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婚約破棄されたので記録係になったら、消されたはずの人々が世界を変え始めました  作者: 月守いとは


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第31話 広がる記録

 変化は、ゆっくりと、しかし確実に広がっていた。


 離宮の文書庫は、変わらず静かだ。


 棚も、帳簿も、空気の冷たさも。


 何も変わらない。


 けれど。


 ここで書かれたものは、もうここに留まっていなかった。


 わたくしは机に向かい、いつものように筆を動かしている。


 新しいページ。


 新しい記録。


 そこにあるのは、これまでと同じように、不完全な情報だ。


 推測。

 断片。

 つながりきらないもの。


 それでも。


 それは、残る。


「……増えていますね」


 ふと、声が落ちる。


 顔を上げると、エドガーが帳簿の束を見ていた。


 以前よりも明らかに量が増えている。


 補遺記録。


 そして、その写し。


「はい」


 わたくしは頷く。


「各地からの照会が増えております」


 それは、ここ数日の変化だった。


 王都からの通知以降。


 離宮の文書庫には、さまざまな問い合わせが届くようになっていた。


 ――該当記録の詳細を求む。

 ――類似事例の有無について。

 ――追加情報の提供を願う。


 いずれも。


 正式な文書ではない。


 だが。


 確実に、必要とされている。


「……使われているのですね」


 エドガーが静かに言う。


「はい」


 短く答える。


 それで十分だった。


 わたくしは、机の上の一枚の紙を見る。


 それは、北部からの報告の写し。


 すでに何度も読み返したもの。


 だが。


 そこに書かれている内容は、何度見ても変わらない。


 ――補遺記録に基づき、調査を実施。

 ――生存者を確認。


 その一文。


 それが。


 すべての始まりだった。


「……広がっているのですね」


 小さく呟く。


 それは、確認だった。


 ここで書いたものが。


 外へ出て。


 使われて。


 さらに広がっている。


 その流れ。


 それを、止めることはもうできない。


 そのとき。


「報告です」


 別の職員が入ってくる。


 手には書類。


 急ぎではない。


 だが、重要なもの。


「南部から、新たな照会が」


 エドガーが受け取り、目を通す。


「……類似事例の確認依頼です」


 短くまとめる。


 わたくしは、その内容を受け取った。


 そこに書かれているのは。


 移動集落の痕跡。

 未確認の記録。


 そして。


 補遺記録の引用。


「……参考にされているのですね」


 自然と、そう言葉が出る。


 それは、もう疑いようがない。


 正式ではない記録が。


 正式な判断の材料になっている。


 その事実。


 わたくしは、ゆっくりと息を吐いた。


 嬉しいわけではない。


 誇らしいわけでもない。


 ただ。


 現実として、そこにある。


「……対応いたします」


 そう言って、筆を取る。


 新しい記録。


 新しい補遺。


 そこに、これまでの情報を重ねていく。


 つながるもの。

 つながらないもの。


 それでも。


 書く。


 それが、今できることだから。


 その頃。


 王都では――


「……想定以上だな」


 ローデリックが静かに言った。


 机の上には、複数の報告書。


 北部。

 南部。

 そして、他の地域。


 いずれも。


 補遺記録を基にしたもの。


「使用頻度が上がっています」


 レオンが答える。


「現場での優先度が高いようです」


 それは、予想の範囲内だった。


 だが。


 その速度が問題だった。


「……制御は」


「現時点では、維持されています」


 レオンは続ける。


「ただし」


 一拍。


「記録の引用が増えています」


 その一言で、意味は明確だった。


 原文ではない。


 引用。


 つまり。


 一部だけが、使われている。


 ローデリックは、わずかに目を細めた。


「……切り取られているのか」


「はい」


 レオンは頷く。


「必要な部分だけを抽出し、使用されています」


 それは、合理的だ。


 現場では、すべてを読む時間はない。


 必要な部分だけを使う。


 それが、効率的。


 だが。


「……全体の文脈は失われる」


 ローデリックが言う。


 それは、問題だ。


 補遺記録は、断片の集積だ。


 その一部だけを使えば。


 意味が変わる可能性がある。


「……現時点では、問題は報告されていません」


 レオンは答える。


 事実だ。


 まだ、顕在化していない。


 だが。


 ローデリックは、静かに書類を見ていた。


 その目は、すでに次を見ている。


「……時間の問題だな」


 小さく呟く。


 それは、予測だった。


 そして。


 ほぼ確実な未来。


 補遺記録は、広がっている。


 使われている。


 そして。


 切り取られている。


 その先にあるものは。


 まだ。


 見えていない。


 だが。


 確実に、そこにある。


 わたくしは、そのことを知らない。


 ただ。


 文書庫の中で。


 変わらず、書き続けている。


 広がっていることを。


 少しだけ感じながら。


 それでも。


 まだ。


 その先までは、見えていなかった。

読んでいただきありがとうございます。


第4章スタートです。


「うまくいっている」ように見える状態から、

少しずつ違和感が生まれ始めました。


ここから、

“成功の歪み”が見えてきます。


次話では、

その違和感がより明確な形になります。


ぜひブックマークして続きを追ってください。

ここからさらに深くなっていきます。

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