プロローグ
「――以上で、操作及び戦闘マニュアルの再生を終わります」
無機質なアナウンスと共に、ゆっくりと視界が開けてゆく。
施設内の青白い蛍光に思わず顔をしかめつつ、俺はゆっくりと座席から体を起こしていった。
……ったく、数日前までただの一般人だったってのに、これでもかと情報を流し込みやがって……。
思わずこめかみに手を当て、かぶりを振る。
すると無人の室内に、独特なホログラムの表示音がふと響き渡った。
「お疲れ様でした。気分はいかがですか?」
可憐で聞き心地は良いが、しかしどこか血が通っていない、そんな声。
俺はそれに肺の底からため息を漏らす。
「何年か前に卒業したはずの、テスト前の一夜漬け。あれをもう一度させられた気分だ」
目の前のホログラムをキッとにらみつける。
しかし水色の髪に簡素な白のフリルワンピを来たアバターは、その幼さが残る顔立ちをぴくりとも動かさず、淡々とそれに応じていった。
「すでに似たような経験をお持ちでしたか。では、追加のレクチャーは特に必要ありませんね?」
「……。『巨大人型ロボットの動かし方』なら、多分問題ない。それにアレに関しては、基本的に手足を動かせば良いんだろ? んで魚型の時は、ジェットボートの要領で操作すればいいんだよな?」
「『デルフィーネモード』です。魚ではなく、イルカのフォルムに着想を得ていまして、洋上だけでなく海中でも高速移動を……」
「同じだ同じ。第一、メルクリウスソードだのパイロットリンクシステムだの、さっきまでアホみたいに単語並べられてるんだ。覚える必要のないものまでで覚えさせられたら、敵の眼の前で変な操作して、シルクハットからハト出すかも知れないぞ」
「安心して下さい。そんな装備も機能も存在しませんので」
「……あのなあ。自称、超高性能AIなんだろ? 冗談かそうでないかぐらい、判別出来て当然なんじゃないのか?」
これ見よがしにため息をつく。
すると珍しく、幼女からは若干反省の色が見える答えが返ってきた。
「努力します。それで……操縦については、問題ないという結論でよろしいですか?」
「ああ」
軽く頷きを返すと、幼女は眉一つ動かさず、淡泊に話を進めてゆく。
「では早速ですが、このまますぐに初任務へと赴いて貰います」
「……は? いやいや、いくら大丈夫って言っても、俺はいまマニュアルを見せられただけだぞ? シミュレータとか模擬訓練とか、もっとこう、色々とあるもんだろ? そういうのが色々とさ」
「心配は無用です。万が一に備え、今回は全員を出動させますし、母艦も後ろに控えさせます。ですので実戦とは思わず、まずは機体を体になじませるつもりで事に当たって下さい」
「いや、にしたって……」
なんとか食い下がろうと言葉を探すが、しかし幼女はお構いなしに続けていった。
「まずはこの後すぐに、ブリーフィングに参加して頂きます。これは今回の任務の詳細を伝える場ではありますが、他の3人のパイロットや、貴方の直属の上官との顔合わせも兼ねています」
「……」
思わず閉口する。
……単にこいつが強引なだけか、それとも悠長に事を構えてられないくらい切羽詰まっているのか。
しかしいずれにしても、今の俺に拒否権は存在しない。この憎たらしい幼女の言いなりになるしかないのである。
「それと、今後は自由に施設内の移動を許可します。職員の同伴は必要ありません。ですが、同時に貴方は今この瞬間から、この『世界融和連合アクアルタ』の第一水陸機動隊に所属する、少尉となります。アクアルタは年功や階級による序列が多少ゆるめの組織ではありますが、それでも相応の立ち振る舞いをお願いします」
ふと目を落とせば、いつの間にか着せられていた白い軍服の左胸あたりに、見慣れない階級章が飾られているのが見えた。
胸元が少し膨らんでいるせいか、余計にその意匠がよく見える。
「つまり、思いっきり偉ぶればいいんだな?」
せめてもの反抗を見せるべく、俺は冗談めかしつつ、それごと胸を張る。
すると返ってきたのは、先ほどと全く同じフレーズだった。
「相応の立ち振る舞いをお願いします」
「……なるほど、気軽に発言のリピートが出来るんだな。まぁ当たり前っちゃ当たり前か……」
「相応の立ち振る舞いをお願いします」
「あー分かった分かった、よそ行きの顔しとけば良いんだろ?」
ぶっきらぼうにそう応じれば、幼女はようやくほんの少しだけ口角を上げて見せた。
そうして、おもむろに部屋のドアを指し示す。
「この部屋を出て、突き当たりまで歩いた後、メイン通路を右手に進んで行って下さい。目的地の近くまで通りかかれば、きっと向こうから声を掛けられるはずです」
+++
「あっ! おはようございます、中尉!」
一般職員だろう、制服に身を包んだ初対面の男が、気安く声を掛けてくる。
ただ目線が合った瞬間、ピタリとその動きを止めた。
「……どうも」
俺が一言そう返すと、職員はばつが悪い顔を浮かべながら、会釈だけを返してきた。
