037 約束
「……意外だな。てっきりまた逃げるものかと思ってたが……」
ブライアンは心底驚いたとばかりに、そう呟く。
……その言葉と口ぶりには、さしもの俺も、つい呆れかえってしまう。
「はぁ? ……あのなぁ、流石に人のこと信じなさすぎじゃないか?」
声が裏返りながらのそれに対し、ブライアンもまた意固地に言い返してくる。
「……。戦場で相対した奴のことを、信じろって言う方がバカなんじゃねえのか?」
「そうは言うがな、前回、俺がお前に何か攻撃したか? ……ああ、ちなみにお前の取り巻きについてはノーカンだぞ。流石にそこまで聖人でもないしな」
「……追いかける際、スラスター吹かされたが」
「あれは……まぁ、一種の妨害だろ? あんなのカウントされちゃ困るぞ」
そう応じつつ、ふとレーダーを確認する。
……やはり、前回いた取り巻きは周囲に見当たらない。
どうやら頼んでいた通り、リララ達はあの連中については残らず伸したか、もしくは引き付け続けてくれているらしい。
説得する上で邪魔立てがないのは、本当にありがたい限りである。
「まぁ、そんな事はどうでもいい。……親友の名を騙るお前は、ぜってぇに一度はぶん殴ってやると決めてるが。俺が本当に復讐しなきゃいけねえのは、お前じゃねえ」
そうしてブライアンは、おもむろにライフルの銃口をクレイアへと向けた。
「……よお、真紅の。お前は俺の事を何も覚えちゃいないだろうが……俺はあの日以来片時も、お前の事を忘れちゃいなかったぞ」
「……」
対するクレイアは、何も答えなかった。
わずかに戸惑いの表情を浮かべながら、モニター越しにこちらへ助力を請う瞳を向けてきている。
だからこそ俺は、クレイアをかばうように一歩前へと歩み出た。
するとブライアンの声色に、一段と鋭さが混じる。
「……何だよ、かばう気か?」
「ああ。あの時のことは、一応謝罪をされたからな」
「……。…………。本当にお前は、何が何でも自分をアシュリーだと言い張るんだな」
「お前の方こそ、あれだけ本人だって証拠を散りばめてたのに、それでも信じてはくれないわけだろ?」
「そりゃそうだ。あの血の海を見せられて、それでもアイツが生きてるって言う方がおかしい」
「……あのなあ。うわごとみたいに、血の海血の海って言ってるけどな。それって本当に俺の……アシュリー・ウラカゼの、血液だったのか?」
俺は努めて冷静沈着に、そう問いかける。
……以前は相当に血が上っていただろうから、説得を諦めざるを得なかったが。それに比べると今は、大分マシのように思える。
ならまずは、主張への指摘から始めてみよう。
「……ただのフロータードに、そんな分析が出来るとでも思ってんのか?」
「伝手を辿ってでも、やるべきだったと思うぞ。そもそもボートで事故っただけで血の海って、普通は起こりえないだろ? なんせ危ないと思ったら、最悪海に飛び込みゃ良いだけの話なんだから。それともお前の知るアシュリーは、そんなにトロい奴なのか?」
「……。事故る前に、そもそもどこかで頭でも切ったかも知れないだろ? もしくは、そいつに斬られたとか」
「ガーネット……その赤いデルフィニクスに、刃物系の武装なんてないぞ。こんなことは、調べれば直ぐ分かる」
「……」
沈黙が返って来るので、ここぞとばかりに俺は畳みかけた。
「実はな。ガーネット……その赤いデルフィニクスから逃げる時に、俺は一か八かの策に出たんだよ。ロープで操縦桿を固定して、水中に潜って。それでこっそり離脱して、無人のボートを追いかけさせようとしてな」
「海に潜った……? そもそも海水なんか、フロアにほとんどなかったぞ……?」
「海水なんてあったら波で揺られたりして、せっかくの血の海が良く分かんなくなるからな。工作する際、あらかじめ抜いといたんだろう。ああそれから、操縦桿に係留ロープが掛かってたか? 固定するために、縛り付けといたんだが」
