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転生した黒猫は悪役令嬢を改造したい 〜極悪非道のはずのお嬢様が、ただの不器用ポンコツだったので断罪エンドを全力で回避します!〜  作者: ゼロブロ
第2章 黒猫、王太子の靴ひもを狙う

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第14話 王太子、違和感を覚える

完結確定。

毎日朝7時に更新します。

よろしくお願いします。

 シルビア・グランベルの評判が、屋敷の中で少しずつ変わり始めている。


 ほんの少しだけだ。

 使用人たちが急にシルビアを慕うようになったとか、屋敷中が「お嬢様は天使です」と言い出したとか、そういう分かりやすい変化ではない。

 相変わらず、シルビアは怖がられている。

 こんなに天使なのに。


 そして今日も相変わらずの悪役令嬢予備軍ぶりが発揮されている。

 「そこをどきなさい」と言えば、廊下の使用人は即座に道を開ける。

 「何をしているのです」と言えば、見習いの少年は背筋を伸ばす。

 通常運転である。


 悪役令嬢ポイントは、今日も順調に加算されている。

 しかし、以前とは少し違う。

 シルビアが強い言い方をすると、使用人たちはまず身構える。

 けれど、そのあとに少し待つようになったのだ。


 お嬢様は、本当は何を言いたいのだろう。


 そう考える間が生まれ始めた。

 これは大きい。


 たとえば、朝の廊下でのこと。

 下働きの少女が、洗濯物の籠を重そうに抱えて歩いていた。

 シルビアはそれを見て足を止める。

 お決まりの目を細める、眉間にしわ。

 そして圧、のワンセット。

 当然少女はびくりとしたが、すぐには逃げなかった。

 シルビアは言った。


「その持ち方では、また落としますわ」

 また。

 言い方が強い。

 悪役令嬢ポイント、三点加算。

 少女の肩が跳ねる。

 私はシルビアの足元で短く鳴いた。


「にゃ」

 言い直せ。

 シルビアは一瞬だけ私を見る。

 そして、視線をそらしながら続けた。


「……半分、こちらへ寄こしなさい。医務室の前までなら、わたくしも通ります」

 手伝うつもりだ。

 相変わらず命令形ではあるが、意味は分かる。

 少女は目を丸くしたあと、少しだけ笑った。

「ありがとうございます、お嬢様」

 シルビアの頬が赤くなる。

「お礼など……」


 私は足元から見上げた。

 シルビアは言葉を止めた。

 えらい。

 そして、小さく言い直す。

「……どういたしまして」

 少女は、今度こそ嬉しそうに笑った。


 私は満足して、しっぽを揺らしながら二人の前を鼻歌交じりで歩いた。

 鼻息が荒くなっただけだけど。


 こういうことが、少しずつ増えている。

 シルビアはまだ不器用だ。

 すぐ強い言い方をするし、すぐ照れる。

 すぐお決まりの「当然ですわ」に逃げようとする。

 だが、逃げ切る前に止まれるようになってきた。

 そして、周囲もそれを見ている。


 エマはすでに、シルビアの言葉をかなり正しく受け取れるようになってきた。

 医務室の少女も、シルビアを怖がるだけではなくなった。

 指を治してもらった少年など、廊下でシルビアを見ると、ぎこちないながらも自分から頭を下げるようになった。

 屋敷内の評価が、じわじわ変わっている。


 悪役令嬢の完成を阻止するには、こういう地味な積み重ねが大事なのだ。


 私は黒猫ノワール。

 地味な改善活動もできる猫である。

 ただし、安心はできない。


 灰色の侍女。

 彼女はまだ屋敷にいる。

 名は、マリナというらしい。

 エマたちの会話から拾った。


 マリナ。

 二年ほど前からグランベル公爵家で働いている侍女。

 仕事はできるし表向きは穏やか。

 しかし、噂話の近くにいつもいる。


 そして、先日彼女は私に言った。

 お嬢様が変わられたのは、あなたのせいかしら。

 困る人も、いるでしょうね、と。


 あれは聞き流していい言葉ではない。

 困る人。

 つまり、シルビアが悪役令嬢のままでいてほしい人間がいる。


 屋敷の中か。

 屋敷の外か。

 あるいは、その両方か。

 まだ分からない。


 だが、ひとつ確かなことがある。

 シルビアが変われば、それを面白く思わない者も必ず動く。


