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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第四章 『白百合の日記帳』

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017 ひらめき



「ああ、アイツ? 少し前からデルフィニクスの研究チームに混ざるようになったやつだな。例によって、最近マザーにスカウトされたーって言ってたぞ」

「名前は?」

「名前? クリス・アリアケ……だったか。それがどうかしたのか?」

「いや……見たことなかったから、それで聞いてみただけだ」


 雑談がてらそいつの名前を聞きながら、俺はひとまず床に転がっているイヴァンの衣服をぽぽいとカゴに投げ入れていく。


 ――入渠が完了し、デブリーフィングも終えた直後。俺は急に手持ち無沙汰になってしまっていた。

 本来ならば教官とのマンツーマン講義の予定だったのだが、先述の通りリララが特大やらかしをしてしまったため、彼女が大目玉を食らう時間に置き換わってしまったのだ。

 そんなわけで、ぽっかり空いた時間をどうしようか悩んでいたところ……早めに上がってきたイヴァンから、暇なら部屋の掃除を手伝ってくれと頼まれ。

 ……そうして、今に至るわけである。

 

 ルイユがヒステリックになるのも頷けるほどの散らかり具合には嘆息しか出なかったものの、それでも二人なら数時間もあれば綺麗にはなるだろう。


「でも……新しく入って来たわりに、なんかやけにデルフィニクスの仕様に詳しかったりするんだよな。だから元々どっかで何かやってたのかも、とは思ってるんだが」


 机の上に積み上がった本や書類を、近場にあった適当な段ボール箱にしまい込みつつ、ぼうっとそう口にするイヴァン。

 その段ボールの隅に小さく描かれていた、ポップな黒いヤギのマークをぼんやりと眺めながら、俺はふと思ったことを問いかけていた。

 

「それじゃあ、どこかのスパイとかの可能性もあるんじゃないのか?」

「……、……。まぁ、マザーがそういう身辺調査なしに引き入れたり、研究に混ぜたりするって事はないだろうし。あんま深く考えなくても良いとは思うけどなぁ」

「それもそうか」


 ……あれでも百年近くアクアルタを率いてきた、言わば老獪なAIだ。

 あんなアバターを使うことで、油断を誘っている節もある。そこら辺も抜かりはないだろう。

 

 何度か頷きを返しつつ、元々は腕っ節だけで持てたであろうカゴを、何とか全身で抱えながら立ち上がる。

 するとそんな俺を眺めながら、イヴァンが一言。

 

「なんか、その姿さ……家庭的で、ちょっといいな」

「はぁ?」

「や、お前が男だってのは良く分かってる。分かってるつもりなんだが……それでも見た目は女だろう? ふとした時に、ハッとなったりするんだよ」

「……なんだなんだなんだ、ひょっとしてお前、ノウェンベルのことが好きだったのか?」


 なおも手を動かしながら、そんなド直球ストレートを投げ込んでみる。

 ただイヴァンは間髪入れずにそれを否定してきた。

 

「別にそこまでじゃないって。高嶺の花というか、むしろ芸能人見てるような感覚だったし」

「ふーん。……なんだかんだで、一途ではあるんだな」

「は? 誰にだ?」

「誰って……そんなの、一人しかいないじゃないか」


 そうして言外にルイユのことだと告げると、イヴァンはうんざりした顔で、はぁーっとため息を漏らしてくる。

 

「あのなぁ……何度も何度も言うけどな。単身ここにやってきた俺が、たまたま古株だったアイツを頼ったばっかりに、ここまで懐かれたってだけの話。正直、迷惑してんだよ。勝手に部屋入ってくるし、勝手に私物置いてくし、それでいて片付けろ片付けろって一方的に言ってくるしで」

「この惨状見たら誰だってそう言うだろ」


 軽く見渡し、嘆息する。

 ……まぁ、好いている相手がこんなずぼらだったら、矯正したいと思うのもごく自然のことだろう。将来、一緒に住むことになるかも知れないんだし。

 

 ちなみに、端から見たらその好意はバレバレにもかかわらず、ルイユは自分自身の気持ちにちゃんと気づけてはいないみたいだし、イヴァンは言わずもがな。

 ……恋は盲目とはよく言ったものである。

 

「俺の部屋なんだから、散らかってようが勝手だろ? なのにアイツ、まるで自分の部屋かのように……ああそうだ、聞いてくれよアシュリー。俺が許可出してもないのに、いつも勝手に乱入してくるからさぁ、おかしいと思って調べてみたんだよ。そしたらさ、どうなってたと思う?」

