038 一番の親友に
「準備は良いか?」
少し離れた場所に移動したブライアンが、振り返りながら訊ねてきた。
近くにいたクレイアはすでに気を利かせ、俺達から離れてくれている。
「まだだって言ったら、ちゃんと待っててくれるのか?」
「そりゃな」
「……ずいぶんと、態度が柔らかくなったもんだ」
肩をすくめ、くすりと笑う。
そうしてから俺は、ゆっくりとラックから、フォトンライフルを引き抜いた。
ブライアンもまた、どこかから金属製のバットを取り出す。
「それじゃ、行くぞっ‼」
そのかけ声とともに、俺はフォトンスラッシュを放つ。
するとそれを軽々避けたブライアンは、お返しとばかりに、何やら丸い玉をフルスイングしてきた。
それはものすごい弾丸ライナーで、こちらにまで飛んでくる。
「なっ、なんだよそれ⁉」
反射的にそれを避けようとするが、俺の脇を通過しようとしたところで、それは小気味よい音を立てて破裂。
……辛くも横ステップで直撃は避けたが、それでもかすり傷は負ってしまった。
とっさに海中に潜り込み、装甲の回復を促す。
「特注の弾だ。元はガイアードに攻め込んだ時にかっぱらってきた、イベント用の花火らしいぞ」
「……何でそれをノックみたいに打ち込んでくるんだよ?」
「適当なライフルより、よっぽど威力あるだろ?」
「そりゃ、そうだが……いや、こんなところでまで、趣味の草野球かよ……?」
思わず口を尖らせるが、ブライアンはお構いなしに、水中へドリルミサイルやグラインダーディスクを放ってくる。
特にディスクが海中だとヒラヒラ不規則に動き、撃ち落としづらい。
「ディスク、海の中の方が厄介じゃねえか……」
「水切りさせた方が、スピードは出るんだけどな」
「ふーん。……そっちはそっちで、色々と工夫しがいがある武装が多そうで、羨ましいなぁ」
「そっちにゃ敵わねえよ。なんだその斬撃飛ばし。厨二心くすぐられるじゃねえか」
「これはいたって普通のフォトンライフルだぞ?」
「操縦桿握ってても、その動き出来んのか?」
「……すまん、聞かなかったことにしてくれ」
ちょっぴりと肩をすくめながら、俺はデルフィーネモードに変形しつつ、急浮上。
ブライアンの頭上に虹を架けるイメージで飛び上がりつつ、空中でニクスモードに変形。
空に放たれたレーザーの数々は、体をひねって軽く避けておいた。
そうしてサブマシンガンで扇状に弾幕を張り、その視線を散らせた後。
今度は着水と同時に一足飛びで肉薄していく。
やはり狙うは肉弾戦。メルクリウスソードさえ装甲に当てられれば、すぐにでもこの戦いは終わらせられる。
しかし。
「そっちから近づかせたらダメだって事くらい、分かりきってるっつーの」
そんな言葉と共に、ブライアンがいた場所には花火の置き土産。
必死に急ブレーキを掛け、何とか爆発からは逃れられたものの、またも距離は離されてしまう。
……これじゃ虎の子の接近戦には、もちろん持ち込めない。
我が親友らしい憎たらしい動きに、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「そんじゃ、今度はホームランだ!」
そんな叫びと共に、今度はバットでゴロを打ってくるブライアン。
「どこがホームランなんだよ?」
「わざわざ予告と同じことする必要もないだろ? ここは戦場だぞ?」
「……確かに、なにも言い返せないな」
そう軽口を叩きつつ、俺はあえてメルクリウスソードを構え。それを横に持ち直した。
……水切りしながら近づいてくる花火の弾は、射撃では中々対処しづらいものがある。
しかしこちらから打ち返すのであれば、絶好球だ。
「おりゃあっ‼」
そんな力みと共に、花火を打ち返す。
それは二の矢として放たれていた、向こうのゴロ弾を弾き返しつつ、ブライアンの近くで破裂。
「……ちぇ、もうちょっとでピッチャー返しだったのによ」
思わず口をへの字に曲げていると。
ブライアンは何故か、持っていたバットを下ろしていった。
「なんか……声は女なのに、動きから何から、ホントに男みたいだな……」
「だから、何度も言ってんだろ?」
「やっぱり、にわかには信じがたくてな」
その自嘲気味のセリフを聞いて、俺もふと、握っていたメルクリウスソードを下ろす。
……何故だか分からないが。
今ならば奴に、アシュリーとしての声が届くような、そんな気がした。
「なぁ、ブライアン」
「何だ?」
「俺さ。――あの時一緒に仰ぎ見た、あの白いデルフィニクスに……乗れたんだよ」
「……!」
「正直言うとさ。真っ先にそのことを、お前に自慢したかったんだ。俺の一番の親友に、ずっとずっと、自慢したかったんだよ――」
