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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第三章 『元の持ち主』

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014 堅物少女と甘味と



「ベルについては、一切話したくありません」


 一ラウンド目、開始数秒ノックアウト。……そんな感じだった。

 


 ――メイン通路から少し外れた場所にある休憩スペース、通称たまり場。そう、ここは俺が皆と自己紹介を交わした場所でもある。

 第一水陸機動隊(パイロットたち)の居住区やフィンティのビオトープ、そして会議に使う士官室などが近くに集まっていることから、しばらくここにいれば誰かしらは捕まえられるというくらい、俺たちにとっては馴染みのある場所なのだが……そんな憩いの場には、簡易的ではあるがキッチンスペースも設けられていた。



 そして誰もいないそんなたまり場のキッチンで、一人ぽつんとコンロに向かうクレイアを見つけ、例の問いを投げかけたのだが。

 しかして返ってきたのは、完全なるゼロ回答だった。

 

「……あのなあ。俺は半ば強制的に、この体に押し込められたようなもんだろ? お前だってその片棒を担いだんだから、そのことは十二分に知ってるよな?」

「癪ですが、把握はしています」

「なのに俺は元の体の持ち主、ノウェンベルについて何も知らされてない。なにも、だ。正直言って、気持ち悪いったらありゃしないんだよ」

「気持ち悪くても、任務をこなしてはいけますよね? なんせ元々、素質自体はあったようですし」

「……」


 そんな暴論に、思わず閉口してしまう。

 ……他の二人と比べ、この堅物少女から回答を引き出すのは困難になるだろうと、もちろん想像出来てはいた。

 だからこそこうして最後に回したのだが……何というか、想像以上ににべもない。


 フラストレーションから、思わず頭を掻きむしる。

 そしてふと自分の頭皮ではなかったことに気づき、心の中で反省したりしていると。

 クレイアはフライパンを持ったまま、横目で何故か俺の顔を……いや具体的に言うなら、どこか一部分を凝視したまま、ぼうっとしていた。


「……ん?」

「あっ、いえ。なんでも……」


 そうしてかぶりを振った後、クレイアはフライパンと向き合いつつ、ハァとため息を漏らす。

 

「まったく……どうしてよりにもよって、こんなカナヅチ男なんかに……」

「あのなぁ。言っておくが、俺は別に泳げないわけじゃない。あの時は単に、人間としての限界を迎えてたってだけだ。第一、ビルの内部を泳いで移動してたことは分かってたんだろ? そっちは出口で待ち構えてたわけだしさ」

「……。まぁ……そうですね」


 なんだか煮え切らない答えが返ってきたが。とにもかくにも、今はあの時の事をああだこうだ言っても仕方が無い。

 今しなければならないのは反論を返すことではなく、クレイアの機嫌を取ることだ。


 俺はまたも頭を掻いてから、口を尖らせつつ告げた。


「……。悪かったな、大事な同僚の中にぶち込まれて」


 ……俺がノウェンベルの体を間借りしている事実は、クレイアの中では未だ納得出来ていない事なのだろう。だからこそ、クレイアはここまで反発しているに違いない。

 そんな考えの元、何に謝っているか分からない謝罪を口にする。

 するとクレイアは、怪訝そうな顔を浮かべながら振り返ってくる。

 

「あの、これだけは言っておきますが。ベルと私は、特別仲が良かったわけではありません。むしろ任務によっては、激しく衝突することもありました」

「……。そうなのか?」

「はい。ですから私はベルに対して、何の感情も抱いてはいません。向こうがどう思っていたかは知りませんが、少なくとも私としては、ただの同僚でしかありませんでした」

「……なら、何で一切語ってくれないんだ? こんなに食い下がられてイライラするくらいなら、料理の合間にでもぺらぺら喋ってしまえば良いだけだろう」

「……」


 俺のその問いかけに対し、構うことなく料理に戻ってしまうクレイア。

 ……その反応を見るに、いま口にしたことは恐らく、全てが真実ではないらしい。

 ケンカしたのは、恐らく事実だろう。だが何も思ってないわけじゃなさそうだ。

 

 と、俺がそう思考をまとめている中。

 ものが完成したのか、クレイアは手際よくフライパンの中のものを皿に乗せると、冷蔵庫から出していたカットフルーツをそこに盛り付け、ソースを掛けてゆく。

 

「なに作ったんだ?」


 すでに香しい香りがこちらまで漂っていたので、興味本位で覗き込む。するとクレイアはそんな俺を、何故だか軽蔑するように見つめてくる。

 

「……見て分からないのですか? それとも脳移植で視力でも落ちたのです?」

「すまんが、分からん。俺はフロータード出身だからな」

「っ、そうでしたね。……これは、ホットケーキです」

「ああ、これが」

「……やっぱり知ってたんじゃないですか」


 殺傷能力の高いジト目を向けられるが、しかし俺はそれに肩をすくめて返す。

 

