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白き花のアクアマキナ ~男の俺が女性専用機に乗って無双するまで~  作者: 山下 六月
第三章 『元の持ち主』

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010 残留思念



 ――数日後、アクアルタの施設内にて。

 俺はカプセル型の機械の中に寝そべり、不快な機械音に包まれ続けていた。

 そうしてしばらくぼうっと、先日の戦闘で起きた事を思い返す。



 ……今思い返してみても、あの感覚は奇妙だった。体が自分のものではなくなったかのような、そんな感じである。

 いやもちろん厳密に言うなら、この体は俺のものではないのだが。

 

 しかし、その後は特に何ともない。

 体は普通に動かせているし、それに何度かメルクリウスソードを素振りしてみても、動きを強制的に躊躇わせたかのような、あの異常は全く再現出来なかった。

 ただ、やはり気のせいだと断じるわけにもいかない。なんせ症状が出た瞬間が瞬間だ。もしまた戦場であんなことが起これば、次は必ず死の淵を彷徨うことになるはず。

 

 だからこそ俺はまず、リトルマザーを問い詰めていた。浮ついていた俺を諫めるために、何らかの制御や操作なりをしたのではないのかと。

 しかしマザー曰く、そんな事など出来る訳もないらしく。

 

 ならばと俺は、原因の究明をして欲しいと求め……今はこうして、実際に検査をして貰っている最中、というわけである。



 と、そこでふと機械音が収まってゆき、やがて体を覆っていたカプセルが小気味よくスライドしていく。

 

「……で、どうなんだ?」


 ゆっくりと体を起こしながら、俺は食い気味にそう問いかけていた。しかし、リトルマザーは考え込む仕草を見せるばかり。

 ここは検査室で、例の謁見室ではないからか。水色髪の幼女の姿は半透明で、どこか虚ろにも見える。

 

「そう、ですね……」

「……いつものように、即答してきたりはしないんだな。ひょっとして、都合が悪い事実でも見つかったか?」


 煮え切らない態度に焦れ、意地の悪い追求まで飛ばしてみるものの。しかしリトルマザーはそれでも、難しい表情を崩そうとしなかった。

 ……もしかすると本当に、脳移植手術の際にミスか、もしくは何らかの後遺症が強く出てしまったのではないか……。

 そんな不安までふとよぎるものの、しかしリトルマザーはその懸念に対しては、しっかりと否定を入れてはきた。

 

「いえ、貴方の考えているような事で悩んでいるわけではありません。むしろその逆……原因が完全には特定出来なかったのです」

「……こんなに大掛かりな検査をして、何も分からなかったのか? これ見よがしに、そんな服まで着ておいて?」


 もう一度、アバターの全身をくまなく眺める。

 

 そう、リトルマザーはいつもの簡素なフリルワンピではなく、薄ピンク色のミニスカナース服を着て、腕には大きなバインダーを抱えていた。

 ご丁寧にナースキャップまで頭にちょこんと乗せている。

 ……はっきり言うのなら、コスプレちっくの衣装にしか見えない。

 

 ただリトルマザーは、俺のそんな追求にはあっけらかんとした表情で返してくる。

 

「この姿は診察や処方の時に、必ず表示させるようにしているものです。貴方の趣味を反映したものではありません」

「そんな事は分かってる。ナース服はお好きですか? なんて聞かれてもいないしな。ていうか……診察や、処方?」

「ええ。なにせ超高性能AIですから、病気の診断や治療も、人より素早く正確に行えるのです。ですからアクアルタの職員は、何かあればまず私に相談してきます。もちろん、ちゃんとした医師も常駐させてはいるのですが……」


 はふぅ、とまたもわざとらしいため息をついたリトルマザーは、それでも気を取り直し、続けていく。

 

「ともかく、検査で分かったことはあります。……まず、突然力が抜けてしまった原因は、手術に由来するものではありません。多角的に見てみましたが、やはり手術自体に瑕疵は認められませんでした。血液や臓器に拒絶反応は出ていませんし、術後の経過も順調そのもの。血液循環、神経伝達……どこにも異常は見当たりません」