 そんな中、王太子アレクシスが再び屋敷を訪れた。

 理由は、借りた本の感想を伝えるため。

 表向きにはそういうことになっている。

 私はテラスの椅子の下で、じっと王太子を観察していた。


 アレクシスは、前よりも少し自然にシルビアと向き合うようになっていた。

 まだぎこちなさはあるし、シルビアの強い言葉に少し身構えることもある。

 目を細められると、やはり少し緊張する。

 だが、以前ほどすぐに「怖い」と決めつけなくなった。

 これは進歩である。

 王太子再教育計画、じわじわ成果あり。


 今日のシルビアは、淡い藤色のドレスを着ていた。

 髪飾りは小さな白い花。

 エマが選んだらしい。

 シルビアは最初、「少し子どもっぽくありませんこと」と言っていたが、エマが「お嬢様によくお似合いです」と言うと、最終的に採用した。


 なお、そのときのシルビアの返答は。

「そ、そう。あなたがそこまで言うなら、つけてあげてもよろしいですわ」

 だった。

 悪役令嬢ポイント、三点加算。

 しかし耳が赤かったので、実質減点である。


 アレクシスはシルビアを見ると、一瞬だけ目を丸くした。

「今日の髪飾り、よく似合っているね」

 お、王太子、褒めた。

 シルビアは固まった。完全に固まった。

 褒め言葉への耐性が低すぎる。


 私は椅子の下から、じっと見上げる。

 ありがとう。

 言え。

 ここはありがとうだ。

 シルビアは口を開いた。

「当然――」

 私は低く鳴いた。

「にゃ」

 シルビアはぴたりと止まる。

 アレクシスはその様子を見て、少しだけ笑った。


 最近、彼は私の鳴き声を「会話の修正音」として認識し始めている。

 かなり良い傾向だ。

 シルビアは顔を赤くしながら、言い直した。

「……お褒めいただき、ありがとうございます」

 アレクシスは嬉しそうに微笑んだ。

「うん」


 よし。

 良い入りである。

 テラスのお茶会は、以前よりずっと穏やかに始まった。

 アレクシスは本を読んできたらしい。

 分からなかったところにしおりを挟み、いくつか質問を用意していた。

 真面目である。


 シルビアも、それを見て少し目を輝かせた。

 自分が貸した本をちゃんと読んでくれたことが嬉しいのだろう。

 だが、言葉は相変わらず危ない。


「この部分でつまずかれましたの? 基礎の基礎ですわ」

 私は即座にアレクシスの靴ひもを押さえた。

 今日は引っ張るまではしない。

 警告である。

 アレクシスは足元を見て、少し笑った。


「今のは、言い方が少し怖かったかな」

 おお、王太子、成長している。

 シルビアはむっとした顔をする。


「怖くなどありませんわ。ただ事実を申し上げただけです」

「でも、ノワールが止めたよ」

 アレクシスは私を見た。

 私は短く鳴いた。

「にゃ」

 止めました。

 シルビアは唇を尖らせた。

 だが、すぐに小さく息を吐く。


「……ここは、最初に覚えるところなので、もう一度読み返せば分かると思いますわ」

 よし。

 良い。

 アレクシスも素直にうなずく。

「ありがとう。そうする」

 会話が成立している。

 私は感動した。


 以前なら、ここで王太子が少し傷つき、シルビアがさらに強がり、空気が冷え、私が靴ひもを全力でほどく流れだった。

 今日は違う。


 アレクシスが気づき、シルビアが言い直す。

 そして会話が続く。

 小さいことだが、大きな変化である。


 お茶会の途中、エマが焼き菓子を運んできた。

 白い皿に、小さな蜂蜜菓子が並んでいる。

 シルビアはそれを見て、少しだけ表情を緩めた。

 好きなお菓子なのだろう。

 エマがそっと皿を置く。


「お嬢様のお好きなものを、ご用意いたしました」

 シルビアは一瞬、アレクシスを見た。

 それから、少し緊張した声で言う。


「……ありがとう、エマ」

 聞こえる声だった。

 小さいけれど、ちゃんと。

 エマは嬉しそうに微笑む。

「はい、お嬢様」


 アレクシスが、その場面を見ていた。

 目を少し丸くしている。

 シルビアは気づいていない。


 いや、気づいたらまた真っ赤になって「当然のことですわ」と言い出す可能性があるので、むしろ気づいてくれるな。

 アレクシスはエマが下がったあと、少しだけ考え込むような顔をした。

 そして、ぽつりと言う。


「前より、使用人たちが怖がっていない気がする」

