024 疑惑
「……さすがはアクアルタ。こんな新人ですらリサーチ済みとは、恐れ入ったよ。――ああそうだ。俺の名前はブライアン・ミカヅキ。元は整備士志望だったはずなのに、気がつけばこんな機体まで任されることになったっつー、ただのフロータードだ」
「……やっぱり、ブライアンじゃないか……!」
愕然としながら、呟く。
……正直に言うのなら、ブライアンがモビルフレームに乗っていること自体に、そこまでの驚きはない。
何故なら、奴のジェットボートの実力は折り紙付き。
なんせかのレース大会に出る俺の練習相手を、過不足なく務められていたんだ。
即ち俺と同様に、パイロットとしての素質だって相当なものがあったはず。
ただ。まさかこの短期間で、音に聞くラグーンフォート部隊の小隊長にまで出世しているとは。
何の因果か、こうしてデルフィニクスに乗った俺と対峙しているというのも、もはや驚きでしかない。
というか……当然奴もまた、自爆装置を機体に括り付けているわけで。
正直、何が何だか分からない。完全に混乱状態だ。
「何で……どうして整備士を志していたお前が、自爆なんて馬鹿げたこと、しようとしてるんだよ……⁉」
知らず知らず漏れ出る、心からの疑問。
するとブライアンは、斜に構えながらそれに答えてきた。
「俺の事を調べたなら、すでに察しはついてんじゃねえのか? ……俺は元々、親友の敵討ちをしたかっただけなんだ。それが何の因果か、同じようにあんたらを恨んでる奴らを、こうして率いることになっちまったんだよ」
「アクアルタを、恨んでる……いや待て。いま、親友の敵討ちって言ったか? 言っとくが、俺は無事で、……っ⁉」
反射的に言い返そうとして、そこで声が裏返る。
……そうだ。いま言葉を紡いでいるこの喉は、アイツのモニターに映そうとすらしたこの顔は、全部全部ノウェンベルのものじゃないか。
経緯を知らないアイツに対して雑に訴えても、そんなの伝わる訳がない。
「おい、ブライアン! 俺だ! 目の前の機体に乗っているのが、その親友のアシュリーなんだよ‼ いまはたまたま、こんな声だけどな……ひとまず、信じてくれ!」
だからこそ、俺は必死にそう訴える。
しかし、返って来るのは嘲笑ばかり。
「……、……あのなぁ。確かに名前を聞いただけじゃ、性別は分かりにくいだろうが。あいつは男だぞ。人をおちょくるのも、大概にしろよ……?」
「それは、その……確かにそうなんだが……!」
「それにそもそもの話、男が乗れないから『メタルマーメイド』なんだろ? 何でアシュリーが、その白いのに乗れてるんだよ?」
「ええと、その……俺は今、女性の体を間借りしてて、それで……」
「……そんな与太話を、戦場で銃突きつけてる状態で、信じるとでも?」
「っ……」
……ダメだ、正論過ぎてぐうの音も出ない。
いやそもそも、俺とブライアンの立場が真逆だったとしたら、もちろん俺だって馬鹿にするなと一笑に付しただろう。
それほど俺が辿ってきた経緯は数奇すぎて、一言二言交わした程度では信じて貰えるわけもない。
「……俺やアシュリーの名を知っているということは、あいつに何をしでかしたか、大方把握は出来てるってことだよな? なら、俺が何に怒り狂ってるか、もう分かりきってるんじゃないか? ……おい、なんとか言ったらどうだよ⁉」
その唸るような怒声に対し、俺は予想外の展開でしどろもどろになりながらも、何とか訴えかけてゆく。
「そ、その……確かに、確かにアクアルタは、俺を半ば強引に連れ去った。それは間違いのない事実だし、改めて弁明するまでもない。けどな、俺は……アシュリー・ウラカゼは……まぁその、あれだ。向こうで、元気でやってるんだ。だから親友を連れ戻そうとか思ってるなら、ひとまずは大丈夫だから、安心してくれ。……な?」
「元気で、やってるだと……? ――ふっざけんなよっ‼‼」
唐突に振り抜かれる、如何にも痛そうな見た目をした金属製のバット。
それに一瞬怯んだその隙に、ブライアンは瞬時に俺との間合いを詰め、肉薄してきていた。
本能に身を任せて屈むと、頭上でバットが空を切る音が聞こえてくる。
……掴まれて、自爆されなくて助かった。
いや、先ほどの奴らを見ている限り、自爆にはどうやら一拍ほど必要みたいだから、それでまずは動きを削ぐつもりなのかも知れないが……。
「あの出血量で、生きてるわけがねえだろうが‼ いい加減な事言いやがって……そんなにお望みなら、お前にもアイツの痛みを味わわせてやるよ‼‼」
「な、な、何だ、出血量……? 何を言ってんだお前は……⁉」
「……おらぁっ‼‼」
俺の問いには答えず、なおもブライアンは力任せにそれを振り抜いてくる。
何とかバックステップで躱すが、しかしブライアンはブースター一つで、離れた距離をものの見事に詰めてきた。
半身で躱し、のけぞって、潜り、回り込む。
しかしブライアンは俺の動きに完璧についてくるだけでなく、水中でも全く変わらないスイングで襲いかかってくる。
……さすがはフラッグシップと豪語するだけはあって、速度は本当にデルフィニクスと遜色ない能力を持っているらしい。
トレードオフとなったであろうその装甲の薄さも、俺が反撃に転じない以上、特にデメリットとはならない。
