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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第一章 『メタルマーメイド』

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002 赤きマーメイド



「こちらは、世界融和連合アクアルタです。現時点を以て、この一帯は特別警戒区域となりました。速やかに当区域から退避して下さい。繰り返します、速やかに当区域から退避して下さい」


 ようやくスラスターの出力が弱められると同時に、肩のスピーカーを介しそんな警告が発せられる。

 しかし辺りには紛争の気配はおろか、艦船やモビルフレームの影すら見当たらない。

 指示の理由が分からず、皆がみな困惑の表情を浮かべてゆく。


「ええと……もしや本当に、優勝者をスカウトしに来た、とかでしょうか……? そのための人払い……?」


 マイクを持っていたキャスターが、皆を代表しておずおずと質問を投げかけた。

 思わず背筋が伸びる。


 ……その可能性は、正直全く想定もしていなかった。

 だが言われてみれば、いくら世界最強の機体を有するアクアルタとはいえ、現存する4機のデルフィニクスだけで紛争解決の全てを担えるわけもない。当然、汎用モビルフレームだって所持しているはず。

 ということは、つまり……本当に俺を、スカウトしに来た……?


 しかし。

 赤いデルフィニクスからの回答は、そんな幻想を見事に打ち壊すものだった。


「……何か、とてつもない誤解をされているようですが。――私は、その優勝者とやらを拘束する為に、ここへ派遣されたのです」

「…………は?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 ……無理もないだろう。こんな何でもないフロータード一人捕まえるために、世界最強のモビルフレームがやってくるなんて。そんな馬鹿げた話、あるわけもない。


「おい、ちょっと待てよ! 何の罪があって拘束するんだ! こいつはまだ傭兵でも軍人でもないんだぞ⁉」


 観客席の方から、ブライアンが必死に声を嗄らして抗議してくれる。

 だがそれに対する回答もまた、酷く冷めたものだった。


「直接の容疑は……速度超過、とのことです」

「……、…………はぁ⁉」

「ちょっ、ちょ~っと待って下さい? ……レース大会なんですから、速度制限なんてあるわけありませんよね⁉」

「そ、そうだ! 横暴だろ!」

「大体、いきなり乱入してきて解散しろだなんだって、乱暴すぎやしねえか⁉」


 あまりの言い草に、キャスターだけでなく見ず知らずの観客達まで俺の肩を持ち、ヤジを飛ばしてくれていた。

 しかし赤いデルフィニクスがゆっくりそちらに近づいていくと、流石にその風貌やオーラに気圧され、蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまう。


「……そもそも、この東京遺構沖ではいかなるレース大会も許可されていません。単純に危険過ぎますし。つまりこの大会はどこにも許可を得ていない、言わば非公式のもの。であればジェットボートの速度制限だって、当然適応はされます」


 思わず、大会長とやらの顔をにらみつける。

 壇上で驚きのあまり転がっていたそいつは、俺の視線に耐えきれず、這々の体で舞台袖へ逃げていってしまった。


「あっ、ちょ、待て! せめて賞金を……!」


 逃がすものかと、こちらも慌てて追いかけようとする。

 しかしものすごい質量のものが頭上に迫ってくるのを、影と音と、それと風圧でも感じ。すぐにその動きを止めざるを得なかった。

 ……恐る恐る仰ぎ見れば、それは巨大で無骨な銃身だった。筒の縁には近未来的な溝。奥には深淵が広がっている。


「動かないで下さい。次に動くようなことがあれば、命の保証は出来ません」

「……なあ。俺なんかよりさっきの小悪党を捕まえた方が、よっぽど治安を維持出来るとは思わないか?」


 冷や汗を垂らしながら、それでも銃身越しに赤いデルフィニクスの頭部を目で射貫く。

 しかしそんな事をしても、中にいるやつに威圧感なんて与えられるわけもない。


「アクアルタは単なる自治警察や治安維持組織ではありません。人類間の紛争を、あらゆる手段を用いて解決する組織です。そしてその観点でものを語るなら、貴方の方がより危険人物なのです」

「……どういうことだ?」

「聞いていますよ。紛争を引き起こしている元凶達に向けて、己を売り込んでいたと」

「……っ!」

「これは立派な戦争予備罪になりえます。卓越した技術を見せていたという報告もありますから、余計に貴方をどこかの勢力に属させるわけにはいきません。それは即ち、新たな戦火を産む事にも繋がります」


