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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第四章 『白百合の日記帳』

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018 潜入調査



 第一水陸機動隊(パイロットたち)の居住区は、例のたまり場からほど近い場所に用意されている。

 もちろん汎用モビルフレームのパイロットや母艦の乗組員もいる手前、俺たち専用の区画というわけではないが、それでもこぢんまりとしてはいるため、ノウェンベルの部屋自体はさほど苦労せず見つけることは出来ていた。


 何度も周りを見渡し、辺りに人影がいない事を確認。

 そうしてから俺は、ドアを解錠すべく手をかざしかけ……。

 

 ……ふとそこで今更ながら、良心の呵責に囚われてもいた。


 言うまでもないことだが。……今からやろうとしているのは、不法侵入に他ならない。

 もちろん部屋の主がすでにいない以上、目撃者さえいなければ犯行に気づく者はいないはず。

 露呈しないのだから、黙っている限り後ろ指を指されることもないだろう。

 だがそれでも、恥ずべき行為であることに代わりはない。

 

 ただ。

 ただ、それでも……俺はどうしてもノウェンベルのことが知りたかった。

 彼女を知ることが、戦場で力が抜けてしまった原因を究明し、封じられた近接戦闘を解禁する、一番の近道になると信じていたからだ。

 

 もちろん、今のままでも戦ってはいける。

 ただ、息苦しい。

 せっかくの固有武装を振るえないこともそうだが、スカッと殴り合えないことが、何より堪える。

 

 だから……。

 ……だから俺は、こうするしかないんだ。


 幾ばくかの逡巡の後、俺はキュッと口を結び、意を決してドアに手をかざす。

 すると手のひらの静脈をスキャンしたドアが、すぐにその結果を表示してきた。



 ――ERROR:21102203

    この人物の認証は、すでに取り消されています。

     

   詳しくはお近くの『OU()RP()6J()18()78()ve()rⅡ』までお尋ね下さい。



「……そりゃ、そうだよな」


 そう独りごちた、その瞬間。

 エラーを表示していたウィンドウが、急に緑色に反転する。



 ――認証成功。



「へ……?」


 ウィーンという独特の機械音と共に、ドアがスライドしていく。

 俺は思わず辺りを見渡し、目撃者がいないかをもう一度確認してから、ドアがあった空間をぼんやりと眺めた。

 

「開いた以上は……入るしか、ないよな」


 ……先ほどの挙動は、当然気にはなる。

 単なるスキャンミスだったのか、何らかのバグか。それとも……あえてリトルマザーが、瞬時に認証し直しでもしたか。

 

 だが少なくとも、いま考えるべき事ではない。

 今すべきは、誰かに見られる前に部屋に入って、ノウェンベルを知る手がかりを見つけること、である。


 かぶりを振った俺は、恐る恐る、部屋の中に足を踏み入れていく。

 


 ――ノウェンベルの部屋を一言で表すなら、かなり洗練されていた。

 

 ベッド、カーテン、絨毯やソファに至るまで、シックで落ち着いた色でコーディネートされている。

 ソファに置いてあった柔らかなクッションに触れてみると、意匠はシンプルでいいから、質の良いものを使いたいという、そんな部屋の主の思惑も感じられた。

 収納棚は統一感のあるケースによってしっかりと区分けがされているし、本棚はジャンルごとにぴっしりと並べられている。

 クローゼットを開けてみれば、まるで服屋の陳列かのように、丈や色によって服が細かく並び替えられてあった。

 まさに、部屋の主の几帳面な性格が透けて見えるようである。


 ただそんな中。よくよく見てみると……部屋の隅に置かれている観葉植物が枯れていないのが、ふと気になった。

 イミテーションなのではと、思わず葉を触りにいってしまったほどである。

 脇に置かれているジョウロの中の水も、特に痛んではいない様子。

 机の上に埃が溜まっているわけでもないし……何というか、主がいなくなったとは思えない部屋ではある。

 誰かが定期的に立ち入って、手入れでもしているのだろうか。

 

「……洗面台は、こっちか」


 独り言と共に、水回りを確認しに行く。

 誰かが近々に立ち入っているのなら、多少なりその痕跡が見られると踏んだからだ。

 

 その読みは見事に当たっていて、排水口はまるで先ほどまで使われていたかのように濡れていた。

 水垢がほとんどついていないことから、日頃から丁寧に手入れされていることも分かる。

 

 そして。

 ふとそんな綺麗な洗面台で目に入ったのは――使い捨ての、カミソリだった。

 

