035 強さの所以
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――ガクンと、力が抜ける。何の予兆もなく。
「……⁉ あの時と、同じだ……」
思わず、そう漏らす。
――締め切った図書室、夕日陰る窓辺にて。
俺は丸めた新聞紙を上段に構え、振り下ろし……そして前のめりによろけてしまっていた。
そう、ようやく誤射の経緯を聞く事が出来た俺は、その流れでベルに固有の問題も打ち明けていた。
そして今は彼女の要求通りに、件のシーンを実演してみせていたところである。
1回目は、特になんともなかった。多分動きを軽く真似ただけだからだろう。
だが2度目はベルからの要望に従い、あの日の出来事を口頭で説明しながら、忠実に再現してみせた。
……トルピードアローを当て、仕留めたと思って慢心して。
それで指摘を受けて、慌てて狙撃して、急浮上して。
そうして剣を引き抜き、隙を見せながら上段に構え、その後、思いっきり振り下ろしていく。
すると……あろうことか、あの時と同じ現象が、ここでも再現されたのである。
「……どういう、ことなんだ……?」
すぐそこの新聞コーナーから拝借したそれに、目を落とす。
……コクピットにいるわけでもないし、ましてや握っているのはただの丸めた新聞紙。
なのにまさかこれが起こるとは思わず、俺は目を白黒させる。
一方、ベルは口元に拳を当て、ひとしきり思案にふけっていた。
そうして、おもむろに口を開く。
「誤射の一件もありましたし、何らかの工作の可能性も考えましたが……コクピット外でもそれが起こったなら、ひとまずその線は薄くなりましたね」
「その口ぶり……ひょっとして、君はもう原因が分かっているのか? やっぱり、君の残留思念が、俺を押しとどめた、とか……?」
「へ……? ざ、残留思念……ですか?」
「いや、あの、うん。そんな顔したくなるのも良く分かる。ていうか、俺も最初はそんな顔してた。でもあのリトルマザーが、真面目な顔でそんなこと言うもんだからさ……」
頬を掻きながらそう繕うと、ベルはわずかに顔をうつむかせ、考え込む。
「……。ああ、なるほど……ふふっ、なるほど。マザーの悪い癖が出たみたいですね」
「マザーの、悪い癖?」
「ええ。そもそもマザーは類い希なる演算能力を駆使し、問いへの回答を導き出すのは得意なのですが、逆に問いそのものを疑うことは苦手らしいのです」
「なるほど。前提が間違っている場合は、見当違いなことを言いがちってことか」
「そういうことです。今回はあなたの問いかけを素直に受け取り、『振り下ろせたはずなのに、それが出来なかった理由』を探ってしまった。だから、私の意思があなたを押しとどめたのではないか、という推論に飛びついてしまったんだと思います」
そう述べた後。
ベルは一拍置いてから、じっと俺を見つめつつ、続けた。
「単刀直入に言いますね。私の体は、多分あなたのイメージ通りに、ものを勢いよく振り下ろせません。恐らく――元の体のような筋力がないだけだと、思います」
「……筋力が、ない?」
「そうです。だからあなたのイメージに反して、相当鈍い動きになってしまった。それをあなたは、不自然に力が抜けたと錯覚した。多分、そんなところじゃないでしょうか」
目を、ぱちくりさせてしまう。
……いや、これってそんな単純な話だったのか?
それなのに俺は、接近戦になる度にビクビクしてたっていうのか……?
