ひとまずのエピローグ
「……で、その親友とやらは、まだ音沙汰がないのかい?」
――アクアルタの施設内、片隅にあるこじゃれたバーカウンターにて。
俺はファーブルに渋々付き合う形で、カクテルグラスに口をつけていた。
まだ昼間だからか、ここを利用しようとする職員は誰もいない。
俺の前にあるマルガリータはもちろんノンアルコールだが、それでも制服姿でそれをたしなむ様は、若干肩身が狭くもある。
がらんとした店内には、静かなジャズが漂っていた。
「ああ。あれから数週間経ったが、未だコンタクトはないみたいだ。俺の妹たちは表向き、普通の生活をしてはいるらしいが……それでもちゃんと、アクアルタの庇護下にはあるからな。もし奴が接触したのなら、一発でマザーにまで伝わるはずだし」
「それじゃ、やっぱり彼は向こうで、最低限の義理は果たそうとしているのかな?」
「かもな」
端的に応じつつ、グラスの縁の塩を囓る。……しょっぱい。こいつとの会話も。
それにそもそもの話……今の時間を、以前窮地に助けられた義理だと考えている俺に対し、ファーブルはようやく自分になびいたと解釈してもいるらしく。
その認識のずれが、何というか、しょっぱい。
しかし対するファーブルは、しっかりとお高めのウィスキーをロックでたしなみつつ、カウンターに片肘をつき、こちらのことを覗き込んでくる。
「それじゃ今のところ、君のことを独占できそうな異性は……僕だけ、という事かな?」
「イヴァンがいるが」
「イヴァン君はルイユ君と懇ろじゃないか」
「それは……まぁ、そうなんだが。それはそうと、酒臭いぞ」
近づきすぎだと、暗にたしなめる。
……もちろん、実際は飲み始めたばかりだし、ウィスキーのかぐわしい香りしか漂ってはいないのだが。
ただその意図を見透かしているのか、ファーブルはくすりと笑いながら身を退いていく。
「ごめんごめん。……そうだね。やっぱりこういう場所だと、やっぱり一緒に呑まなきゃ、楽しくはないか」
「昼間から酒盛りなんてする気になれないだけだ。それにそもそも、この後はフィンティ達との予定が入ってるしな」
「それは聞いてるよ。だけど……もしよかったら、次はお酒が美味しい時間に、また付き合ってはくれないかな?」
「気が向いたときに、水でならな」
「そんなこと言わずにさ。……君にぴったりのカクテルがあるんだ。乗っている機体を思わせるような色合いのカクテル、ホワイト・レディ、なんてどうだい?」
「水で」
「それとも爽やかな海を思わせる、ブルーキュラソーで作ったカクテルなんてどうかな? ……そうだ、マスター。ガルフストリームのモクテルなんて、作れたりするかい?」
「マスター、水で」
ぴしゃりと注文を被せると、人の良さそうなマスターはくつくつと笑いながら、ミネラルウォーターを差し出してきてくれた。
礼を言ってそれを受け取ると、ファーブルはふぅと大げさにため息をついて見せた。
「しかし、つれないね君も。まぁ、そこが魅力的なんだけれどさ」
「どこが魅力的なんだいったい。ていうか……改めて聞いても良いか?」
「なんだい?」
「今後を見据えてってことで、ごくわずかな……それこそルイユやお前といった、一握りの人間を集めて、改めてクリスの紹介がされただろ? 中身がノウェンベル・キリシマだっていう情報も込みで」
「そうだね」
「つまりその時に、俺の中身が男だってことは、お前だってしっかりと分かったはずだ」
「ああ、そうだね。いやぁそれはそれは、驚いたさ。てっきり、人格が違うだけかとばかり……」
「……なのに何で、まだ俺に言い寄ってくるんだよ?」
ふくれっ面で、そう問いかける。
……そう、前々から気になってはいたのだ。中身を男だと知っていて、それでもなお態度を変えようとしない事を。
するとファーブルは一拍置いてから、やわらかい笑みを向けてくる。
「それでも今は、可憐な女の子だろう?」
「……」
「違うかい?」
「……。……俺がもし、元の体に戻ったとしたら、どうするつもりだ?」
「その時は改めて、君と友情を分かち合いたい。……僕はね、性別で態度を変えたりなんてしないさ。戦場で一目垣間見た、君のその有り様に、ただ惚れてるだけだ。結局はそれだけでしかないんだよ」
