028 切り札
「アシュリー! フィンティ! そっちはどうだった⁉」
どことなく女の子らしい走り方で、リララがこちらへと駆け寄ってくる。
すでに集まり情報交換をしていた俺とフィンティは、それに同時に首を振っていた。
「ダメだ。ひとまず面識がありそうな整備士たちに当たってみたんだが、ここ数日は全く見かけていないみたいだ」
「お墓参りどころか、ビオトープに来た形跡すらなかったし……」
「いやいや、ちゃんと考えなってば。この状況でわたし達の目に触れやすいところにいるわけないでしょ? ベルちゃんと面識がなさそうな職員にも、聞き込みはしてみたの?」
「もちろんやってる。ただ……数週間前に来た新入り、長い襟足に深く被った士官帽、それとクリス・アリアケって偽名……色々並べてみても、そんな奴知らないし、見たこともない、って反応しか返ってこないんだ」
それどころか、未だに俺の事を中尉だのベルさんだの呼んでくる輩が、未だに大勢いる事が驚きでもあった。通達を読んですらいないのもちらほらいたくらいだし。
……まぁ、気持ちは分からんでもない。堅っ苦しい文章による通達なんて、読まなくて良いのなら、俺も読みたくはないから。
だが百歩譲っても、大事なものだけは流石に読んでおいて欲しいのだが。
「……。どこにいるんだろうね、ベルちゃん……」
「あーもー、心当たりのあるとこ何カ所か回れば、すぐ見つかると思ったのに~‼」
髪をくしゃくしゃにかき回し、リララが地団駄を踏む。
……正直に言えば、俺も同じ動きをしたいくらいだった。一度は手が届く距離にいたからこそ、よりもどかしさが募る。
――リトルマザーとの問答を経た後。
俺は二人にこれまでの経緯を話し、改めてノウェンベル探しの協力を仰いでいた。
そして本人をよく知るはずの二人から快諾が得られたからこそ、俺は大船に乗ったつもりでいたのだが……日をまたいでも、俺たちはノウェンベルを見つけられなかった。
「お腹すいたら食堂には来るだろうと思って、一晩中ずっと張ってたりもしたのにさぁ、ぜーんぜん現れないし。……まったく、どーこいるんだか……」
「いちおうベルちゃんの部屋にも行ってみたけど、居留守を使ってるどころか、帰ってすらいないみたいだったね……」
「マザーとのやりとりを聞くに、施設内に作られたシェルターに潜り込んでるんだと思うんだよな。もしそこが数ヶ月出てこなくても大丈夫だったりすると、ちょっとマズい気もしてくるが……」
「……アシュリーさんの親友さんは、きっとそんなに待ってはくれないでしょうしね。次は自爆装置を壊したぐらいじゃ、引き下がってはくれないはずですし……」
フィンティが、そんな俺の境遇を慮った発言をしてくれる。
一方リララは、本当に一晩中食堂を張っていたからだろうか、幾分疲れを感じさせる表情で、ため息を漏らす。
「大体さぁ……水くさいんだよ、ベルちゃんは。何があったか聞いてもほとんど話してくれないし、それでいて一人で重大なこと決めて、んで勝手にいなくなってさぁ。それでいざ行方を掴まれたら、今度は誰にも会わないように立ち回ったり……ベルちゃんが居なくなった後、わたし達がどれほど悔やんだか、これっぽっちも分かってないんだよね」
「……。……その、ベルちゃんはきっと、気まずいと思ってるんじゃないかな。今は一人だけ、パイロットをお休みしてるわけだし。ベルちゃんの性格だと、きっと負い目を感じていて、おかしくはないから」
「それこそ、水くさすぎでしょ? 一人だけズル~いだなんて、わたし達が言うとでも思ってるの?」
「あー、その……リララはそういうこと、言いそうではあるけどな」
「……。……まぁ、うん、言うかも。もちろん今なら言わないけど、いつも会えるくらいの距離だったら、途端に『今日はゲームしたいから代わってよ~』とか口走りそう」
「自覚があるなら直そうよ、リララちゃん。ただでさえベルちゃんは真面目すぎて、あんまり冗談が通じないんだから。前は本当に代わってたこともあったんだし、今はそれが出来ない事に、余計負い目を感じちゃうかも知れないよ?」
「う……たし、かに」
首をすぼめながらのそれに対し、苦笑いを浮かべたフィンティは、それでもふと顔を曇らせる。
「たぶん……3人が3人ともそんな感じで、ずっとベルちゃんの強さや、リーダーシップみたいなものに、なんだかんだ甘えちゃってたんだと思います。だからいざベルちゃん自身が助けを必要とした時に、誰も頼りにして貰えなかったわけで……」
「あーうん、そだね。むしろわたしなんか、しばらくすればいつも通りになるでしょって、心のどこかで思ってたりしたもん。……今まで距離が近かったからさ、ベルちゃんも一人の女の子なんだって、ちゃんと分かってなかったんだと思う」
「むしろずっと私たちのリーダーをしてくれてたから、余計弱々しい姿は見せられないとすら、思っていたかも知れないね。……だからこそ面と向かって、ちゃんとそのことを謝りたいのに……」
「……」
……端から聞いているだけではあったが、それでもリララ達はリララ達なりに、頼ってくれなかったことを残念に思っているのが良く分かる。
特に、デルフィニクスパイロットは世襲制。彼女たちは幼い頃から、顔を合わせる機会も多かったはずだ。それこそ今までずっと、家族同然の付き合いをしてきたに違いない。
だからこそ、居なくなってしまったと思っていたノウェンベルと、今でも話が出来ることを知り、いてもたってもいられない心持ちになっているのだろう。
と、そんな事を考えつつ。
こちらはリララ達と出会って間もないからこそ、その温度感の違いにほんのりと疎外感も覚えたりしている中。
俺はふと、そんなリララ達と初めて顔を合わせたときのことを、ぼんやり思い返してもいた。
……そういえばあの時から、リララはムードメーカーなムーブをしていて。
フィンティも今と変わらず、丁寧で優しい口調で。
そしてクレイアは……、……。
「そうだ……クレイアだ」
「え?」
つい聞き返してきたリララの肩を、無意識に掴む。
「クレイアだよ! クレイアはいつ帰ってくるか、知ってるか⁉」
「え、あ、え……っと。確か、オーストラリア沖に遠征してて……」
「そういえばもうそろそろ、ドックに帰還する頃だと思いますけど。……クレイアちゃんが、どうかしたんですか?」
そう聞き返されるが、俺はそれに構わず、すでに走り始めていた。
「……二人は引き続き、ノウェンベルを捜索しててくれ! また後で落ち合おう!」
「あっ、ちょ、アシュリー⁉」
そんな声を背に受けながら、俺は一直線にドックへと向かってゆく。
――そう。表彰台で拘束を拒んで逃走した俺は、結局クレイアを振り切れず、無様に溺れてしまっていた。
そしてクレイアはそんな俺に対し、人工呼吸を施していたはず。
……俺が目を瞑っていたとしても、流石にどんな顔だったかくらいは覚えているに違いない。
さらに言えば。その事実を知っているのは俺とクレイア、それとリトルマザーくらいでもある。
少なくともノウェンベルは、絶対にその事実を知らないはずだ。
つまり……ノウェンベルに警戒されず、一方的に顔の判別が出来る、まさに切り札と言ってもいい人物なのである。




