026 ジンクス
紺碧の水面に、引き波二つ。
逃げるは白銀、追う深藍。
ふたりぼっちのプライドレースは、しかし5分経っても10分経っても、決着しなかった。
それもそのはず、俺はブライアンをしっかり引き付けるべく、あえて速度を調整し、つかず離れずの状態を維持していたのだから。
「くそっ、スペック上ではこっちが勝ってるって話だったろ……⁉ 何で追いつけねえんだよ……‼」
「うわべの数値だけでものを語るようになったらお終いだぞ、ブライアン。実際のレースはそんな単純なもんじゃないことぐらい、分かりきってるだろ?」
――そう、俺たちが乗っているものは、そんな生易しいものでは決してない。
仮に同性能のボートに乗っていたとしても、ブレーキングや曲がるタイミング一つで結果が大きく異なってくるのが、ジェットボートという乗り物だ。その技術が応用されているモビルフレームであればなお、技量による振れ幅は広がってゆく。
搭乗機がどんな形状で、どう風や波を切り裂き、あるいは受け流して進んで行くかを知り尽くし。その特徴を生かしながら、相手の動きまで念頭に置いて、動かなければならないのである。
むしろそれが出来るからこそ、ここまで自信と余裕があるわけで。
「くそっ……本当に、アイツみたいな動きしやがって……‼」
変形モードのまま、向こうからレーザーが何本か放たれる。
しかし俺は海上だけでなく水中も含め、縦横無尽にそれを避けられる。はっきり言って、そんなもの当たるわけがない。
逆に俺は進路変更はもちろんのこと、乗りこなしにくい波にあえて突っ込んだり、海鳥の群れを見つけてはそこに飛び込んだりと、ちょっかいを欠かさなかった。
大海原がゆえに障害物が限られているからこそ、見つけたものは全て活用していくスタイルだ。
ちなみにいまは、巨大クジラの横っ腹を、鮮やかにくぐり抜けて行ったところである。
「……懐かしいなぁ。一緒に遠洋へ遠乗りしに行って、どっちが早く帰れるかで賭けて。負けた方が、両方のボートを重整備するって話でさ。結局俺は遠出した後、一回も自分のボートをバラしたことはなかったんだよな」
「……ちっ、どうせ故郷の奴らから聞き出した情報を、さも本人を装って並べてるだけなんだろ……⁉」
そう口にしながら、ブライアンもまたブースターを巧みに使い、クジラを飛び越えてゆく。
しかし俺に言わせれば、着地の姿勢が甘い。あれでは再加速の方向が定まらないはずだ。
「そう思いたければ思えば良いさ。ただ、帰って布団被った後でいいから、今日のことはもう一度、ちゃんと振り返ってはくれよ? そのためにこうして、色々とくっちゃべってるんだから……さ!」
そこで俺はあえて急激に減速すると、ふらついていたアイツの機体に向け、こちらのスラスターをふかして見せた。
それをすんでの所で回避は出来たブライアンは、しかしそれで大きく進路を逸らしてしまう。
「……てめえっ……」
「すまんな。前にはビームとか飛ばせるらしいんだが、後ろに向けて攻撃する手段は、このモードだとこれしかないらしいんでな」
俺は嘲笑を一つ残し、鮮やかに距離を離してゆく。
もちろんブライアンもまた負けじとついてくるのを確認した俺は、そこでふと――周囲の情報を知らせるモニターの端っこに、待ちに待ったものが表示されたことに気づく。
……そう、特徴的なオレンジのアイコンである。
思わず、口の端を釣り上げた。
「まったく……遅すぎるぞリララ。ホントに重役出勤してるじゃないか」
「……あのねぇ、こっちは最高速が違うって、何度も言ってるじゃん! ていうか先に行って暴れたなら、こっちのこと気にしなくて良いから、ちゃんと全部片付けきってよ! そーしたら楽できるのにさぁ」
「いやいや、せめてハンバーグ完食した分くらい、仕事しとけって。……ほら、あの一欠けのお返しに、いっちばん美味しいところ、残しといてやったぞ」
