025 知らない
「……なあ、ブライアン。一つだけ確認しておきたい」
俺は改まってそう問いかける。
それまでの俺のどもりがちだった口調が、一変したことに気づいたか。ブライアンは静かに先を促してきた。
「お前の怒りは分かった。だが、お前がガーネット……赤いデルフィニクスではなく、こちらを狙う理由が分からない。単に親友の名前を騙ったからか?」
その疑問は、至極もっともだった。……クレイアを恨むのはまだ分かる。だがそれで他のデルフィニクスを恨むのは、筋違いも良いとこだ。
するとブライアンは痛いところを突かれたとばかりに、少し言い淀む。
「まぁ……こいつらの頭を張ってるから、その意思は俺が継ぐべき、って前提はもちろんあるけどな。……殺された親友は、小さい頃に白いデルフィニクスを見て、それでモビルフレームに憧れを抱くようになったんだよ。結果的にアシュリーは、それに思い焦がれすぎて、身を焼かれたに等しい。そんなもの抱いてなきゃ、死ぬことはなかった」
「……」
「だからその憧れた相手を、俺の手で倒すこともまた、アイツへの弔いにはなると思ってんだ。ま、お前さんにしてみれば、勝手に憧れられて、勝手に裏切られたって主張されて、はた迷惑だとは思うけどよ」
「……。憧れに裏切られただろうから、親友である自分の手で、それにきっちりとけりをつけてはやりたい。そう言うことか」
「そういうことだ。それに俺もまた、あんたに憧れてはいた口だからな。少なくとも何の縁もない、緑色の方を道連れにするよか、よっぽど命を散らす相手としては相応しいと思ってんだよ」
「……」
……なるほど、仲間思いのブライアンらしい。俺が本当にそのシナリオ通りに死んでいたとしたら、不覚にも天国から目を潤ませてたかも知れないくらいだ。
だが、もちろん……俺は天国ではなく、実際はここにいる。そしてブライアンの思い込みによって、むしろ天国に連れて行かれようとしてもいるわけで。
何というか、ため息の一つでもつきたくなる状況ではある。
そして、俺が実際にクソデカなため息をついていると。
それを違った意味に捉えたのだろう、ブライアンは軽い口調で付け足してきた。
「ま、交通事故に遭ったとでも思って、逆恨みされるのは諦めてくれや。それに……そもそもお前さん自体も、別に清廉潔白ってわけじゃ、ないんだろ?」
「……どういうことだ?」
その聞き返し方が、少々不満だったのだろうか。
ブライアンは少し語気を強めながら続ける。
「この部隊は俺のような新人を除いて、お前らに対して特に恨みを持つものを選りすぐって出来た、真新しい部隊だ。何をきっかけにして集められたか……お前になら、分かるんじゃないか?」
「……俺が知っていることか?」
「知っているも何も、お前は当事者だ。……ここまで言って、分からないか?」
「……。……?」
思わず首をかしげる。するとパイロットリンクシステムにより、機体もまた同じように首をひねってしまう。
するとその様子を見たブライアンは、何故か怒りをはらんだ声で唸った。
「――マテラーダ。49thフローターシティ。民間人23人の犠牲者。……ここまで言って、まだしらばっくれるつもりか?」
「……」
目を、見開く。
知っている単語と、知らない情報が、脳内に直接流れ込んでくる。
――マテラーダ。マテラーダ沖。
ノウェンベルは確実に、何らかの問題を抱えてはいた。
そしてそれは恐らく、マテラーダ沖に遠征した任務が、発端……。
「……っ! それは……ベルちゃんに非がある事件じゃないと、三者協議会が結論づけたはずです! 誤射をするよう仕組んだ、グランクロス側の新型機とそのパイロットが、全責任を負うべきだって……‼」
「……、……誤射……」
ぼんやりと、その単語を口の中で転がす。
……全ての点と点が、線で繋がっていくのを感じていた。
――嗚呼、なるほど。
だからお前は責任を感じ、出撃や搭乗を拒否したのか。だからその体だけは、使命感から明け渡したのか。
だから周りが辛そうだったのか。だから経緯を知られたくなくて、口止めしたのか。
氷解とはまさに、このことを指すのだろう。
頭を覆っていたもやが晴れていくのを、俺ははっきりと感じていた。
「あぁそうだな、お前達の決死のロビー活動で、結果的にはそうなった。それから……報道機関には、最強レベルの情報統制も敷いていたらしいな? なぁ、いったいどうして、そんなに必死だったんだ? 実はお前達に非があったから、なんじゃないか?」
「そっ……そんなこと、絶対ないです‼ 第一、あれだけ完璧に機体を操縦できるベルちゃんが、何もないところで誤射なんて起こすはず、絶対にありません!」
「ならわざとだろ? あるいは普段からフロータードを見下していたから、つい無意識に撃っちまった。そんなとこじゃないか?」
「~~っ‼ ベルちゃんはあの事件以来! 自分を責めてばかりだったんですよ⁉ あれから一度も、デルフィニクスに乗ろうとしなかったほどなのに……‼」
「……じゃあ何故‼ その白いデルフィニクスが、ここにいんだよ⁉」
スピーカーが音割れするほどの怒声で、ブライアンがそう吠えた。
怯んで息を呑むフィンティに対し、ブライアンは殺気すら籠もった声で続けてゆく。
「だからこいつらは集まった! つかの間のバカンスを楽しんで、また戦場に舞い戻ってきた人殺しに、フロータードを代表して、裁きの鉄槌を下すためにな‼」
