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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第六章『ファーストコンタクト』

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030 夕日差す窓辺にて



 かすかなスライド音と共に、扉が閉まる。

 俺はそこへ後ろ手に施設内端末をかざし、扉に『貸し切り中』という表示を出した。



 ここは施設の片隅にある、資料室を兼ね備えた、大きめの図書室である。

 もちろんパブリックスペースであるこの部屋は、本来貸し切ることなどできない。よってこれは、施設の管理者とやらが一枚噛まなければ、到底出来ない芸当である。

 

 ――そう、何とか協力を取り付けられたクレイアから、ターゲットがここにいることを知らされたのは、つい先ほどのことだった。

 ……なるほど確かに、読書家なノウェンベルが入り浸っていそうな場所である。



 目の前にずらり並んだ木製の本棚は、どれも年季が入っていた。

 照明がついていてなお、室内は何だかほの暗い。どうやら外の光を利用するつくりらしく、今は西日が、窓際に暖色系の明かりをもたらしているようだった。

 

 そして、そんな柔らかな日差しを利用し、ペラリとページをめくる人影がひとつ。

 見慣れない、しかしそれでいて懐かしさも感じるその背中に、俺はゆっくりゆっくりと近づいていく。

 

 と、そこで床の建て付けが悪かったのか、小さくキィという音が鳴ってしまう。

 

「……っ⁉」


 ガバッと振り返ったノウェンベル。

 すぐに俺の姿を確認すると、ガタンと椅子を倒し、本と士官帽をそこに放置したまま、近場の棚の列へと逃げ込んでいく。

 

「あっ、ちょっ、待て! ……待ってくれ!」

「……」


 あえてやんわりとした言葉に言い換えたにもかかわらず、ノウェンベルは俺を迂回するように、足早に出口へと向かってゆく。

 しかし、扉はすでに施錠済。持っている端末をかざそうが、扉は開かない。もちろん、何らかのパスコードを入力しても。

 

「……っ、なんで……」

「自称、超高性能AI曰く……意図的なうっかりで、誰かに変な権限を付与したり、あるいは剥奪したりしてしまうことがあるらしいぞ。ま、言っても自称だからな。人の気持ちが分からないポンコツAIなんだ、きっとそういう事もあるんだろう」

「……だから、私の部屋にも……?」


 そんな事を呟きながら、ノウェンベルは慌てて違う本棚の列に身を隠す。

 俺は警戒心を和らげようと、努めて優しく声を掛けていった。

 

「部屋に入ったことは……正直、すまなかった。ほら、今は体を間借りしてる身だろ? だからもしかしたら入れるんじゃないかと思って、それで試してみたくなったんだ。なんというか……申し訳ない」

「……」

「でも、そうまでしてでも、君のことが知りたかった。知らないといけない事情があったんだ。……なぁ、少しで良いから、俺と話をしてくれないか」

「……」


 返事は帰ってこない。

 ……俺はその沈黙に、どこか迷っているニュアンスを勝手に感じ取っていた。

 だからこそ少しの間、俺はその場で立ち止まり、姿を隠し続ける彼女からの言葉を待ち続ける。

 

 しかし、いつまで経っても返事が来ない。

 しびれを切らし、結局抜き足差し足で、彼女がいる列を覗き込むと。

 

「えっ、あれ……?」


 そこには誰もいなかった。

 思わず彼女がいたであろう場所まで駆け寄る。

 

 するとふと棚と棚の間に、ほんのわずかな隙間がある箇所を見つけた。

 急いでいたからか、ぴったりと閉じきれなかったのだろうそこを、なんとか指を使ってこじ開けていく。

 

 すると目の前に、小さな隠し通路が現れていった。

 その先にあるのは、金庫のような重厚な扉。

 

「ノウェンベル! おい、開けてくれ!」


 その扉をガンガンガンと叩く。

 ……中からわずかながら物音がする。どうやら扉のすぐ向こう側にいるらしい。

 だが、この状態で質問を投げかけても、まともに返ってくる気はしない。やはり面と向かって話す必要はあるだろう。

 

