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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第三章 『元の持ち主』

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011 示唆



 検査室から出てきた俺は、休憩所近くにあった長椅子に、大げさなため息を吐きながら座り込んだ。

 

 ……せっかく夢が叶い、憧れのデルフィニクスに乗る事が出来たのに。まさか初っぱなからこんな縛りを設けられることになるなんて。これでは考える事が増えるだけだし、楽しみだって半減以下だ。

 

 またもため息をつきつつ、おもむろに手のひらを見つめる。

 握って、ひらく。握って、ひらく。ピース。サムズアップ。ウツボ、モンガラカワハギ、海にたゆたうなまこのポーズ。

 やはりどこにも違和感はない。

 ないのだが……それが逆に、あの時の異常をより鮮明に思い出させてもくる。

 

「……天狗になってた罰、なのかもなぁ……」


 思わずぼやいて、がっくりとうなだれる。

 するとすぐに俺の視界の端に、色素の薄い金糸のような髪先が映り込んだ。

 ……何度見ても慣れない。今は自分の髪の毛だと言うのに。

 ため息をつきながら、手ぐしでそれをぎこちなく梳かす。

 

「ノウェンベルが、無意識下で慢心を諫めてきた……なんてことはないよな」


 ……あり得なくはない話だ。しかし確証はない。

 結局それを知るには、ノウェンベルについてちゃんと知る必要がありそうだった。



 と、ぼうっとそんなことを考えながら、ふと毛束を見つめていた……そんな時だった。

 

「……大丈夫かい?」

「へ?」


 その言葉にふと顔を上げれば、金髪ロングのイケメンがにこやかな笑みを浮かべ、俺の目の前に立っていた。

 ……どこかで見たことがあるような。

 

「たまたまそこを通りすがったら、盛大なため息が聞こえたからね。……僕で良かったら、相談に乗るよ?」


 そうして既視感のあるそのイケメンは、両手に持った缶コーヒーを二つともこちらに差し出してきた。

 一つはミルク入りの微糖、もう一つはブラック。

 ……なるほど、どちらか選べと言うことか。好みに配慮するあたり、気は利くようだ。

 だが俺はどちらも受け取らずに、手を振ってそれを遠慮していた。

 

「その。……別に、大した悩みじゃ……」

「それにしては、ずいぶんと打ちひしがれていたように見えたけれどね」


 ……どうやら俺は、よほど周囲も気にせず自分の世界に入っていたみたいだ。

 ここはメイン通路に接しているのだから、もっと気を使うべきだった。


「ともかく、人に相談できるような話でもないし、気にしないでくれ。……あ、その……気にしなくて、大丈夫……です」


 ようやく、そいつの肩の肩章に気づく。どうやら階級は俺より遥かに上らしい。

 しかしそいつはくすりと笑うと、そのまま遠慮せず俺の左隣に座ってきた。

 

「肩肘張らず、好きなように喋ってくれて構わないよ。どうせ肩書きなんて、ここではあまり関係ないんだし。……それにそもそも、真に敬意を払わなければならないのは、僕の方さ。君は世界最強モビルフレームのパイロット。かたやこっちはただの雇われ艦長。それも、最近着任したばかりの、ね」

「……えっ、艦長……?」


 思わず横っ飛びしかかる。

 

 ……そうだ、確かこいつは以前、戦闘直前に通信に割り込んできたやつだ。なるほど確かに、艦長と言われてみれば、納得の風格がある。

 しかも……アクアルタには確か、『ワダツミ』の一隻しか母艦がなかったはず。その艦長ともなれば、俺なんかとは明らかに格が違うわけで……。

 

 ただそんな反応を目にしたそいつは、何故か苦笑いを浮かべるばかりだった。

 

「やはり、覚えてなかったんだね。まぁ無理もないさ。帰港後に軽く挨拶はしたんだけれど、君はずいぶんと気もそぞろだったみたいだから」

「ええと……」

「ファーブル。ファーブル・シグレだ。噂はかねがね聞いているよ、ノウェンベル・キリシマくん」


 そうして握手を求めてこようとするが、しかし俺はそれに応じることなく、面と向かってファーブルの顔を見つめた。

 

