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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第三章 『元の持ち主』

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013 優しきガーデナー



「……あっ、えっ? ベルちゃ……えと。アシュリー、さん?」


 いつものように名前を間違えられつつ、ぴょこりと観葉植物の上から顔を覗かせたフィンティに、手を上げて応える。

 

「ここにいるって聞いたんだ。いま、ちょっと良いか?」

「あ……はい、大丈夫ですよ。ええと……迎えに行った方が、いいですか?」


 フィンティとは垣根を一つ隔てたぐらいの近場にいたのだが、それでもよくよく周りを見回すと、確かにフィンティのいる場所への行き方は全く分からなかった。まるで迷路のようである。

 

「ここで待っていれば良いか?」

「はい、すぐに向かいますので……!」


 そんな声とともに、ぱたぱたぱたと走る音が聞こえてくる。

 やがて、やわらかな日差しに照らされた左の小道から現れたフィンティは、シンプルなブラウスとスラックスの上に、デニムのエプロンを着ていた。

 

「なんか、作業でもしてたのか?」

「あっ、はい。……あ、でも、もう終わったので。気にしなくても大丈夫ですよ」


 そう言いつつ、裾についた泥を慌てて落とすフィンティ。

 ……その様子を見るに、どうやら作業を中断させてしまったらしい。

 

「少し話がしたいんだ。何かしながらで良いから、話し相手になってくれないか?」

「話し相手、ですか? えっと……なら、今からお茶会なんて、どうでしょう?」

「お茶会?」

「はい。えと、私がさっきいた場所に、小さなガーデンテーブルがあるんです。たまにそこでクレイアちゃんなんかと、ささやかなお茶会を開いてまして。……どう、でしょうか……?」


 上目遣いで聞いてくる。

 特に断る理由もなかったので首を縦に振れば、フィンティはぱあっと笑顔を咲かせてくれた。

 

「では、すぐに準備をしちゃいますね。ええと……今日はミルクとレモン、どちらにしましょうか?」

「……。じゃあ……ミルクで」


 今日は、という部分に引っかかりを感じつつも、出来る限り口当たりがまろやかな方を選ぶ。

 ちなみにその理由はもちろん、先ほどのコーヒーの一件があったからだ。

 フィンティはそれに何度か頷くと、ぱたぱたと今度は廊下の方へ走っていってしまった。

 

 そうして一人残された俺は、ふともう一度、辺りをゆっくり見渡してゆく。

 


 ――ここは施設の外れ、ビオトープのような場所である。

 直接外に面しているわけではないが、天井には天窓が何枚も敷き詰められており、日差しが優しく降り注いで来ていた。

 深呼吸すれば、すがすがしい空気が肺の中に満ちてくる気もする。



 そうしてふと、中を一人で回ってみようかと、左の小道に足を踏み入れようとした、ちょうどその時だった。

 トレーにポットとクッキー缶を片手に、フィンティがぱたぱたと戻って来たのは。

 ご丁寧に、デニムのエプロンから白いフリルエプロンへと衣装替えまで果たしている。

 

「お待たせしました……!」

「あー……いま来たとこだ」

「……あの、しっかり待たせていましたよね?」


 思わず首をひねりながらのそれに軽く吹き出してしまうと、フィンティもつられてそれに笑ってくれた。

 

「気にしないでくれ、男の条件反射みたいなもんだ」

「なるほど。……男性、でしたもんね、アシュリーさんは」


 ふと寂しげな表情で、フィンティは自らに言い聞かせるようにそう唱える。

 そして俺がそれに何か言及するより先に、フィンティはくるりと背を向け、先導するように右側の小道へと歩み出していた。

 

「……そっちからも行けるのか?」


 思わずそう尋ねると、フィンティはふわりと振り返りながら告げる。

 

「はい。えと……こ、こっちの方が、色んな植物を見て回れますから」

「……? なるほど」


 ひとまず相づちを打った俺は、露骨に避けられた左側の小道を眺めつつ、その背を追いかけたのだった。




 そうしてわずかながらの散策の後、奥のテラス席へと案内される。

 垣根の方で小さなシャベルが転がっている様を眺めながら席に座ると、フィンティは慌ててそれを片付けつつも、いそいそと給仕の準備を始めてゆく。

 