 とりあえず、ハンドルを回すなり、施設内端末をかざすなりしてみる。

 しかし、有事に備えて作られたであろうシェルターの扉は、まったく開く気配がなかった。

 思わず途方に暮れてしまう。

 

「聞かれたくないのなら、根掘り葉掘り何があったか聞くつもりはない! 2~3、質問に答えてくれるだけでいいんだ! 頼む!」

「……」

「開けてくれるまで、ここから離れる気はないからな!」

「……こっちには、備蓄用の水と食料があります」


 鉄の扉越しに、くぐもった声が聞こえてくる。

 しかし俺は毅然とした声色で返した。

 

「俺は別に、餓死しても構わないぞ」

「……。餓死は、しないで下さい。少しだけなら、それらを譲りますから」

「それは、なんか……立てこもりたいのかそうじゃないのか、良く分かんなくないか?」

「……」


 怪訝そうに問いかけるが、しかしそれ以上言葉が返ってくることはなかった。

 しびれを切らした俺は、強硬手段に打って出ることにする。

 

「……。そんなに強情なら、こちらにも考えがある。この胸を……今ここで、わしづかみで揉んでやろうか」

「……!」


 それは、何というか。

 ――世界でいちばん、滑稽な脅迫だった。


 しかし多少なりとも効いてはいるようで、扉の内側ではささやかな物音が聞こえてきてもいた。

 動揺していると見て、俺はさらに続けてゆく。

 

「さらには、そこの本棚の角にでも、小指を思いっきりぶつけてやる。いや、おまけで薬指までぶつけてやるよ。仮に直ったとしても定期的にぶつけ続けるから、もしもこの体に戻った時には、それはそれは痛い思いをするだろうな……それでも良いのか?」

「それは、その……貴方も、ものすごく痛いんじゃないですか……?」

「そりゃもちろん。だが君と話すために必要なことなら、躊躇無くやるつもりだ」

「……っ」


 何故だか効いてるらしい。もしや盛大にぶつけたことでもあったのだろうか。

 

「強情だな……ならクレイアを拝み倒して、ホットケーキを毎日作って貰おうか。後々のことなんて全く考えずに、頬がとろけるぐらい美味いそれを、毎日飽きるまで頬張ってやるからな。いいのか?」

「……う」

「もちろん一切ダイエットなんてしないし、スキンケアもしない。肌ガッサガサの状態で、リララからゲーム借りて、一日中自堕落な生活も送ることにする」

「うっ……うう……」

「さらにフィンティのお茶会では、クッキーをバリボリと……」


 キィ、と音がした。

 見れば天岩戸のお話の如く、扉をほんの少し開け、見慣れた顔がわずかながらこちらを覗き込んでいる様が見て取れる。

 

「あ、あの。えっと……」

「……どうした?」

「降参、します。だから、その……リララみたいな生活だけは、やめてください」

「……。どうしても嫌なことは、そこなんだな」

「はい……」


 うつむきながら、ぽつりと告げるノウェンベル。

 ……おいリララ、言われてるぞ。流石に少しは生活態度を改めた方がいいんじゃないか?

 と、そんな心のぼやきを、明後日の方向へと向けていると。

 おずおずと扉から出てきたノウェンベルが、ふと問いを投げかけてくる。

 

「……マザーから、ここにいることを聞いたんですか?」

「いや。マザーは変に義理堅くて、君に関することだけは何度問いかけても答えてくれなかった。せいぜいが権限の付与程度だ。ここにいることを知れたのは、まぁ、たまたまさ。……それより、こんな隠れ場所があったなら、本だってそこで読んだら良かったんじゃないか?」

「えっと。……中、結構暗くて。それに貴方に姿を見られてからの数日、日の光を浴びる機会も少なかったので。少しでも、日差しを浴びておきたかったんです」


 薄く開いた扉の先は、確かにずっといれば心細くなるような光量だった。

 それを確認した俺は、そのまま踵を返す。

 

