031 誘導の先
「……早速だが、聞きたいことがある」
「……。はい」
おもむろにそう切り出すと、それまで穏やかな表情を見せていたノウェンベルは、急に目を伏せてしまう。
だからこそ俺は、安心させるように優しく告げた。
「心配しないでくれ、根掘り葉掘り聞くつもりはないから。こちらとしては、最低限の真実だけ知れればいい」
「最低限の、真実……?」
「ああ。それが親友の目を覚ます為に、どうしても必要なんだ」
「……? 目を、覚ます……ですか?」
わずかに首をかしげながら、そう聞き返される。
俺はその極めて女性らしい仕草と、やわらかい表情と……それから、俺って実はそんな声出せたんだ、と感じてしまうくらい可愛らしい声を聞きながら、それでも雑念を追いやりつつ、続けていく。
「……まずはこれまでの経緯を、簡単に伝えようか。そうだな……少し前に、真夏のジェット☆ドラグーン、ってふざけた名前のレース大会があったんだ。それでレース前から、俺の事を手助けしてくれた親友がいて――」
+++
「――そんなわけで、君は本当に責められるべきだったのかどうか。それさえ知ることが出来たなら、事件に関してはそれ以上のことを聞くつもりはない」
そう総括し、一息つく。
……近接戦闘が封じられている問題については、話がややこしくなるため、ひとまず後回しにした。
こちらを解決してからでも遅くはないだろう。
そうして改めて、じっとノウェンベルの瞳を見つめると。
ノウェンベルは忸怩たる思いを表情でも表しながら、口を開いていった。
「……本当に、申し訳ありません。まさか、そんな事態に見舞われていたなんて……」
「まぁ、あのリトルマザーが想定できてなかったくらいだからな、仕方ない」
肩をすくませながらフォローを入れると、ノウェンベルは少し思考した後、思いのほかあっさりと首を縦に振ってきた。
「そういう事でしたら……あの日起こったことについて、ちゃんとお話ししようと思います。ただ……あなたにも、余計な心労を掛けてしまうかも、知れなくて……」
「心労?」
「……いえ、その。なんでもありません」
何かを言い淀んだノウェンベルは、いったん目を閉じ。
そうして自分の中で何かのスイッチを入れてから、ゆっくりと口を開いていく。
「あの日……いつもと同じように、ミーティングを経て。出撃をし、現場に向かい。敵機と相対して。そして、戦闘の末――」
そこで区切ったノウェンベルは、ふとその表情を陰らせながら、続きを口にした。
「――私は、人を殺めました。自らの意思で引き金を引いた結果、罪もない人々を何人も、幾人も亡き者にしてしまったんです」
かすかに、その手が震えたのが分かる。
事件からすでに、かなりの時間は経っているはず。それでも彼女は未だ、その当時を克明に思い出せるようだった。
「………………」
「放ったミサイルの着弾先を見た瞬間、愕然としました。私はいったい、なんてことをしてしまったんだろうって。全身が震えて、呼吸すらままならなくなって……」
「…………。それは……君の意思、だったのか?」
思わず、そう問いかけていた。
彼女の話の腰を折ることが、俺に出来る唯一のことだと感じたからだ。
……俺がやるべきは、なにも心の傷を広げる事じゃない。
するとノウェンベルは、その疑問にふるふると首を振ってくる。
「いえ。……そんなこと、もちろん望むわけありません」
「じゃあ、どうして……」
――そう、これこそが何よりも知りたかったこと。
その芯を食った問いに対し、彼女は……。
「……分か|り・》ません」
そう言って、視線を逸らしてしまう。
*+*+*
――ノウェンベルの話を要約すると。
一報を受け、単独でマテラーダ沖に向かったところ。見たこともないモビルフレームがフロータード側に危害を加えていたらしい。
どうやらグランクロスが新型モビルフレームを開発したようで、その試験テストと称して、建前すらもなく攻撃を仕掛けていたのだとか。
……グランクロスとは、ガイアードが誇る最強の矛の名である。
彼らは他と違い守るべき領土を有しているため、他勢力からの攻撃を特に受けやすい。よってその防衛に特化したグランアイギスと、先んじて拠点を攻撃することに特化したグランクロスの二部隊に、その戦力を集中させている。
それらは言わばフロータードにおけるラグーンフォート部隊、あるいはワンダードにおける正規軍と同様の格、とも言えるだろう。
そんな精鋭部隊グランクロスを相手取り、ノウェンベルはいつもと同様に戦闘に介入。
新型ゆえにデータがなかったノウェンベルは、まずは情報を引き出すべくあれこれ立ち回ったらしいが……。
そんな中、牽制のつもりで放ったフォトンライフルや誘導ミサイルが、何故か相手をすり抜けただけでなく。