 シルビアの手が止まった。

 私はアレクシスを見た。


 気づいたか。

 ようやく。

 かなり遅いが、気づいた。

 シルビアは表情を硬くする。


「それは、どういう意味ですの」

 声が冷える。

 まずい。

 今のシルビアには、「以前は怖がられていた」という部分が刺さった。

 アレクシスもそれに気づき、少し慌てる。


「悪い意味じゃないんだ。ただ、前に来たときより、みんなの表情が柔らかいと思って」

 よし。

 言い直した。

 王太子も学習している。

 私は靴ひもから前足を離した。

 ただし、油断はしない。

 この少年は、良いことを言った三秒後に地雷を踏む可能性がある。

 アレクシスは続ける。


「シルビア嬢が、変わろうとしているからなのかな」

 シルビアは何も言わなかった。

 ただ、カップを持つ指先に力が入る。

「わたくしは……」

 彼女は少し言葉を探した。

「別に、変わろうとしているわけではありませんわ」

 嘘である。

 めちゃくちゃ変わろうとしている。


 ありがとうを言う練習もしている。

 ごめんなさいも覚えている。

 高笑いも、目下封印中。

 命令形も少しずつ減らしている。

 しかし、シルビアの中では、たぶんまだ「変わる」と言えるほどの自信がないのだ。


 アレクシスはシルビアを見つめた。

 そして、前より少しだけ柔らかい声で言う。


「でも、前より話しやすい」

 シルビアの顔が赤くなった。

 私はしっぽを揺らした。

 いいぞ。

 王太子、今日かなりいい。


「ノワールが止めてくれるから、というのもあるけれど」

 余計な一言。

 いや、事実ではある。

 シルビアが私を見下ろした。


「ノワール、やはりあなた、殿下と結託していませんこと?」

「にゃ」

 していません。

 単独犯です。


 アレクシスが小さく笑った。

 シルビアも、ほんの少しだけ口元をゆるめた。

 自然な笑みだった。

 私は息を止めた。

 出た。

 破壊力のある笑顔。

 普段の固い表情とは違う、年相応の柔らかい笑み。


 アレクシスも、それを見た。

 彼は一瞬、言葉を失ったように黙った。

 シルビアはスンっと表情を戻したが、遅い。

 見られた。


 王太子に、見られた。

 アレクシスは少しだけ頬を赤くし、視線をそらした。

 おお。

 これはこれは。


 まだ七歳なので恋愛的な何かとまでは言わないが、シルビアへの印象に、小さくない揺らぎが生まれたのは確かだ。

 怖いだけではない。

 高慢なだけではない。

 笑うと、こんな顔をする。

 その情報が、アレクシスの中に入った。


 私は心の中でうなずいた。

 良い。

 非常に良い。

 これで少しは王太子の観察力が育つだろう。

 お茶会は穏やかに終わった。


 アレクシスは帰り際、シルビアに礼を言った。

「今日もありがとう。次は、僕が読んで分かったところを話すね」

 シルビアは少しだけ迷ったあと、うなずいた。


「……楽しみにしています」

 言えた。

 今回は余計な言い訳がつかなかった。

 私は感動した。

 アレクシスも、嬉しそうに笑った。

「うん」

 馬車が去っていく。

 シルビアはその後ろ姿を、以前より少しだけ長く見送っていた。

 その横顔に、前のような寂しさは少ない。


 今日は戸惑い、期待。

 そして、ほんの少しの嬉しさ。

 ふたをしたはずの小さな恋心が、まだ中で息をしている。

 私は足元から見上げた。

 よし。

 王太子再教育計画、順調。

 シルビア情緒保護計画も、少し進んだ。


 だが、その日の夕方。

 穏やかな空気を切るように、来客の知らせが届いた。

「ローヴェル伯爵家のクラリス様がお見えです」

 執事の声を聞いた瞬間、私は耳を立てた。


 クラリス。

 その名前には覚えがあった。

 ゲーム本編では、直接大きく出てきた記憶は薄い。

 だが、シルビアの周辺人物として名前はあった。

 グランベル公爵家の親族で分家筋の伯爵令嬢。

 社交界で評判の良い少女。

 そして、たしか。


 シルビアの悪評が広がる場面で、さりげなく名前が出ていたような気がする。

 私はシルビアの足元で身構えた。

 玄関ホールに現れたのは、シルビアと同じ歳の少女だった。


 淡い栗色の髪。

 柔らかな薄緑の瞳。

 控えめな色のドレス。

 表情は穏やかで、見るからに優しそう。