「名前だけはな。妹たちが時折せがんできたんだが、ついぞ作ってはやれなかった」

「ホットケーキミックスさえあれば、何とかなるのではありませんか?」

「……。そんなけったいなもの、本気でフローターシティにあると思ってるのか?」

「……なら、小麦粉は……」

「人工小麦はもちろんあったが、天然小麦じゃない」

「………………なるほど」


 それだけ絞り出したクレイアは、一拍置いてから、ふと顔だけこちらに向けてきた。

 

「……なら、食べてみますか? もう一つ焼くくらい、そんなに手間ではありませんし」




「……う、わ……」


 それを口に含んだ瞬間、頬が落ちた。比喩とかじゃなく。……いや、もちろん比喩なんだが。

 口の中で広がる幸せに、何だかめまいがする。幸福のめまい。

 

「……大げさすぎませんか? 演技をするなら、もう少しうまく演技して下さい」


 極めて冷めた声を、対面に座ったパティシエから投げかけられる。

 しかし俺はそれに対し、ナイフをがっつり握りしめながら抗議していた。

 

「は? ふざけんなよ。これが演技なら、なにが、何が本当の現実ってんだよ! なあ!」

「……言葉が支離滅裂です。ひとまず落ち着いて下さい」


 困惑の表情を浮かべながら、クレイアもホットケーキを一口大に切り取る。

 その後、特段失敗などしていないことを念入りに確認しながら、咀嚼。

 

 そして対面の俺はというと、もう一切れ頬張って、そしてトリップしていた。

 

 ……口に入れた瞬間の、このメイプルシロップの暴力的な甘み。

 そうして脳にガツンと幸せ物質を投げ込まれた後に、ふわふわでシュワシュワ溶ける優しい生地の舌触りを堪能。

 一噛みするごとに、力強い甘さと優しい甘さが混ざりあう。混ざり合う。

 ラズベリーがプチッと弾け、口に広がった甘味の銀河に酸味のアクセントをもたらしてくれる。

 歯ごたえの良いストロベリーが、澄ました顔をして舌を滑ってゆく。

 嗚呼。嗚呼――。

 

「……馬鹿うめぇ」

「語彙力低すぎませんか」


 被せるようにぴしゃりと告げてきたクレイアは、しかし少々視線を逸らしながら、鼻息を一つ漏らす。

 

「……その。そんなに美味しいなら、感謝の言葉の一つくらい、あっても良いんじゃないですか?」

「マジで美味いありがとう幸せってやつをいま感じてる」

「……」


 そんな即座に返された感謝の言葉に、クレイアはほんの少し顔を赤らめながら、自分の毛先をくるくると回す。

 ……珍しい。普段からどこか人間味が薄い……というか、機械的に人と接してきているクレイアが見せる、極めて人間らしい一面である。

 これ、褒め殺したらどうなるのだろうか?

 

「本当に美味い最高マジで店開けるよ開店いつ? 明日?」

「……明日のわけがありません。これくらい誰だって作れます」

「マジかー残念すぎるわー残念ーざんねんー」


 ……語彙力が尽きた。無念。

 しかし拙すぎるそれらを聞かされたクレイアは、何故かどことなく上機嫌で、幸せそうだった。

 その顔を眺めながら、ふと思ったことをそのまま口にしてゆく。

 

「しかし、まぁ……こんなに幸福を感じる理由は、女の子の体だから、ってのもあるんだろうな。きっと」

「……? どういうことです?」

「元の体の時に感じていた五感と、この体で感じる五感。それが微妙に違ってるんだよ。味覚は特に顕著で、例えばブラックコーヒーが飲めなくなったりもしてる」


 ファーブルとの一件をふと思い出す。

 クレイアはコップを手に取りながら、小さくそれに頷きを返してきた。

 

「なるほど……」

「女の子という生き物は、糖分という名の幸せを摂取することで、やさしくなれる……ていうのは、俺の妹たちが事あるごとに言ってきたセリフなんだが。この体になってみて初めて、それを肌で実感出来てる気がする」

「やさしく……」

「……クレイアもこれ食べて、やさしくなりたかったんだろ? いつも無愛想だしさ」


 冗談交じりにそう告げれば、クレイアは大げさにため息をついてくる。

 

「誤解のないように言っておきますが、これはパイロットとしての調整の一環です。少し過度なトレーニングをしてしまいましたので、それで作ったんです」

「……。運動したのにカロリー摂取したら、結局プラマイゼロなんじゃないか?」


 なおも切れ端を頬張りながら思ったことを問いかけると、クレイアは呆れかえりながら首を振った。

 

「……本当に何も知らないんですね。デルフィニクスにはパイロットリンクシステムが搭載されていますが、その耐荷重による適正体型というのが、細かく決められているんです。仮に鍛えすぎた状態で殴り合いをすれば、腕や脚が操作に耐えきれず、もげたりする危険すらあるんですよ」

「えっ……そうなのか?」

「嘘つくためにホットケーキなんて焼きません。ぶくぶく太るのはもちろん厳禁ですが、過度な筋トレも御法度なんです。今日は少々興が乗って走り込みすぎてしまったので、それでこれを作っていた、というわけです」

