036 グランシュリエーレ
「久しぶりだなぁ、白いメタルマーメイドさん。アレから元気にしてたかい?」
一方的に送られてきた通信越しに、開口一番そんな言葉を投げかけられる。
口調こそ丁寧だが、こちらを小馬鹿にしていることが、その声色からありありと分かった。
どう反応するか少し迷ったが、ひとまず話に乗ってやることにする。
「ああ、今日も元気が有り余ってるくらいだ。で、こっちが暴れすぎたから、慌てて出てきたってわけか?」
「……。ま、有り体に言えばそういう事さ。きっとキミは、事件を払拭しようが、口調を変えようが、この機体には苦手意識があるはずだからね。キミを止めるには、これ以上ない手段ってわけさ」
「なるほど、つまり自分たちが劣勢である事は自覚してるわけだ」
「……ちっ」
売り言葉に買い言葉を返しただけだが、相手は言い返せずに舌打ちを返すだけ。なんとも程度が知れるというものである。
……しかし、なるほど。
話を察するに、どうやら目の前のパイロット達は、ベルの仇敵そのものらしい。
モニター越しに、クレイアとチラリ視線を合わせる。
「それよりも、あの事件でラグーンフォートが怒り狂ってるんだ。責任はお前達にあるわけだし、少しばかり相手してやってくれないか?」
ひとまずそんなジャブをぶつけてみるが、相手はそれを一笑に付してきた。
「なに言ってるんだい? 罪のない人々を撃ち殺したのはキミだろう? しっかりと罪を償ってきなよ。何なら僕が今ここで、犠牲者の代わりに断罪してあげようか?」
「……加害者はお前だろ? 面の皮が厚すぎやしないか?」
「話すだけ無駄ですよ、言っても小物でしょうし。ああして居直らないと、やっていけないんでしょう」
「……ふん。ならばその余裕、すぐにこのミラージュフレームで粉々にしてあげようじゃないか!」
その声を皮切りに、敵機の周辺にもやにも似た、謎の霧が漂い始める。
念のため照準を定めずフォトンライフルを放ってみるが、命中したはずのレーザーは、聞いていた通り敵機をそのまま素通りしてしまった。
その間にも、敵影はぼわぼわと増え続けていく。
「学習しないねえ、無駄なんだよ。もはやキミ達に僕らを捉えることは不可能なのさ。……やれっ!」
指示を受け、幻影のうちの一機が死角から螺旋状のレーザーを放ってくる。
それを何とか避けている内に、もはや視界は敵機だらけになってしまっていた。
いま攻撃してきた奴も、すぐにその中に紛れこんでしまう。
しかも厄介な事に、視界に映る幻影全てが『グランシュリエーレ』という判定らしく、マークが多すぎて照準が吸われ、ターゲットが絞りづらい。
……なるほど。初見でこいつらを相手したら、そりゃいいようにしてやられるはずだ。
「まったく……素で殴り合えないから、何機もいるように見せつけてるんですね」
クレイアがため息交じりに呟くが、相手はどこ吹く風。
「そんな安っぽい挑発に乗るとでも? お前らはこのまま幻影を眺めることしか出来ず、為す術なくやられていくしかないんだよ」
「……そんなまやかしに付き合うほど、私たちは暇ではないんですっ!」
その言葉と共に、クレイアが幻影の一団にフォトンスラッシュを放つ。
しかし当たりを引き当てることは出来ず、むしろ相手に背後を突かれてしまってもいた。
慌ててフォローに走るが、俺が接近するや否や、相手はまた姿を霧散させてしまう。
逃がすものかと、残像の一つに目星をつけ、リーヴツイスターの水流を放ってみる。
すると捉えきれなかった代わりに、霧の中にビットが一機浮かんでいることが確認出来た。
……なるほど、これが実体があるように見せかけ、俺たちの照準を吸っている正体らしい。
「ふーん、手が込んでるな」
「……なにがですか?」
「何でもない。それより……クレイア。闇雲に攻撃しても、みすみす隙を晒すだけだろ? あんまり考えなしに動くのは、やめてくれないか?」
「……じゃあ貴方には、何か名案でもあるんです?」
「んー、例えば……」
俺はふとデルフィーネモードにチェンジしつつ、幻影の一角にヒットアンドアウェイを試みてゆく。
……効率は悪いが、これなら隙は突かれにくいはず。
