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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第一章 『メタルマーメイド』

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001 水没都市にて



 ――何故男である俺が、容姿端麗な金髪美少女の姿になっているのか。

 それを語るには、時間を少し遡るのが一番早いだろう。



 おおよそ一ヶ月ほど前、太平洋上に浮かぶフローターシティの岸壁にて。

 仕事を終え、ボートからひらりと降りた俺は、親友であるブライアンからとある紙を受け取っていた。

 

「……真夏のジェット☆ドラグーン? 何だよこの痛々しいネーミングは」


 潮風で乱れた()()()()()()()をふとかき上げながら、受け取ったチラシを突っ返す。

 しかしブライアンは何故かそれを受け取らず、ただ淡い笑みを浮かべるばかりだった。


「レース大会のネーミングなんて正直どうでもいいだろ? それよりも下の数字、よく見てみろよ」

「賞金の事か? ……えっ? いやいや、これ、桁ミスってるんじゃ……」


 冗談みたいな名前の下に書かれていた賞金総額は、これまた冗談みたいな額だった。

 優勝賞金にしたって桁が二つほどおかしい。


「目ん玉飛び出るだろ」

「飛び出るというか……ただのジェットボートのレースだろ? それでこの額は、流石に何か裏でもあるんじゃないのか? もしくは、ただのイタズラとか」


 ふと、脇に泊めている俺のジェットボートへと目を向ける。


 ――こいつは燃費性能や耐久性の高さだけでなく、改造のしやすさも相まって爆発的な人気を博し、今や海上物流の主流になりつつもある代物だった。

 だからこそ、そのカスタム度合いや、純粋なる速度を競うレース大会も度々開かれているのだが……俺たち(フロータード)が一生遊んで暮らせるほどの賞金を出す大会なんて、今まで聞いたことがなかった。


「確かに、主催も協賛も聞いたことないとこだし、書くだけ書いて払う気が無い可能性もある。だがフロータードなら天文学的な金額でも、ワンダードならまだ現実的だろうし、ガイアードならちょっと頑張れば払える額だ。地上に住んでてヒマしてる奴らの肝いり企画なら、別におかしな話じゃない」

「……まぁ、確かにな」


 軽いため息と共に、俺は延々と続く大海原へと目を移す。


 


 ――セブンスカタストロフと呼ばれる海面上昇現象が起こって、はや百数十年。

 海面が数百メートルも上がったこの謎の災厄によって住み処を追われた人々は、やがて影響のなかった人々をも巻き込み、自然と3つの勢力へ分かれていった。


 未だ水没していない限られた土地に住む富裕層『ガイアード』。定住する地こそ持たないものの、大小問わず船を住居として生活する中間層『ワンダード』。そして海上に浮かぶ吹きさらしのフローターシティに身を寄せ合って暮らす貧困層『フロータード』。


