022 違和感
「ああ、アシュリー! 来てくれたんだね、助かったよ……‼」
最高速が違うリララを半ば置き去りにして、大海原を全速力で直進することしばらく。
戦場まであとわずかという距離まで差し掛かったところで、唐突にワダツミからの長距離通信が届く。
モニターに表示されたのは、当然いつもの金髪キザ男だった。
……艦長であるはずのファーブルが直々に映像を送ってくるのは、単に出しゃばりたいだけか、それともそれだけ切羽詰まっているからか。
俺はなおも操縦桿やコンソールを操作しつつ、端的にそれに応じていく。
「状況は?」
「フィンティ君も含めて、今のところ僕たちは無事だ。ただ……少々厄介な事態にはなっていてね。詳細は聞いているかい?」
「いや、全く。第二種出動命令で、ブリーフィングがすっ飛ばされたからな」
「じゃあ簡単に伝えようか。――僕たちが対峙しているのは、ラグーンフォート部隊の一派だ」
「……ラグーンフォート」
その見知った名前を、口の中で転がす。
――ガイアード、ワンダード、フロータードはそれぞれ、その勢力を代表する有名部隊を有している。
各勢力が全面戦争に踏み切れないのは、まさにその存在が要因の一つとされており、アクアルタが勢力間の均衡を保つ上で、特に注視すべき対象にもなっているのだが……フロータードが有する最高の矛、そして他勢力への抑止力としての役割も担っているのが、まさにそのラグーンフォート部隊というわけである。
もちろんその名前は、一般人にも広く知れ渡っているくらいだ。レース大会の表彰台にて、その名を口にしたことが懐かしい。
「現在の数は30弱。そのうち、士官機と思わしき機体が3、といったところだね」
「……。ラグーンフォートと戦ったことがないから良く分からないんだが、それは多いのか? 少ないのか?」
「数だけなら、少ないかも知れないね。ただ、こいつらをそこらのモビルフレーム部隊とは思わない方が良い。なんせ全ての機体に、自爆装置がついているようだから」
「じっ……自爆装置……⁉」
思わずギョッとしながら聞き返してしまっていた。
そんな反応に、ファーブルはただただ深刻な顔つきで頷きを返してくる。
「……奴らと相対したことがないようだから、軽く説明しておこうか。フロータードの主力機はコーラル型と言ってね、伸縮自在のアームが特徴なんだ。目の前にいるこいつらは、そのアームでこちらを掴んで逃げられないようにして、もろとも自爆しようとしてくるんだよ。しかもその破壊力たるや、アクアニウムの自然治癒能力なんて遥かに凌駕するくらいでね。まともに食らわないよう、立ち回るほかないという状況なんだ」
「んな、無茶苦茶な……」
「正直に言うと、僕もこんな奴らを相手するのは初めてだ。フィンティ君の決死の活躍もあって、今のところは何とかなっているけれど……。それでも、心中を目論んで単身犠牲になったのが、すでに何人か出てもいる。裏を返せば、それくらい殺意が高いんだ。そもそもワダツミを見つけるや否や、いきなり戦闘を仕掛けても来たしね」
「……」
言葉を失ってしまう。
……もちろん戦場なのだから、俺を含め、パイロットはみな命を賭けている。
ただ、それでも昨今、戦場で人死にが報告されることはほとんどない。
元々モビルフレームとはそれほど安全性が高いものでもあるし、また各勢力は互いにいがみ合っているとはいえ、極力命までは取らないよう動くのが暗黙の了解でもあった。ひとたび命を奪ってしまうと、敵討ちの応酬が激化していく一方だから、百害あって一理もないという考えが、今のところ主流ではあるようだ。
しかしそんな暗黙のルールを破るどころか、自らも玉砕覚悟で動いてくる輩がいるだなんて……本当に、衝撃的でしかない。