「……フィンティは飲まないのか?」


 一人分しか用意されなかったカップを見てそう問いかければ、フィンティはこくりと頷きを返してくる。

 

「ここでお茶会を開くときは、大体こうして給仕してる事が多いんです」

「でも、席は二つあるんだし、給仕した後でだって飲めるだろ? 何だったら準備してる間に、俺がもう一脚カップ持ってきて……」

「いえ、あの、大丈夫ですから。その、お給仕が好きなので……!」


 立ち上がろうとした俺を、フィンティは慌てて制す。

 そうしてから、座り直した俺に向け、少し申し訳なさそうに告げた。

 

「……あの、人をもてなすことは、本当に好きなんです。もちろんここは、私のプライベートな空間ではないんですけど、それでも自分の部屋に人を招いたかのような気持ちにもなりますし。後、それと……」

「それと?」

「……カフェインに、弱くて……」

「ああ……」


 ……なるほど、体質的に紅茶が飲めないのか。

 と、こちらは納得した表情を浮かべるが、しかしフィンティは首を振る。

 

「いえ、飲めないわけじゃないんです。飲むときは飲むんです」

「飲むときは、飲む?」


 お湯を注いで温めていたカップに紅茶をゆっくりと注いていたフィンティは、そんな問いかけに対し、穏やかな表情で続けてゆく。

 

「例えば、どうしても頑張らなきゃいけない、大型作戦の時、とか……」

「……つまり栄養ドリンク的な感じで、紅茶を飲んでるのか?」

「紅茶か、コーヒーを、ですね。それも優雅な雰囲気とか一切なしに、です。なんかもう……ぐびっ、て感じで」


 ミルクまで注ぎ終えた後、エアカップでそれを実演してみせるフィンティ。

 その様をぼんやりと、出撃前の慌ただしい中に当てはめてみる。

 

 ……職員が辺りを忙しなく駆け回っている中、パイロットスーツに身を包んだフィンティ。

 いつもはふわふわなおさげも、今は妙な緊張感が走っているかのよう。

 そしておどおどとした雰囲気を、パンパンと頬を叩いて霧散させた後、やにわに手にしたカップソーサー。

 一気に、くいっ。

 

「……ぷふっ」

「あっ、笑いましたか……⁉ これでも、本気なんですけど……!」

「いや、ごめんごめん、でも何だかシュールで……」

「もー、酷いんですから。……でもそんな理由で、普段はカフェインを断ってるんです」

「いざという時のために、取っておいてるわけだな」


 カップに口を付けながらそう考えをまとめると、フィンティはゆっくりと頷きを返してくれていた。

 ……うん、美味しい。コクがあって、香りが豊かで。

 フロータード出身の俺には正直銘柄なんて良く分からなかったが、それでも良い紅茶だという事は分かった。

 それと……。

 

「……ノウェンベルも、これを良く飲んでいたんだな」


 ふと、思ったことが口から漏れ出てしまう。

 するとすぐ横で、小さく息をのんだ音が聞こえた。

 見ればフィンティは目を大きく見開き、完全に固まってしまっている。

 

「……フィンティ?」

「あ……っ、すいません。ちょっと、驚いてしまって……」

「いや。……自分でも驚いてる。何故か分かったんだよな。何というか……びっくりするほど、体がリラックスしてるから」

「リラックス……」

「多分普通に紅茶を飲んだだけじゃ、ここまでにはならないはずだ。何だろう……細胞レベルで覚えてるというのかな。この光景と。この味と。それから、この感情を」

「……」


 自分の中の感覚を、一つずつ言葉にして伝えてゆく。

 すると唐突に、トレーがカランと落ちる音が聞こえた。

 

「……フィンティ?」


 思わず名前を呼んだその時にはすでに、フィンティは俺の太ももにすがりつき、崩れ落ちていた。

 

