32-17「同郷の三人」
椅子から立ち上がり、ノックされた扉を開けると、そこには少し息を乱したナタリアさんが立っていた。
「大会議室の準備ができました⋯ハァ⋯」
「お手数をかけます。ヤセルダさんたちは?」
「ナログさんが先に案内して⋯ハァ⋯話を聞き始めています⋯ハァ⋯」
2階への階段の昇り降りでナタリアさんは少し息が乱れているようだ。どこか迷惑を掛けている思いもするが、これも商工会ギルド職員の仕事なのだと思ってもらおう。
幾分、息を整えたナタリアさんの案内で、俺とシーラは商談室を出て、再び商工会ギルドの2階へ向かった。
「ちょっとごめんなさい」
衝立でできた通路を通り、商工会ギルドの裏口が見えたとき、シーラが急にそう告げると、そのまま裏口から外へ出て行ってしまった。多分、用でも済ませに行ったのだろう。
ナタリアさんもシーラの行動に気づいたのか、歩みを止めて階段下で二人で待つことになってしまった。どことなくナタリアさんとの話題が思い浮かばず、少しの間が重たく感じられるな。
「アナスタはシーラさんに仕えることになったんですね⋯」
俺に問い掛けるように、ナタリアさんがボソリと小さく呟いた。
「あれ? アナスタとの面識があるんですか?」
「同じ村の出身なんですよ」
「えっ?!」
「あれ? アナスタは領主別邸のフェリス様に仕えたんですよね? イチノスさんは知らないんですか?」
いやいや、そんなことを言われても、俺がアナスタの存在を知ったのは今月に入ってからだ。そもそも俺は2月に店を開いてから領主別邸に顔を出したのも数えるほどで、アナスタとの接点はほとんどないんだ。
「知らなくて申し訳ない(笑」
そうだよ。ここは笑って誤魔化すのが正解だ。
「アナスタは村の護衛騎士の家の生まれなんです」
「村の護衛騎士?」
村の護衛騎士というのは、領主に任命されて小規模から中規模の村に駐在し、街兵士のような役割を担う存在のことだ。
「えぇ、ランドル様に仕えていた騎士ですよ?」
待て待て。
ここで父の名前が出てくるのか?
急にそんな話を投げ込まれても、返答に困るぞ。
「それでアナスタは父親の影響を受けて、成人と共に王都の騎士学校へ行ったんです」
そうか、そんな理由があってアナスタは騎士学校に進んだんだ。
そこまでナタリアさんと話を重ね、改めて顔を見たとき、俺はあることが気になった。
「ちょっと踏み込んだことを聞いてもいいかな?」
「はい? なんですか?」
「もしかして、ナタリアさんとアナスタは歳が近かったりします?」
「あれ? イチノスさんには言ってませんでした? 私とタチアナ、それにアナスタは同い年ですよ」
ちょっと待て。
いま冒険者ギルドのタチアナさんの名前が出たよな?
うすうす、ナタリアさんと冒険者ギルドのタチアナさんは同い年だろうとは思っていたが、アナスタまで同い年なのか?
いやいや、同い年も気になるが、もしかしたら⋯
「もしかして、三人とも同い年で、しかも出身が同じなのかな?」
「はい。同じ村の出身で、同い年ですよ」
「お待たせ~ 先に行っても良かったのに、待たせてごめんね」
ナタリアさんの話を噛み締めていると、シーラが追いついてきた。
「では、ご案内しますね」
シーラの投げ掛けをさらりと躱したナタリアさんを先頭に、俺たち三人は階段を上って商工会ギルド二階の大会議室へ向かった。
コンコンコン
ナタリアさんの案内で大会議室へ足を踏み入れると、三人の商人とナログさんが一斉に椅子から立ち上がり、軽く頭を下げてきた。これは目上の人物の登場に敬意を払う姿勢だぞ。
年齢でいえばナログさんも三人の商人も、俺とシーラより明らかに年上のはずだが、ここまで礼節と敬意を示されると、先ほどのホールでの様子との差が大きく、違和感すら覚える。もしかしたら、商人たちは改めてナログさんから諭されたのかもしれない。
当のナログさんはこの会合の主体で最上席に座り、案内をしてくれたナタリアさんは末席側に座って書記の準備を始める。そして俺とシーラは三人の商人たちと向かい合って座ることになった。
この三人の商人たちとの最初の接点は、大衆食堂での待ち伏せだった。あの時には、これほどまで丁寧というか、敬意を払われた感じはしなかった。アルフレッドやブライアン、それにワイアットを通して、俺から開拓団に関する情報を聞き出そうという意欲が強かったことを思い出す。
「それでは、ヤセルダさん、ヨエルゾさん、カライカさん。まずは商工会ギルドへのご要望からお聞かせください」
俺とシーラが着席したのを確かめたナログさんが切り出した。
その声を聞きながら壁に掛かった時計に目をやると、短針と長針が重なって3時を過ぎていた。
「ありがとうございます。それでは、ことの経緯からお話しします」
そう返したのはヨエルゾさんだ。
「私とヤセルダさん、それにカライカさんの三人で、西方再開発事業における開拓団の動向を調査するため、冒険者を雇いました。そして、その冒険者の方々に王都へ向けて出発してもらいました」
なるほど。俺の店で『水出し』と『魔石』を冒険者に買い与えたのは、この三人の協力によるものだったんだな。
そう思いながらヤセルダさんを見ると目線が合ってしまった。その目線は俺の考えを肯定するようだ。
「当初、冒険者の方々からの調査報告は順調に届いていたのですが、ランドル領に入ってから連絡が途絶えました」
ん?
今、ヤセルダさんが不穏な言葉を口にしたよな?
「ヤセルダさん、それは冒険者の方々が⋯」
「いえ、そういう話ではないんです」
ヤセルダさんの言葉に、ナログさんが意見を添えようとしたが、制されてしまった。
「そうですか。言葉が過ぎましたね」
「いえいえ、その可能性が浮かぶのはナログさんだけではありません。実際、我々もその可能性を検討したのです」
その言葉に、他の二人の商人も頷いた。
「ですが、一昨日の夕刻に、雇っていた冒険者の方々がリアルデイルへ戻ってきたのです」
???
ヤセルダさんの話の全容が見えてこない。何を言いたいのだろうか。
─
ヤセルダさんが雇った冒険者に『水出し』と『魔石』を買い与えたお話しはこちらです。
王国歴622年6月1日(水)
20-1 晩餐を提供できないお詫び
─