「……?」


 思わず手に取り、しげしげと眺めてしまう。

 ……体を間借りしているからこそ分かるのだが、本来ノウェンベルにこんな5枚刃のカミソリや、男性用のシェービングフォームなんて必要ない。

 そもそも、どこもかしこも本当につるつるだし。

 

「……彼氏でもいたのか? なら掃除してあるのも、ある程度納得は出来るが……」


 そうこぼした後、俺は首をかしげながら、それを元あった場所へと正確に戻す。

 そうしてから、同居人の痕跡があるかどうか、もう一度リビングから部屋をぐるりと眺めてみた。

 ……ただ、やはり一人暮らしの女性の部屋、といった印象しか受けない。



 するとふと、部屋の隅に目がとまった。アンティーク調の机の上に、小さな本棚があったからである。

 中でも一際目を惹く背表紙を引き抜いてみると、それは本ではなく、どうやら電子錠付きの日記帳らしく。

 そして……。

 

「……虹彩認証?」


 思わず、電子錠に表示されていた表記を口に出す。

 ……瞳を使った生体認証であれば、部屋のドアと同じく、開いてくれてもいいはず。

 ただ、目を近づけたり遠ざけたり、あるいは角度をつけたりしてみたものの。何故かそのロックが外れることはなかった。


 思わず首をかしげつつ、今度はその横にあった、同じような背表紙を手に取ってみる。


 ――ハードカバーのように分厚い表紙には、白百合の絵がさりげなくあしらわれていた。

 そして……不意に、カチャッという軽い金属音が部屋に響く。

 どうやらこちらは、苦もなく解錠出来たみたいだった。

 

 先ほどのものとの違いに首をかしげつつも、ひとまずその中を順繰りに見てみることにする。

 


 ……なるほど。どうやらこの日記は数年前に新しくしたものらしい。

 それから主観的なことはほとんど書かれてはおらず、任務でどこに赴いたとか、どんな訓練をしたとか、そういった日々の記録やメモを残すものだったようである。

 ずいぶん真面目で細やかな性格だったことが、ここからも如実に読み取れる。


 さらに前から順番に、書かれている内容を深く精査していく。

 ……どうやらかなりの読書家だったようで、休みの日は本のタイトルと、その後ろに『読了』と書かれた記述がいくつも並んでいるのが確認出来た。

 それと、気になることがもう一つ。

 

「……『お墓参り』? ここと、ここと……ここにも。大体一週間ぐらいの周期か……」


 しかし、ここにお墓があるだなんて聞いたこともなかった。

 頻度からして遠出をしている感じではないし、施設のどこかにはあるのだろうが……リトルマザーにでも聞けば、教えて貰えるだろうか。


 あの底意地の悪い幼女の姿を思い浮かべつつ、なおも読み進めていく。

 しかしそれ以外にめぼしい手がかりは何もなく、『フィンティ誕生日』などという特殊なイベントごとぐらいしか、目立った記述はなかった。



 なので今度は、日記の後ろの方を確認してみることにする。

 すると最後に近づいて行くにつれ、記録に結構な抜けがあることが確認出来た。

 先ほどまでと比べ、文字がどことなく弱々しい気もする。

 

 それがどこから始まっているのか、遡って調べてみる。

 すると……任務でマテラーダ沖にまで遠征したという記録が、ふと目にとまった。


 ――マテラーダ。旧東南アジア地域にある、寂れた岩礁地帯だ。

 数多のフローターが身を寄せ合って、流されないよう岩礁に係留し、必死に風雨に耐え忍んでいる……そんな、いわゆる貧困層しかいない地域である。

 運送業でジェットボートに乗っていた頃に何度か通ったこともあったが、金払いが悪くて難癖を付けてくる輩が多く、あまり良い印象がない場所でもあった。

 

「最近、紛争や事件があったとか、そんなの聞いたこともなかったけどな……」


 そう口にしつつ、前後のページをペラペラとめくっていく。

 どうやらここを境にして、ノウェンベルは日を追うごとに不安定になっていったようだった。

 


 そうして、しばらくその近辺を見返しては、首をかしげていた……その時だった。

 ――唐突に、呼び出しのチャイム音が鳴り響いたのは。

 

 思わず肩をびくつかせた俺は、それでもすぐに身じろぎせず、息を潜めた。

 ……本来この部屋に人がいるわけはない。おとなしくしておけば嵐は過ぎ去るはず。

 

 しかし、何故かチャイムは等間隔で鳴らされ続けていた。

 それどころか、次第にドアをノックする音まで響いてくる始末。

 ……いったい、どこの誰だろうか。

 ひとまずカメラ越しにその顔を拝みたくもなるが、生憎この部屋の端末など持っているはずもなく、確認出来る手段がない。

 

