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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第五章 『望まぬ再会』

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020 スタンス



「――そもそも南極大陸などと違い、北極という地域は巨大な氷の塊が北極海に浮いているだけに過ぎません。だからこそ海水面の急激な上昇(セブンスカタストロフ)を経ても、異変以前からの面積をほぼ保てているのです。さらに季節によって、その海岸線は大きく変化もしますから――」


 ワダツミに乗ったフィンティを見送って、はや数日。

 俺は士官室の長机にて、一人頬杖をつきながらぼうっと前を眺めていた。

 視線の先にはモニターとスクリーンがあり、眠気を誘う文字が様々躍っている。

 生あくびを一つ。

 

 ――そう、今は教官によるマンツーマン講義の真っ最中である。

 リララが大目玉を食らった件でカリキュラムに遅れが出たらしく、今日は終日あれこれと知識を詰め込まれるらしい。

 とは言え、すでに俺の集中力はからっけつである。

 

「――つまりは攻めやすく守りにくい、それが北極という場所なのです。ワンダードはそれを逆手に取り、約120年前、ポラリス紛争という大規模な紛争を起こし――」


 車椅子に座ったまま、なおも子守歌を聞かせてくるサザナミ教官。

 老眼鏡の弦をつまみ、手元の資料に目を落とすその所作をぼんやりと眺めつつ、俺は居眠り防止も兼ね、ふと思考の海に漂い始める。


 議題はもちろん、ノウェンベルについてである。



~~~



 ……先日は部屋に忍び込んだり、あるいはフィンティに墓地を案内して貰ったりして、実に様々な情報を集められた。

 ここで一度、それらを客観的に整理してみることにしよう。



 まず――ノウェンベルは確実に、何らかの問題を抱えてはいた。

 そしてそれは恐らく、マテラーダ沖に遠征した任務が発端であることは分かっている。


 だが優等生だったことも災いしたか、恐らく彼女は誰にも頼ろうとはしなかった。

 フィンティを筆頭に他の子達と交流こそあったようだが、しかし彼女たちの口が重いことを鑑みると、やはり悩みまでは打ち明けられなかったらしい。

 

 そして多分……フィンティたちが落ち込んでいる理由は、この部分にあるように思う。

 仲間だと思っていたのに、何故一人で抱え込んで、身体を明け渡すという重大な決断をしてしまったのか。

 本人がすでにいない今、その疑問や後悔のぶつけ先が分からない……憶測ではあるが、聞いて回った時を思い返せば返すほど、この推測は正しいように思える。

 

 ……正直、気持ちは良く分かる。仮にブライアンが悩みを抱えて自殺でもしようものなら、俺だって同じような心持ちになるだろうし。

 いや厳密に言えば、彼女は自殺したわけではないし、マザー曰くノウェンベルの脳は別の素体に移したみたいだから、恐らくはそこで仮死(コールドスリープ)状態にでもなっているだけなんだろうが。

 

 ともあれ、唯一対話が出来ていたのがサイコパスじみたAIだったこともあり、ノウェンベルは結果的に、その身体を他人に委ねるという判断を下してしまった。

 ただそんな投げやりな選択をした一方で、俺の初陣では無意識下で動きを止めさせて、俺を危険に晒しもしている。

 ……ここが分からない。

 出撃拒否に至った経緯や、その時の後ろ向きな感情が自律神経下に残っていて、無意識に足を引っ張ったのだろうか。

 それともやはり、慢心した俺を諫めるためか。

 


~~~



「――その後交わされたシラーツク条約によって、北極は正式にワンダードが所有することとなりました。これが史上初めて、三者の隔たりが実際に世界地図を書き換えた出来事ともなり……」

「……………………」



~~~



 それと、気になるのが――あの士官帽の男の存在だ。

 

 言い寄られた俺を助けたり、ノウェンベルの母親に花を手向けたり。かなりニアミスをしてもいるはずなのだが、それでも未だ後ろ姿しか見たことがない。

 次に会ったときは必ず呼び止め、一言二言言葉を交わすつもりだが、いざそう決心した瞬間、今度は一回も出くわさない。

 ルイユ達もここ数日は見てないと言うくらいだし……まるで俺がコンタクトを取りたがっているのを見越して、先手を打っているような印象すら受ける。

 

 どうやらデルフィニクスに詳しいらしいが、どんな知識があり、普段はどんな仕事をしているのかすら掴めない。

 最近リトルマザーのスカウトでやってきたらしいが、果たしてどんな目的があって、アクアルタの門を叩いたのだろうか。

 全てが謎である。

 


 それからもう一つ――ノウェンベルの部屋についても、やけに引っかかりはする。

 

 主がいなくなってすでに一ヶ月近く経過したにもかかわらず、掃除が行き届いた部屋。

 エラーを吐いてなお開いたドア。

 残されていた男物のカミソリに、シェービングフォーム。

 そして、何故か侵入に気づいた教官。

 

 何もかもが、説明のつかないことだらけ……。

 