そうして、にっこりと笑みを浮かべてくるファーブル。
その端正な顔つきと、甘いスマイルに……何故だか俺の顔が、急激に火照っていくのが分かった。
「……ば、ばばばばっかじゃねえのか⁉ 男だって言ってんだろ! 体を間借りしてるだけだって言ってんだろ⁉ いったい俺に、どうしろっつーんだよっ‼」
「僕のことを、少し気に掛けてくれるだけでいいさ」
「だからっ、それがっ………………っだーっ‼‼」
ガシンとカウンターに拳を落とし、思わず立ち上がった。
そうして少々驚いた顔を見せるキザ男をにらみつけながら、甘酸っぱくてほんのりしょっぱい、ノンアルコールカクテルをあおる。
そして割れないように、それをカウンターに叩き付けた。
「ああもう……ごちそうさま! 俺はもう行くからな‼」
「ふふっ、ああ。短くても楽しかったよ」
苦笑いの返答に、もはやなにも反応を返さず、俺は足早にその場を後にする。
――そうして後に残される、くつくつと笑うマスターと、肩をすくめるばかりのファーブル。
その後ファーブルは、ウィスキーグラスを傾け、カランと氷の音を鳴らし。
それから俺の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、急に表情を固く引き締めた。
「騒がせてすまなかった、マスター。それじゃ最後に……VWで、XYZを頼めるかい?」
表情を変えずに、一旦はそれに頷くマスター。
しかし店の中を確認するや否や、すぐにとって返してきた。
「……ああ、すまないね。いま、VWは切らしてるんだ」
「おや、そうなのか。なら……普通の、XYZで」
そうして、何だか意味深なため息を漏らし。
ファーブルはもう一度、俺の消えていった先を眺める。
その思惑げな視線は、もちろん逃げていった俺に届くことはなかったのだった。
+++
そうして、ファーブルから命からがら逃げた先は、例のビオトープだった。
……そう、この後は兼ねてから約束していた、フィンティとのお茶会があるのだ。
どうせならと他の面々にも声を掛けた為、静かに二人きりでたしなむお茶会ではなくなってしまったものの……しかし騒がしいのも、これはこれでまた一興だろう。
実際、クレイアは簡易コンロを事前に準備してきていて、すでにお茶請け用のホットケーキを焼いてきてくれているし、フィンティもリララに合わせ、ハーブティーと紅茶の両方を用意してくれてもいる。
それから、恐らくは2~3人用であろうガーデンテーブルには、すでにカップが五脚並べられてもいた。かなり手狭だが、そんな窮屈さが何だかちょっと嬉しくもある。
ただ今回の主催であるはずのフィンティは、何故か給仕用の白いフリルエプロンを身につけていなかった。
それを着ているのは……。
いや、着させられているのは――そう、俺だった。
「いいよいいよ~かわいいよ~! ほら、フリルカチューシャまで付けたらさ、もう完全にメイドさんじゃ~ん!」
ウッキウキの声で、俺の顔に化粧筆を当てていくリララ。俺は眉間に青筋を立てながら、為すがままにされていた。
……もちろん、普段なら真っ先に抵抗するか、逃げるかしてる。
しかし今は、着せ替え人形に徹さざるを得ない事情があった。
「ベルちゃんどう? 良い感じ?」
そう言いながら、俺の顔をくいっと花畑に座り込む人物へと向ける。
「リララ、流石にそれ以上は……ほら、アシュリーさんも嫌がってますし……」
頬に冷や汗を垂らしながら、必死で俺の身を気遣うベル。
……そう。ここにはもちろん、皆と再会を果たしたベルも、ちゃんといた。
そして策士リララはそんなベルに対し、どうやら元の体を好きにして良いという許可を、事前に取り付けていたらしく。
ベルとしては、服を体に当てる程度だと思っていたらしいが……ともかくそんな約束を振りかざされれば、体を間借りしているだけのこちらは、もうなにも免罪符がなくなってしまう。
「ええ~? こんなんまだまだでしょ。ベルちゃんてば元々アイドルになれるくらいの見た目してるんだからさ、これを機にがっつりやってみようよ。ほら、今はわたし達しかいないんだし~」
「……うう……すいませんアシュリーさん、まさかこんなことになるとは……」
申し訳ない顔を浮かべられるが、正直半笑いしか返せない。
