004 たったひとつの、強引なやり方
――そう。
デルフィニクスが女性限定の機体だという事実は、もはや世界の誰しもが知っている常識だった。
なんせその仕様が、かのメタルマーメイドという異名の由来にもなったぐらいである。
だからこそ。幼かった俺やブライアンは、大人達から小馬鹿にされながらそれを聞かされ、泣きべそをかきながらデルフィニクスに乗る夢を諦めたのだ。
ましてや目の前にいる人の面を被ったAIは、その機体を使って戦争に介入し続けている、まさに当事者そのもの。そのことを知らないはずがない。
食い入るようにその顔を見つめる。
するとリトルマザーは、俺の疑問にさらりと答えていった。
「はい、そのとおりです。それどころか、4機あるデルフィニクスは今もなお、初代パイロットの専用機、という設定にもなっています。仮に貴方が女性だったとしても、搭乗することは出来ません」
「そう、だったのか……いや、ちょっと待て。確か初代って、全員何十年も前に亡くなっていたよな? じゃあ今はどうしてるんだよ?」
「その設定や制約を、何とかごまかしながら運用しています」
「ご、ごまかしながらって、そんなむちゃくちゃな……」
……メタルマーメイドは絶えることのない紛争を一撃で鎮められる、言わば今の人類における特効薬みたいなものだ。そんな人類の希望とも言うべき存在が、そんな不安定な状況下で用いられているだなんて。はっきり言って、由々しき自体なのではないだろうか。
しかしリトルマザーは、そんな懸念などとうに語り尽くされたとばかりに、続きを述べていってしまう。
「なので初代パイロットと極めて類似した存在……つまりは『機体に登録された人物と血縁関係にある女性』しか、今は乗せることが出来ないという状況なのです。そうでないと、ごまかしが効きませんので」
「……。それなら余計、俺が乗れるわけがないだろう?」
「ええ。だからあえてこう口にしました。デルフィニクスを操って頂くと」
「……」
押し黙る。何かしらのカラクリ……それも、俺にとって都合の悪そうなカラクリがありそうな予感がした。
リトルマザーはそんな俺の顔をじっと見つめながら、しかし若干言いづらそうな様子で続けていく。
「実は現在、とあるパイロットとの間に、重大な問題が発生しています。それにより、デルフィニクスの一機が運用出来ていないという状況です」
「重大な問題?」
「有り体に言えば、搭乗や出撃を拒絶されています」
「……!」
……驚いた。世界の安寧を担うメタルマーメイドのパイロットが、まさかのボイコットとは。
ひょっとしてアクアルタでは、パイロット達が労働組合を結成していたり、ストライキを起こしたり出来るのだろうか。
と、そう勝手に発想を飛ばしている中。
続けざまに放たれた言葉に、俺は別の意味で肝を抜かされる事となる。
「ですが、交渉の結果――その体だけは、我々に貸して頂けることになりました」
「……は? 体だけ、貸す……?」
「はい。詳しい話は割愛しますが、デルフィニクスが半ば専用機となっている主な要因は、機体とパイロットの四肢をDNAレベルで接続しなければならないから。言い換えるなら、搭乗者の四肢が初代パイロットに近しければ、問題は出ないのです。つまり、必ずしも脳まで一緒である必要はありません」
「なんだなんだ、つまり言うこと聞かないから、脳みそだけすげ替えようってか? そんなの、移植する方もされる方も、承諾するわけ……」
「少なくとも、そのパイロットからはすでに快諾を頂いています」
「……。正気かよ?」
「ええ。そして幸運なことに……目の前にも一人、幼少期の頃よりずっと、デルフィニクスに乗りたがっていた人物もいます」
「……。…………⁉⁉⁉⁉」
愕然とした。
それは、それはつまり……。
リトルマザーの水晶玉にも似た眼球が、おもむろに俺を射貫く。
「――問題を抱えたデルフィニクスのパイロットに、貴方の脳を移植する。そうすることで、喫緊の問題が全て片付くのです」
「……。本当に片付いてると言えるのかよ、それは……」
「はい、一切滞りなく。我々は再びデルフィニクス全機を運用出来るようになる。さらに貴方の能力を野放しにせず、飼い殺しにもせず、適切に使うことも出来る。そして貴方は、憧れの機体に乗る事が出来る。全員がWINWINとなります」
……なるほど。言っている事はかろうじて理解出来る。
理解は出来るが……それでも、おいそれと首を縦に振れるわけがない。
「……自分の体を捨てて、他人の体の中に入れってか」
うなるように、口に出す。
そうしてから、見るとはなしに自分の手のひらを見つめた。
……幸いなことに、五体満足の体だ。大きな病気も怪我もした事はない。
別に執着はないが、かといって愛着がないわけじゃない。
あっさりと捨て去るだなんて……。
「戸惑うのも無理はありません。しかし……これを拒否した場合、貴方に残された選択肢は、拘禁か、もしくは死しかありません。よく考え、選ぶようにして下さい」
「……」
あえてそうダメ押しをしてきた、目の前の幼女。
……はっきり言って、その二つはもはや選択肢ではない。
しかしかといって、踏ん切りがつくわけもない。
思わず、目の前が真っ暗になりかけた、その時。