「いやいや待て待て、待ってくれ。力込めて、袈裟切りしようとしただけだぞ?」
「ええ。生まれてこの方、私はそんな動きなんてしたことないですし」
「したことないって……上に構えて、思いっきり振り下ろすだけだぞ? 剣とか棒とか握ったら、真っ先にする行動じゃないのか?」
「それは、えっと……多分、男の子だから、じゃないでしょうか? 女の子は棒や傘を見ただけで、振り回そうとか思いませんし……」
苦笑いを浮かべながらの返答に、思わず言葉が詰まる。
……何だか、ガキっぽいと苦言を言われた錯覚すら受けてしまう。いや、もちろん棒振り回すのは、ガキムーブの極地だけれども。
「……。あー、えーと、そう……かも知れないが……いやでも、それじゃタイダル型とか、いつもどうやって処理してたんだ? あれだけ硬かったら、思いっきり斬りつけないとダメだろ?」
手を広げながらそう食い下がると、ベルは待ってましたとばかりに頷く。
「そう。多分、その認識のズレが、全ての原因なんです。……良いですか、アシュリーさん。もしそのままメルクリウスソードを、あなたの思い通りに振り下ろしていたら、どうなっていたと思いますか?」
「どうなっていたって……剣が肩にめり込んでしまうとか?」
「いいえ。間違いなく相手のパイロットごと、真っ二つにしていました」
「……。……え?」
時が止まる。ベルは真剣な表情で繰り返した。
「断言出来ます。間違いなく、機体ごとパイロットを殺めていました」
「あの硬い、タイダル型でもか?」
「はい。――そもそもあれの正体は、自己修復能力を極限まで高めた、特殊なアクアニウムなんです。」
「特殊な、アクアニウム……」
「普通あそこまで刃の先端が薄く鋭利であれば、すぐに刃こぼれしてしまいますよね。ですがノーブルの制御下で即座に水を吸収させることで、瞬時に記憶した形状まで復元させているんです。刃こぼれしては復元、刃こぼれしては復元……刃が装甲に当たった状態で、それが瞬く間に繰り返されていったとしたら、どうなりますか?」
「……刃を当てるだけで、ものが切断されていく?」
「そうです。それこそが、常軌を逸する切れ味を誇る理由なんです」
「……だから、袈裟切りなんてしたことがない。つまり、そんな筋力も必要ない……」
ぽつりとそう唱えると、ベルは大きく大きく頷いてきた。
「そういうことです。逆に言えば、ここまで理不尽な破壊力を有して、はじめてデルフィニクスの固有武装たり得るわけです。各機それぞれにそんな武装を積んでいるからこそ、メタルマーメイドは揃いも揃って、世界最強と呼ばれているんです」
「……」
思わず、黙りこくってしまう。
……確かにそれなら、タイダル型だろうが関係ないのは理解出来る。
装甲貫通と言うべきか、むしろ装甲無視と言うべきか。ともかく常識外れの武装である事は良く分かった。
ただ正直言うと、そんなトンデモ武装だったら、せめて一言言っておいて欲しいところではあるんだが。
戦闘マニュアル、一切そんな言及なかったぞ……?
「モビルフレームのコクピットは、一般的に胸の中にありますよね。だから胸を通過するように、アレを振るってはいけないんです。まるで常温に置いたバターにナイフを入れたかのように、中のパイロットごと両断されてしまいますから」
「……にもかかわらず、何も知らない奴が借り物の体で、そんな動きをしたら……」
「多分、違和感を覚えるでしょうね。もしくは……そうですね。マザーが言うように、私の意識がもし、残留思念としてその体に残っていたなら。多分、全力であなたを押し留めようとしたと思います。あなたに過ちなんて、犯して欲しくはないですから」
「……」
その言葉を聞いて……俺はようやく、何かが腑に落ちたような気がしていた。
――そう。
つまりはこれもまた、彼女の優しさがもたらした結果ではないだろうか。
そもそも人を殺めたくないからこそ、ベルは袈裟切りなんて動きを一回もしたことがなかった。
筋力不足、残留思念、あるいは他の何かが理由だったとしても、結局はその事実が巡り巡って、俺の動きを鈍らせ、致命的なミスから救ってくれた。
きっと、そうに違いない。
「……慢心とか、焦りとか。てっきりそういうのを咎められたとばかり、思っていたんだがなぁ……」
「咎められるって、誰にです?」