そうして声を枯らすブライアンに。
……俺はようやく、口を開いた。
「……別人だ。ブライアン」
「なに?」
「だから言ったろ? ――俺は、アシュリーだ。前任はどうだったか知らないが、俺は幸いなことに、まだ一度も人死にを出したことのない、優良パイロットだ」
「……多重人格を装うにしても、もう少しマシな嘘をついたらどうだよ?」
多少困惑した感情が無線に乗って流れてくる。
密かにそれにクスリと笑ってから、俺はようやく話を元に戻すことにする。
「だが……これで分かった。お前達の殺意が高かった理由が。俺をあえて狙っていた意味が。本来は俺を連れ去った奴を目の敵にしなきゃならないお前が、無関係のアイビーでもなく、優先順位が低いはずのこちらをあえて、道連れにしようとしてる理由がな」
――そう。実は俺は、先ほどからずっとこれが聞きたくて、問答をしていた。
その結果、あれほど欲しがっていた情報を、思いがけず手に入れはしたが……それでもあくまでそれは、この場においてはただの副産物に過ぎない。
そんな事より、俺がどうしても得たかったのは……俺が一人で動いても、アイビーやワダツミは大丈夫だという、そんな確信だった。
俺がこれからどんな行動を取ったとしても、ブライアンのフォーカスは、一切変わることがない。
なら……。
「……話が、分かるじゃねえか。で、どうすんだ? 俺の親友の名を騙る、お前さんはよ」
その問いに対し、俺はけろりとしながら答える。
「そうだな――この勝負、一旦預かろうと思う」
「……は?」
「俺は、知らない。いま聞いた話も、俺の前任者についても、何もかも。だからな……直接本人から、聞いてこようと思うんだ」
「……へ? えっ? べ、ベルちゃんと……ですか?」
当然フィンティは、目を丸くして聞き返してきた。
淡く笑みを浮かべ、それにゆっくりと頷く。
「そうだ。ああ、フィンティも、帰ったらちょっと探すの手伝ってくれ。皆で探せば、きっとすぐ見つかるだろうしな」
「へ? あ、え、えと……分かり、ました……?」
完全に流されたまま承諾するその姿に、人知れず笑みをこぼしてから、再度ブライアン達へ向き直る。
「んで……全部聞いてくる。全部聞いて、判断して、もしお前らに弁明が必要なら、改めて俺の口から伝えさせて貰いたい。お前らの怒りももっともだと思ったら、その時はちゃんと、真正面からそれを受け止めてやるよ。えーと……ブライアンも、それでいいか?」
気楽にそう問いかけると、向こうからはもちろん、憤りを込めた声が返ってきた。
「……、良いわけ、ないだろ? 俺たちはお前か、もしくはあの赤い奴をおびき寄せるために、こうしてわざわざリスクを背負って、犠牲を払って、あのワダツミへ攻撃を仕掛けてたんだ。やっとの思いで引きずり出してきたお前を前に、一旦見逃せ? ふざけんなよ?」
「ま、当然の主張だな。俺がお前の立場でもそういうだろう。だから……俺はいまから、一目散に、逃げる」
「……はぁ⁉」
ついにブライアンからも、若干牙が抜けたような返答がやってきた。
構わず、居丈高に告げる。
「どうせお前は、ワダツミやアイビーに構わず、俺を追ってくる。そうだろ? 何故なら、俺を狙わなきゃいけない理由があるからな」
その断定に対し、ブライアンは苦虫をかみつぶしたかのような声で、唸る。
「……逃げ切れると、思ってるのか? この速度特化のフラッグシップ機、ハイドロシクティスに」
「ああ、それも余裕でな。なんせ――」
あえて溜めて、そうしてから告げた。
……ありったけの、挑発を。
「――本気の勝負で、お前が俺に勝ったこと、一度もないだろ?」
「こ、いつ……知ったような口を……っ‼」
そんな言葉にならない声と共に、ブライアンは再度俺に肉薄しようとするが。
しかしそんなブライアンに、またフィンティの横やりが入ってゆく。
……やはり、フィンティは頼りになる。
腕前的な意味でもそうなのだが、多分3人の中だと、なんだかんだフィンティが一番、こちらの意図をくみ取ってくれる。
そんな事を思いつつ、俺は構うことなくデルフィーネモードに変形すると、慣れ親しんだジェットボートのようにコンソールを叩きながら、明後日の方へと叫ぶ。
「ファーブル、聞いてるか⁉」
「……、呼んだかい?」
「連絡は、頼んだ!」
主語を何も言わないそれに対し、ファーブルはわずかに面食らった顔を浮かべた。
しかし。
「……、……! ああ、承知した」
すぐにそんな返答が来る。
……なんだかんだ、こいつも優秀なんだよな。
今回は助けられもしたし……たまには、ナンパに乗ってやらないといけないか。
そんなことをぼんやりと思いながら、俺はいつものようにロケットスタートをかましてゆく。
すぐに後ろからレーザー光線が何発も射出されはするが、そんなものは重心移動だけでどうにでも避けられる。
「的当てしたいなら、いくらでもしてくれて構わないぞ。その分だけ、俺は距離を稼がせて貰うけどな!」
「……くそっ、まち、やがれ……っ!」
ブライアンもまた、必死に機体のモードチェンジを行うと、足止めしようとするフィンティに目もくれず、俺の後を追いかけ始めた。
その様子をモニターにて観察しながら、俺は一人、ささやくように呟く。
「……見せてやるよ。俺がアシュリー・ウラカゼだっていう、その証拠の一端をな」