「ちぇ~……ま、いいか。フィンティの窮地に何も出来なかったって言うのも、それはそれで、後味悪いしね!」
そう告げたリララは、すでに海の奥深くに潜り込み、ネレイドカノンを構えて待ってくれていた。
半ば潜伏状態だったが故に気づくのに遅れたブライアンは、しばらく進んでようやく、その存在に気づく。
「……増援……⁉」
「気づくのが遅いぞブライアン。それとも本当に、出せる速度が拮抗してるとでも思ってたのか?」
「っ、てめぇ、わざと引き付けてたのか……⁉」
「じゃなきゃはっきり言って、ものの数十秒で振り切ってる。……言っとくがな、体感じゃ前より遅かったからな、お前」
「……くっ……」
急旋回を挟みながら、ブライアンはひとまずその射程から離れようとする。
だが、ネレイドカノンの射程は想像よりもずっと長い。この距離ならどう動かれようが、確実に仕留めきれるはずだ。
「で、いちおー話はワダツミから聞いてるけどさ。どこ狙えばいい?」
「機体の背にある、自爆装置を狙ってくれ! アレごと消し飛ばすイメージで頼む!」
「え? 翼の根元とかに当てた方が良くない? それだと全然無力化出来ないじゃん」
「……。あのバカは、俺の親友なんだ。向かってくるならいくらでも相手はするが、とち狂って死なれたくはないんだ。……頼む」
切なる願いが籠もったそれに対し。
リララは一瞬きょとんとしてから、淡く笑みを浮かべた。
「そっか。……なら、わたしなりのおまじないも掛けとくね。いくよ‼」
流麗なライフルの先端に、長距離狙撃に向けて少し長めにエネルギーが溜まってゆく。
……そして、放つ。ありったけの言葉と共に。
「――おまえを、殺すっ‼‼‼」
「……おいバカ、なに言ってんだテメエっ⁉⁉⁉」
反射的に飛び出たその声に構わず、リララはネレイドカノンの引き金を引いてしまう。
――鳴り響く閃光音、次いで聞こえる爆発音。
思わず振り向くと、ブライアンが乗った機体はその形をほとんど保ったまま、爆風にあおられよろめいていた。
……どうやら自爆装置由来の爆発ではなく、ネレイドカノンを当てられたことによる爆発のようである。
心底胸をなで下ろす。
「あはは、ごめごめ。いわゆるジンクスってやつなんだけどさ……」
「……」
「これ言われて、本当に死んだ奴はいないっていう、そーゆー曰く付きのセリフで……あ~、その、あれだね? 誤解を生みかねないし、流石にここじゃやめといた方が、良かった……ね?」
「……。オマエ、後で覚えとけよ」
「……そんなドスの入った声で言わなくても良いじゃん。要望通りやったのにさぁ……」
と、そんないつもの漫才、と言っても俺は割とマジでキレてはいたのだが、それを緊張感もなく交わしている中。
装甲の堅さに加え、自然治癒能力も持っているデルフィニクスを一撃で落としきる切り札を失ったブライアンは、流石にこのまま俺たち二人を相手するのは無謀だと判断したのだろう。
「ぜってぇお前は殺す。覚えてろ」
「……良いのか? お前が本来憎むべきは、赤いデルフィニクスなんだろ?」
「ちっ……」
と、そんなやりとりを経て。
ブライアンはようやく踵を返し、視認範囲から離脱してくれたのだった。
「……追わなくて良いの?」
「いい。いまの状態で捕まえたって、どうせ聞く耳なんて持ってくれないしな。それに何も知らない状態で説得するのは、こっちだって骨が折れる。日を改めて、頭が冷えたアイツを相手に、ちゃんと理論武装した状態でぶん殴ってやるつもりだ」
「ふーん。……まぁ、アシュリーがそれでいいのなら、良いんだけどさ」
そうして肩をすくめるリララに対し、俺は長い長い戦闘が終わったことに、ようやく一つため息をついていた。
だが、もちろんこれで万事解決というわけではない。
むしろ俺には、これから会わなきゃいけない奴が色々といるのである。
――気合いを入れなきゃいけないのは、むしろここからだ。