「やはり敵対陣営かつ自死とはいえ、人死にを出すのは性に合わない。救援を頼んだのは、実はそんな理由もあってね」
「なるほど。馬鹿なことをする前に、叩いて無力化してしまおうと」
「そういうことだね。……難しい要求をしているのは百も承知だが、お願い出来るかい?」
その問いかけに、明確な意思を持って頷きを返す。
頭の片隅ではいまも、食堂で垣間見た俺の顔がぐるぐると巡ってはいたが……かぶりを振って、それを一旦頭の外へ追いやった。
……まずは、目の前のことを片付けよう。一刻も早くフィンティを助け、それで出来るだけ早くとんぼ返りをしよう。話はそれからだ。
そうしてパンパンと頬を叩き、人知れず気合いを入れ直した、その時。
遠くの方に陸地と、それから豆粒みたいな戦艦がモニター越しに確認出来た。
ちらほらと火花が上がっているのも確認出来る。
「……見えた」
吐き出すように告げ、さらに加速する。
+++
――大海原をどこまでもどこまでも直進し、ようやく辿り着いたのは、カムチャッカ半島の先端部に位置する港だった。
セブンスカタストロフ以前にあった都市の面影はもちろんそこにはなく、在りし日の建物群は、その全てが海の中に沈んでいる。
代わりに海岸線にはびっしりと、まるで身を寄せ合い寒さに耐え忍ぶかのように、トタンをつぎはぎしたような工場や倉庫が乱立していた。
というのも、ここは現在、近辺を通る船に燃料や物資などを供給出来る、数少ない経由地点となっていたのである。
もちろん軍事的な船だけでなく、例えばワンダードの客船や、あるいはタグボートに引きずられながら通りがかるフローターシティ、それから運送業を担うジェットボートなども、そのほとんどがここに立ち寄るほど、海上交通にとって重要な港でもあった。
アラスカに向け進んでいたワダツミもまた、当然この港に立ち寄ったのだろう。
しかしそんなワダツミはいま、港への二次被害を避けるためか、少し離れた洋上に停泊している。
そしてそれを取り囲む、地味めな色合いのモビルフレームの数々……。
「フィンティ、無事か⁉」
辺りに浮いているバラバラになった機体の残骸たちをかいくぐりながら、アームの猛攻から逃げ続けるアイビーの元へと急行。
即座にニクスモードに変形しつつ、挨拶代わりにフォトンライフルの牽制を何発か腕にに叩き込む。
その援護射撃も相まって、ハエのように集っていた敵機を何とか一掃できたフィンティは、安堵の表情を浮かべながら通信を送ってきた。
「アシュリーさん! 助かりました……!」
「気にするな。それより、弾薬とエネルギー残数は?」
「……まだ、戦えます。ただ、固有は残り1回、撃てるかどうかで……」
「なるほど。……その、アイビーの固有って、どういうものだったっけか?」
かなりの傷を負っているアイビーに対し、あえて軽いノリで問いかけつつ、その背中を守るように構えを取る。
見れば相手は、援軍が現れたことに対し、やけに動揺した様子を見せていた。
……これなら多少は、情報交換の猶予もあるはずだ。
「アイビーの固有は『リヴァイアサンダー』と言って、広範囲に電撃を放つ、対多数に特化した武装なんです。それのおかげもあって、何とかソロでも立ち回れてはいたんですが……あっ、そうだ、アシュリーさん! この人達、普通じゃないんです! 実は……!」
「それはファーブルから聞いてるから大丈夫だ。ていうか、そっちもバンバン射撃を当ててたが、大丈夫だったのか? 当たり所が悪かったら、誘爆したりするんじゃ……」
「あ、えと、それは問題ないみたいです。そもそも攻撃を当てられてすぐに起爆しちゃうようじゃ、心中なんて到底狙えませんし。ただ、ジョイントされている自爆装置そのものを真っ二つにしたりすれば、マズいとは思いますけれど……」
