027 問答
ようやく戦闘が終了し。損傷が激しいため任務続行を断念したフィンティやワダツミ共々、仲良く基地へと帰還してきた後。
デブリーフィングを終えた俺は、その足で一人、謁見室へと赴いていた。
部屋に入るなり、虚空へと叫ぶ。
「聞きたいことがある」
その言葉を皮切りに、いつもの幼女アバターが、それでも幾分渋々といった様子で表示されていった。
「……なんでしょうか?」
「とぼけてるのか、本気で言ってるかだけ教えろ。説明の手間を省くためにもな」
「その点で言えば、もちろんとぼけてはいます。……ですが、それでも是非、一からお話して頂けないでしょうか?」
「……。とことん悪趣味だな」
思わず吐き捨てるように告げる。
しかしリトルマザーは首を振って否定をしてきた。
「なにも嫌がらせ目的ではありません。貴方がどこまで知っているかを、こちらが正確に把握するためです。なんせ、貴方が知らないことを口走るわけにはいきませんので。……代わりと言っては何ですが、貴方の問いには誠意を持って対応することをお約束致しましょう」
「そうか」
……まぁ、回答して貰えるというなら、多少の手間なんて誤差の範疇だろう。
俺は改まって向き直りつつ、口火を切っていった。
「まず始めに。ここに初めて連れてこられた時のことだ。確か俺の体は、丁重に保管すると言っていたな?」
「はい、そのとおりです」
「ノウェンベルの脳は別の素体に移して、安静にさせるとも言っていたはずだ」
「正確に言うのなら、しばらく休養を取って貰う予定、とお伝え致しました」
その二つの回答を受け、俺は食堂で見かけたその姿を思い浮かべながら、続けていく。
「――ならどうして、ノウェンベルが俺の体を使ってるんだ? 丁重に保管するって言ってたのは、嘘だったのか?」
抱いていた不満を口調だけでなく、視線でも表す。
しかしリトルマザーはそれに平然とした表情で返して来た。
「そもそもの話、ですが。……貴方が思い浮かべていたのは、どんな保管方法だったのですか?」
「え? それは、その……なんだ? 円柱状の水槽の中で、こぽこぽ……って音立てながら、生命維持されてるって感じで……」
そうして漠然としたイメージを告げると、リトルマザーはこれ見よがしにため息をついてきた。
「SF作品をたしなみすぎですね。そんな熱帯魚みたいな保管方法を採るくらいなら、機器に繋いでコールドスリープでもさせた方が、よほど現実的で安上がりですよ」
「まぁ……それはもちろん、そうなんだろうが……」
「ですがそれでも数日ならともかく、そのまま数年、数十年と維持するのは、リスクもありますし、コストも非常に掛かります。流動食で栄養を与え、筋肉が衰えないよう定期的に電気刺激を行い……どうです? これが最適な保管方法と言えるでしょうか?」
「……」
黙りこくるしかなかった。
……なるほど、言われてみれば確かに反論は出来ない。
「生体を機械的に保管するのは、あくまで最終手段です。それよりも一人の人間として、普通に食事をし、運動をし、睡眠を取って貰った方が、明らかに手っ取り早くて健康的です。そしてその観点でものを語るなら、ベルはもはや誰よりも理想的な、貴方の体の預け先だと言えるでしょう。なんせ彼女は規則正しい生活を送り、バランスの取れた食事を摂り、適切な運動を行うことが得意でしたから。まぁ……睡眠が過度になりがちな点だけは、玉に瑕でもありますが」
「睡眠が、過度?」
「ベルの悪い癖なのです。とはいえ、規則正しければ特に問題はありません」
そうしてリトルマザーはにこりと微笑んでくる。
ただ俺は、思わずこめかみに指を当てながら言葉を紡いでいた。
「えーと……なんだ、つまりお前は効率の観点から、ノウェンベルの脳を俺の頭の中に突っ込んだ、とでも言いたいのか?」
「ええ、そのとおりです」
悪びれもなく言い切るリトルマザー。そして、何か問題でも? と言わんばかりの表情を浮かべてくる。
……まぁ、確かに……俺の体を機械へと繋げつつ、ノウェンベルの素体を別で用意するのは、確かに非効率的ではある。
ここまで説明されれば、納得は出来ないが、理解はぎりぎり出来なくもない。
ただ、それでも……。
