021 正体
教官の要望を受け、リララを呼びに食堂に急行する。
――この施設に、食堂は基本的に一つしかない。
その分、整備士や事務員など一般職員も利用する、かなり大きなものではあるのだが……。
何せ、あの容姿だ。認めたくはないが、黙っていれば相当な美少女でもあるし、見渡せばさほど苦労せず見つけられるだろう。
「……いた!」
端っこで一人細々と食事を取っているリララを見つけ、息も絶え絶えに叫ぶ。
……女性の身体だからこその、この体力のなさが恨めしい。
しかしリララは俺の疲弊した様子を目の当たりにしてなお、フォークに挿したポテトをのんきに頬張っていた。
「ん? な~にアシュリーちゃんたら息なんて切らせて……わたしさぁ、今日初めてのごはん食べてるんだけど」
「んな流ちょうなこと……指示来てるの分かってるのか⁉」
「分かってるよー。でもさ、第一種出動命令でしょ? あのフィンティがそんなに簡単にやられるわけないし、重役出勤でも問題ないって」
「でも、万が一ってことも……」
「マザーがスクランブルじゃなくても良いって判断したんだから、だいじょーぶだよ。それに何も食べないで行ったらさ、道中絶対お腹空くじゃん。それで戦闘中へばっちゃうほうが怖いと思わない?」
「それは……まぁ、そうかも知れないが……」
そんな屁理屈に半ば屈する形で、言葉を飲み込む。
……確かに教官も、俺の出動をどうするか悩んでいたくらいだ。そこまで緊急性が高いものでもないとも言っていたくらいだし、実はリララぐらいの心持ちでちょうど良いのかも知れない。
するとリララは、俺を体よく丸め込めたと感じたのか、にっこりと微笑んだ。
「だいじょーぶだいじょーぶ、わたし普段は遅いけど、早食いも得意な方だから。まー見ててよ」
そう言いながらリララは、ハンバーグを小さく切っては、乱暴に口の中へ放り込んでゆく。
しかし咀嚼が甘いのか、結局それらは頬に溜め込まれるばかりだった。
コップの水が空になっていたので、ひとまず手近のウォーターディスペンサーから水を取ってきてやることにする。
「ん、もみもも、まりまと」
「礼は良いから、まずは落ち着いて食ってくれ。詰まらせるぞ」
そうして、コップをあおるリララを呆れながら見つめる。
……とはいえ、こういう性格だからこそ肩肘張らずに応対できて、こちらは気楽でもあるのだが。
「いや~ていうかさぁ、今日限りの限定メニューで、まさかハンバーグ定食が来てるとは思わなかったよ。危うく見逃すところだったし」
「……ん、そうだったのか。確かに、入り口近くの格式高いレストランじゃなくて、食堂でハンバーグなんて出るのは珍しいな。まぁ、それでも人工肉はいくらか混ぜられてるんだろうけどな」
「ううん、今日のは100%天然みたいだよ。むしろそれで今回豚肉が入ってないぽくて、メチャクチャ肉々しい感じになってるし」
「……えっ、マジか?」
思わずそれに顔を近づけてみると、確かに人工肉では出せないような芳ばしい香りが鼻をつく。
肉汁もどこか食欲をそそるものだった。思わず生唾を飲み込む。
「ちょっと食べる?」
「……。良いのか?」
「その代わり、口裏は合わせてよ? トイレ行ってて遅れた~とかで良いからさ」
「……分かった」
喉奥から絞り出すように告げると、リララは思わずあくどい笑みを浮かべつつ、おもむろにビーフ100%のハンバーグに切れ込みを入れていく。
「じゃあはい、これで共犯ってことで」
そうしてちょちょいと粗めの岩塩にバウンドさせた切れ端を、そのままフォークごと俺の前に突き出すリララ。
「……え? 直接?」
「だってまどろっこしいでしょ、新しいフォーク持ってきたりするの。ほら、あーん」
「い、いや、その……」
思わず及び腰になる。
……それはそうだろう。俺は男なのだから、これは言うなれば異性との間接キスだ。
しかしリララはあくまで仲の良い子同士がやるような、食べさせ合いっこの延長線で考えているらしく。
「あのさあ、そうやって渋ってるとドンドン時間が押しちゃうよ?」
「……う」
そこまで言われたら、もう従うしかない。
俺は雑念を振り払い、渋々それを口の中に入れた。
……うわ、なんだこれ、うますぎやしないか……?