「なら、ひとまず窓辺にいこうか」




 近場にあった木製の椅子を二脚、窓際へと寄せる。

 そして向かい合うように置いたそれの片方に、先んじて腰掛けた。

 自ら率先して動いたのは、もちろん落ち着いて話せるような雰囲気を作るため。


 ただノウェンベルはそれを見て、何故かきょとんとした顔を浮かべていた。

 

「……どうかしたか?」

「あ、えと、いえ……今の座る仕草に、ちょっとびっくりしちゃって」

「え?」

「今、スカートを後ろで抑えながら座りましたよね」

「ああ。……そうしないと直接肌が触れて、何かイヤじゃないか?」


 白い軍服スカートの裾をつまみながら、俺はふとため息をつく。


 ――デルフィニクスパイロットが着用する軍服は、ズボンではなくスカートが採用されている。

 端から見れば確かに可憐には見えるが、しかしノウェンベルの体を間借りしている俺にとっては違和感だらけ。

 最近はようやく着心地に慣れてはきたものの、それでも太ももあたりが妙に心許ない感覚は、未だに拭えなかった。


 だから最近は、フィンティあたりがしている動きをマネして座るようにしていたのだが……そんな仕草を見たノウェンベルが、おもむろに一言投げかけてくる。

 

「その。……すごく、女性らしい動きだったので。ちょっと面食らっちゃって……」

「……⁉」


 思いも寄らない一言に、慌てて腰を浮かせ立ち上がる。

 

 確かに俺は、いま何の疑問も持たず、スカートありきの動きをしていた。仮に元の体に戻ったとしても、ついやってしまうのではないかと思うくらいには、ごくごく自然に。

 ……いつの間に、ここまで毒されていたのだろう。

 初対面の子に指摘されて、ようやく気づくだなんて……これじゃあ本当に、女の子になってしまったみたいじゃないか。

 

 と、そうした内心の焦りもあり、俺は以前までやっていたように、がに股にてどっかりと座り直したのだが……ノウェンベルは頬を掻きながら、今度はおずおずと告げてくる。

 

「あの……今度は見えちゃってますけれど」

「っ、リララに怒られる……‼」


 反射的に、ガバッと股を抑える。

 すると、そんな脳天気な一連の言動で緊張感がほぐれたのか、ノウェンベルはクスクスと笑いながら、対面の席にゆっくりと腰を落としてくれた。

 

「なんというか……思っていたよりも、愉快な人、なんですね。それにリララと仲良くやれているみたいですし、フィンティやクレイアとも、ちゃんと交流はあるみたいで……少し、安心しました」

「……。こっちとしても、思ったより君が穏やかそうで、ちょっと驚いてる。勝手にお堅いイメージを持ってたからさ」


 優しくそう告げながら、こちらも同じように、ちゃんと座り直してゆく。

 

「……」

「……」


 そうして改めて、目の前に座っている人物をまじまじと見つめた。

 

 ……何度見ても、俺の顔だ。

 髪を後ろで縛ってこそいるが、逆に言えば、差異点は本当にそこぐらい。

 にもかかわらず、まったく俺らしからぬ雰囲気を纏い、そこにちょこんと座っている。

 

 そんな諸々への違和感と、それから俺の元の姿に対しての懐かしさとが相まって、俺はしばらく口を開けずにいた。

 どうやら向こうも同じ気持ちに浸っていたようで、わずかながら沈黙の間が出来る。

 

 だが、もちろんいつまでもそうしていても、はじまらない。

 俺は静かに目を閉じてから、今更ながらの言葉を、口にする。




「――『はじめまして(・・・・・・)』。ノウェンベル」

「……はい。『はじめまして(・・・・・・)』。アシュリーさん」




 ――柔らかな夕日が、窓辺から優しく優しく、俺たちに向けて差し込んでいた。




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