だからこそ俺は、なんとか思いとどまってもらえるよう、必死に説得を試みてゆく。
「待て、いいから待てって! お前がいったい何のことを言ってるのか、さっぱり分かんねえんだよ……‼」
「俺はあの日……赤いデルフィニクスに追い回されるアシュリーの後を、必死に追いかけた! アイツならキッチリ撒けるはずだとな! だが、結局どこを探しても見つからなかった! 挙げ句、数日後に有志が発見したのは、愛用のボートが大破した姿だけだった‼」
「大破した……ああ、そうか。無人のまま直進させたから、どっかに当たったのか……」
小声で呟いたから、恐らく後半の方は聞こえなかったのだろう。ブライアンはやるせなさを込めつつ、続けていった。
「廃墟のビルの壁に、船首が突き刺さった形で見つかったさ。俺が丹精込めてチューンナップし、あいつも大事に使ってきたボートがな。……それだけじゃない。操縦桿の周りが、血の海にもなっていた!」
「……⁉ は、はぁ⁉ 血の海……⁉」
「にもかかわらず、アイツの死体はどこ探しても見つからなかった‼ ……聞けばお前達は、こういった工作は日常茶飯事だそうだな⁉ 正義の味方を気取りたいから、都合の悪い事実は常になかったことにする。今回もそうなんだろう? 追跡中に死なせたことが露見しないよう、アイツの亡骸を隠蔽した……違うか⁉」
……それを聞いて。俺は即座に、その話はおかしいと感じていた。
なぜなら俺はあの時、怪我なんて全くしていなかったからだ。
それに何より……あのボートは離脱する寸前、海中に潜ってもいた。もし仮に俺が血を流していたとしても、それが目に見える形で残っているわけがない。
万が一、俺が放った無人のボートが意図せず人とぶつかっていたとしても、ぶつかられた被害者がそのまま消えるなんてことはあり得ないだろう。
つまりは……誰かがわざと、そう細工をしたのだ。
恐らくは、ブライアンの猛りを、憤りを、こうして利用するために。
「――アンチ・アクアルタ……」
俺がその単語を思わず口にした、その瞬間。
けたたましいアラーム音と共に、機体がガクンと揺れた。
……脇腹に思いっきりバットを当てられたのだろう、コクピット内の揺れにふらつく俺に対し、ブライアンはさらに飛び膝蹴りの追い打ちを食らわせてくる。
「ぐう……っ」
「……させませんっ‼‼」
横っ面に向けての、フォトンライフルの一射、二射。事態を静観していたフィンティからの横やりである。
ブライアンは舌打ちしつつ、それで何とか俺から距離を離してくれていた。
だが俺は、そんなフィンティに向け、手を薙ぎながら告げる。
「フィンティ、すまん。手は出さないでくれないか。……大事な、親友なんだ。危険な目には、極力遭わせたくない」
「……。……そのお願いは、聞けません」
「……フィンティ?」
思わず振り向けば、フィンティは普段の様子とは明らかに違う、シビアな雰囲気で続けていく。
「アシュリーさんを、死なせるわけにはいきません。その人がアシュリーさんにとってどんなに大切な存在でも、いまは敵。それに彼は、アシュリーさんと心中すると、そう宣言までしています。……見過ごせるわけが、ないです」
「ああ、その通りだね。ワダツミの艦長としても、そんな申し出を聞くわけにはいかないよ。込み入った事情があるのは、もちろん分かるんだけどさ」
ファーブルからもそんな割り込みをされ、思わず渋い顔を浮かべてしまう。
……だが、二人の言っている事は至極真っ当だ。むしろこっちがおかしなことを言っていることも、良く分かっている。
だが、それでも……。
「……もう少しだけ、話をさせてくれ。頼む」
「……。分かりました。でも危なくなったら、今度こそ割って入ります」
「ああ、それでいい。……ありがとな」
一つ礼を言い、俺は改めてブライアンに向き直った。
予想外の出来事で失っていた冷静さを何とか取り戻すべく、一つ深呼吸をする。
「ちっ……最低でも、もう何発かは殴りたかったんだが……」
そう独りごちるブライアンに対し、俺は奴をどうすれば止められるか、必死に思考を巡らせていく。
……俺のボートに細工をしたのが誰であれ、いまここで必死にその存在を示唆したり、死亡説を否定したりしても、多分徒労に終わるだろう。
なんせアイツはいま、復讐出来るなら道連れも上等という思考回路なのだ。多少周りから言われた程度で、揺らぐわけがない。
俺が元の姿でアイツの前に姿を現すぐらいのことをしなければ、その目を覚ますことは出来ないはずだ。
当然、今そんなことが出来るわけもない。
なら説得は諦めて、周りに浮かんでる奴らと同様に、自爆すらさせずに戦闘不能へと持ち込むしかない。
しかし頼みの綱だった、フィンティの固有は撃ち切ってしまった。
鈍重なワダツミの主砲では、アイツの機体を追うことすら全く叶わないだろう。
もちろん俺も、固有は使えない。振るおうとして力が抜ければ、多分本当に、アイツと三途の川を渡る事になる。
万事休すか?
アイツが自爆しきる前に無力化出来ることに賭けて、フィンティに助力を求めるしかないか?
……いや、待て。
そんな分の悪い賭けより、よっぽど頼れる奴がいるじゃないか……‼