「……ごめん、なさい」

「……?」

「ごめんなさい……ごめんなさいっ……。肝心なときに、力になれなくて……頼りにならなくて、ごめんなさい……‼ うう……うううっ……‼」

「……」


 ……もちろん、心の傷をえぐる意図などなかった。

 しかし結果として、それはフィンティのトラウマを思い出させてしまったようだった。

 

 俺はカップをそっと置くと、泣き崩れるフィンティの肩にそっと手を置いた。

 ……今の俺には、それくらいしか、出来なかった。




「……落ち着いたか?」


 俺の問いかけに、跪いていたフィンティは小さなしゃっくりを繰り返しながら、頷いてくれていた。

 

「……そうか」

「その、すいません。……あなたにはきっと、何のことか、分からないのに……」

「でも、察することは出来るさ。色々とな」

「……はい」


 またも頷きを返すフィンティの頭を、そっと撫でる。

 

 そしてこの時点で、俺はフィンティからノウェンベルの事を聞き出すのを諦めていた。むしろこんなトラウマを抱えている子に、何か問いただせる奴がいたら見てみたい。

 ……いや。そういえば、一人心当たりがいた気もするな。厳密に言えば人ではなく、ホログラムの幼女ではあるが。

 

 すると、しばらく頭を撫でられていたフィンティが、ふとおさげを握りしめながら上目遣いになった。

 

「……その。お茶会も台無しにしてしまって、ごめんなさい」

「いや、気にしなくていい。……ただ」


 俺はことさらに強調して、逆接の接続詞を口にした。フィンティは当然、面食らったような顔を見せる。

 

「ただ……?」

「付き合いこそ短いけどな、それでもフィンティが後々まで引きずるってことぐらいは、なんとなく分かる」

「……う」


 図星という顔を見せるフィンティ。

 ……というか、その仕草のまま首をすくめるのは、ちょっと反則的な可愛さも感じる。

 

「ずっと気に病むくらいなら、ちゃんとここで精算しておこう。そうだな……二つほど、約束をしてくれないか」

「やくそく……えと、私に出来る事なら」

「簡単なことだから、安心してくれ。まず一つ。俺の名前を、ちゃんと覚えて欲しい」


 その要求に、フィンティは目をぱちくりさせる。

 だがすぐに意図が分かったのか、恥じ入るように頷いた。


「……すいません。間違えすぎですよね。その……あまりにも顔が似てるから、ベルちゃんが側にいるような錯覚が、ずっと抜けなくて。それで……」

「似てるというか、見た目は本人だしな。仕方無い。ただあまりにも間違えられすぎてるし、いまさら名前を『ベルシュリー』とかに改名するのだけはごめんだからな。ここらでちゃんとしておきたいんだ」


 冗談交じりのそれに、くすりと笑いつつも頷くフィンティ。そのまま体を起こす。

 そして床にぺたり座り込んだまま、俺の名前を呼んだ。

 

「……アシュリー、さん」

「うん」

「アシュリーさん」

「ああ」

「……アシュリーさん」

「その調子だ」

「……。……ベシュリーさん」

「……完全にわざとだな?」


 思わず指さして糾弾すれば、フィンティはそこでようやく顔をほころばせてくれた。

 そうして二人してくすくす笑い合った後。フィンティは自分の中で区切りを付けるように、両手をぽんと胸の前に置く。

 

「……次に間違えたら、本気で叱って下さい。お願いします」

「分かった。……それじゃ、二つ目だ」

「はい」

「次は、ハーブティーでやろう。それなら、フィンティも気兼ねなく飲めるだろう?」


 優しくそんな提案を投げかける。

 しかしフィンティは、それにふと顔を曇らせた。

 

「えと……あの、一度種から育てて、やってはみたんですが……。ハーブティーはリララちゃんが、どうも好きじゃないみたいで。お湯飲んでるみたいだー、って」

「……もー! アイツにはそのままお湯でも飲ましとけ! 俺はフィンティとお茶会がしたいんだからさぁ!」


 強めにそう言い放つ。

 すると一端は面食らったフィンティは、それでもくすりと笑い、それに応じてくれた。

 

「……分かりました。それじゃあ、すぐに種を調達して、撒いて……今度のお茶会までには、用意出来るようにしておきますね」




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