「いや、そんなものはどこにもなかった。……いや、待てよ? 何で、アイツのロープ、どこにもなかったんだ……?」
「そりゃおかしいなぁ。あれがなきゃ、そもそもボート、留めらんないもんな」
「……」
またも押し黙るブライアン。
その沈黙には、困惑の感情が含まれていることを感じていた。
「ブライアン。確かにお前は、血の海を見たかもしれない。でもそれは、誰かが作り上げた嘘だ。真っ赤な嘘なんだよ」
「……。誰かって、いったい誰なんだよ?」
「お前の怒りを利用し、安寧を担うはずのメタルマーメイドに、特攻なんてさせようとたくらんでる奴らだ」
「……!」
「お前が率いている部隊もそうだ。誤射事件を利用し、ノーブルこそが元凶であるように謳って、それで特攻させようとしてる。……調査委員会の報告書、一度でも見たことあるか? アクアルタの過失なんて、どこにも書かれてなかったらしいぞ」
「それは、お前達のロビー活動で……」
「それ、いったいいつ、誰から聞かされたんだよ? 実は俺たちに非があるっていう噂を、いったいどいつが喧伝して回ってんだ?」
低く、唸るように訴えかける。……そいつこそが、お前をそそのかした奴なのだと、そう告げるために。
ブライアンはそれに対し、何も語ろうとはしなかった。
「ちなみに俺はな。約束通り、誤射を起こした前任者に話を聞いてきたぞ。……そいつはな、人の痛みが分かる奴だった」
「……」
「事件でイップスになって、デルフィニクスに乗れなくなって。それでも必死に、自分が出来る事を探してた。俺はアイツが、意図的に誤射したなんて到底思えない。そんな奴じゃない。そんな奴じゃあないんだよ。絶対にそう言い切れる。自信がある」
「……」
「お前はどうなんだ、ブライアン。お前にそれを語った奴はどんな奴だったんだよ? 教えてくれよ、なあ!」
ついに俺は、怒りすら込めて叫んでしまっていた。
……これだけ言葉を尽くしても目を覚まさないバカに、もはやフラストレーションが溜まっていたのだ。
すると、ブライアンはなおも無言ではあったものの。それでもようやく、銃を握りしめた機体の腕を、完全に下ろしてくれていた。
静かに静かに、言い聞かせるように続けていく。
「……もう一度言うぞ。お前の親友は生きてる。姿形、それに声は違うけどな、それでもちゃんと、お前の目の前にいる。ついでにアクアルタの本部に行きゃ、ピンピンしてる体にもご対面出来るぞ」
「……。お前の話が本当だとは、到底思えない」
「ほんっと、強情だな。……なら、仕方ない。お前の名誉のために、この手段だけは使いたくなかったんだが。使わせて貰うぞ……」
俺はそんなもったいぶった前置きを挟んでから、目を見開き、叫んだ。
「お前の夢は、親友の乗るモビルフレームの整備士になることだ」
「……。……それが、どうかしたか?」
「だが。そんな夢に縛られすぎて、初めて出来た恋人に数日でフラれた!」
「……⁉ はっ、ハァ⁉ な、なに言って……」
「週一で近くのフローターシティに、草野球をしにいってるが。その主な理由は、単にモテたいからだ! ちなみに今のところ、思惑は全部空振ってる! そうだな⁉」
「ちょっ、な、なんでそれを知って……」
「初恋の子には、金槌なのにかっこつけようとして溺れ、愛想を尽かされた! その後で泣きながら買った、ちょっとエッチなエロ本があるな? それは未だにベッドの下に大事にしまってある!」
「おまっ、かっ、ばっ、うぁっっ⁉⁉」
「これでもまだ、俺をアシュリーだと信じられないか⁉ 強情な奴だな……なら、最後のおねしょは……‼」
「わ、分かった‼ 分かったから‼ 分かったからちょっとやめろっ‼‼‼」
もはや絶叫に近いわめき声が、キンキンとスピーカーから聞こえてくる。