 まさに居住地によって明確な格差が生まれているのが、海が大地を飲み込みつつある今の世の仕組みだった。




 そしてかくいう俺もまた、その格差の最底辺にいる人間である。

 まだ小さい妹たちのためにも、出来うるならこんな生活からは脱却したい。

 いや、大型客船の一室とは言わずとも、せめて極小のハウスボートでいいから一艘持ってみたい。

 ……いやなによりもまず、妹たちにまともな誕生日プレゼントを買ってあげられるようにならなくては。

 いつも下手な歌を聞かせることしか出来ない自分が、本当に情けない。


「それとな。仮にこの賞金が支払われなくても、それでも出場する価値はあると思うぞ」


 と、思わず自分の世界に浸っていた俺を引き戻す、そんなブライアンの一言。


「……どういうことだ?」

「なんせ前代未聞の賞金額だ。各地から猛者どもがわんさか集まってくるだろ? だから有力部隊のスカウトだって絶対視察に来るはずだーって、そんな噂が広まってるんだよ」

「なるほど。めざましい活躍を見せたなら、仮に賞金をすっぽかされたとしても、パイロット候補として声が掛かるかも知れない。つまりは、そういうことだな?」


 ――ジェットボートはモビルフレーム技術の一部を流用して作られており、両者の操縦には通じるところも多い。

 モビルフレームが戦場の花形となって随分経つが、エースパイロットに元ジェットボート乗りが登用されるなんてケースも、さして珍しい話ではなくなっていた。


「たとえ一兵卒でも、パイロットになれれば破格の給金を貰えはするはずだろ。それでなくとも、お前や俺の夢だって叶う。……モビルフレームのパイロットと、その整備士になる、っていうな」

「……。ああ、そうだな」


 ブライアンに合わせ、俺もふと宙を仰ぎ見る。

 在りし日に、そこにあった姿を思い浮かべながら。



 ――俺たちがモビルフレームを初めて目にしたのは、かなり幼い頃だった。

 どんな経緯があったか定かではないが、このフローターシティのすぐ目の前でモビルフレーム同士の交戦があったのだ。俺やブライアンは大人達が止めるのも聞かず、岸壁によじ登り、物珍しいそれらを心ゆくまで眺めていた。

 ただそんな中、機体同士が激しく衝突し、恐らくは腕のパーツであろうものがこちらに飛んできてしまう。


 思わず目を瞑った、その瞬間……耳朶に触れるは金属音、それと機械の独特な換装音。

 恐る恐る目を開けると、そこには――白くて、美しい、鈍く光り輝くモビルフレームの背中が、俺たちを守るように雄々しく立っていた。


 ……そこからはもう、圧巻の一言だった。

 そいつは交戦していたやつらをまとめて相手取ると、その全てを撃ち壊し、切り刻んでいったのである。

 そうしてそのことごとくを無力化した白いモビルフレームは、何か語るどころか振り返りもせず颯爽と変形すると、そのまま海中へと姿を消していってしまった。


 そして。その荘厳で華麗な出で立ちと、こちらをかばった際に一瞬だけ見せたその横顔は、小さかった俺たちの脳を焼くには十分すぎた。

 以降、俺たちはその白いモビルフレームに乗ることだけを夢見て、ごっこ遊びへと興じていくこととなる。


 その後、その白いモビルフレームが『俺たちには絶対に乗ることが出来ない機体』だと判明してからも、モビルフレームそのものに対する憧憬は収まることはなく。

 いつしかその願いは、ブライアンが整備したモビルフレームを、俺がパイロットとして乗りこなしたい……と、そんな風に変化をしていったのである。


 もっとも――両親と死別してからは、そんな事なんて言ってられなくなってしまったのだが。



「お前の親父さんが死んでから、もうずいぶんとお前の口からパイロットって単語を聞かなくなったが。それでもまだ、諦めたりはしてないんだろ?」

「……どうして分かるんだ?」

「エンジンやスラスターらへんの酷使度合いが尋常じゃないからなあ。俺も長年ジェットボートに乗ってきてるから良く分かるが、単なる荷物輸送だけじゃあんな痛み方は絶対しない。何度も何度も、すり減るまで乗りこなし続けて、それでようやくああなるはずだ。つまりは黙々と技術に磨きを掛けてきてる。……違うか?」


 ブライアンが挑発的な笑みを浮かべてくる。……悔しいが、図星である。

 もう一度、俺は手元のチラシに目を落とす。ネーミングは死ぬほどダサかったが、それでもこの話は決して悪いものではないような気がしてきてもいた。

 いや、何度見直してみても、やはりネーミングは死ぬほどダサかったが。


「ひとまず、このレースを見据えてゴリゴリにチューンナップしてみないか? 今なら特別に出世払いでやってやるよ。その代わり……」

「……。もしもパイロットになれたら、お前を整備士に推薦する、だろ?」


 考えを先読みして答えれば、ブライアンは満足そうににっこりと笑ってから、いそいそと俺のボートに乗り込み始めたのだった。



***



 ――在りし日の首都、東京。

 背の高いビルの上層階以外、全てが海に沈んだオフィス街。

 本来ここは人影もなく、波が剥き出しの鉄筋やコンクリ壁に打ち付ける音が響くだけの、寂愁感漂う場所だった。

 