「……アシュ、リー……?」
そこでようやくブライアンは、ちゃんとこちらの方を見て、俺の名前を呼んでくれる。
対する俺はもう、あふれ出る感情を抑えきれなくなっていた。
「女性の体を借りることになったり。元の体の持ち主を探し回ったり。あとさ……胸が当たって、仰向きで寝づらくなったりもした。想像以上に、色んな問題に直面させられてるけどな。でもやっぱり、楽しいよ。楽しい。むちゃくちゃ楽しいんだ」
――そう。確かに俺にはもう、慢心などない。
ベルの想いを受け継ぎ、デルフィニクスパイロットとしてやっていく覚悟もある。
ただ、それでも。
楽しいという感情だけは、未だ胸の奥の方で灯り続けてもいた。
はっきり言って、デルフィニクスは兵器だ。かつ、人類を安寧へと導く希望でもある。
正直、楽しんで乗るなんて馬鹿げた代物だ。
でも、それでも……やっぱりその感情だけは、拭い去れなかった。
なんせそれは、俺の……俺たちの、原点だったから。
それに。
多分それがあったから、色んな面倒ごとだって、乗り越えられて来たんだと思う。
近接戦が楽しかったから、それを解禁したくてあちこちかけずり回ったし。理論武装しないとダメだと知ったから、苦手な座学もなんとか耐えてきた。
一向に口を割らないAIと何度もやり合ったし、辛辣な年下の同僚に泣きついたり、サボり癖のある同僚に振り回されたり……思い返せば、涙ぐましいくらいの道のりを歩んできた。
それもこれも、結局はデルフィニクスに乗るのが、楽しいからだ。
ああ、そうか。
だから俺は――
「……ちぇっ、羨ましいな」
ブライアンがため息交じりに、そう漏らす。
「だろ? だからさ……」
俺は一拍置いてから、ゆっくりと、その言葉を口にした。
「――お前も来いよ。アクアルタに」
「……‼」
「デルフィニクスの整備士として登用して貰えるよう、すでに話は通してある。だから気の済むまで、こいつをいじくって欲しいんだ。俺好みのカスタムにしてもらって、俺はそれで皆がうらやむような戦果を持ち帰ってきてさ。それをお前と分かち合いたいんだよ」
「……アシュリー……」
「約束、今こそ果たそうぜ。なあ……」
――ああ、そうだ。
俺は確かに、周りの人々にすごく恵まれている。
だけど、唯一。楽しいというこの感情を、共有出来る存在がいない。
ベルやフィンティは常に他人を思って動いている節があるし、クレイアも人々に安寧をもたらすというリトルマザーの思考に沿っている。
リララは唯一感情こそ近しいものを持ってはいるが、デルフィニクスに乗ることそのものは億劫だと感じている。
教官、イヴァンにルイユ、それに金髪キザ男も。
みんなみんな、基本的には戦いを回避すべく動いている。
だからこそ、一番の親友に、側にいて欲しいんだ。
なんてったって、俺の根っこにあるその子供じみた想いは、こいつとならば分かち合えるから――。
「……すまん。俺はいま、ラグーンフォートを抜けることは、出来ない」
……しかして、そんな俺の希望は。
瞬く間に、砕かれてしまっていた。
愕然としながら聞き返す。
「……どう、してだ……?」
「立場も、背負う想いも、色々と出来ちまってるからな。約束を違えた事を、色んな人に謝って回んなきゃならねえし……もしお前の言うとおり、本当に俺たちがダマされてるならさ。そんな部下達を放っておくなんて、目覚めが悪すぎるだろ?」
「ああ……そうか。…………確かに、そうだな」
自分の中にある大人な一面を何とか引っ張り出し、そう言葉を絞り出していた。
……残念だという気持ちと、仕方が無いという気持ちと。
それから、ちゃんと責任を果たそうとする親友に、ちょっぴり誇らしさと、もどかしさも感じる。
するとブライアンは、もったい振りながら続けていく。
「だからさ……色々と、けりをつけたら。その時はまた、誘ってくれないか?」
「……! ……その時は、じゃない。一秒でも早く、けりをつけてこい。そうだな……お前が俺の妹たちの顔を覗きに来たら、こっちから迎えを寄越すから。必ず」
「……。ああ、分かった」
その回答に、若干胸をなで下ろす。
……出来ればすぐにでも連れ帰りたかったが、仕方ない。
もうしばらくは、個性豊かな人々に囲まれながら。この想いは、密かに温め続けるしかないみたいだ。
そう密かに、心づもりを済ませ。
そうしてから俺は……改まって、ブライアンに向き直る。
それに何かを感じたようで、向こうもまた一呼吸置いてから、立ち位置を改めた。
「そんじゃ……そろそろ、終いにするか」
「ああ」
そんな同意を返しながら、俺は改めて、メルクリウスソードをラックから抜き去る。