「…………いや、確かにそうだよな。ごめん、何でもない」
ぼやきを聞かれ、思わず頬を掻く。
ベルはそんな俺の事を不思議そうに見やっていたが、何かを思いついたのか、ふと俺の側まで寄ってきた。
「アシュリーさん。それ、ちょっと貸して貰えますか?」
「ん、これか?」
粗雑に丸めた新聞紙を手渡す。
するとベルは、それを鮮やかに振るって回転させた。そうしてから、半身でこちらに振り返ってくる。
「私が以前、母から手ほどきを受けた時は――メルクリウスソードは剣道のように、力を込めて振るうものではなく、フェンシングを日本刀でするように扱いなさい、と教わりました」
「なるほど。勢いを付けたり、大振りしたりするのは、無駄でしかないってことだな」
「はい。腕や肩ではなく、むしろ手首を使って、とにかく刃を当てることに集中したほうが良いんです。つまり……」
そう言いながら、ベルは軽々と新聞紙を振るっていく。
――手首を返し、腕を返しながらの鮮やかな連撃である。
時に五指すら軽やかに動かしながら、しなやかに優雅に、それでいて苛烈に、切っ先を舞わせ、剣閃を描いてゆく。
もちろんその斬撃に、力や体重が乗っているわけではない。言ってしまえば演武用の、軽い太刀筋だ。
ただそれでも、相手を圧倒できるだけの鋭さが、そこにはあった。
そして、ただの剣であれば弾かれて終わりでしかないこの動きこそが……メルクリウスソードにとっては、最適なのだろう。
「……と、こんなところでしょうか」
そうして一通り、動きを流しで見せたベルに対し、思わず拍手を送ってしまう。
ベルはきょとんとした顔を浮かべてから、ふと困ったように笑った。
「見世物ではなかったんですが……それにアシュリーさんも、これくらいはすぐ出来るようになりますよ」
「いや、まったくそんな自信はないが……」
「自信がなくても、その体はきっと、覚えているはずです。何故なら私は、日課に必ず剣の鍛錬を取り入れてきましたから」
「でも、筋力はついてないんだろう?」
「確かにデルフィニクスの制約上、筋トレはある程度しかこなしていません。が、その代わり……モビルフレームの急所を避け、武器を刈り取り、手足を落としにいく……そんな動きが条件反射で出るよう、血が滲むほど、反復練習はこなしてきましたから」
*+*+*
「……力は要らない。手首を返し、腕を返し、ただ刃を当てるだけ……!」
そう独りごちながら、俺はコクピットの中で、メルクリウスソードのイミテーションを振るってゆく。
上段を薙ぎ、返す刀で縦に斬り落とし。
そうして手首でそれを振るうだけで、目の前のフラッドハウンド達が、まるでオモチャのように切り刻まれていく。
……振るってみてようやく分かったが、はっきり言って、こいつは理不尽だ。
他の汎用武装とは比較にならないくらい、圧倒的な破壊力を有している。ともすれば自分が、全知全能にでもなったと錯覚するほどに。
だが、それでも俺に、もはや慢心など欠片もなかった。
何故なら……デルフィニクスがどうして強いのか、ちゃんと理解をしてるから。
――人々の安寧を願う者がいて。そんな人たちの想いが結集して、今この機体がここにある。
数多の整備士や職員が、あるいは士官たちが。それにどっかのポンコツAIも。
きっと様々な苦労を重ねながら、こいつを送り出したに違いない。
それに加えて、優しい努力家によるたゆまぬ鍛錬が、俺を支えてくれている。
確かにこの体は、剣に全力こそ込められない。しかし細やかな動作には、想像以上の反応を見せてくれる。
断つ、払う、貫く。
何気ないそれらがすべて、洗練された動きへと変わってくれるのだ。
俺はそれらに助けられながら、皆の想いを、形にしていくだけ。
ただそれだけ。
「あんまり油断してると、痛い目見るぜ?」
剣しか持っていなかった俺の背後をつくべく、後ろから誘導ミサイルが放たれる。
しかし俺は振り返りざま、ロックオンアラートを断ち切るかのように、ミサイルを宙で切り捨てて見せた。
「誰に、油断があるって……?」
「ははは……えっ?」
真っ二つにされ、ワンテンポ遅れて爆発したそれにより、高笑いしかけた敵は煙幕で覆われてしまう。
そうして混乱の最中にあるそいつを、すれ違いざまの一太刀にて容赦なく切り捨てていく。
続いて襲いかかってきたのは、無数の小型機だった。