「いや、さっぱり分からんが……」

「……アイツさぁ、この部屋のセキュリティに、勝手に自分の情報登録してやがんの! つまりこの部屋は名目上、俺とルイユの部屋になってたんだよ、いつの間にか!」

「ってことは、実質この部屋を私物化して、入り放題にしてたってことか」

「そういうことになるな。……いや、おかしいとは常々思ってたんだよ。ドア閉め忘れたにしては、あまりにそういう事が多かったからさぁ」


 思わず手を止めてまで、身振り手振りでそれを訴えかけてくるイヴァン。

 流石にそのおいたには、俺も乾いた笑いを浮かべるしか出来なかった。


 ……なるほど。将来一緒に住む、じゃなくて、すでに登録上は一緒に住んでいることになっていたらしい。いやはや、恋する年頃の乙女の、ぐいぐい来る感じがすごいと言うべきか、恐ろしいと言うべきか。

 まぁその、恋は盲目だからな。うん。魔法の言葉だ。


「……てかさ、他人の部屋なのに、簡単に登録できるのか?」


 ふと湧いて出たその疑問に、イヴァンはふるふると首を振る。

 

「もちろん、外部からじゃほぼ無理だろうな。だから前に俺が部屋へ通したときに、恐らく目を盗んで、こそこそとやったんじゃないか」

「ふーん。でもそれなら、その登録取り消せばいいだけだろ?」

「やってはみたんだが、変更はマザーの承認が必要らしくて。面倒だったから諦めた」

「面倒って……謁見室に寄って、頼み込むだけじゃないのか?」

「……。……やなんだよ、そんな程度の用で会いに行くの。時間帯によっては順番待ちしてるしさ」


 明らかに渋い顔を浮かべるイヴァンに、何度か同意の頷きを返す。

 ……気持ちは分からんでもない。俺も用がなければ、別に会いたくなんてないし。

 

「てことは……もしかして、イヴァンがいない間にも部屋に入ってきてるかもな。そんでお宝でも探してたりして……」


 警告半分、イタズラ心半分のつもりでそう口にするが、しかしイヴァンはふと視線を斜め上に向けつつ、ふんわりとそれを否定してきた。

 

「うーん……流石にそれはない、と思うけどなぁ。ほら、部屋に入ったら必ず端末に通知が飛んでくるじゃないか。万一飛んでこなくても、入室ログ見たら一発だし」

「確かにそうだな。毎度毎度うるさいもんなぁ、施設内端末」

「それにそもそもの話、お宝なんて全部データ化してあるから、特に心配もしてない」

「……でもさ。以前部屋に通したときに、勝手に端末いじくられたってことだろ? ついでに抜け穴(バックドア)まで仕込まれてたりする可能性、あるんじゃないか?」

「……!」


 ルイユはああ見えて、デルフィニクスの研究チームも統括している身分だ。

 つまりハードだけでなく、ソフト面にも明るい。

 ……彼女の前のめりっぷりを考えると、可能性もなくはない。

 

「お前の端末が完全に制御出来てたとしたら、通知きてもすぐに消せるだろうし、入室ログだってリセット掛けられるだろ? それにコソコソ人の目を盗んで部屋に侵入したりせず、自分のベッドやソファでぐーたら寝転んだまま、お宝探し放題だ。なんせデータなんだから」

「……。……………………」


 イヴァンからさあっと血の気が引いていく。

 そうして作業をほっぽり投げ、慌てて端末を操作していく様を眺めつつ、何度目か分からない苦笑を浮かべた……その時だった。

 俺の脳裏にふと、とあるアイデアがひらめいたのは。

 


 ――アクアルタの施設はリトルマザー主導の下、システマティックに管理されている。

 例えば各部屋のセキュリティは静脈を使った生体認証システムが導入されてあって、俺にあてがわれている部屋は、基本的に俺しか解錠出来ないようになっている。

 ……まぁ、ここに一つ、例外のケースが生まれてはいるのだが。

 

 しかし。しかしだ。俺はノウェンベルの体を間借りしている状況でもある。

 ぶっちゃけると、静脈はノウェンベルと同じということだ。

 

 つまり俺は――何もしなくても、ノウェンベルの部屋に入れるのではないだろうか?

 

 もちろん管理者(リトルマザー)がちゃんと修正しているかも知れないし、仮に入れたとしてもすでに片付けられていて、もぬけの殻という可能性もある。

 ただ、俺は未だにノウェンベルの人となりを全く知らないし、わらをも掴みたい状況であることに代わりはない。

 ……ひとまず、試してみる価値はある気がする。

 


 そんなわけで俺は、なおもイヴァンの洗濯物を処理しつつ、いかに目撃されずに犯行に及ぶことが出来るか、密かに考えを張り巡らせていったのだった。



 ――ちなみに、これは余談だが。

 イヴァンの端末にバックドア……いわゆるセキュリティの抜け穴は、ご丁寧に3個も作られてあったらしい。

 そしてそれが発覚した後は、憤慨するイヴァンをなだめすかすのに苦労したことも、あわせて付け加えておく。

 

 ……えーと、恋は盲目だな。うん。




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