32-18「街道整備の外側」
「では、その冒険者の方々とは、腕木通信、つまり運河運送組合の腕木通信を使って連絡を取っていたのですね?」
ヤセルダさんの話が一通り終わり、ナログさんが要点を整理するように問いかけた。
「はい。運河運送組合に掛け合って、腕木通信での連絡を可能にしておりました。しかし、先ほど申し上げた通り、ランドル領とウィリアム領の間での連絡が途絶えてしまったのです」
なるほど。ヤセルダさん、というかこの三人の商人は、冒険者からの連絡に腕木通信を使う方法を選んだのか。
確かに、ランドル領に王都からの開拓団が来ているか、その規模がどの程度なのかといった情報を伝えるだけなら、ギルドを経由した手紙よりも腕木通信のほうが迅速だと言えるだろう。
「ナタリアさん、ランドル領からの連絡、腕木通信での連絡が途絶えているという話は聞いていますか?」
「いえ、聞いていません。ですが、他の会員の方々がそうした噂をしていた記憶はあります」
ナログさんが確かめるように問い掛け、ナタリアさんが応える。
俺はそこまでの話を聞き、運河運送組合が請け負っている腕木通信に何らかの問題が発生していることを理解できた。
それにしても、こうした話を俺やシーラが聞き続ける理由があるのだろうか。
腕木通信が不通になっているのは、領主間での情報伝達を請け負っている運河運送組合の問題であって、西方再開発事業の魔法技術支援相談役の仕事ではないように思える。
「わかりました。商工会ギルドとしても、ランドル領との連絡不通は放置できません。すぐに運河運送組合に事実確認をさせていただきます」
「ナログさん、それも重要ですが、ここからが本題なのです」
ここからが本題?
ヤセルダさんは何を言い出す気だ?
これで終わりじゃないのか?
そう思ったとき、ナログさんが絶妙な言葉でヤセルダさんに続きを促した。
「どうぞ、お話を続けてください」
「はい、ありがとうございます。今回の西方再開発事業では、腕木通信に関してのお話がありませんでした」
なるほど。そこを突いてきたか。
これはあれか。街道整備だけではなく、腕木通信にも西方再開発事業として力を入れてほしいという嘆願なのか。
そんな思いが浮かんだ時、ナログさんが思わぬ答えを口にした。
「言われてみれば確かにそうですね。王都との街道整備については、開拓団の方々が移動しながら進めていると聞いておりますが、腕木通信などの情報伝達については、特に対象とする話は聞いておりませんね」
「さすがはナログさんです。その点にいち早く気付かれているのですね」
これはヤセルダさんの商人としてのやり方というか、おだて混じりな言葉が出てきた感じだ。
だが、ヤセルダさんの言葉の裏に、俺は別の目的が隠されているようにも思えた。
「特に馬車軌道を計画されているジェイク領との連絡については、運河運送組合からは何も話が出ていないと聞いております」
「確かにそうですね。リアルデイルからジェイク領の間には運河建設の予定もなく、その代わりの馬車軌道ですから運河運送組合からは特に意見は出しがたいでしょう」
「ナログさん、実はそこなんです」
「ん? どういう意味ですか?」
「ジェイク領との間に馬車軌道が整ったとして、腕木通信のような情報伝達手段も整え、それを馬車軌道に関わる新会社が取り仕切るのでしょうか?」
凄いな。ヤセルダさんの指摘は実に絶妙だ。
「う~ん。さすがにその付近については、私からといいますか、商工会ギルドの立場からすると何も意見を述べられませんね」
「やはりそうなりますよね? こうしたお話は、いわばジェイク領との情報伝達手段をどのように整備するかという話ですから、リアルデイルの商工会ギルドが単独で意見を口にするのはとても難しいと思います」
あぁ、ヤセルダさんが核心をついてきた気がする。
「そうなると⋯」
不意にそんな言葉が隣に座るシーラから聞こえた気がした。俺は思わずシーラに目をやる。
シーラは視線を机に落としたまま、何か考えを繋いでいるようだった。
トントントン
「「「「⋯⋯⋯」」」」
シーラの指が静かに机を叩く音が、大会議室に染み込むように響く。
その小さな音が、場の空気を揺らしたのか、気づけば皆の視線がシーラと俺に集まっていた。
「更に広げて考えれば、ストークス領との伝達手段も整備が必要だと言うことですよね?」
トントントン
「!!!」
ナログさんが椅子から腰を浮かせて半立ちになり、驚きというより、『気づき』を顔に宿した。
「おぉ⋯」
「それ⋯」
カライカさんとヨエルゾさんが、聞いたことのない声を出してきた。
「シーラ相談役!」
そして声をあげたのはヤセルダさんだった。
◆◆◆
「ナログさん、フェリス様への上申をよろしくお願いします」
「シーラ相談役、お時間をいただきありがとうございました」
「イチノス相談役、ご支援をいただきありがとうございました」
三人の商人が、三者三様に礼を述べ、ナタリアさんに続いて大会議室を後にした。
ヤセルダさんたち三人の商人から話を聞くだけの会議は無事に終わった。
壁に掛かった時計に目をやれば、四時十五分を過ぎていた。
結局、俺は挨拶に応えるだけで一言も意見を口にしなかった。だが、シーラは違った。
会議中にシーラが放ったあの一言をきっかけに、ヤセルダさんたちは勢いがついた気がする。それまでナログさんに向けていた視線を、頻繁にシーラと俺へと向けて嘆願を繰り返した。
その嘆願は、腕木通信のような情報伝達の仕組みを、ウィリアム領、ジェイク領、ストークス領の三つを結ぶ形で整え、西方再開発事業の一つに加えて欲しいというものだった。
そうしたより具体的な願いが出るたびに、
『確かに必要ですね』
『その考えは面白いですね』
そんな言葉をシーラが返すので、三人の商人は喜びに満ちた顔を見せていた。
一方のナログさんはこの嘆願を無下に断れず、終始、険しい顔を見せていたが、結局は整理し、近日中に領主代行となった母さんに上申することまで約束させられていた。