……狙うはやはり接近戦。
というより、この戦いを遠距離武器なんかで終わらせるなんて勿体ない。
しかしブライアンは、あくまでこちらを近づけさせたくないのだろう。グラインダーディスクの射出機を構えていた。
「……正々堂々、殴り合わないのか?」
「悪いな。その剣がヤバいことくらい、こっちだって分かってんだ」
「なら、前はどうしてバットで殴りかかってきたんだよ?」
「不意を突くなら話は別だろ? 心配すんなって、殴り合いはお前さんの裏をかいた後にやってやるから……よっ!」
そんなかけ声とともに、グラインダーディスクが何枚も射出される。
それと同時にブライアンはそれを追い越すように加速すると、俺の背後にぐるりと回り込んだ。
……既視感のある、クロスの射線である。
ひとまずディスクを回避しつつ、飛んできたドリルミサイルを切り払う。そしてバットを構えたブライアンの突撃を牽制すべく、ミサイルを先置き気味に放っておいた。
すると、ブライアンは手に持っていた爆竹のような花火を放り投げ、ミサイルを誘爆。風下で焚かれた煙は、見る見る間に俺の視界を覆ってゆく。
「そんじゃ、行くぜ!」
威勢の良いかけ声が上がる。
しかし俺は、あえてその声を無視し――海中へと潜り込んでいた。
案の定。バットを持っていたはずのブライアンは、ドリルミサイルを構え直し、海中深くに沈み込んでいる。
「……っ、何でこっちの動きが……!?」
「悪いな、ブライアン! それ、俺はとっくのとうに、やった事があるんでな!」
やはりルーツが同じなら、思考回路も似るのだろうか。
俺は完全に読めていたその動きの裏をかき、ブライアンに肉薄。
慌てた向こうはうまく迎撃の準備が整わず、仕方なくバットを抜き去るほかなかった。
「……っ」
斬撃を受け止めようとしたばっかりに、あっさりと切断されるバット。
驚くブライアンに対し、こちらは容赦なく追撃の薙ぎを加える。
これは俊敏に躱されるが、次いで斬り下ろし、くるり回転しながらさらに二連撃。
半身や屈伸で何とか避けられるが、こちらは構わず攻勢を掛ける。
ブライアンは手に持ったバットの柄で、何とかその斬撃をいなそうとするものの。
当然のようにそれをさらに切断しながら、俺は斬撃を加え続けていく。
そして。
……ふと唐突に、世界がスローモーションになったかのような錯覚に陥った。
ブライアンが乗った機体は、先ほどの斬り上げを躱しきれず、水中で大きくバランスを崩してしまっている。
モビルフレームを介し、俺たちの視線が交わる。交わる。
そしてそれを断ち切るかのように、俺が振るった刃が、その間を通り抜けていく。
……左腕を落とし、足を落とし、手首を返して止めを刺す。
時間にしてわずか1秒足らず。
しかしそれは俺にとっては、何故か永遠にも感じられた。
しばらくの後。
深藍のモビルフレームの胸のパーツだけが、浮力を持ってしてばしゃりと水面に浮上。
それを見届けながら、ざばりと海上に戻って来た俺は、ゆっくりラックにメルクリウスソードを仕舞いつつ、告げた。
「……どうだ。すげーだろ?」
「ああ……すげーな。やっぱ、すげーや」
ブライアンがしみじみ、通信越しに語る。
――そう。それは、俺たちの共通言語だった。
遠き日の憧憬、岸壁によじ登って眺めた、あの白き花のようなモビルフレームを形容する、唯一の言葉である。
そんな言葉を、いま再び交わし。
……そうして俺は、ブライアンの機体の残骸に、静かに背を向けた。
「……待ってるからな、ブライアン」
「……ああ」
俺は振り返らず、その場を後にしていく。
「クレイア、……戦況はどうなってる?」
そうしてブライアンを残し、離れていたクレイアの元まで移動した後。
戦いの見届け人に向け声を掛けると、少し呆けていたクレイアは、ハッと我に返りながら答えてきた。
「あ、えっと……旧アラスカ側も、戦闘は終結したようです。向こうは正規軍から攻撃を受ける前に、さっさとワダツミに撤退したみたいですね」
「なら俺たちも行こう。用も済ませたしな」
そう応じると、クレイアはふと視線を逸らしてから、しずしずと口を開いた。
「……ちゃんと、勝ってくれましたね」
「当たり前だろう? 俺が約束を違えたことがあったか?」
「……。……それを判断出来るくらい、付き合いが長いわけでもありませんよね?」
「……それもそうだな」
そうして肩をすくませて見せた後。
俺とクレイアはどちらからともなくデルフィーネモードに変形すると、足早にその場を後にしていく。
こうして、北極を舞台にした長い長い戦いは、ようやく終わりを迎えたのだった――