~~~



「アシュリー。……アシュリー! 聞いているのですか?」

「……。……んぇ? あっ、えっと……」


 あの時の鬼のような教官の顔と、目の前の教官の顔が重なる。

 思わず何度か瞬きを繰り返していると、教官は長いため息を漏らしてきた。

 

「……怠けるのなら、それ相応の知識を身につけてからになさい」

「あっ、えと、すいません……」


 首をすくめ、謝罪の意を示す。

 すると教官はまたもや長いため息を吐いた後、老眼鏡をゆっくりと机に置いた。

 

「アシュリー。何故貴方にここまで講義や課題を課しているか、理解出来ていますか?」

「それはまぁ……部屋に侵入したペナルティで……」

「いいえ、先日のことを言っているわけではありません。そもそもの話をしています」


 そう首を振って否定した教官は、車椅子を器用に動かし、静かに近寄って来る。

 

「……まず、我々に敵が多いことは、なんとなく分かっていますね?」

「それはもちろん。任務の度に、悪態をつかれまくってますし」

「ならば各勢力やその所属部隊だけでなく、実は一般市民に至るまで、我々を快く思っていない人々が多数存在することは知っていますか?」

「……へ? そうなん、ですか?」


 思わずうわずった声を上げてしまう。

 ……アクアルタと言えば、もめ事ばかり起こしている三者間の紛争解決を担う組織であり、人類の良心、あるいは最後の正義とでも言うべき存在だとばかり思っていたからだ。

 教官はそんな反応に、ふっと破顔して見せた。 

 

「その様子だと、貴方のいたフローターシティでは、裏工作が浸透してはいなかったようですね。実をいうと、我々を敵対視している集団……我々は仮の名として『アンチ・アクアルタ』と呼んでもいますが……そういった組織が存在するのです」

「アンチ・アクアルタ……」


 ……うーん、組織名が分かっていないからといって、そんなベタベタな仮名を付けなくても……。

 などと、そんなとりとめもないことを思っていた俺の脳裏に、ふと先日聞かされた話がよぎる。


「……‼ ひょっとして、教官のテロ事件も……?」

「ええ、恐らくそうだろうと言われています。そして奴らは我々を直接テロなどで狙うだけでなく、民衆を唆し、我々をさも悪の権化かのように語ってもいるらしいのです」

「……そうすることで、アクアルタを社会的に潰そうとしてもいる、ってことですか」


 教官はゆっくり頷く。

 

「実際、過去に幾度か民衆の間で、デルフィニクスの排斥運動が勃発しかけたことがあります。これまではなんとか事前に察知し、沈静化させることが出来ましたが、いつまた火種が生まれるか分からない。ですから我々は、常に襟元を正しておく必要があるのです。もしも戦闘介入の根拠を問われたら、相手を真正面から正論で殴り倒すくらいでなければなりません」

「なるほど。だからあのリララすらも、一応は建前を並べられる、ってわけですか」

「ええ。……もっとも、あそこまで教育するのに、相当な苦労もありましたが……」


 頬に手を当て、一つため息をついてみせた後、教官はそれでも向き直りながら続けた。

 

「ともかく。貴方が今後も人々のため、身を粉にして働いていくには、腕っ節だけ強くてもダメだと言うことです。……分かって、いただけましたね?」

「……」


 そうして念を押されたその言葉に……俺はふと、引っかかりを感じてしまっていた。

 というのも。そもそも俺はそんな高尚な志を持って、デルフィニクスに乗っていたわけではないからだ。

 

「……。あの……」

「何か?」

「正直に言っても、いいです? ……俺は別に、人々の安寧を守るためにーとか、そういう理由でデルフィニクスに乗っているわけじゃ、ないんですけど……」

「……、……」


 そんな告白に、教官はなぜだか目を丸くする。

 俺は頬を掻きつつ、続けていく。

 

「どこまで聞いているか、分からないんですが……元々俺はこじつけのような理由で、ここに連れてこられただけなんですよ。パイロットの適正があったから、他の勢力に渡せないって。で、それで遊ばせてるよりはってことで、脳をノウェンベルの身体に押し込まれた、ってだけなんです」