何故かふと、その人間味の薄い顔と、斜め前でたたずむ姿を見ていて思い出したのは……開口一番の言葉だった。
「そういえば。現れた直後は、やけに俺の心配をしていたが……あれは俺の身を案じてじゃなくて、単にすげ替える予定の脳に異常が出てないか、気になっていただけか?」
「……。ええ。言ってしまうと、その通りです」
リトルマザーはその問いで、全てを把握されたとでも思ったのだろう。観念したような表情を浮かべ、肯定を返して来た。
……なるほど。やはりリトルマザーが現れた時にはすでに、俺に選択肢など与えられてはいなかったらしい。
そう考えるとほんの少しではあるが、気は楽になった。
「もし俺が頑なに拒んだら、実際に長い間、牢屋へぶち込むつもりだったのか?」
ため息交じりのそんな問いかけに、リトルマザーはふるふると首を振る。
「いいえ。あの手この手を使って、同意を引き出すつもりでした。こうして色々と、用意してもいたのですが……」
そう言いがてら、リトルマザーはどこからともなく、おどろおどろしい大鎌を持ち出してきた。思わずギョッとして後ずさる。
すると今度はそんな俺の足下から、じわりと水が流れ込んできた。同時にトゲがついた天井も、徐々にこちらに迫ってくる。
「ま、待て待て待て、いま実演して見せなくていい!」
「そうですか? この部屋では実体を伴う事も可能なので、面白い事も様々出来たのですが……」
至極残念そうな様子で、大鎌を軽々と投げ捨てるリトルマザー。
いつの間にか床も天井も元通りになっているのを確認し、俺は思わず肩で息をする。
――思い返すは、先ほどの会話。
何故か嫌悪感を抱かれると愚痴をこぼしていたが……事ここに至り、俺は身に染みてそのわけを理解出来ていた。
人権を欠片も考慮していない対応。人を換装パーツ扱いする思考回路。息をするように人を脅せるその倫理観。
……なるほど、確かに超高性能AIだ。人の情や機微といったものを、塵芥と同じに捉えていそうな点まで含めて。
こいつには絶対に心を許さないようにしようと、そう固く心に誓う。
「……もし、もしも仮にだ。俺がそれを承諾したとして。元のパイロットは、その後どうなるんだ?」
「現パイロットから摘出した脳のその後、でしょうか? もちろんむげには致しません。別の素体に移植し、そこでしばらく休養を取って貰う予定です。なんせそれまでずっと我々に尽くしてくれていた、功労者でもありますから」
「なら、俺の脳をそのパイロットの体に移植するとして……俺の体は、一体どうなる?」
「貴方の元の体は、こちらで丁重に管理します。なお、これは貴方にとっての人質でもあります。万一逃亡や離反をした場合、まず元の体には戻れないと考えて下さい」
「ということは、元の体に戻る事も可能なんだな?」
「はい。今後の状況次第ですが、そうなる可能性もありえます」
「……。脳移植手術なんて聞いたこともないが、成功率はどうなってるんだ?」
「私が直々に指揮を執ります。99%以上と考えて頂いて構いません。ちなみに件数は少ないですが、これまでに数十名のガイアードが、同様の手法で命を長らえてもいますよ」
さらりと質問に答えてゆく、目の前の幼女。
とはいえ、嘘を吐いていないことくらいは分かる。信じるしかない。
いや……こうなった以上、信じようが信じまいが、受け入れるしかない。
「最後に、一ついいか?」
もったいぶってから、俺は極めて真面目な顔でもって、リトルマザーの瞳をまっすぐ見つめた。
「……せめて、給金ははずんでくれるんだろうな?」
「それはもちろん、働きに応じた評価は致します。ですが、世界の半分を渡すなどといった、あまりにも荒唐無稽な要求には応えられませんよ」
「なにもふっかけようとしてるわけじゃない。……小さい妹たちを、故郷に残してきてるんだ。仕送りも出来ないようじゃ、本当に飢え死にするレベルなんだよ」
「……なるほど」
「大体あんたらのせいで、法外なレース賞金を取りっぱぐれてるんだ。せめてそれに匹敵するぐらいの保証はして貰わなきゃ困る」
……そう。最大の心残りはこれだった。
そもそも突拍子もない話ではあったし、決断には途方もない勇気も必要だった。有無を言わさない対応にはカチンと来てもいる。
しかしそれでもどこか、心が躍っているのも事実ではあった。
なんせ、あのデルフィニクスに乗れるのだ。
仮に妹たちが自立していて、体の入れ替えも気軽に行えるのであれば、諸手を挙げて話に乗りたいくらいだった。
リトルマザーは、そんな俺の心の内を知ってか知らずか、ほんの少し表情を和らげながら告げてきた。
「心配には及びません。不自由のない生活を送れるように致します。ひとまずは、兄からの仕送りという形にしましょうか? それとも安全を重視するのなら、我々の支部で引き取るのも選択肢の一つですよ。もちろん、事の詳細は伏せた上で、ですが」
「……。ひとまず、故郷で幸せな生活を送れるなら、何でもいい」
「承知しました。では貴方から承諾を得た段階で、すぐにでも手を回しましょう」
「……そうか」
ため息まじりに、そう答える。
「――まだ、何かありますか?」
俺は目を閉じ、それに静かに首を振った。
それは即ち――目の前の人ならざる存在に従い、己の身を差し出すという意味に他ならなかった。