「……なあリララ。せめて、せめてさ。外側だけじゃなくて、中身の個性も尊重してはくれないのか?」
「中身の個性?」
「もっとこう、男が着ても恥ずかしくないのにしてくれ。ホント、もう……死にたい」
「え? ごめ、こういう服、好きじゃなかった?」
予想外に、リララがちょっと慌てた様子で聞き返してくる。
するとフィンティが、ここぞとばかりに助け船を出してくれた。
「そりゃそうだよリララちゃん。アシュリーさんは、見た目はどうあれ男性なんですから。何か着せるにしても、もっとこう、ボーイッシュな方がいいんじゃないかな?」
「執事チックな? う~ん、どう思います? 解説のクレイアさん」
「……何でそこで私に振るんです? 何でも良いですから、さっさとお皿並べるの手伝って下さい。ケーキも紅茶も冷めますよ?」
「あっ、手伝うね」
そうして俺をかばってくれていたフィンティが、手伝いの方に吸い寄せられてしまう。
……準備も良いが、まずは俺を助けてくれ……。
すると、俺の心の声が届いたのか。
リララはため息を挟んで、化粧道具をいそいそとしまい出してくれた。
「やっぱり、こういうメイドっぽい意匠は好みじゃなかったかー。えーと……フィンティにも、それとなく伝えとくね」
「え? ……いや別に、フィンティがつけている分には、かわいいだろ?」
「ん? そうなの?」
改まって聞かれたので、素直に頷いて返す。
「そりゃそうだろ。すごい似合ってるし、見ている分には何の問題もない」
「じゃあ、服自体は気に入ってるんだ?」
「そりゃまあ……むしろ好みだしなぁ」
さらりと、胸の内を打ち明ける。
……しかし。何故かそこで、話を聞いていたリララやベルだけでなく、準備に勤しんでいたフィンティやクレイアの手まで、ぴたりと止まってしまった。
「……えっ?」
「それって、つまり……」
「……なるほど……」
「ほぉ。へぇ。ふーん……?」
そうして悪役が如きニヤけ面を晒してくるリララ。
慌てて手で口を塞ぐが、もう遅い。
「り、リララ‼ てめぇ誘導尋問だぞ⁉」
思わずまくし立てるが、どこ吹く風のリララは、もう一度いそいそと化粧道具を手に取り出す。
「さーてそれじゃ、アシュリー・メイドちゃんを劇的に演出して、『えっ、俺ってこんなに可愛かったのか……?』って言わせてやるとしますか!」
「……だーっ‼ うぶな男をからかうのはやめろーっ‼‼」
覆い被さろうとするリララに思わず抵抗してしまい、唇に当てられていた口紅が、にょいんと頬を掠めていく。
「あっ、ほら、じっとしてないから~。……ちょっ、ホントに変な感じになってるから、ちょっとだけ止まってよ‼」
「うがーっ‼ もうイヤだーっ‼‼」
そんな俺の悲痛な叫び声が、ビオトープにこだまする。
そしてその後に響く、4つの笑い声。
……そう、4つ。決して、3つではない。
リララに、フィンティに、クレイアに……それから、俺の声帯を通した、ベルの声だ。
以前までは、ここに決して混ざるはずがなかった、その笑い声。
涙すら流しながら腹を抱えるその笑みに……俺はオモチャにされながらも、それでもどこか、満ち足りた想いを感じるのだった。
――何気ない日常に、そんな優しい頑張り屋が新たに加わりながら。
俺のデルフィニクスパイロットとしての日々は、これからも続いていく……。
***
同時刻、謁見室。
薄暗い部屋の中央に、車椅子の初老女性が一人、資料を手に佇んでいた。
その対面に映し出されたホログラムもまた、何やら物憂げに考え込んでいる。
「アシュリーの幼馴染、ブライアン・ミカヅキ……ですか」
ルーシィが老眼鏡をゆっくりと外しながら、呟いた。
リトルマザーはため息を漏らす。
「そもそもラグーンフォート部隊で、フラッグシップ級のハイドロ型に搭乗出来るのは、中尉以上。たとえ素質があろうとも、アシュリーが連行されてからの一ヶ月の間に、パイロット未経験の新人がそこまでのし上がった前例は、当然ながら存在しません」
「つまり……アシュリーとのマッチアップを、画策した者がいる。そして、恐らくそれはアンチ・アクアルタ……そういうことですね?」
聞き役に徹していたルーシィがそう念を押すと、リトルマザーはそれにゆっくり首肯を返す。
