第34話 それでも残すのか
再び、王都に呼ばれた。
理由は、明確だった。
説明は不要だった。
わたくしは、あの報告書を持っている。
そして。
その意味も、理解している。
馬車の中で、わたくしは何も考えなかった。
考えれば、揺らぐ。
だから、考えない。
ただ。
結果だけを持って、そこへ向かう。
王都文書管理局。
あの部屋。
あの空気。
すべてが、以前と同じ。
だが。
今回だけは、違う。
わたくしは「結果」を持っている。
救えなかった結果。
その重さを、抱えたまま。
「入れ」
ローデリックの声。
短く、変わらない。
部屋に入る。
レオンもいる。
その視線が、一瞬だけこちらに向く。
だが、何も言わない。
その沈黙が、すでにすべてを知っていることを示していた。
「……報告は受けている」
ローデリックが言う。
机の上には、あの書類が置かれている。
死亡者の報告。
わたくしは、それを見ない。
もう、何度も見た。
内容も、意味も、すべて知っている。
「……確認する」
一拍。
「補遺記録に基づく判断により、対象外住民が死亡した」
淡々とした言葉。
だが。
その一つ一つが、重い。
「はい」
わたくしは答える。
それ以上の言葉はない。
否定はできない。
それは事実だから。
ローデリックは、わたくしを見る。
その目には、以前と同じものがある。
合理。
判断。
そして。
今は、もう一つ。
「……結果が出たな」
静かに言う。
それは、皮肉ではない。
ただの確認。
成功も、失敗も。
すべて「結果」として扱う。
それが、この場所の論理。
「これが」
続ける。
「補遺記録の帰結だ」
言葉は冷たい。
だが。
正確だ。
わたくしは、何も言わなかった。
言えなかった。
反論できる言葉は、持っていない。
「……だから言った」
ローデリックの声が、わずかに低くなる。
「制御できないものは、危険だ」
それは、最初から変わらない主張。
そして。
今回、それが証明された。
「お前の記録が」
一拍。
「人を傷つけた」
その一言は。
重かった。
逃げ場はない。
事実だから。
わたくしは、ゆっくりと目を閉じた。
そして、開く。
視線を逸らさずに、ローデリックを見る。
「はい」
それだけ、答える。
否定はしない。
できない。
だが。
それで終わりではない。
ローデリックは、一瞬だけ目を細めた。
その反応は、わずかだ。
だが。
確かにあった。
「……それでも」
わたくしは、続ける。
声は、静かだった。
だが。
揺れてはいない。
「それでも、なかったことにはできません」
その言葉が、部屋に落ちる。
静かに。
だが、はっきりと。
レオンの視線が、わずかに動いた。
ローデリックは、動かない。
ただ、見ている。
「消せば」
わたくしは続ける。
「この結果も、なかったことになります」
それは、事実だ。
記録がなければ。
何も残らない。
「ですが」
一拍。
「起きたことは、変わりません」
その言葉に、力はない。
だが。
確かに、そこにある。
「ならば」
ローデリックが言う。
低く。
鋭く。
「残して、どうする」
それが、問いだった。
これまでで、最も核心的な。
「また同じことが起きる」
「また傷つく者が出る」
「それでも残すのか」
一つ一つが、重い。
否定できない。
すべて、正しい。
わたくしは、言葉を探す。
簡単な答えはない。
正解もない。
それでも。
選ばなければならない。
わたくしは、ゆっくりと息を吸う。
そして。
「……残します」
そう言った。
沈黙。
重い。
だが。
それでも、続ける。
「ただし」
一拍。
「そのままでは、残しません」
ローデリックの目が、わずかに動く。
初めて。
変化があった。
「どういう意味だ」
短く問う。
わたくしは、答える。
「不確実であることを、明記します」
「推測であることを、明確にします」
「そして」
一拍。
「どう読むべきかも、書きます」
それは、これまでとは違う。
ただ残すのではない。
読み方まで、残す。
責任を持って。
ローデリックは、しばらく何も言わなかった。
その沈黙は、これまでで最も長かった。
やがて。
「……それで、解決すると思うか」
低く問う。
「いいえ」
わたくしは即答した。
迷いはない。
「解決はしません」
それが、現実だ。
完全な方法はない。
それでも。
「それでも」
続ける。
「何も書かないよりは、ましです」
その一言。
それが、すべてだった。
ローデリックは、わたくしを見ていた。
長く。
そして。
ゆっくりと、息を吐いた。
「……不完全だな」
小さく言う。
否定ではない。
評価でもない。
ただの事実。
「はい」
わたくしは答える。
「不完全です」
それを、受け入れる。
その上で。
選ぶ。
ローデリックは、目を閉じる。
そして、開く。
「……ならば」
一拍。
「その不完全さも含めて、残せ」
その言葉は。
決定だった。
完全ではない。
だが。
それでいい。
レオンは、静かに目を伏せる。
そして。
わずかに、頷いた。
これで。
すべてが繋がった。
わたくしは、深く息を吐く。
軽くはならない。
この重さは、消えない。
それでも。
前に進むしかない。
それが。
選んだ道だから。
読んでいただきありがとうございます。
ついに最終対立です。
「残すことの正しさ」が、
真正面から問われました。
そしてセシリアは、
新しい答えを出しました。
次話、最終話。
静かな余韻で締めます。
ぜひ最後まで読んでいただけると嬉しいです。