「ならやっぱり俺が好き勝手動けないよう、首輪代わりにトラップでも仕込んでおいたんじゃないのか? それがひょんなことで暴発して……」

「……何度も言うようですが、超高性能AIでも出来る事と出来ない事があります。その体が電子回路で構成されているのであればまだしも、生身の体にそんなことなど出来ません」

「じゃあ、なんであんなことが起こったんだ? 言っておくが、今まで生きてきた中で、あんなこと起こった試しはなかったぞ?」

「はい。体の元の持ち主からも、そのような話は聞かされておりません。ですから今のところ……貴方の脳と、その体。二つが合わさったことによって起こった不具合、という事だけしか、分かってはいないのです」


 こちらの脳と、それから心臓を順繰りに指差しながら、リトルマザーは静かにそう告げてくる。

 ……思わず、押し黙る。少なくとも、すぐに解決する事案ではないことが分かったからだ。

 そうしてこちらが沈黙を返す中、リトルマザーはもう一度顎に手を当てつつ、神妙な面持ちで続きを口にしていった。

 

「そして、ここからは確証のない話なのですが。逆説的に考えていくのなら――元の体の持ち主が残した、いわゆる残留思念のようなものが、貴方の行動に影響を及ぼした。この説が、今のところ有力ではないかと思われます」

「ざ……残留、思念? なんだかずいぶんとスピリチュアルな話だな……?」


 眉をひそめながら聞き返してしまう。

 ……いや、元の持ち主はまだ死んでないらしいから、厳密には幽霊ではないのだろうが。

 それでも自称超高性能AIの口から、そんなおぼろげで曖昧な言葉が聞けるとは思ってもいなかった。実は幽霊とか信じてるタイプなのだろうか?

 

 するとリトルマザーはふいにそこらを歩き回りつつ、人差し指を立てながらゆっくりゆっくり話し始めてゆく。

 

「いえ、もっと分かりやすいお話です。例えば……人間の腸が、第二の脳という通称で呼ばれていることは、ご存じでしょうか?」

「……ご存じないな」

「脳に次いで多くの神経細胞を有していること。脳とのネットワークが多数存在していること。何より、脳とは独立して動いていることなどから、良くそう呼ばれたりするのです。加えて、脳自体が腸から生まれたという仮説すら唱えられてもいます」

「じゃあなんだ……脳を入れ替えても、第二の脳とかはそのままだから、元の持ち主の影響を受けることがある……ってことか?」

「はい、そのとおりです。今回のケースに置き換えて話すならば、腸などにある神経細胞が、元の持ち主の思考回路や意思をある程度引き継いでおり、無意識あるいは反射的に、体のコントロールを行った……の、かも知れません」

「だから俺の脳が、一時的に体を動かせなかった……」


 思わず漏れ出たその言葉に対し、リトルマザーは歩みを止めて肯定を返してくる。

 

「ええ。そしてこのケースであれば、異常な所見が認められないのも、確かに頷けます。なんせ体にとっては、至極正常な反応だったのですから」

「なるほどな。で、仮にそうだったとして、だ。……結局俺は、どうすれば良いんだよ?」


 ……そう、仮にメカニズムが分かったところで、その対処法が分からなければどうにもならない。

 食い入るようにホログラムへ問いかけると、エセ白衣の天使はその問いに、しばらく考えるそぶりを見せ。そうしてから、ゆっくりと口を開いていった。

 

「ひとまず予防的処置として、メルクリウスソードの使用は控えて下さい。しばらくは接近戦も、なるべく避けたほうが無難でしょう」

「もし力が抜けても、距離さえ確保出来てれば、味方のカバーが期待できるから、か?」

「はい。……本来であれば、その非凡な才能を証明した貴方には、すぐにでも他のパイロットと同様の任務を担って貰うつもりでしたが……今後も出撃する際は、必ず誰かを随伴させるように致します」

「……ああ、分かった」

「今のところはそれくらいしか、為す術がないという状況ですね。とはいえ……過度な心配は不要です。他の可能性も含め、継続してこちらも原因や解決法を探っていきますので」