「……せめて一言ぐらい、あってもいいんじゃないか?」
絞りきるようにそう呟くが、リトルマザーは明確に首を振ってきた。
「拒否される可能性がある以上、伝えるべきではないと判断しました。現に貴方はこの事実を聞かされ、拒絶反応を見せているではありませんか」
「……。拒絶してるわけじゃない。心の準備が必要だ、って言ってんだ」
「なるほど。人の心は、かくも難しいものですね。……学習しました。次に類似するケースが発生した際は、考慮する時間を与えることにします」
「類似するケースなんて、起こって欲しくはないけどな」
長いため息を挟んで、それだけを返す。
そうしてから俺は静かに目を瞑り、もう一度顔を引き締め直した。
「次だ。……マテラーダ沖。誤射。民間人23人の命。そう問い詰められ、なじられた」
「送られてきた作戦報告やログデータにも、確かにそんな記載がありましたね」
うそぶきながらそう口にするリトルマザーに向けて、俺は片手をぐわっと広げ、叫んでいた。
「……こんな重大な事、何故事前に告げない? ノーブルで出撃している以上、俺がいわれのない罪で糾弾されることぐらい、予測出来て然るべきだったんじゃないか?」
「……」
リトルマザーはそれに沈黙すると、ふぅと一つため息をついてから、遠くを見つめて語り出していく。
「そもそもあれは、我々の信用に関わる重大事件でした。ですから、私自ら事態の収拾に取り組んだ案件でもありました。三者協議会への根回し、報道規制……被害者の救済もガイアード側へ積極的に働きかけ、その全てを完璧にこなし終えています。ですから、もはや誰も事件のことを持ち出してはこないはずなのです。貴方がベルと誤認され、責められる可能性も、限りなく低いと考えていました」
「だが、実際に俺は誤認され、道連れにされかけた。それだけじゃない。そもそもその事件をきっかけに、ラグーンフォートでは新たな部隊まで結成されてもいる」
「ええ。この私ですら、完全には予期できなかった状況です」
「……。本当か?」
思わず疑りの顔を浮かべる。
しかしリトルマザーは感情のない表情のまま、それでも真摯に言葉を述べていく。
「ええ、本当です。……そもそも、考えてみてください。誤射を起こさせたのはグランクロス、つまりガイアード側であることは、第三者の調査結果を読めば誰でも分かること。つまり被害者の弔いや復讐を謳うなら、我々ではなくガイアード側をターゲットにすべきではありませんか?」
「それはまぁ、そうかもしれないが」
「にもかかわらず、誤射を強いられただけ、引き金を引かされただけの我々を、何故彼らは人殺しと揶揄し、報復と称して攻撃してくるのでしょう?」
「……。……なるほど、アンチ・アクアルタ、ってことか」
「ええ、恐らくはそのとおりです。まず誤射の一件をダシにしようと考えた者がいて。ラグーンフォート部隊内部に潜伏させた者たちに指示を出し、そうなるよう煽動した。……恐らくは、こういうカラクリだったのではないでしょうか?」
そう述べたリトルマザーは、そこでほんのわずかに、申し訳ないような表情を作る。
「こういう形で手を回してくることを、正確に予測することは不可能でした。なにせアンチ・アクアルタは、未だその組織名すら掴めずじまいという状況ですから。……その点については、是非ご理解を頂ければと思います」
「……。まぁ、そうだな。憎むべきはお前じゃなくて、あいつらを煽動したり、裏で糸を引いていた奴らなんだろうし……」
「理解が早くて助かります。……こういう手段を用いてきた以上、今後も同じやり方で、我々を揺さぶっても来ることでしょう。ですが、そもそも振りかざす主張に、道理は全く通っておりません。相手にせず、冷静に対処して下さると助かります」
「……分かった」
ひとまず頷いた後、俺はそこでふと、何気ない質問を投げかけていた。
「……なあ。実際には、どんな事件だったんだ? 単なるミスだったのか? それともそれが最善の結果だったとか?」
「……」
その問いに一瞬だけこちらに視線を向けたリトルマザーは、しかし顔を伏せ、ゆっくりと首を振る。
「……ベルとの約束がありますので、こちらから答えることは出来ません」
「……」
「……納得がいっていない様子ですね」