しかしそんな動きを見せられたクレイアは、何故か眉をひそめ、へそを曲げてしまう。
「……そんなジェットボートみたいな動き、私にしろと言っているんです?」
「なら、事前に話していた通りに動いてくれれば良い。あれなら隙も突けるだろ」
「っ……私、あれほど指図しないで下さいって、言ってましたよね⁉」
クレイアはそう叫ぶと、とっさにバズーカを構え、場当たり的に放ってゆく。
……まさに、俺への反発心がありありと透けて見える動きである。
流石に敵も、それには嘲笑を返してきた。
「ふふっ、仲間割れか。良いねぇ、幻影に惑わされ、疑心暗鬼に陥り……なかなかの見世物じゃあないか」
「貴方たちも貴方たちで、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃと……少しは黙ってられないんですか⁉」
そう応じつつ、なおもクレイアは敵影に向け、無作為にミサイルを放っていく。
しかし、もちろんそれらは幻影を霧散させるだけ。
「ははっ、弾速が遅い72式の誘導ミサイルを、まさかロックオンなしで撃つなんてね。流石にナンセンスすぎやしないかい?」
声しか聞こえないものの、それでも相手の口角が不自然なほどにつり上がっているのが分かる。
――だが。そのあざ笑いは、唐突な爆発音にてかき消されることとなる。
「……見つけたぞ。まずは一人!」
ニクスモードにチェンジしつつ、ミサイルが当たった本体へと肉薄。
固有でもって、その機体をバラバラに切り刻んでいく。
「な、なんでだ……? どこから飛んできた……⁉」
「……何も予兆がなかったのに、どうして本体を当てられたんだ……?」
「はっ、誘導ミサイルを、本当に誘導なしで撃っていたと思っていたのか? お前らの方がよっぽど、頭の中お花畑じゃないか」
「な、何だと……?」
「クレイアはな、ちゃんとロックオンして撃ってたぞ。――俺に向けて、だがな」
「……。……は?」
素っ頓狂な声が上がる。
するとクレイアはバズーカをしまい込みながら、静かに語っていった。
「我々はもちろん、あの誤射事件について詳細に共有が出来ています。貴方たちの『ロックオンさえされなければ、幻影にフォーカスが向いているはず。だから安全だ』などという思考も把握済み。ですから今回は、それを逆手に取ったというだけですよ」
「お前らが言うとおり、デルフィニクスのミサイルは弾速が遅い。なら素早く動けば、擬似的にそれを誘導だって出来る。つまりお前らにロックオンアラートを聞かせることなく、幻影の正誤判定に使ったり、あるいは脇腹にぶち当てたりも可能、ってことだ」
――そう。俺はグランクロス側が対ノーブル用の切り札として、この新型機を必ず投入してくると読んでいた。
だからこそ事前にクレイアへ話を通し、仲違いしたように見せかけつつ、俺を狙ってミサイルを放ってくれと、そうお願いしておいたのだ。
そもそも誤射事件を引き起こしたこいつらに対し、照準を合わせて何かを放つのはリスキーだと考えていたからこその、この布石だったのだが……。
いやはや、ここまで完璧にハマるとは思っていなかった。
「だ、だからわざと変形して、幻影に体当たりしたり、掠めるように動いてたのか⁉」
「そんな、無茶苦茶な……味方をロックオンするなんて、そんな馬鹿げたこと……」
「……出来るんだよ。心根の優しい他の子たちならいざ知らず、この頼もしい先輩はな」
胸を張ってそう言い切る。
すると何故か、モニター越しにジト目を向けられた。
「あの……いま私、はっきりとディスられましたか?」
「……どこがそう聞こえたんだ?」
「……。まぁいいです、後でたっぷりと問い詰めますから。それよりも、まずは……」
すうっと、クレイアが動く。未だ幻影がひしめく、敵影の一角に向けて。
そして。
「――『親友』の恨みを、今ここで、きっちりと晴らすことにします」
およそクレイアの口から聞いたことのない単語が聞こえた後。
無造作に構えたサブマシンガンが、とある敵影に向けて放たれる。
すぐさま鳴り響く、甲高い金属音。
「なっ、……何故……?」