 しかし、今日に限っては……そこら中で、喧噪と歓声が響き渡っていた。

 

「早い早い! 327番アシュリー・ウラカゼ選手、この決勝でも猛烈なスタートダッシュを決めました! 後続をぐんぐん突き放していきます!」


 真夏のジェット☆ドラグーン、もといジェットボートレース当日。

 俺は会場を大いに湧かせていた。

 

「脱落者続出の難コースもなんのその、廃墟群を縦横無尽に駆け抜けて行きます‼」


 ……そう、ここら一帯は本来、ジェットボートは避けるべきエリアである。廃ビルに衝突したり、座礁したりするリスクが高すぎるためだ。そこをあえてコースにしようというのだから、その難易度は推して然るべきである。

 しかし竹馬の友に骨の髄までボートをカスタムされ、練習まで何度も付き合って貰った今の俺にとっては、このコースはもはや心地よいくらいの難度だった。

 

 周回遅れを軽々パスしながら、手元に並ぶ数多のコンソールを操作。

 船体を傾け、ドリフトでインコースを突き、目の前のヘアピンカーブを攻略してゆく。

 

「先頭ではアシュリー・ウラカゼ選手が、すでに周回遅れの選手を何人も抜いています! っと、さらに一人抜こうとして、少し膨らんでしまいました!」


 抜かされるのを嫌ったダーティーな輩に弾き飛ばされかかったものの、それでも操縦桿を握りしめながら、機器も手早く操作。眼前に迫るビルの壁を勢いよく躱してゆく。


 すると何を思ったか、弾き飛ばしたそいつは背後についた俺を一瞥すると、何かの部品を後ろへ投げ込んできた。すんでのところで避けられはしたが、そいつは懲りずに二度三度とものを投げ込んでくる。

 それも何とか避けていると、埒があかないと感じたのか、そいつは少し前にいた観客の方へ合図を送った。するとあろうことかコース際に駆け寄ってきた輩が、近くにあった大きなカゴをざばぁっとコースへひっくり返してくる。

 

「あーっと、ハプニングでしょうか⁉ 表彰式の準備をしていたスタッフが、紙吹雪をコース上に撒いてしまったようです‼」


 向かい風に乗って漂ってきたそれらで、視界が完全に奪われてしまう。次に何か投げられれば、流石に避けられないだろう。

 ……ならば。

 顔に張り付く紙を払い除けつつ何とかコンソールを操作すると、俺は思いっきり前に重心を移した。

 

「って、ええっ⁉ アシュリー・ウラカゼ選手、一瞬だけ海中に潜り込み、紙吹雪地帯を華麗に回避してしまいました! そのままトビウオのように跳ねて、さらに一人を抜かしていきます‼」


 軽く潜った後、浮力を利用しての大ジャンプ。

 そうして頭上を取られた妨害野郎があっけにとられる様を見やりつつ、俺はしたり顔を残して前方に着地すると、そのまま加速してゆく。

 ……賞金に目がくらんだかは知らないが、やる相手を間違えたな。


 ゴールまではあと少し。

 もはや俺を止められるものは、誰一人としていないだろう。



+++



「そして……アクシデントに見舞われながらも優勝をものにしたのは、アシュリー・ウラカゼ選手です! おめでとうございます~‼」


 今回は適切に使われた紙吹雪に祝福されながら、俺は表彰台の一番上に登ってゆく。

 ちらり横を見れば、裏では着々とトロフィーなどの用意が進んでいるようだった。

 大きなボードに書かれた法外な金額の桁に、人知れず笑みを浮かべてしまう。

 