「当たり前だろう」
仏頂面を浮かべる。
するとそれにくすりと笑ったリトルマザーは、意外な提案を投げかけてきた。
「では……本人から直接、聞いてみては如何でしょう?」
「……⁉ ノウェンベルとの、話し合いの場を設けてくれるのか?」
「いいえ、そうではありません。私はこの施設を管理してもいますし、施設内端末の情報から、彼女が今どこにいるかも正確に把握は出来ています。しかし、もちろんその居場所をお教えすることも出来ません」
「……ずいぶんとケチなAIだな」
「ただ……貴方が自主的にベルを探すことまで止めろ、とは一言も言われてはいません」
「……。ん?」
その回答に、思わずぱしぱしと瞬きを繰り返す。
それは。それはつまり……。
「……つまり。一度は拒絶された、ノウェンベルの部屋の認証。あれを解除したのは、やっぱりお前だった、ってことか?」
その問いに、リトルマザーは含み笑いを見せてきた。
「やはり……貴方は優秀ですね。限られた情報から、答えを導き出すのが異様に上手です。もしやここに来る前は、名探偵でもされていたのですか?」
「しがない運送業をしてたことくらい、すでに把握済みだろ?」
「これは手厳しい。ですが……今後とも、その能力を生かせる機会はあるはずです。是非、副業にはしておくことをオススメしますよ」
「最初から全部話してくれたら、答えを導き出す必要もないだろ? 横着してないで、最初から全部教えろって」
そんな抗議の声を華麗にスルーしつつ、リトルマザーは一つ咳払いをする。
「こほん。……そもそも、私がベルと交わした約束は3つありました。脳移植後の自分に、ある程度の身分を与えること。自室の継続利用や、万一の際のシェルター利用など、正体を隠したままでも不自由ない生活を送れるようにすること。そして誤射事件について、一切他人へ語らないこと」
「……なるほど」
「逆にこちらからは、貸与した体を適切に維持し続けることをお願い致しました。この時点では、まだ貴方の存在は出てきてはいませんでしたが、ひとまず両者の思惑は一致したため、ベルの体を無期限で貸して頂けることにはなったのです。ですから……元々こちらが善意で取り消していた部屋の権限を、再度与えてはいけない、などという約束は、特に取り交わしてはおりません」
「……。……デルフィニクスの研究に加わることは?」
「こちらからは、特にお願いしてはいませんよ。研究チームに加わる際の口利きこそ頼まれましたが、研究への参加そのものは、あくまでベルが自主的に行っているに過ぎません」
「……そうなのか」
……俺に近いルイユやイヴァンと膝をつき合わせる研究会は、どうあれ本当の自分が露見する確立が高まるはずである。
そのリスクを許容してまで、何故ノウェンベルは研究に加わらなければならなかったのだろうか……。
と、そんな事をぼんやりと考えている中、リトルマザーがおもむろに口を開いてゆく。
「ともかく、ここまで白日の下にさらされてしまったのなら、貴方が彼女の全てを知るのも、もはや時間の問題でしょう。であるならば、それはなるべく早い方が、こちらとしても都合が良い。その方が、余計なリソースを割かなくて済みますからね」
「……俺に取っちゃ大問題なんだが、お前に取っちゃ余計なリソース扱いか」
「お気を悪くしたなら申し訳ありません。ただそれでも、約束を逸脱しない程度であれば、協力は惜しみませんよ。例えば、うっかり何かの認証を解除してしまうとか。逆に、何かの権限を付与してしまう、とか」
「……超高性能AIにも、うっかりミスはあるのか?」
「いいえ。超高性能AIですから、そんなものはありません」
「……ならそれは、言い訳として破綻してないか……?」
呆れかえりながら、それだけを返す。
……とはいえ、こいつが後でノウェンベルに詰められようが、俺には特に関係のないことだ。気持ちはありがたく受け取っておこう。
そうして最後に、俺は改まりながら問いかける。
「それじゃ……最後に一つ、聞いて良いか?」
「なんでしょう?」
即座に続きを促された俺は。
一拍置いてから、神妙に続きを述べていった。
「――優秀な整備士なら、いつでも歓迎してるよな?」