グランクロスの主力機であるヒュドラ型は、ビットと呼ばれる遠隔機との多角攻撃や波状攻撃が特徴らしい。
だが今の俺にとって、そんな小型機なんてただのカモである。
周囲を取り巻くビットの数々が、バラバラにレーザーを射出してくる。
屈んで避けつつ、まずは斬り上げ一機を両断。
半身で躱し、さらに一機。
反転しながら薙ぎの一太刀、左右と反りつつまた一機。
……基本的には回避行動を取りながら、その流れや勢いを殺さないよう剣を振るい、その全てを撫で斬っていく。
「……嘘だろ? あの波状攻撃を、たった十数秒で一掃……?」
その舞いが如き動きには、流石の相手も度肝を抜かれたらしい。ビットの親元であるヒュドラグレール達から、そんな愕然とした声が聞こえてくる。
慌てて俺からビットを離したり、相方のクレイアの方へと向けようとする奴らも出てきた。
ただ俺は、別に射撃武装を縛っているわけでもない。
「背中を向けて良いのか? そんなの、ただの的でしかないぞ?」
空いていた左手に握ったフォトンライフルで、それらを遠慮なく屠っていく。
示し合わせて一斉に向かってくれば、逆手に持っての一閃。
死角をついて自爆を企む一機は、逆手に握ったメルクリウスソードで無慈悲に串刺ししておいた。
……遠中近、全てに対応できる俺に、隙なんてもはやどこにもない。
「何というか……動きがデタラメ過ぎませんか? ヒュドラ型のビットは普通、誘導射撃で落とすものですよ?」
呆れた声と共に、クレイアがため息を漏らしてくる。どうやらビットを全て失った機体から、無慈悲に狩っていってくれているらしい。
「避けながら撃つより、避けながら斬る方がよっぽどやりやすいじゃないか。それに……クレイアのおかげでベルが見つかって、ようやく解禁された近接戦闘だしな。少しぐらい派手に動いたって、バチは当たらないだろ?」
「別に、貴方の為に見つけたわけじゃないです。勘違いしないでくだ……さいっ!」
そんな叫びと共に、クレイアもまた、逆手に握ったフォトンライフルをなぎ払う。
すると見事なまでの飛閃の数々が、もはや汎用機と化した機体を、ただの鉄クズへと変えていく。
「……へえ、上手いじゃないか」
「当たり前です。貴方に出来て、私に出来ない事なんてありません」
そう言い張る彼女の顔は、それでも何故か、少し誇らしげだった。
……コソ練してたのはリララから聞いてるが、ここはあえて知らない振りをしておく。
そうしてこちらもこちらで、ビットを失った数機をさっくりと切り刻んだ後。
それらが全て海面に浮かんでいることを確認しながら、ふと漏らす。
「……これで、小隊3つか。そろそろ戦況も、防衛側に傾いてる頃だとは思うが……」
――遠くの方では、未だ爆音が鳴り響いている。ただその頻度は戦闘開始時と比べ、ずいぶんと穏やかになってきてもいた。
クレイアはため息の後、それに応じてくる。
「これはひょっとしたら、リララ達の方を手伝う必要があるかも知れませんね」
ふと、通信のチャンネルを切り替える。
するとワダツミを介して、向こうの今現在のやりとりを又聞きする事が出来た。
『――俺の魚雷が真っ赤に燃える! お前を射貫けと轟き叫ぶ!』
『――り、リララちゃん! 今、トルピードアローは使わないで!』
『――了解! とらんざ……トルピード‼』
『――言ってない! そんなこと言ってないってば、リララちゃんっ‼』
「……ヤだぞ俺。自爆部隊を前にしながら、あんなリララを相手すんの」
「……同感です」
そうして二人して、フィンティの気苦労に思いを馳せていると。
……ふとレーダーに表示される、敵性反応。
クレイアの眼光が、瞬時に鋭いものへと変わる。
それを見やりつつ、こちらも武装を改めると同時に。俺たちの目の前に、3機ほど見慣れない機体が現れた。
――水面に溶け込むようなマリンブルー、螺旋構造のフレームがあしらわれた四肢に、不遜な顔つき。
それらがまさに、エリート機としての風格を如何なく醸し出していた。
「……ブリーフィングでは見当たらないって話でしたから、安心していたんですが」
「確かに言ってたが……まさか、ホントに来ないと思ってたのか? この状況なら、絶対来ると思ってたぞ。俺はな」
――モニターに表示された機体名は、『グランシュリエーレ』。
そう、つまりはベルに誤射を強いた、あのグランクロスの新型機である。