「……。そうか」


 絞り出すように、そう口に出す。

 ……せっかく憧れのデルフィニクスのパイロットになることが出来て。しかも、うまい具合に乗りこなせてもいたというのに。まるで枷でも付けられたかのようだ。

 

「何か、ご不満な点でもありますか?」

「ご不満だらけだが……言った所で、どうにかなるもんでもないんだろう? 何かあれば、真っ先に知らせてくれればいいさ」

「ええ、それはもう必ず」

「ならいい」


 そんなぶっきらぼうな返事を返してから。

 俺はろくな挨拶もなしに、その部屋を出ようとして……ふと、振り返った。


「そうだ。一つ、聞いて良いか?」

「なんでしょう?」



「――元の体の持ち主が、出撃を拒否するようになった経緯。そういえば、まだ聞かされてなかったなと思って」



 ……そう。今の今まで事態がめまぐるしく動いていたため、つい聞きそびれていたが。本来この体を間借りするに当たって、まず聞いておくべき事柄でもあった。

 彼女の意思や思考回路が一時的に干渉してきたともなれば、なおさら知っておいて損のない事のはず。

 

 しかしその問いに対し、リトルマザーは露骨にその表情を固くする。

 

「申し訳ありませんが。元の体の持ち主……『ノウェンベル・キリシマ』に関する情報は、その一切を伏せさせて頂きます」

「……どうしてだ? 少なくとも俺は、聞く権利ぐらいあるとは思うけどな」


 手を広げながら食い下がるが、それでもリトルマザーは明確に首を振ってきた。

 

「確かに本来であれば、貴方には真っ先に話しておくべきことかも知れません。こちらも出来れば共有したいくらいです。しかし、こちらがベルと取り交わした数少ない条件の一つに、これまでの経緯をみだりに他人へ語らない、ということが含まれていまして」

「その、ノウェンベルってやつ自身が、何があったか話すなって言ったのか……?」

「はい。加えて言うなら、新たな体の主となる人物には特に、と念を押されてもいます。前任者の過去に縛られることなく、思うがままデルフィニクスの力を振るって欲しい……ベルはどうやら、そう考えているようです」

「……」

「……ご理解、頂けましたか?」


 しばらく押し黙る。

 ……なるほど、言いたいことはなんとなく分かる。

 だがそれでも、こんな不具合が出てしまっている以上、それは伝えるべきことのように思えた。

 

「理解はしたが、納得は出来ない。……そもそもお前は目的のためなら、どんな非情な判断でもこなす奴だ。違うか?」

「はい、そのとおりです」

「即座に肯定してくるところが、まさしくそれを物語ってるが……それはともかく。今回俺は、あやうく死にかけた。今後また同様のケースに巻き込まれるとも限らない。そう考えたら、ノウェンベルとやらの感情を優先するより、まずはちゃんと伝えるべきことを伝えたほうが良いと思うんだが。知っていれば、こっちだって色々と身構えられるし」


 効率重視のその気質に訴えかける形で、約束を反故にするよう暗に訴えかけてみる。

 しかしリトルマザーはふるふると首を振った。

 

「そもそもこちらのスタンスでものを語るなら、優先すべきは貴方の身の安全ではなく、ベルとの信頼関係です。体の貸与がなければ、我々はそもそもノーブルを運用出来てはいないのですから。ですからまずはそこがクリアされて、それからはじめて貴方の身を案じるべきです。……違いますか?」

「……っ、それは確かに、その通りかも知れないが。でも結局、俺が死んだら元も子もないだろう?」

「先ほども伝えましたが、必ずペア以上で任務に当たらせます。それに貴方の力量であれば、多少動きが縛られたところで、致命傷を負うことはないでしょう。約束を反故にすることで、我々が永久にベルを失う危険性を考えたら、どちらが優先すべきかは明白です」


 そうして、まだ何か反論でも? と言わんばかりに、リトルマザーはかすかな笑みを浮かべてくる。

 ……なるほど、やはり自称超高性能AIに論戦を挑むだけ、時間の無駄だったようだ。

 

「原因の究明には優先的に着手します。……ひとまずはそれで、納得して頂けますか?」


 その問いかけに、俺は渋々頷く他なかったのだった。




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