続いて通りかかった女性職員からも軽く挨拶されるが、すぐにギョッとした顔を浮かべられてしまう。
そんなあからさまな対応に、こちらは頬を掻くことしか出来なかった。
……とはいえ、特に目くじらを立てるつもりもない。
気にしていないことを暗に伝えるべく、その女性職員に何気ない質問を投げかけることにした。
「えーと、これからブリーフィングがあると聞いたんだが。どこに行けば良いんだ?」
「あっ、ええと……このまま進んでいくと、観葉植物があるスペースがあるので……多分、そこだと思います」
答えるや否や、礼も聞かずにそそくさとその場を後にする職員。
その背を鼻息を一つ漏らしながら眺めた後、俺は案内通りに通路を進んでゆく。
「あ、ベルさん! ようやく復帰されたんですか!」
「……バカ、通達見てなかったのか⁉ 良いから黙ってろ!」
端から聞こえてくるそんな職員達のやりとりに一瞥だけくれつつ、歩いてゆくことしばらく。
ふと視界の先に、通路との境を背の高いプランターで仕切ってある、休憩スペースのような空間が見えてきた。
「……来ましたね」
「噂をすれば、って奴だねぇ~」
そんな声と共に、面識のない女性達が顔を向けてくる。
一人はひらひらとこちらに手を振ってもいた。
「遅くなりました……とでも言った方が良いんでしょうかね、この状況は」
軽口を叩きながらそこへ近づいてゆくと、車椅子の初老女性が厳かに首を振り、そして感情のない声で返してくる。
「お構いなく。リトルマザーより、諸々伝え聞いてはいますので。――ようこそ、アクアルタへ。貴方の入隊を、心から歓迎します」
「ええと、どうも」
ここまでの経緯が経緯だったため、あえて端的に返す。
すると横の方から、ひそひそ話が聞こえてきた。
「……雰囲気や発音の癖は全く違うけど、声自体は同じなんだね。頭こんがらがりそ~」
「リララちゃん、自己紹介もまだなんだから……」
「ああそうだった。ごめごめ」
そんなやりとりにふと顔を向けると、俺と同じ白い軍服を着こなした女の子が3人ほど、こちらに視線を向けてきていた。
三者三様の立ち振る舞いを見せてはいたが、それでもどこか距離感はある。物理的にも、精神的にも。
「ええと。この子達も、第一水陸機動隊とやらのパイロットなんですか?」
思わず初老の女性に尋ねると、女性はゆっくりと頷く。
「そのとおりです。リララ、まずはあなたが率先して、自己紹介を」
「うぇ? ……こういう時だけ先陣切らせるのさぁ、ホント不公平じゃない……?」
茶髪でボブの子が、眉間にしわを寄せ不満をあらわにする。
だがすぐに女性ににらみつけられ、仕方無いといった表情で一歩前に歩み出てきた。
「え~と……リララです。よろしくぅ!」
「えと、その……こうして面と向かって自己紹介をするの、何だか不思議な感じだけど。フィンティ・ウヅキです。よろしく、おねがいします」
リララという快活な子に乗っかる形で、銀髪おさげの子がおずおずとそう挨拶を入れてくる。
しかしそこから待てども待てども、最後の一人が口を開こうとしない。
仕方なく、その赤茶の髪の少女に向き直る。すると周りからの視線に耐えきれなかったのか、その子は渋々といった様子で口を開いてゆく。
「クレイア・ユラです。階級は少尉、担当機はガーネット。……」
「……」
「……まだ何か?」
仲間達との談笑時から表情は硬かったが、俺に向ける視線はそれよりも一層堅いものだった。……なるほど。相当、敵視されているらしい。
だからこそこちらは、あえて軽い口調で返していた。
「お前が、あの赤い機体のパイロット、ってわけだな」
「……。何の因果か知りませんが、せめて足は引っ張らないようお願いします」
「えっ? なになに、クレイアってば、すでに中の人とも面識あったの?」
クレイアにずいと顔を近寄らせるリララ。
しかし答える気はないとばかりに、クレイアは無視を決め込んでいた。
そんな様を横目で眺めつつ、最後に車椅子の女性が口を開く。
「では、最後に私ですね。ルーシィ・サザナミ。あなたの上官で、教官も兼務することになっています」
「よろしくお願いします」
胸に踊るいくつもの勲章、それに豪奢な肩の飾りを見るに、相当偉い立場なのだろう。
上司とのことで、ひとまずは礼を尽くしておく。
しかしサザナミ教官はそれににこりとも笑わず、淡々と続けていった。
「さて。本来ならばあなたの人となりをじっくりと聞き、お互いに親睦を深めたいところですが……あいにく、すぐにブリーフィングへと移らなくてはなりません。ひとまずあなたの紹介も、簡単なものだけに留めておいてもらえますか?」
そんな伺いに小さく頷いた俺は、個性的な女の子達の視線に晒されながら、おもむろに口を開いていく。
「アシュリー。アシュリー・ウラカゼ。87thフローターシティ出身のフロータードで――れっきとした、『男』だ」
金髪ロングのサラサラヘア。
いたいけな顔つきに、どこまでも透き通った瞳。
そして豊満な胸を張りながら、俺は愛らしい声でもって、高らかにそう告げたのだった。