「聞くところによると、ウラカゼ選手は普段、ジェットボートでの運送業をされているそうで……いつもこんな荒っぽい操縦されてるんですか?」


 間を持たせるためだろう、褒めてるのかけなしてるのか分からない質問を投げかけられる。

 半笑いを返しつつ、俺は渡されたマイクを握りしめた。

 

「あーいえ、仕事はもっと穏やかにやってます」


 息をするように嘘を吐く。観客の中にいたブライアンが、密かに苦笑するのが見て取れた。

 そんなブライアンとふと目配せし合った後、間髪入れずに続けてゆく。

 

「ですが……もちろん、こういう操縦にも慣れてはいます。元々、モビルフレームのパイロットになりたかったんで」

「あ、確かに大会登録のアンケート欄に、そんな事書かれていましたね。ひょっとしてモビルフレームの操作と似通っているから、今の職を選んだんですか?」

「ええ、そのとおりです。今は家の稼ぎを一手に担わなきゃいけなくて、夢よりも仕事に追われる日々だったんですが……それでも、憧れだけはずっと持ち続けていたんで。今回は良い機会だなと思って、出場してみたって感じですね」

「なるほど~。……ええと、ちなみにですが。叶うならどこの部隊に行きたいーとか、そんな希望はあったりするんです?」

「あー……正直、こだわりはないですね。かの有名な、フロータードのラグーンフォート部隊でも。あるいはワンダードの正規軍でも。こんなフロータード出身の奴でも拾ってくれるって言うなら、ガイアードのグランクロスや、グランアイギスでさえやってける自信もあります」


 音に聞く有名部隊の名を、これでもかと上げ連ねてゆく。

 ……あえて固有名詞を並べたのは、各陣営をあおりたかったからだ。早くしないと敵対勢力にこんな逸材が流れて行ってしまいますよーと、いわば急かそうとしたのである。

 しかし観客達はそんな真意も知らず、恐れ知らずだと言わんばかりにどよめいたり、フロータードを裏切るつもりかーなどとヤジを飛ばしたりしてきていた。

 

「なんというか、また大きく出ましたねぇ~。ならひょっとして、かのメタルマーメイドにも乗る自信があったり……?」


 そしてキャスターはというと、どうやら俺の発言をパフォーマンスだと受け取ったらしく。場を温める冗談を交えながら返されたそれに対し、俺はもちろんこれ見よがしにため息をついて見せる。

 

「いやまぁ、あれは流石に……もちろん乗れるなら、乗ってみたいですけどね。本当に乗れるなら、ですけれど」

「まー、どう見てもウラカゼ選手は、マーメイド、って感じじゃあないですもんねぇ」


 そんな切り返しに、観客達からもちらほら失笑が漏れ出てくる中。キャスターはふと視線を裏手の方に向けた。

 

「あ、では準備が整ったようですので、まずは大会長より優勝トロフィーの授与を……」


 そんな案内と共に、壮年の男性がにこやかに壇上へと姿を現したところで。



 ――それは突如、吹きすさぶような轟音と共にやってきた。

 

 

「っ……⁉」

「あっ、えっ……? こ、これは、噂をすれば、ってやつなのでしょうか……?」


 耳朶に触れるは、機械の独特な換装音。

 あえてスラスターをこちらに向け、暴風を巻き起こし。そうして威圧感を纏いながらゆっくり水面に降り立ったのは――幼きあの日に見た、そのモビルフレームだった。


 ……いや、厳密に言うならば違う。

 若干スリムで、よりとげとげしい。

 それに何より、色が白ではなく――深紅、だった。

 

「ねぇ、これ……」

「こいつが、かのメタルマーメイドの異名を持つ、モビルフレーム……!」

「な、何故ここに……? しかも、いきなり……」


 周りからそんな声も漏れ出てくる。

 俺は風圧に耐えつつ、あの日のようにそれを仰ぎ見ながら、思わずその機体の名を口にしていた。

 

 

「――デルフィニクス……‼」




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