「なるほどな。まぁ、こっちは依然として近接戦が出来ないしな。そこら辺は心配しなくても大丈夫だろうが……」
ため息交じりにそう応じたところで、浮き足立っていた相手がいつの間にか、戦闘態勢に入りつつあることに気づく。
「……来ますね。動きはどうしましょう?」
「まずは、数を出来る限り減らしたい。そっちの固有を撃ち切っても良いのなら、しばらく囮になってなるべく敵を集めるが、どうする?」
「あっ、ええと……」
いったん目を泳がせるフィンティ。……恐らくは、俺を巻き込んでしまう危険性を鑑みているのだろう。
だがそれでも、状況が状況ということもあるのか、すぐに真剣な表情で返してきた。
「……私が合図を出したら、全力でその場を離れて下さい。それも、出来れば水中には行かない方が望ましいです」
「確か、フレンドリーファイアの危険があるんだったな?」
「はい。まともに食らうと、本当に危ないですから。……お願い、出来ますか?」
「了解。任せたぞ」
安心させるようにそう返した後、俺はおもむろに通信傍受のチャネルを開く。
言葉でも相手を挑発し、なるべくこちらに敵を引き付けかったからだ。
……ただ。
そうして無線から聞こえてきた声は――何故か、怨嗟渦巻くものだった。
「おら野郎共、行くぜ‼ 大本命の登場だ‼」
「俺らの前にのこのこ出てきた人殺しに、必ず罪を償わせるぞ‼」
「……⁉ な、なんだ? いったい、何を言ってる……?」
そのあまりの剣幕に、思わず気圧されてしまう。
……どうやら先ほどは動揺していたわけではなく、こちらの機体を見て、単に勢いづいていただけらしい。
俺の漏れ出た声に対しても、すかさず野太い声が被せられてゆく。
「この期に及んで、とぼけてんのかよ……⁉」
「……こいつらにとっては、もはや日常茶飯事ってことなんだろ。破壊、蹂躙、もみ消し。暴虐、非道、もみ消し。だからいけしゃあしゃあと、こうして俺たちの前に顔を出せるってわけだ」
「……。何言ってんだか、さっぱり分かんねえぞ? 人違いなんじゃねえのか?」
身に覚えのない罵倒に、思わず言い返す。
……俺が戦場で相手の命を奪ったケースはいままでなかったはずだし、そもそもデルフィニクスのパイロットが暴虐非道な振る舞いなんてするはずがない。
なんせ上官である教官があそこまで公明正大な精神を持ち、パイロット達に薫陶を与えてもいるんだ。そんな間違いなんて、起こりようがないだろう。
しかしそんな俺の反論に返されたのは、嘲笑と馬鹿にしたような鼻息だけだった。
「……。お前らなぁ、何でのんきにくっちゃべってられるんだ? 気合いを入れねえと、本当にただ無駄に命を散らすだけだぞ?」
一際通る声と共に、恐らくは士官機なのだろう、周りとは明らかに作りの違う機体が、一歩前に歩み出てくる。
――思わず、眉をひそめた。
というのも、その声は……以前どこかで、聞いたことがあるような気がしたからだ。
ただあちらこちらに違和感を抱え、目を白黒させている間に、そいつはなおも演説を進めていってしまう。
「俺も白いのには、個人的に色んな感情を抱えてはいるけどな。何度も言ってるとおり、俺の狙いはこいつじゃなくて、あくまで赤いやつなんだよ。お前らの復讐は、出来ればお前達で完結させてくれ」
「……‼ 赤いやつって、まさかガーネットのこと……?」
フィンティが思わず息を呑んだ、その瞬間。
そいつはそれ以上の問答など必要ないとばかりに、手を広げて叫ぶ。
「ちっ……おら、さっさといけ‼」
その言葉を皮切りに、20機近くのコーラル型機が、一斉に俺に狙いを定めて襲いかかってきた。
「……何が何だか分かんねえが、ひとまず相手になってやるよ!」
ひとまずそう応じたものの、それでも死を恐れぬ輩共が全てこちらに集中するとは思わず、正直こめかみからは冷や汗も垂らしていた。




