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婚約破棄されたので記録係になったら、消されたはずの人々が世界を変え始めました  作者: 月守いとは


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第32話 歪む記録

 違和感は、小さな形で現れた。


 最初は、ただの報告だった。


 離宮の文書庫に届いた一通の照会。


 それ自体は珍しくない。


 ここ最近は、補遺記録に関する問い合わせが増えている。


 その延長だと思った。


「……こちらを」


 エドガーが差し出した書類。


 わたくしはそれを受け取り、目を通す。


 内容は簡潔だった。


 ――該当記録に基づき、対象地域の封鎖を実施。


 その一文で、手が止まった。


「……封鎖、ですか」


 思わず、そう口にしていた。


「はい」


 エドガーは短く答える。


「南部の一部地域にて、実施されたようです」


 わたくしは、再び書類を見る。


 そこに引用されているのは――


 補遺記録。


 わたくしが書いたもの。


 だが。


 その使われ方が、違う。


「……これは」


 指で該当箇所をなぞる。


 そこにあるのは、移動集落の可能性についての記述。


 確定ではない。


 推測。


 複数の可能性のうちの一つ。


 だが。


 そこに引用されているのは、その一部だけだった。


「この部分だけが……」


 抜き出されている。


 そして。


 それが、そのまま「危険性の根拠」として扱われている。


 文脈は、ない。


 前後の説明もない。


 ただ。


 断片だけが、そこにある。


「……危険地域と判断されたようです」


 エドガーが言う。


 その声は、静かだった。


 だが。


 わずかに重い。


 わたくしは、しばらく言葉を失っていた。


 これは。


 意図した使われ方ではない。


 あの記録は。


 「可能性」を示したものだ。


 確定ではない。


 だからこそ。


 複数の選択肢の中の一つとして扱うべきもの。


 それが。


 単独で使われている。


 しかも。


 決定の根拠として。


「……他の部分は」


 ゆっくりと尋ねる。


「参照されておりません」


 エドガーは答える。


 やはり。


 必要な部分だけが、使われている。


 それが。


 現場の判断。


 合理的な選択。


 だが。


「……それでは」


 小さく呟く。


「意味が変わってしまいます」


 それは、明確だった。


 断片だけでは、意図は伝わらない。


 むしろ。


 誤った意味になる可能性がある。


 そのとき。


「報告が続いています」


 別の書類が差し出される。


 同じような内容。


 別の地域。


 別の記録。


 だが。


 同じ使われ方。


 補遺記録の一部だけが引用され。


 判断の材料として使われている。


「……複数、ですか」


「はい」


 エドガーは頷く。


「いずれも、補遺記録の引用が確認されています」


 それは、広がっているということだ。


 同じ使い方が。


 同じ構造で。


 複数の場所で。


 わたくしは、ゆっくりと息を吐いた。


 これは。


 想定していなかったわけではない。


 記録は、自由に使われる。


 読む者によって、意味が変わる。


 それは、理解していた。


 けれど。


 ここまで、はっきりと現れるとは思っていなかった。


「……これは」


 言葉を探す。


「正しいのでしょうか」


 問いは、曖昧だった。


 だが。


 確かに、そこにある。


 エドガーは答えない。


 その沈黙が、すべてだった。


 正しいかどうかではない。


 使われている。


 それが、現実。


 わたくしは、机の上の帳簿を見る。


 そこにある文字。


 自分で書いたもの。


 それが。


 誰かの判断を動かしている。


 その結果が。


 今、ここにある。


「……残すとは」


 小さく呟く。


 その意味を。


 改めて考える。


 残すことは、消えないこと。


 だが。


 それは同時に。


 どう使われるかを、制御できないということ。


 そのとき。


「セシリア様」


 エドガーが静かに呼ぶ。


「……どうされますか」


 その問いは、重かった。


 これまでは。


 残すか、消すか。


 それだけだった。


 だが。


 今は違う。


 残した結果が。


 現実に影響を与えている。


 その中で。


 どうするのか。


 わたくしは、しばらく何も言えなかった。


 答えは、まだない。


 ただ。


 ひとつだけ、確かなことがある。


 これは。


 もう。


 「残せばいい」という話ではない。


 わたくしは、ゆっくりと帳簿を閉じた。


 そして。


 もう一度、開く。


 新しいページ。


 そこに。


 何を書くのか。


 それを。


 初めて迷っていた。

読んでいただきありがとうございます。


ここから「成功の歪み」が見え始めました。


残した記録が、

別の形で使われてしまう。


これは避けられない現象なのか、

それとも――


次話では、その結果として起きた

“取り返しのつかない出来事”が描かれます。


ぜひブックマークして続きを追ってください。

ここから一気に物語が深くなります。

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