「幻影は予想外の出来事に、心を乱しません。しかし人であれば、わずかに手元がわななき、無駄な動きが出てしまう。つまり……そんな反応を見せた機体こそ本物だ、ということです」
そんな軽い答え合わせをしながら、フォトンライフルで無慈悲に足を奪った後。
クレイアは急にバッと体を広げ、機体のあらゆる箇所から、特殊な形状の弾を宙にばら撒いていった。
「では。手っ取り早く、終わりにしましょうか」
「なんだ……? 銃弾が……止まってる……?」
「……ああ、なるほど。ガーネットの固有を知らないのですね。なら冥土の土産に、教えておきましょう。これは、ただの銃弾ではありません。――貴方を貫く、槍の穂先です」
パキパキパキ、という乾いた音と共に、弾道が凍り付いてゆく。
そうしてあっという間に、つららのような形に変化していった。
「すなわち……この弾の一つ一つが、周囲の水分を吸収・凍結し、愚者を貫く紅蓮の氷槍へと変わるんです」
クレイアがそう告げた時にはもう、ばら撒かれた徹甲弾は、それぞれが自身を穂先とする、巨大な槍と化していた。
つまり、敵機の眼前は……もはや巨大な氷の針山で、覆い尽くされているようなもので。
「全デルフィニクス中、最大の威力を誇る、まさにとっておきの武装。……その身で存分に、味わって下さい!」
その叫び声と共に、それら全てが、目の前の機体へと襲いかかってゆく。
「――ネプチューン、アングラーっ‼‼‼」
「……。……すごいな……」
思わず、そんな声が漏れ出てしまう。それくらい鮮やかで、苛烈な攻撃だった。
そして戦場に咲いた赤き大輪は、すぐにその花弁を砕き、煌びやかに散らしてゆく。
……後に残るは、無惨な鉄塊のみ。
「慈悲をかけられたことを……幸運に思う事ですね」
そう言い残したクレイアは、ふぅと一息つき。
そうしておもむろに、こちらへと視線を向ける。
……なるほど、どうやら譲ってくれるらしい。
「く、くそ、ふざけんなっ、デタラメな性能しやがって……!」
そして最後に残された一機からは、そんな震え声が聞こえてくる。
そうして、おもむろに再度広がってゆく謎の霧。
……それは果たして、反撃のためか、それとも逃走のためか。
いや。
正直に言うなら、もうどっちでも良かった。
「……う、っえ……?」
「震えすぎだ。……次は、手ぶれ防止機能でも付けとくことだな」
そんなセリフと共に、俺はガクガク震えていた機体の背後に立ち。そしてメルクリウスソードをその後頭部へ、思い切り突き刺していた。
軽く払いのけ、そのまま首を無慈悲に落とす。
……少々やり過ぎ感もあるが、それでもベルにトラウマを植え付けた張本人達だ。これくらいしても、ばちは当たらないだろう。
「……グロテスクですね」
「コクピットは胸にあるんだから、問題はないだろ?」
「まぁ、そうですね。……ともあれ、これで流石に、戦局は決まったでしょうか」
ふと周囲を見渡すクレイア。
……確かにどこからも、爆発音は聞こえなくなっていた。
「落ち着いたら、今度はワンダードが殴りかかってくる、って話だったが」
遠巻きに眺めている正規軍へと目を向ける。
しかし何故だか、そいつらは微動だにしてこない。
「今のを見て殴りかかってくる輩がいたら、その度胸を褒め称えたいところです」
「確かに、ものすごいオーバーキルだったもんな、さっきの固有は」
「……私はどちらかと言えば、貴方の動きに恐怖心を抱いてる説を推しますけれど」
「んー……別に痛覚があるわけじゃないし、あんなのモビルフレームにおいては、ただの一太刀でしかないじゃないか」
「それはそうですが……ん」
ふと、レーダーに一つの敵影が表示される。
それはものすごい勢いで、こちらの方へと向かって来ていた。
「……いましたよ。それでも私たちに殴りかかってくる輩が、一人」
「ああ、そうだな……」
端的に応じつつ、そいつの方へと向き直る。
しかして遠洋から単騎でやってきた、その深藍の機体は――。
「――よお。今度こそ、決着つけさせて貰うぞ?」
「ああ、望むところだ。しかし……ベストタイミングだな、ブライアン。つい今し方、邪魔者を一掃して、ウォーミングアップも済んだところだぞ」




