019 小道の先
「悪いな、出撃前でバタバタしているのに」
翌日。
俺はパイロットスーツへ着替えを済ませていたフィンティに声を掛け、施設内にある墓地とやらに案内して貰っていた。
並んで歩きつつ、そんなわびを一つ入れると、フィンティはふるふると首を振る。
「出撃までは、まだ時間がありますから。それに……今回は遠出の予定なので、出立前にも寄っておこうかって考えていたんです。だから気にしないで下さい」
「確かワダツミと一緒に、旧アラスカ方面に行くんだっけか」
「あ、そのとおりです。……誰かから聞いたんですか?」
「……ちょっとナルシストの誰かさんにな」
知りたくもないのに教えてきた金髪イケメンの顔を思い出し、そのイメージをフッと鼻息で吹き飛ばす。
するとフィンティは心当たりがないとばかりに小首をかしげた後、ふと目を伏せながら続けていった。
「クレイアちゃんもここのところ、オーストラリアの方に出払ってるみたいですし……しばらくは、留守をお任せすることになると思います。申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」
「……まぁ、リララもいるしな。こっちのことは気にしなくていいから、そっちこそ気をつけてきてくれ」
フィンティらしい気遣いに、同様の気遣いで返す。
フィンティがそれににっこりと応じてくれたのを確認した後、俺は何気なく視線を周囲へと向けた。
「それはそうと、こっちってことは……もしや墓地って、たまり場の近くにあるのか?」
「あ、はい……そうなんです。というか、実はアシュリーさんも知っているところにあるんですよ」
「知っているところ?」
「もしかしたら気にしちゃうかなと思って、前はわざと避けてたんですけど。実は……、……?」
そこでフィンティは不意に立ち止まり、廊下の先に目を向ける。
視線の先には、以前お茶会を開いた、あのビオトープの入り口があった。
そしてそこから俺たちとは反対方向へ出て行こうとする、男の後ろ姿も見える。
――長髪ポニテに士官帽。そう、例の男である。
「あの男が、どうかしたのか?」
思わずそう問いかけると、フィンティは慌てたように首を振る。
「ああいえ、あの人がどうって言うんじゃないんです。その……人が来たのが珍しいなって、ちょっとびっくりしたというか」
「……珍しい?」
「その……ここらへんって、ほとんどパイロットしかいない区画じゃないですか。僻地でもありますし。なので、特に立ち入りが制限されていたりはしないんですけど、それでも全然人が来ない場所なんです」
「……あんな良い場所なのに? 気分転換に散歩とか、絶対最適だろうに」
「その……」
「……。まさか墓地って、あの中にあるのか?」
そんな問いに、フィンティはゆっくりと頷きを返してきた。
「もちろん、職員さん達の憩いの場にしてもらいたいとは、常日頃から思ってるんですけど。でもやっぱり、お墓があるっていうのは、抵抗があるみたいで……」
「なるほどな……」
「それでも、ああして来てくれた人もいましたから。何かちょっと、報われた気分です」
「……。ずっと手入れをしてきてるもんな。フィンティは」
そう合わせると、フィンティはふわりと微笑んだ。
それにこちらも穏やかな笑みを返しつつ、ふともう一度、廊下の先に目を向ける。
……恐らくは角を曲がったのだろう。
士官帽の男の姿は、すでに見えなくなっていた。
+++
ビオトープは、今日も優しい日差しが降り注いでいた。
そんな中、フィンティはこちらを先導するように、先日はあえて避けた左の小道を進んでゆく。
「元々ここには、ここまでの植物は植わっていなかったんです。でもそれだと、ここで眠ってる人達が寂しいだろうからって、私の母が少しずつ手入れを始めて。……母が亡くなってからは、私がその遺志を継いでるって感じなんです」
辺りを見渡しつつ、穏やかにそう語る、パイロットスーツに身を包んだフィンティ。
手を後ろで組みながら静かに歩くその姿は、これから遠征に赴くデルフィニクスパイロットとは思えないほど、たおやかで慈愛に満ちていた。
「……ノウェンベルの両親も、すでに亡くなっているのか?」
俺の問いに、フィンティは後ろ手のままゆっくりと振り返り、そして静かに頷く。
「先にベルちゃんのお母さんが亡くなってから、少ししてお父さんの方も。……ベルちゃんは一人っ子でしたから、それで身寄りが誰もいなくなってしまったみたいです」
「……家族はまだしも、親族なら他にもいるんじゃないのか?」
「もちろん、いるにはいると思います。もちろん、私にもいますし。でも私たちはプライベートで施設の外に出ることが出来ないので、特に会う機会はないんです」
「えっ……俺はともかく、フィンティ達もなのか?」
こちらは言わば懲役を受けている身だし、出撃の時以外は軟禁状態なのも仕方がないと思ってはいたが……まさか他のパイロットまで、同じような状況だとは思わなかった。
するとフィンティは、誤解だと言わんばかりに半笑いを見せてくる。
「……実はですね。母が現役だった頃、機体や施設ではなく、アクアルタ職員に狙いを絞ったテロや工作が多発したんです。それからアクアルタの関係者は、基本的に外出が制限されるようになってしまって」