「ですが……貴方は、第一水陸機動隊の少尉として任官したのですよね? 当然その際には、我々の理念や思想に賛同を……」

「一言も説明されませんでしたよ、そんなこと。操作方法の動画を見させられてたら、いつの間にか士官服着せられてて。それでリトルマザーから、『今から貴方は少尉となります、相応の立ち振る舞いをお願いします』って一方的に言われただけです。まぁ、相応の立ち振る舞い~って部分は連呼されましたけど……正直言えば、それくらいです」

「………………」


 愕然とする教官。

 その反応には、さすがにこちらもため息をつくしかなかった。

 

 恐らく教官は、世界の秩序を担う組織の一員として、少なからず滅私奉公の心持ちがあって然るべきだと考えているのだろう。

 しかし、かのリトルマザーはそんな義理や人情、あるいは忠誠心といった感情を、ほとんど理解出来てはいない。

 それで今回、このような行き違いを生んでしまったに違いない。

 ……やはりあの幼女は人心に関わることになると、本当にポンコツになるようだ。

 

「もちろん、いまノーブルを操れるのは俺しかいないってことも分かってます。それから、アクアルタの理念や姿勢は立派だとも思ってますよ。だから求められたなら、いくらでも出撃はします。そこは安心して下さい」

「……そう、ですか」

「でも、人々のために身を粉にしてーとか、そこまでのモチベは流石にないですね。禁固刑がイヤなら協力しろって、リトルマザーから脅迫されただけ。妹たちの食い扶持を稼ぐ為に、言わば傭兵みたいな心持ちで乗っているだけ。後はまぁ、デルフィニクスで戦うのが純粋に楽しいから、それで乗ってる、ってのもありますけど」

「……」


 これを機に、俺の今のスタンスを正直にぶっちゃける。

 すると教官はどう反応して良いか分からないとばかりに額を掻いた後、それでも言葉を選びつつ、口を開いていく。

 

「でしたら……他の子達と同じ水準を貴方に求めようとしたのは、いささか酷だったかも、知れませんね……」

「ああいえ、俺のためを思ってやってくれていたことは伝わっています。ただ……まぁその、講義については、もうちょっと手心加えてくれると助かります。座学、ホント向いてないんで……」

「そうですか。……そうですね、分かりました。少し、カリキュラムを修正します。今日の講義については、ひとまずこれで終わりとして……」


 と、願ってもない事を教官が言いかけた、そんな時だった。

 ――教官や俺が持っている端末が、同時に震えたのは。

 

 手早く内容を確認すると、どうやらワダツミから救援要請が来たらしく、俺とリララに援軍に行くよう指示が出されていた。


 ……ワダツミには、フィンティが同行しているはず。

 にもかかわらずそんな要請が来るということは、すなわちデルフィニクス一機では捌ききれない事態に直面しているということに他ならない。

 

「……ミーティング、やっている余裕あります?」


 ひとまず教官にそう伺いを立てる。

 しかし教官は難しい顔をしたままだった。

 

「……マザーからの指示文には、第一種出動命令とあります。ですからひとまずは、通常と同じ手順を踏んで貰います。ただ……」

「ただ? ……何ですか?」

「有り体に言い換えるなら、マザーは緊急性はそこまでないと判断した、という事でもあります。リララを単騎で向かわせても何とかなるとは思いますし、明日にはクレイアが帰ってきますから、仮に追加戦力が必要なら、そのまま向かわせることも出来ます。……貴方に出撃して貰わなくても、何とかなるはずで……」


 と、教官は急に水くさいことを言い出すので、俺は思わずそれに食い下がっていた。

 

「あの。……今の話で俺が全く信頼出来なくなった、ってわけじゃあないんですよね? なら、変な気を使わなくても大丈夫ですよ」

「……良いのですか?」

「ええ。仲間を助ける為なら、喜んで出撃します。ていうか、俺にもやらせて下さいって頼み込むレベルです」

「……」


 それでも教官は、俺の申し出に及び腰だった。

 

 ……それは言うなれば、距離感を図りかねているとでも言うべきか。

 ノウェンベルの後任としてではなく、単に穴を埋める代役として扱うべきか。

 あるいは本当に傭兵と考え、極力貸しを作らないようにすべきか……そんなことまで考えているようにも思えた。

 

 だからこそ俺は、より強く申し出をしていく。

 

「……お願いします。フィンティにもしものことがあったら、それこそ後悔に苛まれ続けますから」


 その俺の真剣な表情を見て、教官はようやく決心がついたらしい。

 大きく一つ頷いてから、口を開いていった。

 

「分かりました。……リララはこの時間なら、まず食堂にいるはずです。非番にもかかわらず要請が来て、たいそう不満を持っているでしょうから、まずは引きずってでも、彼女を連れてきて貰えますか?」




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