「な、なるほど……」


 ……それならば、俺がこれを食べて良かったのかと、ちょっとびくびくしながら皿の上のカロリーを切り分けていると。

 クレイアはそんな俺を見て、ふと薄く笑った。

 

「ベルはそこら辺も完璧でしたから、貴方が多少スイーツを頬張ったところで、何の問題もないはずです。むしろ今すぐにでも絞らないといけないのは、リララの方ですし」

「あぁ……」


 自室でぐーたらゲームしているリララを思い浮かべる。

 ……さもありなん。そもそも胸に小玉スイカぶら下げてるくらいだし。


 そうして、今度引きずってでもトレーニングルームに連れて行かないと……などとぶつぶつ呟くクレイアの顔をぼうっと眺めながら。

 俺はふと今得られた情報に、リララからの証言を追加してみた。

 

「なるほど。ノウェンベルは、完璧な……優等生だった、ってことだな」

「……」


 その言葉が呼び水にならないかと、少々期待しながら見つめる。

 するとクレイアは、目を伏せながらぽつりと言葉を吐いた。

 

「……完璧、すぎたんです。ベルは」

「俺からしたら、クレイアは大分ストイックに映ってるんだが。それ以上だったのか?」

「……ええ」


 寂しそうに、遠くを見つめるクレイア。俺はその横顔に、改めて問いを投げかける。

 

「詳しく……聞かせて、くれないか?」

「……。お断りします」

「……なあ。俺は何も、嫌がらせをしたいわけじゃない。ただ必死なだけだ」


 食い下がる。ここで攻めなきゃ、絶対にこじ開けられないと感じていた。

 

「何かがあったことは分かってる。リララにも聞いたし、フィンティにも聞こうとした。けど俺は、思い出したくないことを無理矢理思い出させるほど鬼畜じゃない。クレイアは二人とは違って、整理がついていないってわけじゃないんだろ? なあ、頼む。手がかりだけでもいい。教えてくれないか?」


 そうして殊勝に頭を下げると、どことなくため息をついた音が聞こえてきた。

 

「……マザーは、なんて言ってたのです?」

「え?」

「二人に聞いたことは分かりましたが、当然マザーにも聞いたのですよね? もし聞いていないのなら、まずはマザーに問い合わせて下さい。私が語るのはそれからです」

「ああいや、もちろん聞いてはみたさ」

「それで?」

「……伏せられた」

「……」


 その答えを聞き、クレイアは黙って椅子を引くと、いつの間にか食べ終わっていた皿を持って、流し場の方に向かっていってしまう。

 

「ちょ、ちょっ、話はまだ終わって……」

「終わりましたよ。……マザーが伏せたのなら、私が勝手に語るわけにもいきません」

「……っ」


 ……やぶ蛇だったか。

 嘘でも良いから回答をねつ造すべきだったと後悔するものの、時すでに遅し。

 クレイアはさっさと後片付けを済ませると、そのままたまり場を後にしかかる。


 そして、それでも俺が納得のいかないという顔を浮かべているのに気づき、ふと振り返った。

 

「マザーが語らないと決めたなら、私はそれに従うまでです。語れと言われれば語りますし、レースの優勝者を拿捕しろと言われれば、その通り動く。それだけです」

「……。……マザーマザーマザーって……お前は機械でもAIでもなく、クレイアっていう一人の人間だろ? 少しは自分の意思で判断したらどうなんだ?」

「……私は」


 俺のそのカミソリのような指摘に対し、一瞬だけ言い淀んだクレイアは、それでも明確な意思を持って俺に向き直ってくる。

 

「私は、リトルマザーが必ずや、私たちを……ひいては全人類を、正しい方向に導いてくれると信じています」

「……」

「だから私は感情を押し殺し、盲目的にマザーへ付き従っているんです。それこそが私の、意思なんです」

「……。だから普段から、どこか人間味が薄いのか」


 思わず口をついて出たそれに、クレイアは肯定も否定もしなかった。

 

「では、この後ガーネットの整備を手伝う予定がありますので」


 そう言い残し、クレイアは今度こそ踵を返し……。

 

「……そうだ。お皿、ちゃんと洗っといて下さいね」


 一言そう言い残して、去って行ったのだった。




 そうして一人ぽつんとたまり場に取り残された俺。

 静かに席に着き直し、半分ほど残っているホットケーキを切り分けながら、ぼうっと考える。

 

 ……人間味が薄いと自称するクレイアの、なんとも人間味のある一面を垣間見ることこそ出来たが。それでも肝心のノウェンベルに関してはゼロ回答だった。

 クレイアだけじゃない。フィンティからも、そしてリララからも、結局芯を喰ったことは何も聞けずじまいである。


「――ノウェンベル・キリシマ、か……」


 ふとナイフとフォークをその場に置き、その名を唱える。

 

「――お前はいったい、何者なんだ……?」



 俺のその問いに答えてくれるものは、誰もいなかった。




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