「……俺の名前は、アシュリー・ウラカゼ、だ」

「ああ、今はそう名乗っているんだったね。申し訳ない……レディの名前を間違えるなんて、紳士としてあるまじき失態だ」


 そうして恥じ入るように、自分の胸に手を当てる。

 ……いちいちリアクションが大げさで、なんだかイライラしてくるな。

 もはや同性として嫌悪感すら抱きつつ、それに毅然と言い返す。

 

「俺は男だ」

「ああ、それも事前に聞いていた気がするね。すまない、無礼を許してくれ」


 分かってるんだか分かってないんだか、ファーブルは悟ったような顔を浮かべたまま。

 話にならないと、思わず立ち去りかけるが……それでも明らかな上官であるこいつをむげにして良いものかと悩み。結局は、離れた場所にストンと腰を落とす。

 ファーブルはそんな俺の一連の行動をにこやかに眺めていたが、自分が受け入れられたと悟るやいなや、俺のすぐ横にわざわざ座り直し、今度は片手で二つの缶コーヒーを俺に差し出してきた。


 鼻息を一つつき、飲み慣れているブラックの方を手に取る。

 そうして小気味よい音を立て、プルタブを開けた俺は。そのまま缶をあおり……。

 

「……ぶーーーっ!」


 あまりの苦さに、思わず噴き出してしまっていた。


 ……そう、いまいち失念しがちなのだが。どうやら体が変わると、感じる五感もそれまでと大きく変わってしまうらしく。

 俺の場合は特に味覚と触覚にその違いが現れていて、普段通りに生活しようとすると、例えばうなじや脇にものが当たっただけで、あられもない声を上げてしまったり、こうして味覚に合わないものを口に入れてしまい、無意識に吐き出してしまったりするのだ。

 

 しかし、そんな苦労を全く知らない隣のキザ野郎は、俺がそれを背伸びをして取ったと勘違いしたらしく。

 

「……そんなに見栄を張らなくても良いのに」


 クスクス笑いながら、まだ開けていなかったもう一本のミルクコーヒーを差し出してくる。

 恨めしい顔を浮かべながら、俺はそれを半ば奪い取るように受け取った。

 するとファーブルは替わりと言わんばかりに、俺が開けたブラックコーヒーを手に取り、そして。

 

「……え? あ、え……?」


 ごく自然に、それに口を付けていた。

 あっけにとられる俺に対し、ファーブルはふと柔らかい表情で答える。

 

「もったいないからね、今は資源不足の時代だし。とはいえ、君に飲ませるわけにもいかないだろう?」

「……」


 その答えと、さりげなくして見せたウインクに、俺は完全にドン引きしてしまっていた。

 しかしそんな胸中も知らず、ファーブルは改まってこちらへ向き直ってくる。

 

「さて。それじゃ改めて、君の話を聞かせてくれるかい?」

「…………」


 当然ながら、口を開くわけがなかった。

 するとしばらく待っていたファーブルは、こちらが全く話そうとしないことを悟ると、呼び水とばかりに口火を切ってゆく。

 

「では、代わりにこちらから少々話そうか。……僕は元々、ワンダードでしがない軍人をしていたんだ。元々合わないとは思っていたが、やはり僕にはとことん相性が悪い職場でね。部下を何人も死なせたし、同僚を何人も看取ったよ」

「……」

「あまりの過酷な環境に、自らの性格を変える子も見てきた。戦場でだけ人が変わったように攻撃的になる子もいれば、完全に心を閉ざし、機械のように任務を遂行するだけになってしまった子もいた。……何も、珍しい話じゃあない。普通なんだ、人格を変える、っていう防御反応は」

「……。…………?」


 ひとまず話を聞いていて、ふとそこで疑問符が浮かんだ。

 ……こいつは、一体何の話をしているんだ?

 まさかとは思うが、俺を別の人格とでも勘違いしているんじゃないだろうな?