「人に、狙いを絞った……」
「はい。その最たるものが、サザナミ教官が現役だった時に起きた、爆殺未遂事件です」
「……! えっ、教官が車椅子なのって、まさか……」
思わず口からついて出たそれに、フィンティは静かに首肯を返してきた。
「その時の怪我が原因で、パイロットを引退しなければならなくなりました。……アクアルタ発足直後は、パイロットも定期的に里帰りが出来ていたみたいですが。今はテロへの警戒から、買い物も基本的に施設内で済ますか、もしくは通販に頼らざるを得ない状況なんです」
「……」
思わず押し黙ってしまう。
教官が元パイロットだったのは、講義の中でそれとなく言及されてはいたが……まさかそんな事件があったとは。
……それに。外からは華やかに戦っているように見えていたが、どうやらデルフィニクスのパイロットは、相当窮屈な生活を強いられてもいるらしい。
ただ、考えて見ればそれも仕方ないことかも知れない。なんせデルフィニクスを真正面から伸すのは、はっきり言って無理難題に近いのだから。そりゃあ裏工作が通るなら、試してみたくもなるだろう。
「当時はまだ各陣営もエリート機を揃えきれていませんでしたから、あの手この手でデルフィニクスを止めようと画策していたみたいです。私の母や、それからベルちゃんのお母さんも、同じような絡め手を使われて……。……亡くなりました。結果的に」
「……そう、だったのか」
静かに、それでいて寂しそうに語るフィンティに対し、気の利いた言葉が言えず、視線を逸らすしか出来なかった。
するとフィンティはくるりと踵を返し、そのまま小道を少しだけ進み……ふとそこで立ち止まった。
「ここには、第一水陸機動隊の士官だった方々と、その家族が眠っています。つまり……デルフィニクスの歴代パイロットと、その関係者専用の墓地になっているんです」
そんな言葉に促され、こちらもフィンティの側まで寄っていく。
すると小道の脇に広がる小さな花畑の真ん中に、よくよく目を凝らせば、いくつか墓碑が並んでいるのが見て取れた。
まるで色とりどりの花に抱かれるようにして眠る英雄達やその家族に、草花を踏まないよう慎重に、ゆっくりと近づいてゆく。
――マーガレット・キリシマ、チヒロ・サザナミ……アイリーン・ウヅキに、それからオリヴィア・ユラ。
墓碑に刻まれていた名は、どれも先日教官に講義で叩き込まれた、歴代パイロット達のものだ。
間に挟まっている他の人々の墓碑も含め、それらを順繰りに眺めてゆく。
そして。
「……母です」
横から端的に告げられ、ふと立ち止まる。
すると目の前の、生年月日と没年月日しか書かれていない簡素な墓碑に、ナディアン・ウヅキと書かれてあるのが見て取れた。
フィンティは一歩前に歩み出ると、静かにうつむき、故人に祈りを捧げ出す。
俺はそれを邪魔しないよう、そろりとその場を離れ……。
……ふと、その横にあった墓碑に目を向ける。
シャノン・キリシマと銘打たれたその平たい墓碑には――
――白百合の花が一輪、ひっそりと手向けられていた。
「……行ってきます。って……あれ? アシュリーさん、どうしてその花を?」
そんな何気ない質問に、いったい何を問われているのか分からず、つい聞き返す。
「その花って、どの花だ?」
「その百合の花です。もしや、誰かから聞いたんですか?」
「いや、これは俺が置いたものじゃない。元から置いてあったんだ」
「……」
フィンティは一瞬呆けた顔を浮かべた後、それでもゆっくりとこちらに近づいてくる。
「そのお墓が……ベルちゃんのお母さんの、お墓です。ベルちゃんはいつも、その花を手向けていて……」
「……!」
「ああでも、別にベルちゃんだけがお墓参りをしていたわけではないですよ。今も時折、当時から慕っていた人が、色んなものを手向けに来ているみたいです。確か一週間前も、同じように一輪の花が手向けられてましたし」
そんな話を聞き、改めてその花を眺めてみる。
……真新しく、みずみずしい。少なくとも半日以上放置されたものではないはずだ。
と、そこでふと脳裏によぎるは、先ほど見た後ろ姿。
「……なぁ、フィンティ。変なこと聞いてもいいか?」
「変なこと、ですか?」
「ああ。ノウェンベルに、恋人がいたのかどうかが知りたい」
そんなド直球の問いに、当然フィンティは目をぱちくりさせる。
が、それでも俺が真剣な表情を崩していないことに気づいたようで。
「あ、えと、その……いなかった、と、思います」
「本当か?」
「はい。少なくとも、心当たりはないです。……アシュリーさんはこの花、ベルちゃんの彼氏が置いた、と?」
「……の、可能性もあるかと思ってな」
だが、今の答えでその線は消えた。
度々プライベートでお茶会を開き、日記には誕生日を記すほど仲が良かったフィンティが感づかないなら、まず可能性から排除して問題ないはずだ。
しかし、それでもこの花を置いたのは……恐らくは、あの士官帽の男に違いない。
俺は思わず、ビオトープの入り口へと振り返っていた。
「……アシュリー、さん……?」
フィンティがおずおずと問いかけてきていることも気づかず、俺は無意識に男が消えていった方向を眺め続ける。
あの男、いったい何者なのだろうか……。




