、はっきり分かった。

 敵はイベントだけではない。


 噂。

 悪意。

 そして、物語そのものの流れ。


 それでも、やるしかない。

 猫の手しかなくても。


 いや。

 今は、猫の手だけではない。

 少しずつ、味方の手も増えている。

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