そのまま遠方にあるフローターシティにまで飛んで行ってしまった……のだとか。
*+*+*
「ちょっ……ちょっと待ってくれ。すり抜けた……? 何だよそれ、まぼろしか何かだったってことか?」
思わず前のめりで聞き返すと、ノウェンベルはふと目を伏せた。
「後で判明したことなのですが。その新型機は霧や蜃気楼といった、人が対象物を錯覚するような現象を応用し、分身を意図的に作り出せる特徴があるのだとか。ただ、仮にもし、そうだったとしても……」
「……誘導ミサイルまでフローターシティに着弾するなんて、あり得ない」
ノウェンベルはそれにゆっくりと首肯を返してくる。
……追尾性能のないフォトンライフルなら、まだ分かる。なんせアレは光線を直線に飛ばすだけだ。だからこそ、薙いだらそれを偃月状に飛ばせるわけだし。
けれどあのミサイルがフローターシティに着弾するのなら、それこそ人や建物に照準を合わせ、撃たなければいけないはず。
「デルフィニクスが採用している72式誘導ミサイルは、速度を犠牲にしている分、屈指の追尾性能を誇っています。たとえ敵機をすり抜けたとしても、すぐに折り返す挙動を見せるはず。今回のケースの場合、推進力がなくなるまで延々と目標座標、つまり分身体のいた地点に、体当たりをし続けるはずなんです」
「でも、そうはならなかった……つまりは初めから、フローターシティをターゲットにしてなければ起こりえないことだった。でも、君は当然、そんな事はしてない」
「ええ。それに、すでにご存じだと思いますが、そもそもデルフィニクスは機体側で様々なサポートをしてくれますよね。敵機や敵戦艦へのターゲッティングなら、非常に簡単に行ってもくれます。裏を返せば、それらの機能を切らないと、他の対象物にロックオンなんて出来ません」
「……。……なるほど、だから分からない、と」
「はい。分かっているのは……私がコントローラーの引き金を引いたという事実、だけです。それだけは……ログにもしっかりと、残されていました」
「……」
苦しそうにそう絞り出すノウェンベルを前に、握り拳をつい顎に当てる。
……誤射とは聞いていたし、単なるミスだったとばかり思っていたのだが。
どうやら事は、そんなに単純なものではないらしい。
「……。ガイアード側は当初、これらの仕様を元に、私の意図的な誤射を主張していました。しかしあるときから急に、新型機には特殊なジャミング機能が備わっていて、それを使ってレーザーやミサイルの誘導を行ったと、そう自白をし始めました。最終的に、事故調査委員会はその主張を聞き入れ、責任はガイアード側にあると認定したのですが……正直言って、それも少々、不自然です」
「仮にそんな能力があったとして、わざわざそれを申告する必要がないもんな。こちら側に罪を被せときゃいいだけだし」
「はい。つまりはそんな能力があるように見せたくて、主張を変えたのではないでしょうか。フロータードからの非難に関しては、そもそも敵対勢力なのですから、我々と違って大した問題にもならないんでしょう」
「ていうか……建前もなしに、試し切りしようとしてたんだよな? なら多少罪が増えたところで、さしたる違いもないって感じなんだろうな」
「そうですね、そういう事なんだと思います」
それに俺は何度か頷いた後、ふーっと一つため息をつく。
「つまり事件の真相を聞こうにも、そもそもがまだ闇の中、ってことなのか」
「はい。何が起きたのか、マザーは今も必死に究明しようとしてくれてはいるようですが……」
「……。だから、君は事件について、周りに語ろうとしなかった。何故なら全てが明らかになって、身の潔白が証明されてからでも遅くはないから。……そういうことか?」
そんな推測を投げかけてはみるのだが、しかしノウェンベルは、それには明確に首を振ってきた。
「いえ、そうではありません。むしろ……、……」
「……どうした?」
妙なところで言葉を途切れさせたノウェンベルに、ふと訊ねる。
するとノウェンベルはこちらの顔を伺った後、深く深く息を吐いてから、静かに告げてきた。
「私は……自らの手で引き起こした惨劇に、言い訳をするつもりなんてありません。むしろ、ミスを犯したと思われても良いんです。皆に聞かせたくない事実を、隠すためなら」
「皆に聞かせたくない、事実……?」
「……」
頷いたノウェンベルは、一拍置いてゆっくりと、その胸の内を語ってゆく。
「……私は、私自身が間違いを犯していないことに、絶対の自信を持っています。だからこそ、疑いたくない人たちの事を、疑うほかないんです」
これまでの弱々しい姿とは違い、強い思いの籠もった瞳で告げられ。
俺はすぐに、彼女が言わんとしていることに気づく。
「……! つまりは、君に誤射を引き起こした裏切り者が……俺たちの身近にいる、ってことか……?」