 仕方なく、俺は静かに日記帳を元の場所に戻す。

 そうしてから何度か咳払いを入れ、出来うる限りの女性らしい声を、ドア越しに投げかけることにした。

 

「あっ、あのぉ~。部屋、間違ってませんかぁ?」


 ……。……仕方無いだろう。ノウェンベルがどういった口調だったのかすら、全く知らないのだから。

 

 しかし、そんな不法侵入者の浅はかな猫なで声に対し、呼び鈴を鳴らしていた人物は低く鋭く返してくる。

 

「……。アシュリー、そこにいるのは分かっています。おとなしく出てきて下さい」

「……⁉ きょ、教官? 何故ここに……」


 思わずドアを開けると、その先で仁王立ち……いや車椅子だから仁王座りとでも表したほうが良いだろうが、鬼の形相で待っていたのは、サザナミ教官だった。

 

「この部屋は貴方の部屋ではありませんよ。何をしていたのか、教えて貰えますか?」 

「あの、ええと……ほら、俺っていま、ノウェンベルの体じゃないですか。だからもしかしたら入れるかなーって、そんな考えが浮かんだというか、魔が差したというか……」


 氷のような眼光で射貫かれ、冷や汗を垂らしながら言い繕うが。教官はにこりとも笑わずに、こちらを糾弾し続ける。


「……貴方は常日頃から、自分を男だと主張していますね? であれば貴方は断りもなく、異性の部屋に侵入したという事になります。その点については、どう考えていますか?」

「いや仰るとおりで、何の反論も……いえ、あの、それよりもどうして、俺がここにいると分かったんです?」


 平謝りしつつも、ふと浮かんだ疑問をねじ込んでいく。

 しかし教官は鼻息を挟んだだけで、こちらの質問には答えようとしない。

 

「……。一報を聞いたときはまさかとは思いましたが、本当に貴方が他人の部屋に入っているとは思いませんでした。口調こそ粗野ですが、素行自体は常識人だとばかり思っていたのですが……」

「いや、だからその一報って、どこの誰からなんです?」

「……」


 そこで口をつぐんだ教官は、今度はため息をついてから、若干表情を崩す。

 

「……大方、ベルのことを知ろうとしていたのでしょう?」

「……。まぁ、そのとおりです」

「気持ちは分かります。貴方に焦りがある事も、その状況を自ら打破しようと考えていることも。……その件についてはこちらから一切助力が出来ませんし、本当に申し訳なく思ってもいます」

「確か教官は、ノウェンベル本人から、口止めをされているんでしたね」

「ええ。なので本来は貴方に対して、強く言えない立場だと自覚はしています。ですが、それでも……やって良いことと悪いことの区別くらいは、付けて貰わなければ困ります。貴方はデルフィニクスのパイロットで、言わば人類の模範となるべき存在なのですから」

「……。……すいません」


 縮こまりながらうつむく。

 すると教官は長い長い嘆息を返して来た。

 

「とは言え、情状酌量の余地もあります。……そうですね……訓練課題と宿題を、いつもの3倍。今回はそれで見逃してあげましょう」

「……さ、3倍……」

「それとも、査問会にて身の潔白を証明しますか?」

「いっ、いえ、大丈夫です……3倍で、我慢します……」


 さらに背中を丸め、絞り出すようにそう告げる。

 ……訓練はまだ良いが、宿題3倍って……それはもう、休日を返上しろと言っているのと同義である。

 しかしそうしてペナルティにうろたえる様を見て、反省が足りないとでも思ったのだろう。教官は追い打ちを掛けるように告げてきた。

 

「……次は問答無用で査問に掛けます。ゆめゆめ、そのことを忘れないようにしてください。分かりましたね?」


 それになんとか頷きを返すと、教官はようやく鼻息だけを残し、その場を後にしようとする。

 ただ当然、俺はそんな教官を呼び止めていた。

 

「あの! えっと……」

「……まだ何か?」


 不機嫌そうに振り返られての問い返しに、思わずたじろぐ。

 ……今は明らかに立場が悪い状況だ。先ほどの疑問をもう一度聞くのは躊躇われた。

 だから俺は、とっさに別のことを問いかける。

 

「お墓……って、どこにあるか、分かります?」


 ……そう、これを教官に聞くのも、悪くないと考えたのである。


 すると教官は予想外の質問に、一瞬面食らった顔を浮かべたものの。

 すぐにこちらへと体を向けながら、端的に答えを返してきた。



「墓地であれば……私よりフィンティに聞いた方が、よほど丁寧に案内して貰えますよ」




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