 ……なるほど、そうか。

 各勢力がこの大会を機に、パイロット候補へ粉を掛けるのを嫌った。だから機先を制して、それを妨害しに来た……というのが本音らしい。世界の秩序の枢軸を担う立場として、紛争を生みだす各勢力各陣営をすべからく敵視している、アクアルタならではの判断である。

 そして俺は図らずも、優勝によって一番目立つ存在となってしまったため、見せしめのためにこれからしょっ引かれる、という事のようだ。


「……パイロット志望ってやつ、今この場で撤回する。小さい頃にあんたらを見て、それで抱き始めた夢だったんだが、それも今ここで捨て去る。今後は地道に生きてくって誓うさ。それなら……見逃してはくれるだろ?」


 ダメ元で命乞いしてみるが、それでも銃身は下ろされず、俺を狙い続けていた。


「諦めて下さい。貴方が仮にその約束を守ったとしても、各勢力はすでに貴方の技量を知ってしまっています。たとえ近親者を生け捕ってでも、貴方を自勢力へと引きずり込もうとするでしょう」

「……」

「積もる話があるのなら、後でいくらでも聞く用意があります。ですから……まずは、我々の指示に従って下さい」


 そうして、ようやく銃身が下ろされると同時に。アクアルタの職員だろうか、観客席から数名ほどがこちらへと近づいてくる。

 その有無を言わさぬと言う表情を見るに、どうやらそちらに訴えかけることも難しそうだった。

 ……何より、世界最強モビルフレームに睨まれ続けているのだ。流石に一人きりでは、一悶着など起こそうという気すら起きない。

 俺は観念し、長い長いため息を吐いて……。


「……アシュリー!」


 その声に、ハッと顔を上げた。見れば観客席の端っこの方で、ブライアンが必死に叫んでいる様子が見て取れる。


「ボートは整備してある! さっさと乗って逃げろ‼」

「……!」


 その声を皮切りに、俺は近寄って来ていた奴らをはね除けながら駆け出した。

 ……抵抗する気はなかったが、それでも誰かに背中を押されたら、話は別だ。


「っ、この状況でも、まだ抵抗する気ですか⁉ ……くっ……」


 つんざくような音と共に、光が海中へと数回発射される。

 ……今の威嚇射撃を見て確信した。俺は今すぐに殺されることはない。

 だからこそ俺は、大胆に姿を晒しながら観客席を降りてゆく。


 真っ赤な手が俺を捕まえようと、交互に躍りかかってくる。

 しかしそれらを止まったり屈んだりしながら躱しつつ、逆にその手の甲に飛び乗ると、出来た高低差を利用して海へと飛び込んだ。

 狙いはもちろん、俺のボートが泊めてある近く。


 思惑通りに飛び込みが出来た俺は、ブライアンの手も借り、即座に岸へと上がる。

 ただ俺は濡れた服のまま、引っ張り上げてくれたブライアンの肩を思わず掴んでいた。


「お前はっ、どうするんだよ⁉」


 ……ここまで大胆に動けば、こいつもただでは済まないはずだ。

 しかしブライアンは不敵に笑みを浮かべると、俺をボート目がけて突き飛ばす。


「俺はパイロット志望じゃないだろ。どうせ眼中にないだろうし、万が一拘束されたところで、どうにかなる立場じゃない。なんせただの観客なんだからよ」

「……」

「良いから行け! 妹たちに悲しい顔なんてさせたくねえだろ‼」


 その声に背中を押され、衝動的に操縦桿を握る。

 ……そうだ。今ここで捕まるわけにはいかない。俺がいなくなったら、そもそも誰が妹たちを喰わせてやるってんだ。


「やはり、一般人を退避させておいて正解でしたね。そこまでしてエキシビションレースを望むのであれば……是非とも、相手になりましょう」


 そんな声と共に、後ろの方で独特な換装音が聞こえる。

 ……だが、地の利なら断然こちらにあるはずだ。

 俺はコンソールを普段の三割増しの力で叩きながら、ロケットスタートを切った。



+++



 避ける。避ける。

 寄せる波、壁で跳ね返るうねりを読み、的確にコーナリングを決めてゆく。


 ……しかし、俺は焦っていた。なぜなら、相手が異様に速すぎるからだ。


 コンクリートジャングルに苦戦を強いられているのは明らかなのだが、それでなお最高速度が桁外れに速く、差を付けても差を付けても追いすがってくるのである。

 そもそもブライアンに極限まで改造して貰ったこのジェットボートは、恐らく一般的なモビルフレームよりも格段に速度が出ているはず。

 その分、操作難度もべらぼうに上がってはいるのだが……魚のような形に変形した相手はそんな苦労などつゆ知らず、楽々俺に肉薄してきていた。