「ええ。そして今回の標的は恐らく、『ノーブルのパイロット』でも、『ノウェンベル・キリシマ』でもない。明確に――『アシュリー・ウラカゼ』に、狙いを定めていたようですね」
思惑ありげな表情で述べるリトルマザーに対し、ルーシィはその事実が受け入れがたいのか、額に手を当てながら、うつむきがちに吐き捨てていく。
「……確かにアシュリーは、めざましい戦果を上げてきています。しかし、それでもまだ新人。まさかここまで早く、彼個人を狙い撃ちしてくるとは……」
「そうですか? でしたらルーシィはやはり、肝心なところで先が見通せていませんね。私は遅かれ早かれ、牽制は来ると思っていましたよ。彼の持つ素質はそれほどまで高く、また恐ろしいものですから」
「……」
思わず黙りこむルーシィ。他のパイロットの前では決して見せないような、弱々しい姿でもって、小さくため息をつく。
……そう、普段の毅然とした態度は、あくまで教官然としたものでしかない。
しかしリトルマザーは、そんなルーシィの様子を見慣れているのか、淡々と続けていった。
「敵からしたら、今の我々のエースだったベルを潰し、ホッと胸をなで下ろしていたところに、突如ベルよりも数段厄介なパイロットが湧いて出てきたようなものですからね。精神攻撃の一つや二つ、入れたくなるのも頷けます」
「……。先日の大規模作戦の報告を受けて、私は初めて、彼が敵でなくて良かったと思いました」
「そうですね、私も同意見です」
そんな同意を聞きながら、ルーシィはふと、その報告の内容を思い浮かべる。
――グランクロスは、世界で一番裕福なガイアード達の、矛である。
少数精鋭ながら、その卓越した技術力でもって世界を脅かす、厄介極まりない存在だ。
もちろん単純な性能差で考えれば差はあるが、しかし戦場における影響力のみに着目するのならば。主力機であるヒュドラ型が複数集まれば、それ即ちデルフィニクス一機がいたのと変わりがないほど、戦況に大きな影響を与える存在ともなる。
にもかかわらず、彼は。
……アシュリー・ウラカゼは、いくら固有とはいえ、片手剣一本で、それらをほぼ無力化してしまった。
それだけでなく、新型機を3機並べられても、結局は傷一つ負うことなく、そのことごとくを打ち倒してみせた……。
ルーシィの手が、かすかにわななく。
それは頼もしさからか、それとも未知数の能力に対する不安か、怯えか。
ただその震えを認識してなお、リトルマザーは顔色一つ変えることはなかった。
彼女にとっては、それは当然の事実なのだろう。
「ともあれ。アンチ・アクアルタはより一層、彼に対してアプローチを仕掛けてくることでしょう。細心の注意を払って、任務に当たらせるようにしてください」
「……。ええ。ベルの件でこそ後手を踏みましたが、もう二度と、同じ轍を踏むつもりはありません」
「期待していますよ、ルーシィ。彼のような人間を失えば、それこそ人類の損失となりますからね」
「……。ええ」
ルーシィが静かに頷いて返したのを見て、リトルマザーは唐突に、すうっとその姿を消してゆく。
どうやら謁見は終わりらしい。
ふぅーっと、深く深く、ルーシィはため息をつく。
そうしてからゆっくりと車椅子を動かし、部屋を後にしていったのだった。
ここまでお付き合い下さりまして、誠にありがとうございました。
こうしてなんとか無事に、キリの良い箇所まで更新することが出来ました。
特に評価をして下さった方や、ブックマークにて追って下さいました方。
本当に励みになりました。改めてお礼申し上げます。
なお、お読み頂ければ分かる通り、この後も構想自体は存在します。
しかし非常にボリュームがある関係で、取りかかるならば腰を据えてやらなければならないことや、現在はどちらかというと新作に取りかかりたいことなどから、暫定的に完結設定をさせて頂きます。
続きに関してはどういった形になるか分かりませんが、モチベーションなどと相談しつつ、皆様から頂いた反応も鑑みて、考えていこうと思っています。
ですので、もしお済みでない方がいらっしゃれば、是非この機会に評価やブックマークで支援をして頂けますと幸いです。
引き続き応援のほど、よろしくお願い致します。