 

「だから周りから何か言われたって、特に気にする必要なんてないさ。ね?」

「……いや、待て待て待て、待てって! 事前に通達されてたはずだろ? ノーブルのパイロットは、見た目は同じだけども、中身は完全に置き換わったって!」


 思わず食ってかかるが、しかしファーブルはきょとんとした顔を浮かべるばかり。

 

「もちろん。そしてそれはひとえに、君の心を守るためだろう?」

「……」


 ……だめだ、完全に間違った解釈を前提にして、ものを考えてしまっている。

 思わず額に手を当て、首を振る。

 するとファーブルはそんな俺の反応に、何か地雷でも踏み抜いたと感じたのか。唐突に話題を変えてきた。

 

「分かった。それじゃ違う話をしよう。……さっきも言った通り、リトルマザーに見初められアクアルタに来てから、まだ日が浅くてね。色んな人と交流を深めたいんだ。もちろん君も、その対象というわけなんだけれど」

「……だからこうして無駄話で、交流を深めた気になっていると?」

「無駄かどうかは、最後まで聞いてみないと分からないだろう? ……先日のことだ。すごい腕前を持つと伝え聞いていたパイロットが、ようやく現場に復帰すると聞いてね。僕と入れ違いに休職していたその子とは、実はまだ一度も顔を合わせてはいなかったんだ。だから正直、ワクワクしながら艦橋に立っていた。するとどうだ、白き花のようなモビルフレームに乗り込んだその子は、伝え聞いていたよりもずっと豪胆で、苛烈だった。そうして舞うように、敵機たちを蹴散らしていってしまったんだよ」

「……。………………⁉」


 ……待て待て待て、これってもしかして、俺の事か……⁉

 

「正直に言えば、一目惚れに近かったさ。そう、アシュリー……君のことだ」

「……っ⁉」


 あろうことか、キザ野郎は俺の手を取り、両手でぎゅっと握りしめてきた。

 

「君は……見るもの全てを圧倒するほど、可憐で、美しい。どうだろう、君さえ良ければこのあと……僕と、一曲踊ってはくれないだろうか?」

「ばっ……ば、ばばばバカじゃないのか⁉ 俺は男だって、何度も言ってるだろ‼」

「それでもいい。……それでもいいんだ」

「いいわけないだろ‼‼‼‼」


 ありったけの声で叫び、その手を振りほどく。

 するとファーブルは一瞬悲しそうな顔を見せてから、しかしすぐに笑みへと戻った。

 

「……すまない。確かにここに、舞踏会の会場なんてなかったね。戸惑うのも無理はない」

「そういう意味じゃねえよ‼」


 あらん限りの勢いで突っ込んでしまう。

 

 ……確かに、誤解するのも分からなくはない。

 まずデルフィニクスに女性しか乗れないことは周知の事実だから、本当に男が乗ってるとは思いにくい。

 加えてファーブルは、ノウェンベルとの面識がなかった。

 だから今の俺を、多少性自認がズレた女性だと勘違いしてしまうのは、仕方のない話でもある。

 だがそれでも……もちろん、実際は全く違うわけで。

 

 だからこそフラストレーションに任せて叫んでいると、ファーブルはふと苦笑いを浮かべながら謝ってきた。

 

「悪かった。やはり他の子達と同等の仲になるには、もっと段階を踏んでいかなければならなかったね」

「……同等の仲?」

「戦場に向かっているというのに、あんなに親しげに話をしていたじゃないか。艦長という立場柄、少しばかり聞かせてもらっていたけれど……それまでずっと積み重ねてきていた友情というものを、君たちからはすごく感じたよ。君自身に、その記憶はなくとも、ね」


 見当違いも甚だしい事を、自信満々に言うファーブル。

 思わず閉口しかかり……ふと、俺は口元に握りこぶしを近づける。

 

「それまで積み重ねてきていた、友情……?」

「……違うのかい?」

「いや……確かに、そうだった。ずっと、積み重ねてきていたんだったな」

「……?」


 怪訝な表情を浮かべるファーブルを放って、ひとりごちる。

 

 ……そうだ。リトルマザーからは聞けずとも、あの3人からノウェンベルについて聞くことは出来るんじゃないだろうか。

 もちろん3人もまた口止めされている可能性はあるが、それでもリトルマザーほどとりつく島がないわけでもないはずだ。

 

 俺はミルクコーヒーを一息にあおると、空き缶をファーブルに突っ返した。

 

「ごちそうさま。じゃ、この後ちょっと用事が出来たから」


 そう言い残し、俺は足早にその場を後にする。




「……これはまた、難攻不落そうなお嬢さんに惚れたもんだ」


 そうして後に残されたファーブルが、肩をすくめながらブラックコーヒーをすすっていた事などは、足早に去った俺としては知るよしもなかった。




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