口に入れた瞬間に感じる、振り切れた幸福感。油と塩気が合わさった時の、形容しがたい旨味に、肉の甘み。
うっすら岩塩で味付けされているからこそ、余計に肉の質や味が良く分かる。
鼻腔を抜ける芳ばしい薫り。広がる肉汁。感じる黒こしょう。
噛めば噛むほど広がる多幸感。上質なタンパク質のスポンジが、舌の上で花開く。
ダメだ、勝てない。負けだ。
貧困層出身の俺が、こんなものに勝てるわけがない。
「どう? おいしい?」
「あぇ……えあうぃ……」
もはや夢見心地で、まともな言葉も出せなくなった俺に対し、さらなる追撃が。
「じゃあ大サービス。次はソース絡めて……えい」
「もぶっ!?!?」
特に溜めもなく、無防備だった口に投げ込まれる、もう一切れ。
先ほどの岩塩ベースのそれとは違い、今度は鉄板でくつくつ熱されたドミグラスソースが、これでもかと絡められていた。
こってりと濃厚なソースが、分かりやすく酸味と甘みを奏でる。
そこに肉汁が絡まり、より濃密な甘みが足されたそれの破壊力たるや、まるで固有武装が如き威力である。
命名。これはデルフィニクス・ハンバーグの、ドミグラスバーストだ。
もっと言うと、ドミグラス・ローストオニオン・エクストリーム・コンフィデンシャル・アンチエイジング・ビッグバンだ。強すぎる。
と、そんな支離滅裂な思考が脳内を駆け巡っていき。もはやそのままぼんやりと、視線を宙に浮かべることしか出来ずにいた。
するとリララはそんな反応を目の当たりにし、くすりと笑う。
「なんかさぁ、アシュリーを餌付けするのって楽しいかも。……次はポテトと一緒に突っ込んじゃおっかな?」
「もむっ……⁉ いっ、いや、もうこれ以上は、ミーティングが……」
「やせ我慢しちゃって~。ほれほれ、ワシの肉が食えんのか~?」
そんなクサい演技まで入れながら、リララはぐいぐいとフォークを押しつけてくる。
思わずのけぞりながらもそれを遠慮していると、座ったまま前のめりになっていたリララは……。
……何故かそこで、ピタリと動きを止めた。
そうしてそのまま、おずおずと辺りを見渡してゆく。
「……あのさ、アシュリー。最近……視線を感じたことってない?」
「こんな馬鹿騒ぎやってるんだから、そりゃ注目は集めるだろ……?」
「いや、そうじゃなくて。なんかこう……そういう感じじゃないの。何かさ、意味深な感じの」
「……? いや、俺はないが……今も感じたのか?」
「うん。大体が食堂なんだよね。まぁ、たまにドックでも感じるんだけど」
神妙な面持ちでリララが食堂の中心へと目を向けるので、つられてそれに続く。
するとちょうど、眉をひそめながらこちらの方を見ていた男と、たまたま目が合った。
――そう、何の因果か、また例の男である。
そして、俺は……そいつの顔を、初めて真正面から確認することが出来ていた。
「……アイツだ」
「えっ?」
慌てて顔を士官帽で隠されるが、もう遅い。
「視線の正体はアイツだ、間違いない……‼」
そう言うや否や、俺はそいつをとっ捕まえるべく、動き出していた。
そいつも慌てて席を立ち、一目散にその場を離れていく。
……くそっ、昼時だからか人が多い。
「おい待て!」
「ちょちょっ、アシュリー⁉ も……もふふぼふ‼」
慌てて皿の上のものを全部頬張ったのか、そんなくぐもった声が後ろから聞こえてくる。
しかし俺は構うことなく、人をかき分けかき分け進んで行く。
しかし相手はここを熟知しているとばかりに、一足早く通路へと抜け出してしまう。
しかもなんとかこちらが通路に出られた時には、すでに通路の先の角を曲がっていた。
と、そこで唐突に、耳障りなサイレンが鳴る。
……構うものか。せっかく、せっかく全ての答えが、手に届く距離にあるんだ。
捕まえて全てを聞き出して、そうしてから出撃した方が、きっと何倍も楽になるはず……。
「ま、待ってアシュリー!」
唐突に裾を引っ張られ、不意に前のめりに倒れかかる。
苛立ちを隠さず振り返ると、そこには先ほどまでの余裕を一切なくした、真剣な表情のリララがそこにいた。
「今のサイレンはマズいって! 緊急出動対応のやつなんだから……!」
「でも……」
「いいよ、いいから。放っといていい。別に何も思ってないから」
「いや、アイツはそういうんじゃ……!」
「……アシュリー‼ フィンティが危ない目に遭ってるかも知れないんだよ⁉」
予想外に大きな声を出され、思わずうろたえてしまう。
リララはそんな俺をじっと見つめながら、服の端を握っていた手に力を込めた。
「第二種出動命令ってことは、向こうの状況が相当悪くなったってことなの。……のんきにご飯食べててごめん。すぐにドックへ向かおう」
「……。……分かった」
……確かにリララの言うとおりだ。フィンティが窮地に陥っているのなら、のうのうと鬼ごっこなんてしている場合ではない。
いつになく真面目な様子のリララに諭され、俺は渋々頷きを返す。
そうして駆け出していくリララの後を追いかけようとして……俺は最後にもう一度、アイツが消えていった先に顔を向けていた。
――焦げ茶色の長髪。それに呆れるほど見慣れた目鼻立ち。
後ろ姿こそ既視感程度しか覚えはないが、しかし真正面から見ればすぐ分かる。
何故なら……つい先日まで、延々とそれを鏡越しに見てきたからだ。
思い返すは、リトルマザーとの問答。
――ノウェンベルの脳は別の素体に移植し、そこで休養を取らせる。
――俺の体はリトルマザーが管理する。
――逃亡や離反をした場合、元の体には戻れない。
なるほど。
俺はまんまとあの幼女に、してやられていたらしい。
「俺の体を間借り出来る奴なんか、一人しかいないよな。……なぁ?」
一拍置いて、その名前を呼ぶ。
「――ノウェンベル・キリシマ……」
俺はそんな独り言を残して踵を返すと、慌てて持ち場に向かう整備士達と共に、全速力でリララを追いかけていったのだった。
ここまでお読み頂いてありがとうございます。
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また、今回で大きな大きな伏線を回収しましたが、物語としてはむしろここからが本番。
エピローグまで、何卒お付き合い下されば幸いです。