 これでは廃墟群を抜け、洋上に出てしまった瞬間に全てが終わる。

 つまりはその前に、どうにかして撒ききる必要があった。


「ま、今回はコース外なんて概念はないもんな……!」


 俺は口の端を釣り上げると、次に目の前に現れたビルに対し、右にも左にも避けることなく、そのまま窓ガラス目がけ突っ込んでいく。


 けたたましいガラスが割れる音と共に、俺はビルの中に侵入。

 幸いなことにフロアの中まで水浸しになっているため、ジェットボートであれば問題なく進み続けることが出来る。

 俺はデスクやパーテーションがぷかぷか浮かぶオフィスの中を突っ切り、ビルの反対側へ颯爽と出ていった。


 そうして図体のでかい相手がビルの中まで追ってきていないことをチラリ確認してから、稼いだ時間を使って弧を描くように動きつつ、辺りを慎重に見渡していく。

 そして座礁し放置されていたボートを視界に捉えると、逃げている合間に考えた捨て身の作戦を、今ここで実行に移すことにした。


 まず直進出来そうな方向に船首を向けると、操縦桿を手近にあった係留ロープで固定。

 そうしてからフルスロットルで距離を稼ぐと、追ってくる相手がちょうど角で隠れたタイミングを見計らい、息を目一杯吸い込んで、重心を前へと傾けた。

 すると、自ずとボートは海中をぐいぐい進んで行く。

 そして俺は頃合いを見計らって操縦桿から手を離し、ボートからも離脱。すぐ脇の水没したビルの中へと身を隠してゆく。


 ……ボートはやがて、浮力によって水面へと姿を見せるだろう。そのまま走り続けもするはずだ。

 相手が間抜けにそれを追ってくれるなら最高だし、早めに俺がいないことに気づいても、あのでかい図体で俺を探すのは骨が折れるはず。

 どこかでやり過ごすことが出来れば、いくらでも逃げ切るチャンスは出てくるはずだ。

 それこそ先ほど見つけたボートを修理して、家まで安全に帰る選択肢だって悪くない。


 そんな事を考えながら、ひとまず俺はビルの中を泳いで進んでゆく。


 しかし完全に海に浸かった階層にいては、満足に呼吸もままならない。

 上に続く階段が塞がっていることを確認した俺は、酸素を欲する気持ちを必死に抑えながら、ひとまず水面に出るべく、ビルの中を通り抜けてゆく。


 そして……。

 

「……あまり、デルフィニクスを舐めない方が良いですよ」


 独特な機械の換装音。構えられる銃身。

 ビルから出た先の海中にて、人型に戻ったデルフィニクスが、何故か仁王立ちで俺の事を待ち構えていた。

 


 ――波の下、揺らめく陽光。

 生身の俺と深紅のデルフィニクスが、青い青い海の中で対峙する。

 


「どうやら驚いているようですが、デルフィニクスの異名はメタルマーメイド。洋上だけでなく、海中もまた主戦場です。そのことに気づけなかった時点で、貴方の負けは決まっていましたね」


 まさに万事休すの状態。心の中に絶望感が満ちてゆく。



 ……だが。それでも。

 それでも廃墟を飲み込んだ海の中で見たそれは……表彰台から仰ぎ見た時より、何倍も美しく、また神々しくも見えて。

 何故だか自らの状況も忘れ、俺はただただそれに目を奪われ続けてしまってもいた。



「……まずは、息を吸いに上がってきて下さい。話はそれからです」


 こちらの息が続かないことを悟ったのか。

 やがて赤いデルフィニクスは珍しく柔和にそう告げると、一足早く上へと上がって行ってしまった。


 ……何故か水中でも呆れるほどクリアに聞こえたその声は、肩にあったスピーカーのような装置から発せられていたのだろうか。

 と、そんなことをぼんやりと考えながら、その背中を海中から見送った直後。

 気が抜けた俺は、ふとその場で息が吸いたくなって、固く閉じていた口を何気なく開いてしまう。

 そして次の瞬間には空気ではなく水が入ってきたことに驚き、半ばパニックに陥っていた。


 かくして、口から吐かれた空気が顔面を滑ってゆく様を感じつつ。

 俺の意識は、ゆっくりと深く沈んでいったのだった――。




ここまでお読み頂いてありがとうございます。

お気に召しましたら、評価やブックマーク、是非よろしくお願い致します。

更新の励みにさせて頂きます。


なお次回以降、一日2更新を予定しています。

お暇なときにでも、お付き合い下されば幸いです。

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