俺はふんと一つ、鼻息をついた。
「これで、納得したか?」
「……。少なくとも、アシュリーが俺をこけにしたいというのは、よーく伝わった」
「ああ。で?」
「少なくともアイツは、自分の意思でアクアルタにいる。……つまりは、そういうことなんだろ? じゃなきゃ、そんな馬鹿話まで語ろうとはしないはずだ」
「……。ああ、そういうことだ。お前の個人情報ぐらいなら脅しても得られるだろうが、こんな真贋の分かりにくい話は、そうそう得られはしないだろうからな」
穏やかにそう告げる。
するとブライアンは、小さく小さく呟いた。
「……そうか。お前は、自分の意思で……」
「そして、その決断に胸も張れる。お前が思っている以上に、アクアルタはまともな組織だよ」
「……」
「それから、俺が生きてるってことはだ。――お前がクレイアを恨む理由も、なくなったな? なんせ、俺は殺されていないんだから。だろ?」
「……!」
「そうだよな? ……それだけは、この子の前で、はっきりさせておきたい。どうなんだ?」
固唾を呑んで俺たちの会話を聞いていたクレイアの様子を、チラリ確認しながらそう聞く。
するとしばしの沈黙の後。ブライアンからは、絞り出すような声が返ってくる。
「そう……だな。お前の言うとおりなのかも、知れない……」
「……! じゃあ……」
「でも、もしそうなら。……俺が今まで信じてきたこと、やってきたことは、何だったんだよ?」
「……」
ぼやくように呟かれたそれに対し、俺はフッと大げさに笑ってやった。
「……そんなの、モビルフレームに乗れてラッキーだったって、そう思えやいいだろ? なんせお前の目標も、元々はパイロットだったんだからさ」
「……」
「いつの間にやら俺を立てるようになってさ、整備士になりたいとか言い出し始めたけどよ。俺と同じだけの憧れは持っていたはずだろ? 違うか?」
「……そうだな。ああ、そうだ。……お前の言うとおりだ」
ようやく、ブライアンらしい声色が帰ってくる。
だが、次の瞬間にはもう、ブライアンは切羽詰まった声を発していた。
「でも、それだけじゃない。俺は、お前を……デルフィニクス・ノーブルのパイロットを殺すって、死んでいった部下にも、無念を抱えるフローターシティの連中にも、そう約束しちまったんだよ。……赤いデルフィニクスを狙う理由は、確かになくなった。でも今更何もせず、無傷でのこのこと帰るわけにも、いかねえんだよ……」
最後は嘆きのようなトーンで、語られたそれに。
俺は……小さく、頷いた。
「――ならさ、やろうぜ」
「……、……え?」
「別に俺は、最初からお前と戦うつもりで、ここにいたしな。……ああ、でも自爆だけはすんなよ? それだけ約束出来るのなら、いくらでもやってやる」
「ちょっ……良いんですか⁉」
静観していたクレイアが、思わず食い下がってくる。
だが俺はそれに、頼もしく頷いて見せた。
「ああ。実はな、元からそのつもりだった。こいつは頭が固いから、どんだけ言葉を尽くしても、結局心の底から納得はしないんだよ。殴って殴られて、それでようやく理解するんだ。バカだから」
「……でも……」
「心配すんなって。ていうか……いつもなら、負けたらアクアルタの名折れですよ~とか言ってくるだろ? そういうノンデリ発言は、今日はどうしたんだよ?」
「……」
そんなこちらからのノンデリ発言に対し、クレイアは一旦うつむき。
その後、何故か縋るような表情で、告げてくる。
「絶対……勝って下さい。負けたら私、どうして良いか分からないので」
「……⁉」
「そもそも今回、貴方たちが戦うきっかけを作ったのは、私……ですから。だから……」
「……」
そこから先が詰まってしまったクレイアに対し、俺は表情を緩め、そして安心させるように、しっかりと頷いた。
「……負けないさ、絶対にな」