 彼女はシルビアを見つけると、ぱっと微笑んだ。


「ごきげんよう、シルビア様」

 声も柔らかい。

 礼も完璧。

 シルビアよりずっと親しみやすく見える。

 これがクラリス・ローヴェル。

 シルビアの従姉妹。


 シルビアは背筋を伸ばし、いつもの公爵令嬢の顔で応じた。

「ごきげんよう、クラリス」

 クラリスは少しだけ目を細める。

 その視線が、一瞬、私へ落ちた。


「まあ。噂の黒猫さんですのね」

 噂。

 私はその単語に反応した。

 クラリスはにこりと笑う。

「お名前は、ノワールでしたかしら。シルビア様にとてもお似合いですわ」

 声は優しい。


 だが、私は警戒を解かなかった。

 シルビアに似合う黒猫。

 それ自体は褒め言葉に聞こえる。

 だが、言い方によっては「黒猫を連れた悪役令嬢」という印象を補強する言葉でもある。

 シルビアは気づいていない。


「ええ。ノワールはわたくしの猫ですわ」

 いつもの誇らしげな声。

 私はシルビアの足元に寄る。

 クラリスは微笑んだまま、言った。


「最近、シルビア様はずいぶんお変わりになったと伺いました」

 屋敷の空気が、わずかに揺れた。

 私はクラリスを見上げる。

 その笑みは柔らかい。

 だが、目の奥が読めない。


「使用人の方々にも、よくお声をかけていらっしゃるとか。お優しいのですね」

 褒めている。

 表面上は。

 しかし、シルビアの表情が少し硬くなった。

 使用人に声をかけている、優しい。

 それは、シルビアが慣れていない言葉だ。

 クラリスはさらに続ける。


「前からシルビア様は、少し誤解されやすいところがありましたものね」

 私は耳を伏せた。

 来た。

 これは危険だ。


 優しい口調。

 心配するような表情。

 だが、言葉の中に毒がある。


 少し誤解されやすい。

 つまり、以前から周囲に怖がられていた、と暗に言っている。

 シルビアをフォローしているようで、悪評の土台を補強している。

 クラリスは柔らかく微笑む。


「でも、わたくしは知っていますわ。シルビア様は、本当はとてもお優しい方だと」

 完璧なフォローに聞こえる。

 だが、私はぞわりとした。


 本当は優しい。

 この言葉は、使い方によってはとても危ない。

 本当は、という言葉は、裏を返せば「表面上はそう見えない」と言っているのと同じだ。


 シルビアの肩が少しこわばった。

 本人にも、うまく言えない違和感があるのかもしれない。

 私はクラリスをじっと見た。


 この少女、危険。


 灰色の侍女マリナとは違う。

 もっと表に出て、もっと柔らかく、もっと安全そうに見える。

 だが、言葉の選び方が上手すぎる。

 本当にシルビアと同じ歳なのか?


 シルビアを直接悪く言わない。

 むしろ褒める。

 けれど、その褒め言葉の中に、「誤解されやすい」「本当は優しい」を混ぜてくる。

 守っているようで、確実に悪評への違和感を残している。


 クラリスは、私の視線に気づいたのか、ふっとこちらを見た。

 薄緑の瞳が、ほんの一瞬だけ細くなる。

 笑っている。

 しかし、目の奥は冷たい。

 私は静かにしっぽを揺らした。


 黒猫警戒レベル、上昇。

 クラリス・ローヴェル。

 危険人物候補として登録。


 シルビアは黙ったまま少し困ったような顔をしている。

 私はシルビアの足に体をすり寄せた。


「にゃ」

 大丈夫。

 飲まれるな。

 シルビアは私を見下ろす。

 その表情が少しだけ緩む。


「ノワール」

 クラリスはその様子を見て、微笑みを深めた。

「本当に、シルビア様に懐いているのですね」

 そして、小さく付け加える。

「まるで、シルビア様のことを守っているみたい」

 私はクラリスを見返した。

 その通りである。


 守っている。

 あなたのような、柔らかい毒を持つ相手からも。

 この日、私ははっきり理解した。


 シルビアを悪役令嬢にするものは、本人の言葉や態度だけではない。


 周囲の誤解、噂、悪意。

 そして、善意の顔をした毒。


 クラリス・ローヴェル。

 この従姉妹は、ただの親戚ではない。


 私は黒猫ノワール。

 悪役令嬢断罪エンド回避担当。


 新たな敵は、笑顔で現れた。

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